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カーテンの隙間からあたたかい光が侵入している。
アルマになってからまだ日は浅いけれど、もう何年もこうしているような気もする。魔法が存在していたり、風習や常識が違っていたり、私が元居た世界とは異なる部分も多いけれど、こうして布団にもぐり込んでぼんやりと漏れ入ってくる日の光を眺めている分には、この世界も、元居た世界も、何の変わりも無かった。
光の筋を見るともなしに見ていると、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「アルマ、起きていますか? 出て来て、一緒に食事でもどうです?」
「……」
私は布団を頭からかぶりなおし目を瞑る。
眠気はないが、気力も無い。いつものことだった。
むしろ昨日市場へ買い出しに行くため外へ出たことが、私にとってはイレギュラー中のイレギュラーだったのだ。
それはルドもよくわかっているため、しつこく声掛けをしてくることもなく、無理に部屋から出そうとすることもなく、静かに、でも室内にいる私にも聞こえる程度の足音を立ててドアから遠ざかっていく。
小さくため息を吐く私。
ここはヤドカリの貝の中だった。
といっても、私がヤドカリサイズに小さいわけじゃない。
ヤドカリの貝の方が人間を何人も収容できるくらいに巨大なのだ。
普段ヤドカリは貝の中で眠っている。
大きな貝はそれに見合った大きなヤドカリを収容してもなお余りある空間があって、その余りの部分を私とルドの住居スペースとして改良させてもらった。
貝の中、といってもほとんど普通の部屋だ。廊下は巻貝よろしくゆるりとカーブをしているものの、一つ一つの部屋は一般的な規格に整えられている。
今のところは私とルドの個室、共同スペース、キッチン、ダイニングがあるだけで、貝の中の空きスペースはまだまだある。
ルドとは、欲しい部屋があればその都度追加していこうと話していた。
いい匂いが漂ってきた。
匂いにつられ、お腹がぎゅるると鳴る。
ノックの音がして、何かを床に置く音が。
「オムライス、ドアの横に置いときますのでお腹が空いたら食べてください。あと、僕はこれから買い出しに行ってきますので、その間はお留守番をよろしくお願いします」
ルドの、のんびりとした声が部屋の外から聞こえてくる。私が起きていて、ルドの声を聞いていることをちゃんとわかっているのだ。こちらに来てルドと生活を共にするようになってからまだ日は浅いが、彼はすっかり引きこもりへの対応が板についてしまっている。
少し待って外扉が開閉される音を確認してから、私は布団からもそもそと抜け出して部屋のドアを細く開けた。
ルドの料理はどれも信じられないくらいにおいしい。
オムライスが出てくるのは初めてだけれど、これも絶対においしいに決まっている。
いつものように、ドアを開けてすぐの床に置かれているはずのオムライスは、しかし、ほんのりと残り香だけを残して消えていた。
あれ、と思いドアを全開にする。
廊下を見回すが、オムライスは影も形も見当たらない。
確かにルドは言った。オムライスを置いておく、と。
なのに。
「え、なんで……」
呆然と立ち尽くす。
お腹がぎゅるりと空腹を主張した。
アルマになってからまだ日は浅いけれど、もう何年もこうしているような気もする。魔法が存在していたり、風習や常識が違っていたり、私が元居た世界とは異なる部分も多いけれど、こうして布団にもぐり込んでぼんやりと漏れ入ってくる日の光を眺めている分には、この世界も、元居た世界も、何の変わりも無かった。
光の筋を見るともなしに見ていると、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「アルマ、起きていますか? 出て来て、一緒に食事でもどうです?」
「……」
私は布団を頭からかぶりなおし目を瞑る。
眠気はないが、気力も無い。いつものことだった。
むしろ昨日市場へ買い出しに行くため外へ出たことが、私にとってはイレギュラー中のイレギュラーだったのだ。
それはルドもよくわかっているため、しつこく声掛けをしてくることもなく、無理に部屋から出そうとすることもなく、静かに、でも室内にいる私にも聞こえる程度の足音を立ててドアから遠ざかっていく。
小さくため息を吐く私。
ここはヤドカリの貝の中だった。
といっても、私がヤドカリサイズに小さいわけじゃない。
ヤドカリの貝の方が人間を何人も収容できるくらいに巨大なのだ。
普段ヤドカリは貝の中で眠っている。
大きな貝はそれに見合った大きなヤドカリを収容してもなお余りある空間があって、その余りの部分を私とルドの住居スペースとして改良させてもらった。
貝の中、といってもほとんど普通の部屋だ。廊下は巻貝よろしくゆるりとカーブをしているものの、一つ一つの部屋は一般的な規格に整えられている。
今のところは私とルドの個室、共同スペース、キッチン、ダイニングがあるだけで、貝の中の空きスペースはまだまだある。
ルドとは、欲しい部屋があればその都度追加していこうと話していた。
いい匂いが漂ってきた。
匂いにつられ、お腹がぎゅるると鳴る。
ノックの音がして、何かを床に置く音が。
「オムライス、ドアの横に置いときますのでお腹が空いたら食べてください。あと、僕はこれから買い出しに行ってきますので、その間はお留守番をよろしくお願いします」
ルドの、のんびりとした声が部屋の外から聞こえてくる。私が起きていて、ルドの声を聞いていることをちゃんとわかっているのだ。こちらに来てルドと生活を共にするようになってからまだ日は浅いが、彼はすっかり引きこもりへの対応が板についてしまっている。
少し待って外扉が開閉される音を確認してから、私は布団からもそもそと抜け出して部屋のドアを細く開けた。
ルドの料理はどれも信じられないくらいにおいしい。
オムライスが出てくるのは初めてだけれど、これも絶対においしいに決まっている。
いつものように、ドアを開けてすぐの床に置かれているはずのオムライスは、しかし、ほんのりと残り香だけを残して消えていた。
あれ、と思いドアを全開にする。
廊下を見回すが、オムライスは影も形も見当たらない。
確かにルドは言った。オムライスを置いておく、と。
なのに。
「え、なんで……」
呆然と立ち尽くす。
お腹がぎゅるりと空腹を主張した。
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