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第2章 保護室と閉鎖病棟
第4話 風呂
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そうやってずっとベッドの上で考えていると、昼食がやってきた。それを軽く平らげる。そして小便を済ませ、ベッドで横になり、見たくもないテレビをただ垂れ流す。心の底からつまらない。ぼんやりとしていると、突然医者がやってきた。僕は慌てて思考回路を変えた。生きたいと思わなければ、ここから出られないということはわかっている。だから、死にたいという思いを押し込まなければならない。医者は僕の気持ちを知ってか知らずか、続けた。
「こんにちわ」
そこで僕はようやく医者の姿を確認した。三十代だろうか、若い医者だ。下手すれば二十九歳の僕よりも若いかもしれない。だから頼りなく見えた。顔は整っている。
「こんにちわ」
僕も挨拶を返すと、軽く自己紹介をされた。僕の担当医だと言った。
「体調は変わりありませんか?」
ここで死にたいなんて言えば、ずっとこのままだ。
「はい、元気になりました」と僕は無理やり笑顔を作って言った。しかし、相手は若くても精神科医だ。隠していることなんてすぐにばれるんじゃないだろうか?
「そうですか、わかりました。もう少し様子を見ましょう」
やっぱり、と思った。僕は今まで何人もの精神科医を見てきたが、どの精神科医もこういうスタンスだった。それには二つの理由がると僕は常々思っている。一つは患者に死んで欲しくないのだ。それは単純に自分の名前に傷が付くからだ。もう一つは薬漬けにして病院に通わせておければそれは金になる。僕は金なんだ。
「様子を見るって、どれぐらいですか?」
気づけば僕は少し声を荒げていた。しかしそんな僕に顔色一つ変えずに主治医は、「そう長くはないですよ」と言い残し、素早く去って行った。
そう長くはない? 心の中で何度もその言葉を繰り返した。本当にそうなのだろうか? 単に患者を安心させて、長く入院させようという魂胆なんじゃないか? ――そんなことをいくら考えた所で、なにも始まらないしなにも終わらない。
垂れ流し続けているテレビはニュースをやっていた。アナウンサーが美人だった。僕は死にたいのか生きたいのかわからなかったが、健康な若い男には当然あるものが頭を過ぎった。それは性欲だった。アナウンサーの名前はわからないが、美人で胸が大きかった。黒いロングヘアで、化粧は薄い。自分が情けなくなった。死のうとしたのに死ねなくて、刑務所のような保護室にぶち込まれ、死にたいのか生きたいのかわからないのに、性欲はあるなんて。思考を変えようと番組を変えた。バラエティ番組がやっていた。タレントかモデルかなんなのかわからない若い女が喋っている。テレビに出ているだけあって顔は当然綺麗だし、スタイルも良かった。テレビの横には、監視カメラが僕を見続けている。緑の扉は分厚く開くことはない。
僕は慌ててテレビを消した。そして思考回路から性欲というものを排除しようとした。しかしそんなことができるはずもなく、トイレに備え付けられているトイレット・ペーパーを何重かに纏めてそこに済ませた。情けなかった。しかし、仕方ない……。
ノックもなしにいきなり、爆発ブロッコリー・ヘアの若い男の看護師が入ってきた。二十代か、僕よりも少し年上だろうか? 顔は整っている方だと思う。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
「あなたの担当の看護師になります」とブロッコリーは言った。僕はなにを言えばいいのかわからなかったので、とりあえず、「よろしくお願いします」と言った。それからブロッコリーは、「なにかあったら言ってくださいね」と言い残し、部屋を後にした。
夕方になり夕食を済ませ、薬を飲み、消灯する。昼、黄緑色の服を着た男がやってきた。顔が以前通っていたデイケアの知り合いに似ていた。
「お風呂に入りましょう」と言った。確かにそう言われてみれば入院してから一度も風呂に入っていない。まあ、空調完備された上に、縛られて身動きができなかったので、汗をかくことがないから気にならなかった。男に促されるままベッドから立ち上がり、緑の扉が開いた。久しぶりに見る外の景色だ。床はベージュ色。一直線になった廊下に点々と緑の扉が立ち並び、廊下の真ん中にERと書かれた扉があった。二重に鍵がかけられている。扉の向こうは一般病棟だろう。その隣に風呂はあり、男は鍵を開けて中へ入るように促した。そして、「では、終わったらナースコールを押してください」と言い去って行った。一畳程のスペースに、着替えの浴衣や、一回分の使い捨てシャンプー、リンス、ボディ・ソープとハンド・タオルとバス・タオルが置いてある。ファイルも置いてあったのでそれを見ると、なにを使ったかをチェックする紙だった。浴衣四百円、シャンプー、リンス、ボディ・ソープ各五十円、ハンド・タオル百円、バス・タオル二百円。明らかにぼったくりだ。でも仕方ないので、裸になり浴衣を籠に入れ、一式を持ってシャワー・カーテンを開けた。一畳程のスペースに壁に鏡が備え付けられており、そこにただシャワーがあるというだけの簡素なものだった。
久々にシャワーを浴びると、体が綺麗になると同時に、まるで心も綺麗になった気がした。しかし安物のシャンプーとリンスだったので、短い髪の毛はガチガチになったし、同じく安物のボディ・ソープだったので、元々乾燥肌だったのが余計にカサカサになったが、気持ち的にすっきりとした。
それが終わると、保護室という名の牢屋にぶち込まれ、また見たくもないテレビを垂れ流す。これからの僕の人生はどうなるんだろう? 不安ばかりだった。なんとなくNHKをつけて、子供向けのアニメを鑑賞する。僕も二十年前はこういった番組が楽しみだった。今の子も楽しんでいるのだろうか。よくよく考えればストーリーなんてあってないようなものだし、展開だって毎回同じだったが、毎日わくわくして見ていたのを覚えている。そんなことをぼんやりと考えていると、夕食がやってきて、寝る前の薬になり、二度程追加の頓服を飲むと寝てしまった。
「こんにちわ」
そこで僕はようやく医者の姿を確認した。三十代だろうか、若い医者だ。下手すれば二十九歳の僕よりも若いかもしれない。だから頼りなく見えた。顔は整っている。
「こんにちわ」
僕も挨拶を返すと、軽く自己紹介をされた。僕の担当医だと言った。
「体調は変わりありませんか?」
ここで死にたいなんて言えば、ずっとこのままだ。
「はい、元気になりました」と僕は無理やり笑顔を作って言った。しかし、相手は若くても精神科医だ。隠していることなんてすぐにばれるんじゃないだろうか?
「そうですか、わかりました。もう少し様子を見ましょう」
やっぱり、と思った。僕は今まで何人もの精神科医を見てきたが、どの精神科医もこういうスタンスだった。それには二つの理由がると僕は常々思っている。一つは患者に死んで欲しくないのだ。それは単純に自分の名前に傷が付くからだ。もう一つは薬漬けにして病院に通わせておければそれは金になる。僕は金なんだ。
「様子を見るって、どれぐらいですか?」
気づけば僕は少し声を荒げていた。しかしそんな僕に顔色一つ変えずに主治医は、「そう長くはないですよ」と言い残し、素早く去って行った。
そう長くはない? 心の中で何度もその言葉を繰り返した。本当にそうなのだろうか? 単に患者を安心させて、長く入院させようという魂胆なんじゃないか? ――そんなことをいくら考えた所で、なにも始まらないしなにも終わらない。
垂れ流し続けているテレビはニュースをやっていた。アナウンサーが美人だった。僕は死にたいのか生きたいのかわからなかったが、健康な若い男には当然あるものが頭を過ぎった。それは性欲だった。アナウンサーの名前はわからないが、美人で胸が大きかった。黒いロングヘアで、化粧は薄い。自分が情けなくなった。死のうとしたのに死ねなくて、刑務所のような保護室にぶち込まれ、死にたいのか生きたいのかわからないのに、性欲はあるなんて。思考を変えようと番組を変えた。バラエティ番組がやっていた。タレントかモデルかなんなのかわからない若い女が喋っている。テレビに出ているだけあって顔は当然綺麗だし、スタイルも良かった。テレビの横には、監視カメラが僕を見続けている。緑の扉は分厚く開くことはない。
僕は慌ててテレビを消した。そして思考回路から性欲というものを排除しようとした。しかしそんなことができるはずもなく、トイレに備え付けられているトイレット・ペーパーを何重かに纏めてそこに済ませた。情けなかった。しかし、仕方ない……。
ノックもなしにいきなり、爆発ブロッコリー・ヘアの若い男の看護師が入ってきた。二十代か、僕よりも少し年上だろうか? 顔は整っている方だと思う。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
「あなたの担当の看護師になります」とブロッコリーは言った。僕はなにを言えばいいのかわからなかったので、とりあえず、「よろしくお願いします」と言った。それからブロッコリーは、「なにかあったら言ってくださいね」と言い残し、部屋を後にした。
夕方になり夕食を済ませ、薬を飲み、消灯する。昼、黄緑色の服を着た男がやってきた。顔が以前通っていたデイケアの知り合いに似ていた。
「お風呂に入りましょう」と言った。確かにそう言われてみれば入院してから一度も風呂に入っていない。まあ、空調完備された上に、縛られて身動きができなかったので、汗をかくことがないから気にならなかった。男に促されるままベッドから立ち上がり、緑の扉が開いた。久しぶりに見る外の景色だ。床はベージュ色。一直線になった廊下に点々と緑の扉が立ち並び、廊下の真ん中にERと書かれた扉があった。二重に鍵がかけられている。扉の向こうは一般病棟だろう。その隣に風呂はあり、男は鍵を開けて中へ入るように促した。そして、「では、終わったらナースコールを押してください」と言い去って行った。一畳程のスペースに、着替えの浴衣や、一回分の使い捨てシャンプー、リンス、ボディ・ソープとハンド・タオルとバス・タオルが置いてある。ファイルも置いてあったのでそれを見ると、なにを使ったかをチェックする紙だった。浴衣四百円、シャンプー、リンス、ボディ・ソープ各五十円、ハンド・タオル百円、バス・タオル二百円。明らかにぼったくりだ。でも仕方ないので、裸になり浴衣を籠に入れ、一式を持ってシャワー・カーテンを開けた。一畳程のスペースに壁に鏡が備え付けられており、そこにただシャワーがあるというだけの簡素なものだった。
久々にシャワーを浴びると、体が綺麗になると同時に、まるで心も綺麗になった気がした。しかし安物のシャンプーとリンスだったので、短い髪の毛はガチガチになったし、同じく安物のボディ・ソープだったので、元々乾燥肌だったのが余計にカサカサになったが、気持ち的にすっきりとした。
それが終わると、保護室という名の牢屋にぶち込まれ、また見たくもないテレビを垂れ流す。これからの僕の人生はどうなるんだろう? 不安ばかりだった。なんとなくNHKをつけて、子供向けのアニメを鑑賞する。僕も二十年前はこういった番組が楽しみだった。今の子も楽しんでいるのだろうか。よくよく考えればストーリーなんてあってないようなものだし、展開だって毎回同じだったが、毎日わくわくして見ていたのを覚えている。そんなことをぼんやりと考えていると、夕食がやってきて、寝る前の薬になり、二度程追加の頓服を飲むと寝てしまった。
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