ロンリー・グレープフルーツ

れつだん先生

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第5話 自慰

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 こうして見る限り、楽しそうに人生を歩んでいると思われるだろう。しかしそうもいかない。やはり胸にはぽっかりと穴が開いたような気持ちが続いていた。それを埋めるのは、あの女性とのチャットだけだった。
 夜も更けてきたため、解散となり、僕たちは大学生の車でそれぞれの家に送ってもらった。部屋に入るなりヤフーメッセンジャーを立ち上げ、彼女がログインしているのを確認した。その瞬間、大量に飲酒をしていたにも関わらず、一気に酔いがさめた。僕は「起きてる?」とチャットを打った。すぐさま「起きてるよー」との返信が。

 ネギ:今日はちょっとバイトの人と呑みに行ってました!
 あっぷる:いいなぁ。私はそんな暇無いよー。
 ネギ:酔いつぶれちゃって、バイトの男の人とキスしちゃいましたw
 アップル:www

 何気なくパソコンの時計を見ると、もう零時を回っていた。さすがにこれ以上チャットをするのは彼女に申し訳なく感じたため、会話も早々にチャットを切り上げることにした。僕の脳内ではすさまじく美人な彼女像ができ上がっていた。だから会うことが怖い。それ以前に会うなんていうことがあるのだろうか。わからないけれど、会うのが怖い。それは彼女の容姿だけではなく、自分自身の容姿のことも関係していた。僕は低身長だし顔はそんなに良くないと思っているので、いざ会ってみて落胆されるのも嫌だ。でも会いたい。何もしなくてもいい。ただ食事をするだけでも良かった。ただ会いたい。彼女に会いたい。一目だけでも見たいのだ。
 わけのわからない期待を込めながら、個室に入る。

 あっぷる:メッセンジャーのほうが色々やりやすいんだよね
 ネギ:そうなんだ?
 あっぷる:こうやって落書きソフトだってあるんだよ

 と画面に突然ホワイトボードのようなものが現れ、そこにミミズが走ったような文字で「あっぷる」と書かれた。僕も「ネギ」と書く。単純だけど結構楽しいので、二人でいろんな絵を描いた。

 あっぷる:ああいうところだと色んな人が入ってくるじゃん? ここだと邪魔されることもないから、普通に話ができる
 ネギ:文明の進化ってすごいなー
 あっぷる:おっさんか!

 この間の僕の顔がどんなだったのかは想像したくない。あまりに気持ちの悪い笑みを浮かべていただろうから。僕が元々自分のことが嫌いだっていうのは僕自身が一番よくわかっているから、この部屋には鏡なんてものは一つもない。たぶん――というのもあまりにごみで溢れかえりすぎてそれがあったのかどうかもわからない。そういえば携帯どこだっけ、と探すのも一苦労だ。でもそんなものは今必要ない。今必要なのはこの二人の時間だけだ。

 あっぷる:こんなこともできるよ

 突然ウィンドウが開き、若い女性が写った。僕は一瞬何がなんだかわからなくなって、へんなウィルスにでも感染したのかと思って、色んなところをクリックしてしまい、その女性のウィンドウが消えて、もう一度それを表示させて――とりあえず混乱した。

 ネギ:なななににに
 あっぷる:これ私だよー。動画

 煙草を口にくわえた女性が写っている。画素が悪いため詳しくはわからないけれど、ロングヘアで大人びたメイクをし、Tシャツが扇風機か何かでなびいていて、微かに下着の紐が見えた。

 ネギ:そんな、簡単に、自分の画像を出していいの?
 あっぷる:だってネギは何もしないでしょ?

 僕はもう何がなんだかわからなくなって、目の前に写っている美女が微笑みながら手を振っているのを見ながらオナニーした。突然彼女が自分の顔を晒したということにも驚いたけれど、想像以上に美人だったせいで、僕は毎日しているにも関わらず――そして事前にしておいたのにも関わらず――大量に精子をティッシュに放出させた。当然そんなことは一言も口に出さない。

 あっぷる:ちょっとイヤホンをパソコンにさしてみて

 次の指示に丸めたティッシュを適当に部屋に投げつけて、イヤホンがどこにあったかとその辺りのごみをあさり、ようやく発見したそれをパソコンにさし、耳につけた。
「やっほーあっぷるだよー」という声が聞こえた。僕の下半身はその声と動画のダブルパンチでパンパンに膨れ上がり、またティッシュに大量に放出した。当然そんなことは一言も口に出さない。どうすればこの、今パソコンに写っている、そして僕とチャットしている女性が、どれほどの美女だって説明できるんだろうか? 僕の頭の中で色んな言葉が浮かんでは消えていった。とにかく美人だ! もう、それ以上に、何も言うことはないしそれ以上に何も言えやしない!
 釣り糸を垂らしてもいないのに勝手に魚が釣れた、ともう少しでチャット枠に文字を打ちそうになって慌てて削除した。

 ネギ:え、い、あこれ、あっぷるさんがしゃばえててるの?>

「そうだよぉん」と言いながら微笑んでまた手を振る。その直後に動画のウィンドウがブラックアウトした。同時にチャットが表示される。

 あっぷる:こんな感じでお互いの顔を見ながらボイスチャットなんかもできちゃうの

「ええ、これは、ははあ、すごいですね!」と相手に聞こえるはずもないのに声に出してしまい、僕は慌ててキーボードを叩いた。

 ネギ:これはすごいですね!
 あっぷる:わざわざ見せるほどの顔じゃないけどw
 ネギ:いや、滅茶苦茶美人じゃないですか!
 あっぷる:いきなり敬語になってるしw

 短時間で二度もオナニーしてしまい、果ててしまった僕はキーボードを叩くのさえだるく感じ、相手が何もチャットしてこないのを確認し、少しだけ横になって天井を見上げた。何がどうなっているのか自分でさえもわからない。僕は今何をしてる? と天井に問いかけても、真っ白な天井は何も答えてはくれない。当然だろう。チャットが来た音がしたので体を起こし、煙草を銜え火を付けたところで、灰皿に吸いかけの煙草があったのを発見した。もう、何がなんだか、わからない――
 酔い? そんなもの、もうとっくの昔に消え去ってるに決まってるじゃないか。今日のでき事? どうでもいい。

 あっぷる:じゃー私そろそろ寝るよー

 慌ててキーボードを叩くとその反動で灰がそこへ落ちた。そんなものどうでもいい。

 ネギ:こんな遅くまでごめんなさい! おやすみ!
 あっぷる:おやすみー
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