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「ねえ、ルド?」
「はい?」
私はぬるくなったホットミルクを一口飲む。おいしい。
ルドの作るものはみんなおいしいし、ルドが私に見せる配慮にはいつだって感謝している。
これを言ったら、こんな心地のいい生活は終わってしまうのかもしれない。
それでも、私はもう、気付いてしまった。願望を優先させて見て見ぬふりをして、信じたいものだけを信じ続けることは、さすがにできない。
私は思い切ってルドに問いかける。
「ルドが魔女から与えられた役目って、なに?」
「……」
ルドは答えず、質問の意図を問いかけるようにじっと私に視線を投げてきた。
私はずっと、ルドが魔女から私の世話をするよう命じられたのだとばかり思っていた。信じ込んでいた。でも、もし違うのだとすれば、それは……。
言ってしまった言葉は無かったことにはできない。
もう、引き返せない。私は再度覚悟を決め、一呼吸おいてからゆっくりと口を開く。
「サラマンダーの皮に魔法を使った時、私、途中で黒い靄に覆われたの。その時に、すごく嫌な感じがして、その嫌な感じが呼び水になって、思い出した。私の知らない、この身体の記憶だと思うんだけどね、その、アルマは、」
声が震えそうになり、ぐっと力を込める。
ルドは静かに私を見つめ、私もその視線を正面から受け止める。
「アルマは、魔法でたくさんの人を、殺めたんだよね?」
初めて魔法を使った時に、自分が何を考えたか思い出す。
私はあの時、とても冷静に大男カイテーのどの部位を壊すかについて考えていた。
とてもじゃないが、まともな思考ではない。
「アルマは……アルマになった私はすごく危ないから……だから、ルドは私のこと、見張ってたんじゃないのかな? それで、もしもの時は、ルドが私のことを……」
今度こそ声が震え、言葉にならなかった。
声だけでなく、小刻みに身体まで震え始める。
怖かった。
私が誰かを傷つけてしまう可能性があることが。
ルドがそれを全部知っていたことと、私がそれに気づいたことで、ルドが私に対する取り繕いを止め軽蔑をあらわにするかもしれないことが。
ルドは何も言わない。
ただ、表情を歪め、口元に手をやり、そして。
「……っぷ」
吹き出した。それもかなり盛大に。
唖然とする私の目の前で、ルドは身体をくの字に曲げ、大笑いする。
少しして笑いが収まったかと思えば、またくつくつと笑いだし、なかなか笑い止まない。
「え? えと、え? ルド? その、え?」
「いやー、フフフ、そう、か、そうですね、フフ、さすがはアルマ……」
目元を拭う動作をして、大きく深呼吸を何度も繰り返し、ようやく落ち着いたようだ。
「……前にも話しましたが、アルマの魔法は少し特殊なんですよ。危ないと言われれば、まあそうではあるのですが、危険性だけで言えば僕やテラ様の方がずっと危ない存在ですよ?」
「う、うーん……?」
「だいたい、あなた、あの男相手に何をしでかしたか忘れたんですか? 一回目の襲撃の時には彼の周囲を水浸しにするのみで彼自身は無傷でしたし、二回目の誘拐の時にいたっては、あなたはあの誘拐犯を魔法で癒していたじゃ、ないで、すか。……そ、そんなあなたが、危ない? もしも、の、時?」
ルドは再び愉快そうに腹を抱え出す。
いや、これはちょっと私に対して失礼なのでは?
「……テラ様はあなたに興味を持っています。アルマの特殊な魔法とあなたの稀有な生い立ちに。悪魔からの頼みもあって、たまたま僕があなたのサポート役を仰せつかったのですが、いやはや」
いえ、はっきりと明言したこなかった僕も悪いのかもしれませんが。
ルドは困ったように苦笑する。
「あなたの言う通り、その体の元の持ち主は、確かに人を殺めました。しかしそれはあなたとは無関係の事象です。どんなものも人を傷つけるリスクがありますが、それは使い方次第ですよ。……その使い方をお伝えするのも僕の役目の一つだったはずなんですが、あまり必要は無かったのかもしれませんね」
「その、魔法のことは、私、本当によくわからない、けど。でも、本当のことがなにも見えていないんだって気付いて、知らないことすら知らないのに、勝手に都合のいいことばかりを信じ込んでて、それはダメなことだと思うから、だから、その……」
「どれだけ気を付けようとも、本当のことなんてものは誰にもわかりませんよ。一方から見た時にはそれが事実でも、他方から見れば全く別の事実が浮かび上がることだって少なくありません。ですので、信じたいことを信じればいいんですよ。不安になることがあればいつでも言ってください。その都度、事実を見直していけばいいだけなのですから」
ルドの瞳が少し揺れた。自分で自分の言葉に動揺したように口元に軽く手を添え、逡巡を見せる。
ルドがこんな様子を見せるのは珍しい。内心驚きつつも、私はルドが何かを言うのを待った。
「ところで、僕はこの生活を割合気に入ってはいるのですが、あなたはどうですか? もしもあなたが、マーナさんのように僕に不信を抱いていたり、僕を不快とお思いなのでしたら、その時は……」
「それはないよ。私は、この生活が、ルドとの生活が、とても好き!」
ルドが驚いたように息をのむ。そして、すっと顔をそむけた。
あれ、私、なにかまずいこと言ったのかな。
「そうですか……それはよかったです」
そっけない態度でマグカップに口を付ける。けれど、その口元が少しにやけているのに気付いた。
ルド、もしかして照れてるのだろうか。
じっと見つめる私に気づき、ルドもこちらを向く。
ルドと私は目と目を見合わせて、にっこりと笑った。
「はい?」
私はぬるくなったホットミルクを一口飲む。おいしい。
ルドの作るものはみんなおいしいし、ルドが私に見せる配慮にはいつだって感謝している。
これを言ったら、こんな心地のいい生活は終わってしまうのかもしれない。
それでも、私はもう、気付いてしまった。願望を優先させて見て見ぬふりをして、信じたいものだけを信じ続けることは、さすがにできない。
私は思い切ってルドに問いかける。
「ルドが魔女から与えられた役目って、なに?」
「……」
ルドは答えず、質問の意図を問いかけるようにじっと私に視線を投げてきた。
私はずっと、ルドが魔女から私の世話をするよう命じられたのだとばかり思っていた。信じ込んでいた。でも、もし違うのだとすれば、それは……。
言ってしまった言葉は無かったことにはできない。
もう、引き返せない。私は再度覚悟を決め、一呼吸おいてからゆっくりと口を開く。
「サラマンダーの皮に魔法を使った時、私、途中で黒い靄に覆われたの。その時に、すごく嫌な感じがして、その嫌な感じが呼び水になって、思い出した。私の知らない、この身体の記憶だと思うんだけどね、その、アルマは、」
声が震えそうになり、ぐっと力を込める。
ルドは静かに私を見つめ、私もその視線を正面から受け止める。
「アルマは、魔法でたくさんの人を、殺めたんだよね?」
初めて魔法を使った時に、自分が何を考えたか思い出す。
私はあの時、とても冷静に大男カイテーのどの部位を壊すかについて考えていた。
とてもじゃないが、まともな思考ではない。
「アルマは……アルマになった私はすごく危ないから……だから、ルドは私のこと、見張ってたんじゃないのかな? それで、もしもの時は、ルドが私のことを……」
今度こそ声が震え、言葉にならなかった。
声だけでなく、小刻みに身体まで震え始める。
怖かった。
私が誰かを傷つけてしまう可能性があることが。
ルドがそれを全部知っていたことと、私がそれに気づいたことで、ルドが私に対する取り繕いを止め軽蔑をあらわにするかもしれないことが。
ルドは何も言わない。
ただ、表情を歪め、口元に手をやり、そして。
「……っぷ」
吹き出した。それもかなり盛大に。
唖然とする私の目の前で、ルドは身体をくの字に曲げ、大笑いする。
少しして笑いが収まったかと思えば、またくつくつと笑いだし、なかなか笑い止まない。
「え? えと、え? ルド? その、え?」
「いやー、フフフ、そう、か、そうですね、フフ、さすがはアルマ……」
目元を拭う動作をして、大きく深呼吸を何度も繰り返し、ようやく落ち着いたようだ。
「……前にも話しましたが、アルマの魔法は少し特殊なんですよ。危ないと言われれば、まあそうではあるのですが、危険性だけで言えば僕やテラ様の方がずっと危ない存在ですよ?」
「う、うーん……?」
「だいたい、あなた、あの男相手に何をしでかしたか忘れたんですか? 一回目の襲撃の時には彼の周囲を水浸しにするのみで彼自身は無傷でしたし、二回目の誘拐の時にいたっては、あなたはあの誘拐犯を魔法で癒していたじゃ、ないで、すか。……そ、そんなあなたが、危ない? もしも、の、時?」
ルドは再び愉快そうに腹を抱え出す。
いや、これはちょっと私に対して失礼なのでは?
「……テラ様はあなたに興味を持っています。アルマの特殊な魔法とあなたの稀有な生い立ちに。悪魔からの頼みもあって、たまたま僕があなたのサポート役を仰せつかったのですが、いやはや」
いえ、はっきりと明言したこなかった僕も悪いのかもしれませんが。
ルドは困ったように苦笑する。
「あなたの言う通り、その体の元の持ち主は、確かに人を殺めました。しかしそれはあなたとは無関係の事象です。どんなものも人を傷つけるリスクがありますが、それは使い方次第ですよ。……その使い方をお伝えするのも僕の役目の一つだったはずなんですが、あまり必要は無かったのかもしれませんね」
「その、魔法のことは、私、本当によくわからない、けど。でも、本当のことがなにも見えていないんだって気付いて、知らないことすら知らないのに、勝手に都合のいいことばかりを信じ込んでて、それはダメなことだと思うから、だから、その……」
「どれだけ気を付けようとも、本当のことなんてものは誰にもわかりませんよ。一方から見た時にはそれが事実でも、他方から見れば全く別の事実が浮かび上がることだって少なくありません。ですので、信じたいことを信じればいいんですよ。不安になることがあればいつでも言ってください。その都度、事実を見直していけばいいだけなのですから」
ルドの瞳が少し揺れた。自分で自分の言葉に動揺したように口元に軽く手を添え、逡巡を見せる。
ルドがこんな様子を見せるのは珍しい。内心驚きつつも、私はルドが何かを言うのを待った。
「ところで、僕はこの生活を割合気に入ってはいるのですが、あなたはどうですか? もしもあなたが、マーナさんのように僕に不信を抱いていたり、僕を不快とお思いなのでしたら、その時は……」
「それはないよ。私は、この生活が、ルドとの生活が、とても好き!」
ルドが驚いたように息をのむ。そして、すっと顔をそむけた。
あれ、私、なにかまずいこと言ったのかな。
「そうですか……それはよかったです」
そっけない態度でマグカップに口を付ける。けれど、その口元が少しにやけているのに気付いた。
ルド、もしかして照れてるのだろうか。
じっと見つめる私に気づき、ルドもこちらを向く。
ルドと私は目と目を見合わせて、にっこりと笑った。
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