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第2章 保護室と閉鎖病棟
第2話 悲鳴
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なにもすることがないということが、こんなにも苦痛だったとは。体を動かすこともできず、ただひたすらに天井を見上げ続ける生活。窓がないため、今が昼なのか夜なのかもわからない。僕の声は誰にも届かない。いたずらに時間は過ぎていくばかり――というと聞こえはいいが、実際全然経ってはいないだろう。
「喉が渇いた、煙草を吸わせろ、アルコールを飲ませろ、ここから出せ!」という言葉は、静寂の中に消えていった。無駄なんだ。微かな期待や望みは、何度か叫ぶうちに完全になくなった。いや、元々なかったんだ。
しばらくして、他の部屋から声が聞こえてきた。なんだろうと耳を傾ける。
「――けて! お――! ――す――!」
微かに聞こえてくるのみだ。より一層耳に神経を傾ける。
「助けて! お母さん! 助けて!」
今度ははっきりと聞こえた。中学生ぐらいの女の子の声だ。いくら泣き叫んだ所で誰も助けてはくれない。そんなことは、ただの体力の無駄でしかないんだ。しかし、僕がじっとしている間にも、女の子の叫び声は止まることを知らない。「無駄だよ」と教えてあげたいが、五点を拘束されているし、唯一の外へ出る手段である緑の扉は多分、というかおそらく、ちゃんと鍵がかかっている。それに、大きなお世話だろう。そうしていると、その声の主である女の子も疲れてきたのか、しばらく叫び声が続いた後、やがて消えていった。僕はどうにかして、この両手足の拘束が外せないものかと考えていた。普通の鍵ではなく、特殊な鍵で拘束されている。当然いくら考えていても答えが出ることはない。時間はたっぷりあるんだから、拘束のことは忘れて、妄想に浸ろう。あと三食の食事。一人暮らし生活が長いので、三食出るのはありがたかった。
しばらくじっとしていると、ノックの音がし、緑の分厚い扉が開いた。そして今度は若い男の看護師が入ってきた。あの若い女の看護師は居ないのだろうか? しかし聞こうにも聞けない。
「寝る前の薬ですよ」と男は言った。両手の拘束が外され、薬を数錠貰い、ペット・ボトルのお茶で飲み込んだ。寝る前ということは、今は夜の八時半から九時ぐらいといった所だろうか。何度か精神病院には入院しているので、夜の投薬の時間が大体わかる。九時に消灯なので、それぐらいだろう。睡眠薬も入っているが、飲んだ所で眠気が来ることはなかった。いつもそうだった。どれだけ睡眠薬を増やしても入眠導入剤を増やしても、下手すれば徹夜だなんてこともいくらだってある。両手を再度拘束され、只ぼんやりと天井を眺めていた。
どれぐらい経っただろうか、先ほどの男の看護師がまた病室に入ってきた。
「見回りです」と男は懐中電灯を持ちながら言った。
「そうですか」と僕は言った。
「眠れませんか?」
「全く眠れませんね」
「頓服飲みますか?」
「お願いします」
拘束を外し、ベッドに座ってから白い錠剤――多分レンドルミンだろう――とペットボトルのお茶を手渡され、僕はそれを胃に流し込んだ。ペットボトルを返すと男は拘束し、部屋を出て行った。入院する前にもレンドルミンは二錠飲んでいたので、どうせ効かないだろうと思っていたら、しばらくすると夢の中へ……。
次の日の朝、僕はまた別の看護師に起こされ、点滴を外された。朝食だという。味噌汁に野菜炒めにご飯という簡素なもの。味のほうはあまりいいとはいえない。それでも食べなければ昼食まで空腹に襲われるだろうし、勢いで無理やり食べきった。食事を終えると、看護師がやって来て拘束した。拘束が解かれるのは、食事の時だけだ。両足は解かれることはない。
ふとトイレに行きたくなった。しかし、拘束されているので、ベッドの横にぶら下がっているナースコールを押すことができない。試しに大声を上げてみたが、反応はない。このままおむつに垂れ流すのか……。嫌がっていてもそれしか選択肢はない。背に腹は変えられない。よし――と心に決めた瞬間、緑の扉が開き看護師が入ってきた。助かった、と思った。
「あの、トイレに行きたいのですが」と僕が言うと、「基本的にはおむつにして欲しいんですけど」と看護師は言った。僕は慌てて、「いや、おむつだとやりにくいんですよ」と続けると、「じゃあ仕方ないですね」と言い、僕の全身の拘束を解いた。そして部屋の奥にある和式のトイレへ僕を誘導した。トイレを済ますとまた拘束された。僕はなぜこんなにも自由を奪われるのか……。
同じことの繰り返しだった。寝て、起きて、飯を食って、トイレに行って、飯を食って、薬を飲んで、寝て。
もう何度繰り返したんだろうか……。
まどろんでいた。黄緑色の浴衣を着ている。自由が欲しい。せめて両手の拘束ぐらい外してくれてもいいだろうに。体や頭が痒くても掻くことができない。僕以外の保護室にぶち込まれている人々も同じことを思っているだろう。女の子の叫び声はもう聞こえない。
「喉が渇いた、煙草を吸わせろ、アルコールを飲ませろ、ここから出せ!」という言葉は、静寂の中に消えていった。無駄なんだ。微かな期待や望みは、何度か叫ぶうちに完全になくなった。いや、元々なかったんだ。
しばらくして、他の部屋から声が聞こえてきた。なんだろうと耳を傾ける。
「――けて! お――! ――す――!」
微かに聞こえてくるのみだ。より一層耳に神経を傾ける。
「助けて! お母さん! 助けて!」
今度ははっきりと聞こえた。中学生ぐらいの女の子の声だ。いくら泣き叫んだ所で誰も助けてはくれない。そんなことは、ただの体力の無駄でしかないんだ。しかし、僕がじっとしている間にも、女の子の叫び声は止まることを知らない。「無駄だよ」と教えてあげたいが、五点を拘束されているし、唯一の外へ出る手段である緑の扉は多分、というかおそらく、ちゃんと鍵がかかっている。それに、大きなお世話だろう。そうしていると、その声の主である女の子も疲れてきたのか、しばらく叫び声が続いた後、やがて消えていった。僕はどうにかして、この両手足の拘束が外せないものかと考えていた。普通の鍵ではなく、特殊な鍵で拘束されている。当然いくら考えていても答えが出ることはない。時間はたっぷりあるんだから、拘束のことは忘れて、妄想に浸ろう。あと三食の食事。一人暮らし生活が長いので、三食出るのはありがたかった。
しばらくじっとしていると、ノックの音がし、緑の分厚い扉が開いた。そして今度は若い男の看護師が入ってきた。あの若い女の看護師は居ないのだろうか? しかし聞こうにも聞けない。
「寝る前の薬ですよ」と男は言った。両手の拘束が外され、薬を数錠貰い、ペット・ボトルのお茶で飲み込んだ。寝る前ということは、今は夜の八時半から九時ぐらいといった所だろうか。何度か精神病院には入院しているので、夜の投薬の時間が大体わかる。九時に消灯なので、それぐらいだろう。睡眠薬も入っているが、飲んだ所で眠気が来ることはなかった。いつもそうだった。どれだけ睡眠薬を増やしても入眠導入剤を増やしても、下手すれば徹夜だなんてこともいくらだってある。両手を再度拘束され、只ぼんやりと天井を眺めていた。
どれぐらい経っただろうか、先ほどの男の看護師がまた病室に入ってきた。
「見回りです」と男は懐中電灯を持ちながら言った。
「そうですか」と僕は言った。
「眠れませんか?」
「全く眠れませんね」
「頓服飲みますか?」
「お願いします」
拘束を外し、ベッドに座ってから白い錠剤――多分レンドルミンだろう――とペットボトルのお茶を手渡され、僕はそれを胃に流し込んだ。ペットボトルを返すと男は拘束し、部屋を出て行った。入院する前にもレンドルミンは二錠飲んでいたので、どうせ効かないだろうと思っていたら、しばらくすると夢の中へ……。
次の日の朝、僕はまた別の看護師に起こされ、点滴を外された。朝食だという。味噌汁に野菜炒めにご飯という簡素なもの。味のほうはあまりいいとはいえない。それでも食べなければ昼食まで空腹に襲われるだろうし、勢いで無理やり食べきった。食事を終えると、看護師がやって来て拘束した。拘束が解かれるのは、食事の時だけだ。両足は解かれることはない。
ふとトイレに行きたくなった。しかし、拘束されているので、ベッドの横にぶら下がっているナースコールを押すことができない。試しに大声を上げてみたが、反応はない。このままおむつに垂れ流すのか……。嫌がっていてもそれしか選択肢はない。背に腹は変えられない。よし――と心に決めた瞬間、緑の扉が開き看護師が入ってきた。助かった、と思った。
「あの、トイレに行きたいのですが」と僕が言うと、「基本的にはおむつにして欲しいんですけど」と看護師は言った。僕は慌てて、「いや、おむつだとやりにくいんですよ」と続けると、「じゃあ仕方ないですね」と言い、僕の全身の拘束を解いた。そして部屋の奥にある和式のトイレへ僕を誘導した。トイレを済ますとまた拘束された。僕はなぜこんなにも自由を奪われるのか……。
同じことの繰り返しだった。寝て、起きて、飯を食って、トイレに行って、飯を食って、薬を飲んで、寝て。
もう何度繰り返したんだろうか……。
まどろんでいた。黄緑色の浴衣を着ている。自由が欲しい。せめて両手の拘束ぐらい外してくれてもいいだろうに。体や頭が痒くても掻くことができない。僕以外の保護室にぶち込まれている人々も同じことを思っているだろう。女の子の叫び声はもう聞こえない。
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