17 / 29
4-4
しおりを挟む
ルドは肩で息をしていた。
ヤドカリハウスのドアが壊されているのを見て、急いで私たちのことを捜しに来てくれたのだろう。
大男はマナを小脇に抱えたまま、私からルドに向き直る。
私に向けていた余裕は消えていた。油断ならない相手とルドを認識したようだ。
「なんだお前は?」
「そっくりそのままお返しします」
大男が空いている右の腕を振るう。
するとアームレットが鈍く光り、炎の球が五つ生まれてルドめがけて飛び掛かった。
ルドはそれを眉一つ動かさず、魔法で生み出した土の壁で防ぐ。
「あなたはどちら様でしょうか? どうにも善良な一般の方には見えないのですが」
「そういうお前こそ、ただもんじゃないだろ?」
ルドを守った土壁が形を崩し、いくつかの小さな塊になり浮遊して、男めがけて突進する。
男はそれを跳躍してかわした。
私と男との距離がさらに開く。
ルドと男が無言で睨み合った。
張り詰めた空気に、息が詰まりそうだ。
少しの間があり、男はチラリと私を見てから緊張を解く。警戒を止めたわけではなさそうだけど、ルドに向かって豪快に笑って見せた。
「俺はカイテーという。テオフラストゥスに雇われて、指名手配中の盗人をひっ捕まえに来た」
「これはご丁寧に。僕はその子たちの保護者みたいなもので、ルドベキアといいます」
「保護者だって? なら、こいつがやったことの責任はお前にもあるってことだな?」
「はて、どうなんでしょうね。彼女がなにをしたのか、僕は知らないもので」
「はっ! 保護者が聞いてあきれる!」
大男——カイテーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ルドはそれに反応しない。ただ冷静にカイテーの動きを観察している。
私は話の成り行きを、ただ黙って見ていることしかできない。
「こいつはな、天下のテオフラストゥスから重要な研究資料を盗んだんだよ!」
マナはカイテーの言葉を肯定も否定もせず、ただぐったりとして動かない。
ルドは心底興味なさそうな様子で、ほうと、相槌とも独り言の呟きとも判別つかない言葉を漏らし、軽く首をかしげた。それで? とでも言わんばかりだった。
カイテーは苛立ちを滲ませる。
「俺も詳しくは知らないが、俺を雇った奴の話によると、こいつが盗んだ資料ってのが、どうも『賢者の石』の一部らしい」
賢者の石。聞いたことはあるけれど、それが何なのかはよく知らない。確か、使うと金になったり不老不死になれたりする石、だったか。でも、その定義は私の世界でのものだ。
こちらの世界で言うところの『賢者の石』とは、どんなもののことを指すのか。
ルドは抑えきれないといったように、ニヤニヤと嗤う。
「賢者の石、ですか。それはそれは、また大層な物を……」
心底小馬鹿にしたような物言いだ。どうせつくなら、もっとましな嘘をつけばいいのに。ルドの顔にそう書いてある。
カイテーはますます苛立ったようで、声を荒げた。
「お前さんだって、言うほど『賢者の石』については知らないんじゃねえのか? テオフラストゥスの奴らは、現状不完全な失敗作しかないが、それでも貴重な『賢者の石』の試作だし重要な研究資料だって、言っていたぜ? ちなみにな、」
ニヤニヤ笑いを止めないルドに、カイテーも不敵な笑みを返した。
「その材料っていうのは、こいつの兄貴だったらしい」
賢者の石の材料が、マナのお兄さん?
マナは首から下げた小さな袋をよく触っていた。
以前、その袋の中身について尋ねたことがある。
あの時、マナは何と言ったか。
穏やかな笑顔を見せたあの時のマナは、一体なにを思っていたのか……。
「こいつの兄貴がどんな経緯でテオフラストゥスに来たか、わかるか? 実の妹に裏切られて、身代わりにさせられたんだと」
嬉しそうにマナのことを暴露するカイテー。
ルドはもうニヤニヤ笑いをしていなかった。
「で、どうする、保護者さん? こんなことしでかしたマーナの責任、どうとるつもりなんだ?」
「そうですね、まずは彼女の口からも話を聞いて、それから判断といったところでしょうか」
ルドは無表情に言った。
——なので、ひとまず返してもらいますね。
一瞬の出来事だった。
カイテーの足元が盛り上がったと思ったら、土の塊が二つに裂け、巨大なトラバサミになった。カイテーはそれを平然とかわそうとする。思いっきり横に飛び、土のトラバサミの範囲から易々と抜けた、ように見えた。
トラバサミはカイテーの移動に合わせるようにサイズを巨大化させる。カイテーが目を見開くのと、トラバサミが閉じられるのはほぼ同時だった。
絶叫。
カイテーが右手で左肩を抱き、獣のように雄叫びを上げる。
左肩の先にはあるべきものが何もない。左腕も、そこに抱えていたはずのマナの姿も。
流れ出る赤い液体をそのままに、凄まじい形相で大男は地面を蹴った。足首のアンクレットが鈍く光り、大男の加速を手助けする。
こちらに一切の注意を向けることなく、カイテーはこの場から全力で離脱した。
ルドはそれを、ただ眺めている。
追撃することもなく、大男の後姿が見えなくなるまで冷静に。
少しして完全にカイテーの気配が消えると、ルドは大きく息を吐いて、ようやく警戒を解いた。
ヤドカリハウスのドアが壊されているのを見て、急いで私たちのことを捜しに来てくれたのだろう。
大男はマナを小脇に抱えたまま、私からルドに向き直る。
私に向けていた余裕は消えていた。油断ならない相手とルドを認識したようだ。
「なんだお前は?」
「そっくりそのままお返しします」
大男が空いている右の腕を振るう。
するとアームレットが鈍く光り、炎の球が五つ生まれてルドめがけて飛び掛かった。
ルドはそれを眉一つ動かさず、魔法で生み出した土の壁で防ぐ。
「あなたはどちら様でしょうか? どうにも善良な一般の方には見えないのですが」
「そういうお前こそ、ただもんじゃないだろ?」
ルドを守った土壁が形を崩し、いくつかの小さな塊になり浮遊して、男めがけて突進する。
男はそれを跳躍してかわした。
私と男との距離がさらに開く。
ルドと男が無言で睨み合った。
張り詰めた空気に、息が詰まりそうだ。
少しの間があり、男はチラリと私を見てから緊張を解く。警戒を止めたわけではなさそうだけど、ルドに向かって豪快に笑って見せた。
「俺はカイテーという。テオフラストゥスに雇われて、指名手配中の盗人をひっ捕まえに来た」
「これはご丁寧に。僕はその子たちの保護者みたいなもので、ルドベキアといいます」
「保護者だって? なら、こいつがやったことの責任はお前にもあるってことだな?」
「はて、どうなんでしょうね。彼女がなにをしたのか、僕は知らないもので」
「はっ! 保護者が聞いてあきれる!」
大男——カイテーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ルドはそれに反応しない。ただ冷静にカイテーの動きを観察している。
私は話の成り行きを、ただ黙って見ていることしかできない。
「こいつはな、天下のテオフラストゥスから重要な研究資料を盗んだんだよ!」
マナはカイテーの言葉を肯定も否定もせず、ただぐったりとして動かない。
ルドは心底興味なさそうな様子で、ほうと、相槌とも独り言の呟きとも判別つかない言葉を漏らし、軽く首をかしげた。それで? とでも言わんばかりだった。
カイテーは苛立ちを滲ませる。
「俺も詳しくは知らないが、俺を雇った奴の話によると、こいつが盗んだ資料ってのが、どうも『賢者の石』の一部らしい」
賢者の石。聞いたことはあるけれど、それが何なのかはよく知らない。確か、使うと金になったり不老不死になれたりする石、だったか。でも、その定義は私の世界でのものだ。
こちらの世界で言うところの『賢者の石』とは、どんなもののことを指すのか。
ルドは抑えきれないといったように、ニヤニヤと嗤う。
「賢者の石、ですか。それはそれは、また大層な物を……」
心底小馬鹿にしたような物言いだ。どうせつくなら、もっとましな嘘をつけばいいのに。ルドの顔にそう書いてある。
カイテーはますます苛立ったようで、声を荒げた。
「お前さんだって、言うほど『賢者の石』については知らないんじゃねえのか? テオフラストゥスの奴らは、現状不完全な失敗作しかないが、それでも貴重な『賢者の石』の試作だし重要な研究資料だって、言っていたぜ? ちなみにな、」
ニヤニヤ笑いを止めないルドに、カイテーも不敵な笑みを返した。
「その材料っていうのは、こいつの兄貴だったらしい」
賢者の石の材料が、マナのお兄さん?
マナは首から下げた小さな袋をよく触っていた。
以前、その袋の中身について尋ねたことがある。
あの時、マナは何と言ったか。
穏やかな笑顔を見せたあの時のマナは、一体なにを思っていたのか……。
「こいつの兄貴がどんな経緯でテオフラストゥスに来たか、わかるか? 実の妹に裏切られて、身代わりにさせられたんだと」
嬉しそうにマナのことを暴露するカイテー。
ルドはもうニヤニヤ笑いをしていなかった。
「で、どうする、保護者さん? こんなことしでかしたマーナの責任、どうとるつもりなんだ?」
「そうですね、まずは彼女の口からも話を聞いて、それから判断といったところでしょうか」
ルドは無表情に言った。
——なので、ひとまず返してもらいますね。
一瞬の出来事だった。
カイテーの足元が盛り上がったと思ったら、土の塊が二つに裂け、巨大なトラバサミになった。カイテーはそれを平然とかわそうとする。思いっきり横に飛び、土のトラバサミの範囲から易々と抜けた、ように見えた。
トラバサミはカイテーの移動に合わせるようにサイズを巨大化させる。カイテーが目を見開くのと、トラバサミが閉じられるのはほぼ同時だった。
絶叫。
カイテーが右手で左肩を抱き、獣のように雄叫びを上げる。
左肩の先にはあるべきものが何もない。左腕も、そこに抱えていたはずのマナの姿も。
流れ出る赤い液体をそのままに、凄まじい形相で大男は地面を蹴った。足首のアンクレットが鈍く光り、大男の加速を手助けする。
こちらに一切の注意を向けることなく、カイテーはこの場から全力で離脱した。
ルドはそれを、ただ眺めている。
追撃することもなく、大男の後姿が見えなくなるまで冷静に。
少しして完全にカイテーの気配が消えると、ルドは大きく息を吐いて、ようやく警戒を解いた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

実験施設から抜け出した俺が伝説を超えるまでの革命記! 〜Light Fallen Angels〜
朝日 翔龍
ファンタジー
それはある世界の、今よりずっと未来のこと。いくつもの分岐点が存在し、それによって分岐された世界線、いわゆるパラレルワールド。これは、そ無限と存在するパラレルワールドの中のひとつの物語。
その宇宙に危機を及ぼす脅威や魔族と呼ばれる存在が、何度も世界を消滅させようと襲撃した。そのたびに、最強無血と謳われるレジェンド世代と称されたデ・ロアーの8人集が全てを解決していった。やがては脅威や魔族を封印し、これ以上は世界の危機もないだろうと誰もが信じていた。
しかし、そんな彼らの伝説の幕を閉ざす事件が起き、封印されていたはずの脅威が蘇った。瞬く間に不安が見え隠れする世界。そこは、異世界線へと繋がるゲートが一般的に存在し、異世界人を流れ込ませたり、例の脅威をも出してしまう。
そんな世界の日本で、実験体としてとある施設にいた主人公ドンボ。ある日、施設から神の力を人工的に得られる薬を盗んだ上で脱走に成功し、外の世界へと飛び出した。
そして街中に出た彼は恐怖と寂しさを覆い隠すために不良となり、その日凌ぎの生き方をしていた。
そんな日々を過ごしていたら、世界から脅威を封印したファイター企業、“デ・ロアー”に属すると自称する男、フラットの強引な手段で険しい旅をすることに。
狭い視野となんの知識もないドンボは、道中でフラットに教えられた生きる意味を活かし、この世界から再び脅威を取り除くことができるのであろうか。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる