恋する閉鎖病棟

れつだん先生

文字の大きさ
上 下
23 / 38
第3章 退院記

第2話 訪問

しおりを挟む
 次の日、昼になってようやく眠気がやって来て、カーペットの上で毛布を羽織りまどろんでいると、けたたましいチャイムが鳴った。どうせなにかの勧誘だろうと無視を決め込み、煙草を吸っていると、またチャイムが鳴った。それになにか二人組みらしい話し声が聞こえる。このアパートは壁が薄く、外の廊下を誰かが歩いている音まで聞こえ、これは入院中に言われた話だが、入院前に友人を部屋に連れ込み、毎晩のように酒を煽っていたら、どうやらアパートの管理会社にクレームが行ったらしい。
 友人が来たのだろうか? しかし僕の退院を知らない友人が来るはずがない。煙草を吸い終わり灰皿にもみ消すと、スウェットを履いてドアを開けた。玄関の向こうにおばさんと若い男の二人組がいた。
 おばさんは、「あーやっと出た。いないかと思ったわ」と言った。知り合いなのかもしれない。入院中に六回、電気治療をしたせいで、入院前の記憶がほとんど消えていたので、このおばさんと若い男が何者なのかわからない。
「誰ですか?」
 おばさんは笑いながら、「訪問看護の者です」と言った。そういえば――とほとんどなくなった記憶をたどる。入院中に訪問看護の、こちらもオバさんだった人が面会来て、「週に三度訪問看護を入れる」と言っていた。それは希死念慮がある僕が自殺をしないかどうかというチェックと、入院前には半ばアルコール中毒になりかけて――本来なら、退院したらアルコールの更生施設に入れられる予定だった――睡眠薬や安定剤をアルコールで流し込む生活を毎日送っていたので、アルコールを呑んでいないかのチェックのためだった。
 僕はオバさんと若い男を取り敢えず部屋へ招き、カーペットの上に置かれたものや服を端に除け、座るスペースを作り、自分は奥のパソコンの前に座り煙草に火を付けた。二人は、座ると自己紹介と名刺を渡してきた。おばさんはやはり訪問看護だった。もう一人の若い男は生活支援センターの相談員だった。この若い男がなにをするのかはわからない。
 おばさんは、僕の血圧と体温を測り、それをメモし、退院後はどういう生活をしているか色々質問をしてきた。それが終わると、相談員の若い男が僕が精神病――統合失調感情障害と気分変調症――になった経緯を聞いてきた。退院してから人とまったく会話をしていなかったので、少しだけ緊張した。訪問看護のおばさんはおばさんらしく、うるさくがやがやと話している。相談員の若い男は静かだった。ごちゃごちゃと色々話し、二人は帰っていった。
 夕方になり、二人が帰った途端酒が呑みたくなったので、歩いて五分程の所にあるファミリー・マートで、ビール二本とほろよい一本と肴を買ってきた。所持金は三千円になった。なんとかなる。いつもそうだった――と少しだけ思い出した。いつも月の後半は金がなかった。
 四ヶ月振りのアルコールを呑むと、たったロング缶二本とショート缶一本でほろ酔いになり、どうせならアルコールと一緒に飲んだ方が効き目が良いだろうと寝る前の薬も飲むと、僕はいつの間にか眠っていた。

 起きてびっくりした。朝だった。カーペットの上で毛布だけで寝ていたので体が冷え切り、とても寒かったので、電気ストーブをロフトから降ろし、それを付けた。入院中はずっとエアコンがかかり温度は一定だったので、冬が、そして外がこんなにも寒いとは思わなかった。電気の付かないユニット・バスで放尿を済ませ、パソコンに保存していたエロ動画で久々のストレスを発散させた所で重要なことに気づいた。いや、重要でもないのだが、僕にとっては重要なのだ。退院した時に持って帰った荷物からピアスを三つ取り出し、どうせ四ヶ月付けていなかったのだから塞がっているだろうな、と思いながら、左の耳たぶに一つを入れると、少し引っかかりがあったが、すんなりと入った。二つ目は、途中で止まった。一度諦めたが、やはり諦めきれず、押し込んだら、「ぶちぶち」という音と痛みが走り、貫通した。三つ目は完全に塞がっていたので諦めた。このピアス穴は皮膚科で開けて貰ったので、三つで一万円程したので、三つの内二つだけとはいえ、貫通してよかった。
 安心したのも束の間、することがなくなる。音楽を聴きながら煙草を吸う。
 停止したままの携帯を取り出し、昔撮った写真を眺めていた。呑みやカラオケやバーベキューに皆で行った時の写真があったが、写っている男女のほとんどが思い出せない。楽しかったのだろうな、というのは伝わってきた。東京に出てきてもう五、六年になるだろう、当時は友人はほとんどいなかった。二年通ったデイケアで沢山の友人に恵まれ、よく遊んでいた。それは覚えている。
 ぶつくさと日々を過ごした――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

渡辺透クロニクル

れつだん先生
現代文学
カクヨムという投稿サイトで連載していたものです。 差別表現を理由に公開停止処分になったためアルファポリスに引っ越ししてきました。 統合失調症で生活保護の就労継続支援B型事業所に通っている男の話です。 一話完結となっています。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

さようなら、外脛骨

れつだん先生
エッセイ・ノンフィクション
2021年に有痛性外脛骨障害の手術と一ヶ月間の入院、リハビリをしました。 その一部始終を日記としてまとめました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...