恋する閉鎖病棟

れつだん先生

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第3章 退院記

最終話 友人

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 家でぼうっと時間を潰していると、突然またけたたましいチャイムが鳴った。また訪問看護か? と思ったが、今日は来る日ではない。出てみるとLだった。部屋に招き入れると、その後に続いて、見たことのある男性が入ってきた。Lと同じく背が高く――僕は百六十センチしかないので、ほとんどの男性が高く見えるのだが――僕より年下で……思い出した。S君だ。同じくデイ・ケアで知り合った。
「すごい綺麗になったじゃん!」と二人して驚いていた。ポリ袋四つ分のゴミを出したのだから、それは綺麗になっただろう。
 僕を含め三人銘々に部屋に座り、煙草をふかし、四ヶ月間の話しをし合った。S君が買ってきてくれたお茶を飲みながら、僕は閉鎖病棟の話、LとS君は近況報告。するとLINEが鳴った。またもやデイ・ケアで知り合ってよく二人で呑みに行ったりした二十歳の女の子のRちゃんが蒲田駅で、それまたデイ・ケアで知り合った年下の女の子、同じくよく呑みに行ったMちゃんと遊んでいるので、それが終わったら僕の家に来ることに成った。
 しばらく三人で小説について話し合っていた。S君はやたらに僕が今書いている、四ヶ月に渡る精神科閉鎖病棟で隔離された小説を読みたがっていたが、完成したら読ませる、と結論づけた。そうしているとけたたましいチャイムが――本当にこれはうるさい。鳴る度にいちいち心臓がどきりとなる――鳴った。S君が扉を開けると、Rちゃんがやってきた。明るい髪の毛で、ピアスを幾つも付けた、見た目はギャルだ。確かまだ二十歳そこそこだろう。Rちゃんが十代の頃に知り合ったのだが、煙草は吸うがアルコールには弱い。
「お久しぶりですぅ」とRちゃんは言いながら部屋に入ってきた。五畳で荷物に溢れているこの部屋に四人はぎりぎりだった。Rちゃんは座るなり、「お菓子買ってきたんでみんなで食べましょう」と言い、ポテトチップスを二袋出してきた。S君のお茶を飲みながら、Rちゃんが買ってきてくれたお菓子を食べていると、「ベース格好良いよね、触らせてよ」とS君が言い、GLAYのJIROに憧れて買ったピンクのベースを触った。「楽器って格好いいよね。俺もなにかやりたいな」とはしゃいでいた。するとすぐに、「ちょっと帰ってやることあるから帰るわ」とS君は帰っていった。LとRちゃんと話していると、「透君、あれのこと、覚えてますか?」とRちゃんが突然言った。電気治療で過去の記憶がほとんど消し飛んでいるといるのは説明したのだが、なんの話だろうか?
「私に二回も告白してきたんですよー」と言い、けらけらと笑った。微かに記憶がないこともない。入院間際の僕は毎日アルコールと精神薬漬けで、奇行に走っていた、とLに言われた。
「あの時、透は結構やばかったからなー」とLが笑った。
「うーん、全然覚えてないわ」
「T医師とはどうだった?」とL。
「いつもどおりだったよ。ただ握手求めてきた!」と言うと、またLが笑った。Rちゃんも釣られて笑った。
「ただアルコール禁止なんだよなぁ」と僕が言うと、LとRちゃんは、「当たり前でしょ!」と言った。
 そこからまたRちゃんの近況報告。SさんもT君もLもS君もMちゃんもRちゃんも精神病なのだが、皆少し波はありながらも元気に過ごしている。バイトに行ったり、作業所に行ったり、大学に行ったり、逆に大学を休学したり、就職活動を止めたり、順調さに差はあれ、とりあえず生きていて会って笑い合えるだけでよかった。
 Rちゃんが突然、「酒買いに行きましょうよ」と言ったが、Lが、「酒禁止されてるから駄目だよ」と断った。呑みたかったが、残念だ。
 それから夜の九時ぐらいまで話しは盛り上がり、Rちゃんは家が離れているので、帰ることになった。するとLが、「俺が蒲田駅まで送って行ってやるよ」と言った。僕の家から蒲田駅までは歩いて三十分はかかる。Rちゃんは、「えー、Lさん、本当ですか?」と喜んでいたが、なんだか僕も行かなきゃいけないような気がして、少し面倒くさく思った。という僕の思いに反して、LはRちゃんを僕抜きで送って行った。Lは、「今日は渡辺君家に泊まるから、薬も持ってきたし。また戻ってくる」と言い、Rちゃんと部屋を出て行った。
 またもや一人になり、音楽を聴いていると、三十分程してLが部屋にやってきた。話すことはあるが、それは皆と集まった時に話した方が楽なのではないかと思い、話も早々に切り上げ、夜中に差しかかった所で、西村賢太の芥川賞受賞作苦役列車の劇場版を二人で見た。僕はこの映画が大好きで、何度も見ている。Lは最初は期待していなかったが、話しが進むにつれ、「面白いじゃん!」と言っていた。見終わる頃には朝に近くなり、Lはロフトの布団で寝て、僕はとりつかれたかのように小説を書いていた。Lは昼頃に起きるなり、「腹減ったからすき家いかね?」と提案してきた。僕も久しく肉を食べていないので、それに賛同した。
 歩いて五分程の所にすき家がある。店内はガラガラだ。テーブル席に座り、僕は牛丼並卵豚汁セットを頼み、Lはチーズカレー並を頼んだ。食い終わり、解散となった。

 それから数日後、僕は暇なので、RちゃんにLINEを送ってみた。「明日暇?」直ぐに返事が返ってきた。「Mちゃんと遊ぶ約束してるんですが、渡辺さんも来ますか?」と。「いいの? Mちゃんにも四ヶ月振りだから会いたいな。でも三人だけじゃあれだし、SさんやLも呼んでいつもの個室居酒屋行こうよ!」と返すと、「いいですよ!」という流れになり、「じゃあ僕が皆誘ってみるね」
 次に僕はLとSさんにグループのLINEで送った。Lはまだ近所なが、Sさんは事情があって大田区から埼玉の方に移ったので、来れるかなと思っていたら、二人とも二つ返事で了承してくれた。その書き込みを見たM君――僕と同じ二十九歳で、システムエンジニアとして働いている、エリートだ――も来たいと言った。神奈川の奥の方なので、来れるか心配だったが、どうやら大丈夫のようだ。
 その日が楽しみすぎて、その夜はまったく眠れなかった。眠れたのは、朝の十時頃になってからだった。
 昼過ぎに起き、数日振りの風呂に入り――退院してから三日に一回しか入られなくなったのだ――着替え、ぼんやりと煙草を吸いながら音楽を聴いたりネットをしていると、あっという間に約束の五時に近づいていた。慌てて部屋を後にし、バスに乗って待ち合わせ場所の蒲田駅に付いた頃には、もうSさんもMちゃんもRちゃんもM君もLも西口の階段の下で待っていた。「遅れてごめん」と言うと、四ヶ月間会っていなかったMさんとM君は、「そんなことより大丈夫?」と心配してくれた。それから最初に言っていた個室居酒屋に行くか、行きつけのスポーツ・バーに行くか話し合った。なぜここで話し合ったかというと、個室居酒屋は普通の居酒屋と同じで、会計は全員分まとめて払うので、呑んだ人と呑んでいない人の会計がややこしくなる。スポーツ・バーは注文の際、いちいち店奥のレジに行き注文し会計をするので、会計はややこしくない。しかしスポーツ・バーはテーブルに椅子なので、ゆっくりできないということもあり、結局個室居酒屋へ行くことになった。
 久々の再会とあり、話しは大いに盛り上がった。残念ながら僕はSさんとLにアルコールをセーブするように言われていたので、生中とグレープ・フルーツ・サワーとジンジャー・ハイボールしか呑めず、全然酔っ払えなかった。しかし、肴は美味しく、楽しい会となった。その後カラオケに行くかという提案もあったが、僕にあまり金がないということで、そのまま解散となった。僕は駅ビルで小説を買い込み、家に帰った。

 僕の四ヶ月に渡る精神病院閉鎖病棟の隔離は、思った以上に辛かった。しかし、いざ退院すると、僕を心配してくれた友達が沢山居て、僕は一人じゃないのだ、ということが再確認させられた。これからもそんな友達を大切にしたいし、なにかあれば相談にも乗りたいし、長く付き合って行きたいと思う。
 そして僕はこの小説に、退院日記とタイトルを付け、パソコンのハード・ディスクに保存した。
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