18 / 29
5-1
しおりを挟む
起こったことに、頭がついてこない。
あちこち焼けこげたり水浸しだったりして滅茶苦茶になった周囲の様子が、これは夢ではないと教えてくれる。けれど、それでも、現実感がまるでなかった。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか側に来ていたルドが、心配そうに私を覗き込む。
いつものルドだ。まるで何事も無かったかのように、いつも通りのルドが私を心配している。
私は混乱するばかりで、絶句したまま固まってしまった。
ルドの表情が曇る。悲しそうな、怒っているような、取り返しのつかないことが起こってしまい絶望でもしたかのような、そんな表情が私を見つめ、すぐに消えた。
「怪我は、なさそうですね」
また、いつものルドに戻る。
よかったです、と安心したように、もともと細い目をさらに細めて言った。
何か言わなくては。うん、でもいいし、大丈夫、とかでもいい。とにかく何か言葉にしなければと、焦れば焦ほど、何も言葉が出てこない。
ルドは何も言わない私を気にしたふうでもなく、周囲を見回して呆れたように深々とため息を吐いた。
「使ったんですね、魔法……」
「ごめんなさい」
今度はするりと声が出た。自分でも何を謝っているのかはわからなかったけれど。
「謝ることはなにもありません。ありませんが……」
にっこりと笑うルド。
あれ? この笑顔、知ってる。悪戯前によく見せる悪い笑顔だ。……え、なんだろう、すごく怖い。
「魔法を使わずに済むのなら必要ないと思っていましたが、やはり必要なようですね」
ぽん。
ルドが私の肩に手を置いて、にっこりと笑った。
「魔法の勉強と鍛錬、明日から頑張りましょうね?」
勉強と鍛錬……あまり嬉しい響きではない言葉だ。なによりルドの笑顔が怖い。
「ね?」
「は、はい」
念押しするように肩に置いた手にぎゅっと力を込めてくる。
よくわからないけれど、観念するしかないみたいだった。
「さて、では一つ一つ片付けていきましょうか」
ルドは私の肩から手を離し、地面を軽く撫でつけた。
撫でた部分の土が盛り上がり、ボコッと音を立て、中からマナが姿を現す。
「マナ!」
マナは眠っているようだ。皮膚の所々が赤くなってはいるが、ひどい怪我をしているわけではなさそう。
私はホッと胸をなでおろす。
「じきに目を覚ますでしょう。手当は家に戻ってからでも問題なさそうですね。……問題なのは、」
ルドがちょっと面倒くさそうに、周囲の惨状を見る。
「場の力が、水に偏ってしまっていますね」
「場の力?」
「はい。アルマの魔法は少し特殊で、影響力が強いのです。このまま放っておけば、ここ一帯の植物は根腐れし、森の一部が完全に死んでしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい。その、私、知らなくて……」
「大丈夫ですよ、謝ることはなにもありません。少し面倒ではありますが、適切に水を散らしてあげれば、かえってこの森は強い力をつけ元気になりますから」
ルドが両手を広げ、宙を見つめる。
すると柔らかに揺らぐ小さな火が無数に生まれ、辺り一面にふわふわと浮かび上がった。
続けて、軽く、空気を撫でるように緩やかな動きで、ひらりはらりと手を左右に移動させる。手の動きに合わせて、ふよりそよりと優しいそよ風が吹き始め、小さな火を揺すった。
湿気で淀んでいた空気がかき回され、しだいに爽やかな風が通るようになる。
「すごい……」
思わず呟いていた。
ルドが呟くように説明してくれる。
火と風が溜まった水を気化させ流動を促します。そして気化して散った水分を広範囲の土が吸い栄養を蓄え、森の空気が一層澄んだものになっていくのです。
ふと見ると、マナが目を開いている。
私は嬉しくなって声をかけようとしたけれど、つい言葉を飲み込んだ。
マナは険しい表情で魔法を使って水を散らすルドを睨みつけていた。
あちこち焼けこげたり水浸しだったりして滅茶苦茶になった周囲の様子が、これは夢ではないと教えてくれる。けれど、それでも、現実感がまるでなかった。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか側に来ていたルドが、心配そうに私を覗き込む。
いつものルドだ。まるで何事も無かったかのように、いつも通りのルドが私を心配している。
私は混乱するばかりで、絶句したまま固まってしまった。
ルドの表情が曇る。悲しそうな、怒っているような、取り返しのつかないことが起こってしまい絶望でもしたかのような、そんな表情が私を見つめ、すぐに消えた。
「怪我は、なさそうですね」
また、いつものルドに戻る。
よかったです、と安心したように、もともと細い目をさらに細めて言った。
何か言わなくては。うん、でもいいし、大丈夫、とかでもいい。とにかく何か言葉にしなければと、焦れば焦ほど、何も言葉が出てこない。
ルドは何も言わない私を気にしたふうでもなく、周囲を見回して呆れたように深々とため息を吐いた。
「使ったんですね、魔法……」
「ごめんなさい」
今度はするりと声が出た。自分でも何を謝っているのかはわからなかったけれど。
「謝ることはなにもありません。ありませんが……」
にっこりと笑うルド。
あれ? この笑顔、知ってる。悪戯前によく見せる悪い笑顔だ。……え、なんだろう、すごく怖い。
「魔法を使わずに済むのなら必要ないと思っていましたが、やはり必要なようですね」
ぽん。
ルドが私の肩に手を置いて、にっこりと笑った。
「魔法の勉強と鍛錬、明日から頑張りましょうね?」
勉強と鍛錬……あまり嬉しい響きではない言葉だ。なによりルドの笑顔が怖い。
「ね?」
「は、はい」
念押しするように肩に置いた手にぎゅっと力を込めてくる。
よくわからないけれど、観念するしかないみたいだった。
「さて、では一つ一つ片付けていきましょうか」
ルドは私の肩から手を離し、地面を軽く撫でつけた。
撫でた部分の土が盛り上がり、ボコッと音を立て、中からマナが姿を現す。
「マナ!」
マナは眠っているようだ。皮膚の所々が赤くなってはいるが、ひどい怪我をしているわけではなさそう。
私はホッと胸をなでおろす。
「じきに目を覚ますでしょう。手当は家に戻ってからでも問題なさそうですね。……問題なのは、」
ルドがちょっと面倒くさそうに、周囲の惨状を見る。
「場の力が、水に偏ってしまっていますね」
「場の力?」
「はい。アルマの魔法は少し特殊で、影響力が強いのです。このまま放っておけば、ここ一帯の植物は根腐れし、森の一部が完全に死んでしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい。その、私、知らなくて……」
「大丈夫ですよ、謝ることはなにもありません。少し面倒ではありますが、適切に水を散らしてあげれば、かえってこの森は強い力をつけ元気になりますから」
ルドが両手を広げ、宙を見つめる。
すると柔らかに揺らぐ小さな火が無数に生まれ、辺り一面にふわふわと浮かび上がった。
続けて、軽く、空気を撫でるように緩やかな動きで、ひらりはらりと手を左右に移動させる。手の動きに合わせて、ふよりそよりと優しいそよ風が吹き始め、小さな火を揺すった。
湿気で淀んでいた空気がかき回され、しだいに爽やかな風が通るようになる。
「すごい……」
思わず呟いていた。
ルドが呟くように説明してくれる。
火と風が溜まった水を気化させ流動を促します。そして気化して散った水分を広範囲の土が吸い栄養を蓄え、森の空気が一層澄んだものになっていくのです。
ふと見ると、マナが目を開いている。
私は嬉しくなって声をかけようとしたけれど、つい言葉を飲み込んだ。
マナは険しい表情で魔法を使って水を散らすルドを睨みつけていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる