ロンリー・グレープフルーツ

れつだん先生

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16話 連絡

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 世界の終わり / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

 あれから、シングルマザーの元彼女は別れてからも、数年の間隔を開けて連絡を取ってきた。
 僕が生配信に傾倒している時は、その配信にコメントで。
 それが原因で生配信をやめると、次はSNSで。
 何度も「二度と連絡はしてくるな」と言っても連絡をしてくる。
 なぜ定期的に連絡を寄越そうとしているのか、僕にはまったく理解ができなかった。振った相手、それも未だに未練がある男になぜ定期的に連絡を寄越してくるのか。
 僕と彼女の立場は対等ではない。誰がどう見ても僕が下で彼女が上だ。あちらは僕のことをなんとも思っていないが、僕は未だに彼女を忘れられない。だから定期的に連絡を寄越す理由がわからない。
 僕の彼女のどちらもが僕たちの関係を過去のものとし、楽しかった思い出の記録と残し、今はそれぞれ別の人生を歩んでいるというような状況であればまだわからなくもないが、しかしそれであってもわざわざ近況を報告してくる理由にはならない。
 別れたら親友、なんでも話し合える関係♪的なスイーツ脳にやられて変わってしまったのだろうか。だとしたら残念だ。
 袖にした元彼氏がまだ自分に惚れているのかどうかを確認しているのだろうか。それを見てにやにやする。だとしたら残念だ。
 お前と付き合っていた頃より幸せに暮らしているというのを見せつけるためだろうか。だとしたら残念だ。

 いくら考えてもわからない。
 SNSのダイレクトメッセージで連絡をしてくるということは、彼女の普段の呟きが見れるわけで、当然だがそこに男の臭いは感じられる。
 別に、男がいることを隠す必要性はまったくない。連絡が来ない限り彼女のSNSなど見ないわけで、なにをどう呟こうが僕にはなんのダメージもない。
 しかし連絡をしてくることによって自分の存在を思い出させて男の臭いがするSNSを、彼女に未練しかない僕に見せて僕がどう思うか、わからないのだろうか。それとも、やはりそれを見せつけることで快感を覚えているのだろうか。
 僕が彼女に未練があることも、別れたことが統合失調症を発症した理由の一つであることも、症状が現在進行系で続いていることも、僕が彼女と関わりたくないことも、別れて以降の彼女の人生を知りたくないことも、二度とやり取りをしたくないと思っていることも、なにもかもすべて知った上でなぜ連絡をしてくるのか。結論としては、それで快感を覚えている以外に見つからない。

 連絡が来たところでそれが長く続くわけではない。僕が連絡を断つからだ。
 数日、数週間、数ヶ月置くことで彼女の存在が頭から消え去る。そして僕はまた普段の平穏な暮らしを送ることができる。もちろんたまに思い出すことはあるし夢に見ることもあるが、翌日に気持ちを持ち越すことはない。
 小説にしているように、僕は女性であれば誰彼構わず仲良くなればすぐに岡惚れし行動に移し振られるということを繰り返している。それは、新しい恋人ができれば彼女のことを完全に忘れられるのでは、という期待からのものだ。しかし僕に好意を持ってくれる女性が一人もいないので、とても困っている。

 最新の連絡は2024年の1月だった。僕が37歳で彼女が44歳のことだ。会わなくなって15年が経過している。
 以下書いていることは、僕に都合の良し悪しは関係なくあったことを明確に書く意識がある。平等さに欠けたただ相手を非難するようなことはしたくない。悲劇のヒーローを気取っているわけでも、自分に酔っているわけでも、彼女を批判したいわけでもない。
 そしてこれを書くためにダイレクトメッセージを何度も見直し彼女のSNSを見続けた。吐きそうになりながら、手は震えて鼓動は高鳴り体は震え、死にそうになりながら。
 それだけをご理解願いたい。

 頭に電気を流す治療をして(※恋する閉鎖病棟参照https://www.alphapolis.co.jp/novel/956347457/589767052/episode/7238615)当然彼女や娘や息子の顔も声も一緒にいた間の思い出もほとんど覚えていないが、楽しかったという感情だけ記憶している。これを書く上で1話から読み直そうかと思ったが、あえてやめておいた。繋がり等は無視して書いていることをご了承いただきたい。

 前回の連絡が5年以上前だから、僕の中での彼女という存在はほとんど消えかかっていた。こちらから連絡をする手段もないし、そもそも連絡する理由もないし、そういう過去もあったなというだけで、他にはなにもない。僕もいろいろと環境が整い幸せに近い暮らしを送ることが出来ていた。
 当時一緒に聴いていた音楽を聴くと、あああの頃よく聴いてたなと思い起こすぐらいだった。
 一度彼女の住む地域に災害が起こったことがあった。心配はしたが、連絡はしなかった。連絡されたところで迷惑だろうと思ったからだ。そして翌日には忘れた。

 年末年始を実家で甥っ子と遊んで暮らし、東京に戻ってきて正月を過ぎた朗らかなある日、僕の安物中華スマホに、ツイッターのダイレクトメッセージが届いたという通知が来た。僕にメッセージを送ってくる人など皆無なので、訝しげに開くと、知らないアカウントからだった。

「あなたが使っていた携帯に、出版社から電話が来てたので連絡しました。今その携帯は娘が使っているので、娘から聞いてDMしました」

 彼女からだと瞬時に理解した。その出版社とやらの番号を検索すると自費出版会社のものだったためそれ自体はどうでもいいが、わざわざ連絡してきてくれたことに感動した。小説を書きそれで飯を食いたいと考えていた頃のことを思ってのことだ。
 これまでのわけのわからない連絡とは違い、今回は明確な理由があった。だから感謝した。発信が2ヶ月になっている。それがなぜ今になって通知が来たのかわからないが、わざわざ教えてくれたのに無視するのは人道に反する。
「わざわざ連絡ありがとう」とだけ返した。それ以上やり取りをしないほうがいい。それは僕のためにならない。
 彼女ももちろん同じことを思っていただろう。僕の精神状態を悪くさせたくないと思っているはずだ。過去の連絡はなかったことにしていい。前述したような理由で連絡をしてきていたとしても、水に流す。だから、電話が来た、ありがとうで終わって欲しい。

 次いでまたメッセージが届いた。同棲中に室内で飼って毎日一緒に寝ていたメスの犬が年を取って寝たきりになっている、という内容と蒲団に寝転がって目だけをカメラに向けている犬の写真だった。
 僕はその犬が大好きで、おそらく犬も僕のことが大好きで、今までずっと犬がどう過ごしているか気になっていた。15年前に彼女の家を出てから一度も会っていない。ペットを押し付けたような形になって彼女や家族や犬に申し訳ないという気持ちがあった。
 別れて10年を過ぎてから、そろそろ寿命が尽きるだろうなという意識が頭の隅にあった。とはいえこちらから連絡は出来ない。出来ないししたくない。
 その犬の現状を知り、僕は泣いた。犬が死にかけている様子を可哀想に思ったのと、わざわざ犬が死にかけていると教えてくれた感謝の意味で泣いた。
 これまでの犬の記録を写真や動画で送ってくれた。元気な頃から寝たきりになるまで。あまりの可愛さに泣きながらにやにやしながら送られてくる写真や動画を観続けていた。

 ここまではよかった。
 次いで、娘からメッセージが届いた。「今ママはわけあって犬と暮らしてないから、私から写真と動画を送るね」というなんのことはない連絡だった。ここから彼女からのメッセージは途絶える。
 当時の彼女は実家に住んでいたが、今は出ているという。
 ふうんと思った。
「私も弟も祖父母もみんな心配してたよ。元気にやってるみたいで安心した」と届いた。
 長女は25歳、長男は23歳になっているはず。僕は18年も前に突然現れて数年で消えたわけのわからない男のことを覚えていること、心配までしてくれていることに感謝し涙した。

 と同時に、別に元気じゃないけどな、という冷めた僕がいた。
 統合失調症を発症したことやその後の人生が底なしの肥溜めになり続けていることが、彼女に捨てられたせいだとは思っていない。確かにきっかけの一つではあったが、そもそも捨てられる原因は生活力のなくなった自堕落な僕が彼女にハードワークさせたり借金をさせた結果だから、彼女や彼女の家族はなにも悪くない。
 あくまでも病気もその後続く底なしの肥溜めも自分に降りかかる不運すべて、僕が悪いのだ。
 しかしだからこそ、元気でよかった。みんな心配していたなどと言われたところで、「なにが目的なんだ?」と思う。
 続いて、あの頃はどうだという思い出話を語り始める。私たちみんな家族だよ的なウェットなことを言う。長女にはあの頃ちゃんと相手しなくて申し訳ないという気持ちしかないため、かなり面倒であるが話を続ける。しかしなにかがおかしい。察しの悪い僕でも気づいている。お互いの認識の違いを感じる。

 メンタルが削られるのを感じる。一気に僕のメンタルを削ったのが以下だ。
「弟はあなたにしか心を開かなかったんだよ。ママはあなたと別れてから何人かと付き合ったけど、弟は懐かなかった」

 ああ、何人も付き合ったんだ。へえ。それをわざわざ僕に伝えてくれたんだ。ありがたい話だ。感謝しないと――

 わけあって家を出ていると言っていた。
 もうここまで来たら徹底的にメンタルを削り切ってやろうと思い、彼女のSNSを開いてざっと過去の呟きを見た。見たところでいいことがあるわけないというより悪いことしかない、とわかっているのに見てしまう。なぜだろう。男の性というものか。
 アパートだかマンションだかで猫を飼っている写真が上がっていた。様々なフォロワーと楽しそうに会話をしている。芸能人に絡んでいる。吐き気がやってきて、心臓が冷たくなるのを感じた。関係ないが僕はSNSで芸能人に絡む一般人が大嫌いである。様々な意味での吐き気が収まらない。
 ここまではよかった。まだよかった。まだギリギリよかった。よくないが、よかった。
 過去の呟きを見始めると止まらなくなる。もう見るのをやめようと何度も思いながら、画面をスクロールしていく。

「風邪引いた。旦那がのど飴持ってきてくれた。愛されてる私」
「旦那がアイス買ってくれてた!」

 僕はボクシング経験がないため想像でしかないが、顔面を思い切り殴られたような衝撃を受けた。顔面を殴られ、次はボディ。脚でもってみぞおちを何度も蹴り飛ばされる。そして体を持ち上げられリング外に投げられ、観客席のパイプ椅子で何度も殴りつけられる。
 僕のヒットポイントは0になっていた。

 しかしそのおかげで、僕と彼女らの認識の違いに気づくことができた。
 彼女らは不幸せな僕に自分たちの幸せな日常を見せつけている。本人にそのつもりはなくても、実際行っている。僕の被害妄想でしかないと嗤うなら嗤えばよい。被害妄想は幼少期からずっと続いている僕の癖だ。今更ぐだぐだ抜かすな。
 長女からのメッセージは一日に数度送られてくる。それを読んで返信するのが苦痛で仕方ない。あの頃はどうだのなんだの、過去の思い出話を繰り返している。彼女らの現状も僕の現状も話題には上がらない。お互いがお互いの現状に興味がない。そりゃそうだろう。

 とはいえ僕はSNSで現状を晒しているわけだから、そのSNS経由でダイレクトメッセージを送ってきたということは、SNSを見ているわけだから僕の現状を知っているはずだ。数年前に「れつだん先生おもしろーw」という呟きをしているから、見ていたのだろう。
 僕は彼女らの現状を知らないから訊かないだけだが、彼女らが僕の現状に触れないのは、気を遣っているということになるだろう。

 彼女らを非難したくない。電話の連絡も犬の現状も心配していたというのも、善意でしかない。とてもありがたいと思っている。とても感謝している。しかしそれでも、僕に連絡をすべきではなかった。なにがあってもなにもなくても、絶対に僕に連絡をしてはいけない。連絡をして現状を報告した時点で、僕が落ち込むだけだとなぜ理解しないのか。
 連絡をして僕がどうなるか、これまでの定期連絡でわかっていたはずだ。ここから彼女らのことを封印し普段の日常を送るために数ヶ月はかかる。

 頼むからもう二度と僕に関わって来ないでくれ――
 僕から関わることはないんだから、僕に関わらないでくれ――


 以下、著者が最後に元恋人に送ったダイレクトメッセージを、原文ママで転載する。

 電話の知らせや犬の写真や動画を貰えたのは本当に嬉しいしありがたいし感謝してるんであえてはっきり言うけど、金輪際なにがあってももう二度と連絡してこないで欲しい。
 君は僕のことなんかなんとも思ってないだろうからなにも感じないだろうけど、こっちはまあ半端なくメンタルを傷つくのよね。
 精神疾患になって未だに入院してる状態なので、これ以上僕にダメージを与えないで欲しい。
 長女ちゃんや長男や君のお母様が僕のことを思ってくれていることにはとても感謝してるし、正直泣いたし、安心したし、嬉しい。ずっとみんなを心配してたから、みんなが元気でとても嬉しかった。
 でも、もう僕の人生に介入してこないで欲しい。わざわざよかれと思って僕に連絡してきたみんなのことを思うととても申し訳ないと思うし心苦しいし自分が嫌になるけど、東京に出てきてから平穏な暮らしをしてできるだけ精神状態を安定に保とうと努力してる状態なので、どうかよろしくお願いします。
 ブロックするので永遠にさようなら。みんなによろしく。
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