12 / 29
3-3
しおりを挟む
「もう、本当に体力ないんだから!」
おつかいが終わるころには、私はくたくたになっていて、村の広間の隅っこでへたり込んでいた。
「ごめん……」
「別にいいけどねー」
マナは私の隣に座ると、あたしもちょっと疲れたー、どんだけおつかいさせるんだよー! とぼやく。
肩口で切りそろえられたマナの水色の髪がさらりと揺れ、手癖なのだろう、首から下げた小さな袋に手を添える。
「ねえ、アルマ。前から気になってたんだけどさ」
そのまま小さな袋を手で撫でながら、マナはこちらを見ずに少し歯切れ悪く言葉を続けた。
「あの、ルドって人。正直ちょっと、怪しくない?」
え、と声が出た。
なんで、そんなふうに思うの、とこちらは声には出さず、じっとマナを見つめて問いかける。
「だってさ、見たことも聞いたこともない料理作るし」
まあおいしいんだけどさ、と思い詰めたような表情のマナ。
私の緊張が解ける。なんだそんなこと。
「あのね、それは私の故郷の料理なの」
「でも、ナポリタンスパゲッティ? とかみそ汁? とかさ。あんなの見たことないし、食材だって、このあたりじゃ絶対手に入らないよ」
「それは、その、いろいろと工面してくれる人がいて……」
「それからさ」
語気が強くなる。本題はここからのようだ。
「あたし、前にあいつが、テラが好きって言ってるの聞いちゃったんだよ」
私の高まった緊張が、再び解けた。
なんだ、そんなこと。
ルドは別にそれを隠してはいないし、なんならかなりウザイくらいに公言している。
私が肩の力を抜いたのに気付いたマナは表情を険しくした。
「テラって、災厄の魔女テラのことでしょ? アルマはまだ小さいから知らないのかもしれないけれど、国王に従わない逆賊にも関わらず、その強大すぎる力のせいで誰も手出しできないって話だよ」
……逆賊?
私はきょとんとマナを見る。
魔女とは一度だけ会ったことがあるけれど、優しそうで不思議な女の人だった。とてもじゃないけれど、逆賊だなんて言われるような人ではないように思う。
マナはイライラとした様子で小さな袋を握りしめ、吐き捨てるように言った。
「そんな悪い奴が好きだなんて、おかしいんじゃないのかな、あのルドって人」
突拍子もないような悪戯をしたり、私のことを魔女との愛の結晶だと妄言を吹聴するルドがまともな大人かどうか、おかしいといっても過言ではないのではないか、といったことはひとまず置いておくとして。
「……誰かが誰かを好きだって気持ちに対して、おかしいなんて言うのは、よくないと思う」
考え考え言葉を紡ぐ私を、マナがハッとしたように見る。
「私は、確かにその魔女が過去になにをしたのか知らない。でも、ルドは別に怪しくもおかしくもないよ。そんなの、マナだってわかってるでしょう?」
反論はしないけれど、不満そうな顔をするマナ。
言っていることはわかるけれど、納得はできない、といったところだろうか。
「マナはルドに助けられている。住むところも食べるものもルドが用意してくれて、今日だって調べものがあるって言ってたの、あれはたぶんマナの家がどこにあるのか……」
私の言葉を遮るように、マナがはあーと大きくため息を吐く。
「ああもう、わかった、わかったよ。あたしが悪かった。変に疑ったりしてごめん」
じゃあこの話はおしまい! マナは言って大きな動作で立ち上がり、私に手を差し出してきた。
「気分変えて、買い物行こうよ。アルマは何が欲しい?」
私たちは果物をハチミツに付け込んだおやつを二人で分け合いながら、お揃いの髪留めをつけて帰路についていた。
以前ルドに騙されて食べてしまったひたすらに酸っぱい果物が、ハチミツに浸かることによって甘酸っぱい最高の甘味に様変わりしている。
私がニマニマと口福を噛みしめていると、
「でもさ、やっぱり、信用し過ぎるのも良くない、かも」
ぽつりと、マナが漏らす。
ルドのことだろう。
反論しようとマナを見上げたけれど、私は言いかけた言葉をすぐに飲み込んだ。
マナの表情は暗く沈み、そのくせ目だけがぎらついているのだ。
「なにも無ければ、それに越したことはないんだ。でもさ、信じてた相手に裏切られるのは、結構辛いから……」
マナは、ぎゅっと、首から下げた小さな袋を握りしめる。
おつかいが終わるころには、私はくたくたになっていて、村の広間の隅っこでへたり込んでいた。
「ごめん……」
「別にいいけどねー」
マナは私の隣に座ると、あたしもちょっと疲れたー、どんだけおつかいさせるんだよー! とぼやく。
肩口で切りそろえられたマナの水色の髪がさらりと揺れ、手癖なのだろう、首から下げた小さな袋に手を添える。
「ねえ、アルマ。前から気になってたんだけどさ」
そのまま小さな袋を手で撫でながら、マナはこちらを見ずに少し歯切れ悪く言葉を続けた。
「あの、ルドって人。正直ちょっと、怪しくない?」
え、と声が出た。
なんで、そんなふうに思うの、とこちらは声には出さず、じっとマナを見つめて問いかける。
「だってさ、見たことも聞いたこともない料理作るし」
まあおいしいんだけどさ、と思い詰めたような表情のマナ。
私の緊張が解ける。なんだそんなこと。
「あのね、それは私の故郷の料理なの」
「でも、ナポリタンスパゲッティ? とかみそ汁? とかさ。あんなの見たことないし、食材だって、このあたりじゃ絶対手に入らないよ」
「それは、その、いろいろと工面してくれる人がいて……」
「それからさ」
語気が強くなる。本題はここからのようだ。
「あたし、前にあいつが、テラが好きって言ってるの聞いちゃったんだよ」
私の高まった緊張が、再び解けた。
なんだ、そんなこと。
ルドは別にそれを隠してはいないし、なんならかなりウザイくらいに公言している。
私が肩の力を抜いたのに気付いたマナは表情を険しくした。
「テラって、災厄の魔女テラのことでしょ? アルマはまだ小さいから知らないのかもしれないけれど、国王に従わない逆賊にも関わらず、その強大すぎる力のせいで誰も手出しできないって話だよ」
……逆賊?
私はきょとんとマナを見る。
魔女とは一度だけ会ったことがあるけれど、優しそうで不思議な女の人だった。とてもじゃないけれど、逆賊だなんて言われるような人ではないように思う。
マナはイライラとした様子で小さな袋を握りしめ、吐き捨てるように言った。
「そんな悪い奴が好きだなんて、おかしいんじゃないのかな、あのルドって人」
突拍子もないような悪戯をしたり、私のことを魔女との愛の結晶だと妄言を吹聴するルドがまともな大人かどうか、おかしいといっても過言ではないのではないか、といったことはひとまず置いておくとして。
「……誰かが誰かを好きだって気持ちに対して、おかしいなんて言うのは、よくないと思う」
考え考え言葉を紡ぐ私を、マナがハッとしたように見る。
「私は、確かにその魔女が過去になにをしたのか知らない。でも、ルドは別に怪しくもおかしくもないよ。そんなの、マナだってわかってるでしょう?」
反論はしないけれど、不満そうな顔をするマナ。
言っていることはわかるけれど、納得はできない、といったところだろうか。
「マナはルドに助けられている。住むところも食べるものもルドが用意してくれて、今日だって調べものがあるって言ってたの、あれはたぶんマナの家がどこにあるのか……」
私の言葉を遮るように、マナがはあーと大きくため息を吐く。
「ああもう、わかった、わかったよ。あたしが悪かった。変に疑ったりしてごめん」
じゃあこの話はおしまい! マナは言って大きな動作で立ち上がり、私に手を差し出してきた。
「気分変えて、買い物行こうよ。アルマは何が欲しい?」
私たちは果物をハチミツに付け込んだおやつを二人で分け合いながら、お揃いの髪留めをつけて帰路についていた。
以前ルドに騙されて食べてしまったひたすらに酸っぱい果物が、ハチミツに浸かることによって甘酸っぱい最高の甘味に様変わりしている。
私がニマニマと口福を噛みしめていると、
「でもさ、やっぱり、信用し過ぎるのも良くない、かも」
ぽつりと、マナが漏らす。
ルドのことだろう。
反論しようとマナを見上げたけれど、私は言いかけた言葉をすぐに飲み込んだ。
マナの表情は暗く沈み、そのくせ目だけがぎらついているのだ。
「なにも無ければ、それに越したことはないんだ。でもさ、信じてた相手に裏切られるのは、結構辛いから……」
マナは、ぎゅっと、首から下げた小さな袋を握りしめる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない
あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理!
ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※
ファンタジー小説大賞結果発表!!!
\9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/
(嬉しかったので自慢します)
書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン)
変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
***********************
基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる