日本万歳 小説版

れつだん先生

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序文

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 空腹感が限界を超え、もう何も感じなくなった。殴りつけられたかのような頭痛が走る。吐きそうになるが何も出ず、ただ情けない声が口から漏れた。希死念慮という悪魔が隙あらば僕の命を狙おうと、部屋の片隅でじっと僕を見つめている。

 仕事が無くなってしまった。ぎりぎりの暮らしをしていた僕に貯金なんてものがあるわけもなく、所持金はもう10000円を切っている。毎日食事を取らなければ死んでしまうが、それも叶わない。新たな仕事を探そうにも、それをすることでさえも金がかかってしまうし、月払いの仕事であればその給料が入る前に所持金が尽きてしまうのは明白だった。週払いや日払いの仕事を探そうにも、電車が1時間に一本という田舎では、それも叶わない。完全な悪循環に入ってしまった。もう、人生を詰んでしまったのだろうかと、部屋にぶら下げたロープを見つめながら思った。
 サラ金などに当面の生活費を借りるというのはどうだろう? と思ったが、僕は以前携帯電話の料金を滞納してしまい、強制解約になったことがあったため、審査で引っかかってしまうということを思い出した。兄弟が多く父親しか働いていないため、実家に行って金を借りるということも不可能だろう。
 住んでいるアパートは、家電家具付きのワンルームで家賃が60000円。電車が一時間に一本しか走らないような田舎ではかなり高い方だと言えるだろう。しかし母親が勝手に契約をしてしまった上、僕も納得したのも事実だ。そんなことを今考えていても何の意味も無い。とりあえずはこの家賃だけでも稼がないと、暫く前に話題になったネットカフェ難民と呼ばれる存在になってしまう。幸いなことに軽四の車は持っているため、車上生活者になるのだろうか? と自虐的に今の自分を笑った所で何の意味も無い。希死念慮という悪魔はその間にも徐々に手を差し伸べて来る。そして気分は落ちていく。何もやる気は起きない。なのにパソコンを触ることだけはやめられない。
 求人サイトを開いてみる。ただでさえ100年に一度の不況と呼ばれている上、住んでいる場所が完全に周りから隔離された田舎となると、求人はほとんど皆無といっても過言ではなかった。あったとしても、資格が必要となる介護ぐらいだ。誰でも入れていた派遣の工場も激減している。そしてそこから週払いや日払いの仕事を探すとなると……。
 そうやって僕がうだうだと暮らしている内に、派遣切りにあってから二月が過ぎようとしていた。その間に何度か日払いの仕事にありつけたものの、それも単発で、何とか生にしがみついて生きているというかつかつの状況。手持ちの貯金は13000円。最早数えるのも嫌になる。
 そろそろ人生を終えた方がいいんじゃないか? と悪魔が囁く。僕はそれを必死で否定する。負けそうになる。そしてまた必死に否定する。

 緊急小口金というものの存在を知ったのは、つい最近のことだった。知り合いに自分の置かれている状況を相談すると、「緊急小口金というシステムがあるからそれをやってみれば」と言われた。早速それを調べてみる。仕事が無くなり生活に困ってしまった人に、国がいくらかの生活費を貸すというシステムだった。僕はそれまで、誰も助けてはくれない、国ですらも助けてはくれない、と――結局の所自分が悪いにも関わらず――思い込み、それに対して怒りにも似た感情を覚えていたので、こういうシステムがあったのには本当に驚いた。
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