旅人アルマは動かない

洞貝 渉

文字の大きさ
上 下
13 / 29

3-4

しおりを挟む
 珍しく私の部屋にマナがいた。
 いた、というより、押し入られた、の方が正しいのだけれども、とにかくマナは私のベッドに腰を掛け、私のクッションを抱きしめて、どうにか気を落ち着かせようとしているようだった。
 苛々とした様子でクッションを殴ったり、ルドへの愚痴を小声で呟いている。
「信じられない……ズッケロの実にペペの実を紛れ込ませるなんて……」

 これには私もフォローができないよ、ルド。
 ズッケロの実は甘くておいしいけれど、ペペの実はとてつもなく辛い。そしてこの二つは恐ろしく似た見た目をしていた。
 こっそりつまみ食いしたマナももちろん良くなかったとは思うけれど、ペペの実は本当に辛いのだ。それと知らずに一口で食べてしまったマナに心から同情する。
 マナは未だに涙目で、ルドへの呪詛を吐きながら口の中が正常に戻るのをじっと待っている。

「お水持ってこようか?」
 さっきまでがぶ飲みしていたのでお腹はいっぱいだろうけれど、マナにしてあげられることが他に何も思いつかない。
 マナはちょっと笑って、うなずいた。
「……うん、お願い」
 自室を出てキッチンへ行くと、ルドが料理の仕込みをしている。
 ペペの実をすりつぶして、少量を他の調味料に混ぜ込み、そこへ一口大にした肉を浸していた。
 キッチンに入ってきた私に気づくと、いつもののんびりとした口調で尋ねてくる。
「マナさんの様子はいかがですか」
「すっごく怒ってるし、口の中がまだ辛いみたい。ルド、悪戯にしてもやりすぎだよ」 
 ルドは仕込みを横に追いやると、楽しそうに笑いながら手を洗う。
 それから手際よく小鍋に牛乳とハチミツを入れて混ぜながら少しだけ温めて、ヨーグルト、搾りたてのレモン汁を混ぜ合わせ、仕上げに氷を入れて軽くかき混ぜた。
 即席ラッシーの出来上がりだ。
「お口直しに、お二人でどうぞ」
 にこやかに手渡された二つのグラス。爽やかでまろやかな甘い香りに、ちょっとほおが緩む。
 私はルドにお礼を言いかけて、一瞬、口ごもった。
 この飲み物にもなにか悪戯されてたりは、しない、よね?
 ルドにも私の疑念が伝わったようで、さすがにそこまではしませんよと苦笑いされる。

「うーん、おいしい。おいしいけどさ、もう本当なんなのあいつは!」
 マナが一気にグラスの半分くらいのラッシーを飲み干した。
 私もごくごくとラッシーを堪能しながら、横目でマナの機嫌と口内環境が良くなったのを確認してホッとする。
 マナはいつもの癖で、片手にグラスを持ちながら、もう一方の手で首から下げた小さな袋を撫でていた。
「あの、マナ? 聞いてもいい?」
「うん?」
 おいしそうにゴクリとラッシーを一口飲んで、マナはにこにこしながら小首をかしげる。
「あのさ、その、首から下げてる袋。いつも大事そうにしてるけど」
「ああ、これはね、すごく大事なものなんだ」
 軽い調子で言いながらも、マナは袋を、まるで私から隠すかのように手で覆いぎゅっと握りしめる。
 ここで止めるべきか、もう少し踏み込んでもいいものか、逡巡した。
 マナは中身がほぼ空になったグラスを揺らし、カラカラと氷で音を立てている。
 悩んだのはほんの数秒で、結局私は踏み込んでみることにした。
「袋の中には、何が入ってるの?」
 氷の音が止んだ。
 マナはうっすらと笑みを張り付かせたまま、じっと空のグラスを覗き込んでいる。

「……お兄ちゃん」
「え?」
「あたし、親がいないんだ。二人とも流行り病で死んじゃったの」
 唐突にマナが遠い目をした。
 私は戸惑い、悪いことを聞いてしまったと後悔しつつもマナの言葉の続きを黙って待った。
 両手で持ったグラスがひんやりと冷たい。

「で、家族はもうお兄ちゃんしかいない。たった二人の家族だったのにさ、ずっと一緒だって、いつでもあたしのこと見ているよって言ってくれたのに」
 マナはいったん言葉を切り、グラスの氷をひとかけら口に含む。
 そして、ガリッと噛み砕いた。
「お兄ちゃん、ある日突然、一人で出て行ったの」
 小さな袋を握りしめたマナの手が力の入れ過ぎで少し白くなっている。
 マナは遠い目をしたまま、淡々と語り続けた。
「あたし、捜した。お兄ちゃんのこと、必死になって、捜して、捜して、それでね」
 すっと、マナが私を見る。
 遠く過去を見ていた目が、今現在に戻ってきたようだった。
「やっと、見つけたんだ」

 今まで見たマナの笑顔の中で、一番穏やかな笑顔だった。
 満ち足りたその表情を前に、私はなぜかそわそわとした心持ちになる。
「お兄ちゃんに見ていてもらうため、また一緒だって、もう絶対に手放さないって、そう誓ったんだよ、あたし」
 袋を握るマナの手が力み過ぎて小刻みに震えている。
 それはまるで、『絶対手放さない』という決意がにじみでているようだ。
 
 びっしりと汗をかいたグラスに口をつける。解けた氷で薄まったラッシーは、ぼんやりとした味がした。
 
 マナはどこか晴れ晴れとした様子でニッと笑う。
「だからこれは、私にとって、大切で大切で、絶対手放せないすごく大事なものなの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...