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起こったことに、頭がついてこない。
あちこち焼けこげたり水浸しだったりして滅茶苦茶になった周囲の様子が、これは夢ではないと教えてくれる。けれど、それでも、現実感がまるでなかった。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか側に来ていたルドが、心配そうに私を覗き込む。
いつものルドだ。まるで何事も無かったかのように、いつも通りのルドが私を心配している。
私は混乱するばかりで、絶句したまま固まってしまった。
ルドの表情が曇る。悲しそうな、怒っているような、取り返しのつかないことが起こってしまい絶望でもしたかのような、そんな表情が私を見つめ、すぐに消えた。
「怪我は、なさそうですね」
また、いつものルドに戻る。
よかったです、と安心したように、もともと細い目をさらに細めて言った。
何か言わなくては。うん、でもいいし、大丈夫、とかでもいい。とにかく何か言葉にしなければと、焦れば焦ほど、何も言葉が出てこない。
ルドは何も言わない私を気にしたふうでもなく、周囲を見回して呆れたように深々とため息を吐いた。
「使ったんですね、魔法……」
「ごめんなさい」
今度はするりと声が出た。自分でも何を謝っているのかはわからなかったけれど。
「謝ることはなにもありません。ありませんが……」
にっこりと笑うルド。
あれ? この笑顔、知ってる。悪戯前によく見せる悪い笑顔だ。……え、なんだろう、すごく怖い。
「魔法を使わずに済むのなら必要ないと思っていましたが、やはり必要なようですね」
ぽん。
ルドが私の肩に手を置いて、にっこりと笑った。
「魔法の勉強と鍛錬、明日から頑張りましょうね?」
勉強と鍛錬……あまり嬉しい響きではない言葉だ。なによりルドの笑顔が怖い。
「ね?」
「は、はい」
念押しするように肩に置いた手にぎゅっと力を込めてくる。
よくわからないけれど、観念するしかないみたいだった。
「さて、では一つ一つ片付けていきましょうか」
ルドは私の肩から手を離し、地面を軽く撫でつけた。
撫でた部分の土が盛り上がり、ボコッと音を立て、中からマナが姿を現す。
「マナ!」
マナは眠っているようだ。皮膚の所々が赤くなってはいるが、ひどい怪我をしているわけではなさそう。
私はホッと胸をなでおろす。
「じきに目を覚ますでしょう。手当は家に戻ってからでも問題なさそうですね。……問題なのは、」
ルドがちょっと面倒くさそうに、周囲の惨状を見る。
「場の力が、水に偏ってしまっていますね」
「場の力?」
「はい。アルマの魔法は少し特殊で、影響力が強いのです。このまま放っておけば、ここ一帯の植物は根腐れし、森の一部が完全に死んでしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい。その、私、知らなくて……」
「大丈夫ですよ、謝ることはなにもありません。少し面倒ではありますが、適切に水を散らしてあげれば、かえってこの森は強い力をつけ元気になりますから」
ルドが両手を広げ、宙を見つめる。
すると柔らかに揺らぐ小さな火が無数に生まれ、辺り一面にふわふわと浮かび上がった。
続けて、軽く、空気を撫でるように緩やかな動きで、ひらりはらりと手を左右に移動させる。手の動きに合わせて、ふよりそよりと優しいそよ風が吹き始め、小さな火を揺すった。
湿気で淀んでいた空気がかき回され、しだいに爽やかな風が通るようになる。
「すごい……」
思わず呟いていた。
ルドが呟くように説明してくれる。
火と風が溜まった水を気化させ流動を促します。そして気化して散った水分を広範囲の土が吸い栄養を蓄え、森の空気が一層澄んだものになっていくのです。
ふと見ると、マナが目を開いている。
私は嬉しくなって声をかけようとしたけれど、つい言葉を飲み込んだ。
マナは険しい表情で魔法を使って水を散らすルドを睨みつけていた。
あちこち焼けこげたり水浸しだったりして滅茶苦茶になった周囲の様子が、これは夢ではないと教えてくれる。けれど、それでも、現実感がまるでなかった。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか側に来ていたルドが、心配そうに私を覗き込む。
いつものルドだ。まるで何事も無かったかのように、いつも通りのルドが私を心配している。
私は混乱するばかりで、絶句したまま固まってしまった。
ルドの表情が曇る。悲しそうな、怒っているような、取り返しのつかないことが起こってしまい絶望でもしたかのような、そんな表情が私を見つめ、すぐに消えた。
「怪我は、なさそうですね」
また、いつものルドに戻る。
よかったです、と安心したように、もともと細い目をさらに細めて言った。
何か言わなくては。うん、でもいいし、大丈夫、とかでもいい。とにかく何か言葉にしなければと、焦れば焦ほど、何も言葉が出てこない。
ルドは何も言わない私を気にしたふうでもなく、周囲を見回して呆れたように深々とため息を吐いた。
「使ったんですね、魔法……」
「ごめんなさい」
今度はするりと声が出た。自分でも何を謝っているのかはわからなかったけれど。
「謝ることはなにもありません。ありませんが……」
にっこりと笑うルド。
あれ? この笑顔、知ってる。悪戯前によく見せる悪い笑顔だ。……え、なんだろう、すごく怖い。
「魔法を使わずに済むのなら必要ないと思っていましたが、やはり必要なようですね」
ぽん。
ルドが私の肩に手を置いて、にっこりと笑った。
「魔法の勉強と鍛錬、明日から頑張りましょうね?」
勉強と鍛錬……あまり嬉しい響きではない言葉だ。なによりルドの笑顔が怖い。
「ね?」
「は、はい」
念押しするように肩に置いた手にぎゅっと力を込めてくる。
よくわからないけれど、観念するしかないみたいだった。
「さて、では一つ一つ片付けていきましょうか」
ルドは私の肩から手を離し、地面を軽く撫でつけた。
撫でた部分の土が盛り上がり、ボコッと音を立て、中からマナが姿を現す。
「マナ!」
マナは眠っているようだ。皮膚の所々が赤くなってはいるが、ひどい怪我をしているわけではなさそう。
私はホッと胸をなでおろす。
「じきに目を覚ますでしょう。手当は家に戻ってからでも問題なさそうですね。……問題なのは、」
ルドがちょっと面倒くさそうに、周囲の惨状を見る。
「場の力が、水に偏ってしまっていますね」
「場の力?」
「はい。アルマの魔法は少し特殊で、影響力が強いのです。このまま放っておけば、ここ一帯の植物は根腐れし、森の一部が完全に死んでしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい。その、私、知らなくて……」
「大丈夫ですよ、謝ることはなにもありません。少し面倒ではありますが、適切に水を散らしてあげれば、かえってこの森は強い力をつけ元気になりますから」
ルドが両手を広げ、宙を見つめる。
すると柔らかに揺らぐ小さな火が無数に生まれ、辺り一面にふわふわと浮かび上がった。
続けて、軽く、空気を撫でるように緩やかな動きで、ひらりはらりと手を左右に移動させる。手の動きに合わせて、ふよりそよりと優しいそよ風が吹き始め、小さな火を揺すった。
湿気で淀んでいた空気がかき回され、しだいに爽やかな風が通るようになる。
「すごい……」
思わず呟いていた。
ルドが呟くように説明してくれる。
火と風が溜まった水を気化させ流動を促します。そして気化して散った水分を広範囲の土が吸い栄養を蓄え、森の空気が一層澄んだものになっていくのです。
ふと見ると、マナが目を開いている。
私は嬉しくなって声をかけようとしたけれど、つい言葉を飲み込んだ。
マナは険しい表情で魔法を使って水を散らすルドを睨みつけていた。
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