旅人アルマは動かない

洞貝 渉

文字の大きさ
上 下
26 / 29

6-4

しおりを挟む
 ヤドカリってパンチとかするんだ。
 場違いな感想を抱きつつ、私はルドの姿を見て、安心して泣きたくなってしまった。
「全然無事じゃ、ないよ……」
 泣き言を言う私に、ルドはどこかホッとしたような様子で微笑む。
 役目は終えたとばかりにヤドカリが貝の中にするりと入り込む。貝の部分が直接地面に接してから、ルドとマーナが貝の中から出てきた。
「遅くなりすみません。ちょっと研究所を一つ潰してきたものですから」
 ルドがさらりと何か言った。
 たぶん、さらりと一言で終わらせていいようなことではないことを、言った。
 聞き返そうとする私を制して、ルドは呆れたようにひっくり返った巨大な黒トカゲを見上げる。
「あれは、カイテーという男の成れの果て、でしょうか?」
「ご、ごめんなさい」
「……なぜアルマが謝るのですか?」
 私はカイテーがトカゲに変貌してしまうまでのことを説明した。
 また魔法を使ってしまったこと。そのせいで様子がおかしかったサラマンダーの皮の義手が、ますますおかしくなってしまったこと。
 ルドは私の話を聞いて、納得したようになるほどと呟く。
「アルマの魔法があったから、この程度で済んでいるんですね」
「えと、この程度って……」
「放っておいたらきっと、あの男は骨も残さず燃え尽きていたでしょうし、宿主を殺した義手は怨嗟をばらまいて辺り一帯に被害を出していたことでしょう。アルマの処置のおかげでかろうじて男の生命があったから、そこに精霊の怨嗟が憑りつき、あんな姿になったんですよ」

 ルドは改めてまじまじとトカゲを見つめ、ちょっと面倒くさそうにため息を吐く。
 トカゲは体を起こしはしたが、まだヤドカリパンチが効いているのか、動かない。
「テオフラストゥスの発明品にも困ったものですね。いい加減な知識、中途半端な技術でよくもまあこれだけ劣悪なものを……」
 呆れ顔のルドを、巨大トカゲは憎しみのこもった目で見下している。
 今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だった。
「マーナさん、アルマと一緒に家の中へ避難してください」
 軽い口調でルドが言う。
 無言で私の手を取るマーナ。そういえば、さっきからマーナは何も喋っていない。マーナのその大人し過ぎる様子がちらりと気になったけれど、それよりも今はルドの方が気になる。
 ルドなら何とかしてくれる、という気持ちと、さすがにこれは無理なんじゃないか、という気持ちが拮抗していた。
「ルド、どうするの?」
「水と土で火を弱めます。サラマンダーの影響が薄れれば、まあ、後はあの男が自力でどうとでもするでしょう」
 なにも問題ありませんよ。いつも通りの、のんびりとした口調だった。
 私は何と言っていいのかわからず口ごもり、それでも心配な気持ちが先だって、でも、とか、あの、とか、何かしらを言い募ろうとした。
 それをマーナが無言で引っ張って止めてくる。
「大丈夫ですよ。マーナさんとお部屋に戻っていてください」
 にっこり笑うルドに、手を握るマーナ。
 私はしぶしぶ引き下がることにした。
「わかった。ルド、その、気を付けて」
「はい、気を付けますね」

 ヤドカリハウスに入り、窓からルドの様子をうかがう。
 ルドは何の気負いもなく、ただ軽く片手を上げた。するといきなり大地を割って水しぶきが上がり、それがトカゲに直撃する。
 トカゲは水を浴びて鬱陶しそうに体をくねらせた。巨体が大きく動き、振り回したトカゲの手がルドのいる辺りに叩きつけられる。ルドは動かず、それを素早く作った土の壁で防御した。
 水は湧き出し続け、トカゲとその周辺を水浸しにしていく。トカゲは鬱陶しそうにはしているが、それだけであんまり効果はなさそうに見える。

 水は無視することにしたのか、身体を濡らしながらも、トカゲは正面からルドを見据えた。
 その大きな口をカパッと開いたかと思うと、喉の奥がキラキラと瞬き始める。瞬きはあっという間に光の塊に成長して、大きな火の玉へ変化した。勢いをつけて吐き出すためか、トカゲが大きくのけぞる。
 ルドはそのタイミングに合わせて、水浸しで泥となった地面を鞭のようにトカゲにからみつかせ、口を閉じさせるように縛り付けた。泥はそのまま量を増し、トカゲにまとわりつき、押し倒し、地に埋没させる。
 あっという間の出来事で、気付いた時には、トカゲは地面の下へ埋められてしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

フィライン・エデン Ⅲ

夜市彼乃
ファンタジー
黒幕・ガオンとの死闘の末、平穏を取り戻した雷奈たち。 いまだ残る謎を抱えながらも、光丘中学校の生徒・朝季たちと知り合った彼女らは、ボランティアとしてオープンスクールフェスティバルに携わることに。 しかし、そこに不穏な影が忍び寄り……。 希兵隊VS学院、本物VS偽者、流清家VS風中家。 そして再び迫りくる世界の危機の果て、「彼女」の正体が明かされる。 急展開の第三部、始動!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...