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朝の賑わいが嘘のように、屋台の商品も人も消えていた。
日は少し傾き始め、お昼を食べそこなってしまった私のお腹が空っぽだと訴えている。
あの後、わめき散らして暴れようとする男性を肉屋のおじさんが押さえつけて縛り上げ、人を呼びに行ってくれた。
その間にルドと私はまだちゃんと息のある女性の手当てをして介抱した。
女性の様子も落ち着き、男性も暴れ疲れてぐったりしたころにようやく肉屋のおじさんが呼びに行った医者と警備員がやって来たので、あとのことは丸投げして男性の家を出てきたのだ。
「ね、言った通りだったでしょう?」
ルドは朗らかに言って、満足そうに帰り道をのんびりと歩く。
私は言葉の意味が分からず、そもそもあの男性を利用して何がしたかったのかもわからず、空腹も相まって、苛立ちの感情をそのまま目に込めてルドを睨みつけてやった。
やりすぎましたかねと苦笑いを一つして、ルドはやっと説明をしてくれる。
「……人というのは、信じたいものしか信じられないものだってことです」
ルドが私からリンゴのような果実を取り上げ、荷物をまとめた袋にしまう。
「あの男性、あからさまな嘘に騙されたでしょう?」
代わりにブドウのような果物の小さな粒をいくつかくれた。
早速一粒口に放り込む。
「あれはね、男性にとって非常に都合の良い嘘だったから、騙されたというよりもむしろ騙されにきたんですよ。どんなにあり得ない話であっても、そうであれと望んで、己から。
女性に手を上げ怪我をさせたこと、面倒な女房がまだ生きていること、見ず知らずの男が唐突に良い話を持ちかけてくるわけがないこと、情報とあまりに乖離した幼児が指名手配犯なわけがないこと……ざっと並べてみても、これだけの事実から目を背け、願望を優先させた」
みずみずしく甘い味を想像して食べたそれは、レモンのように酸っぱくて、思わず顔をしかめてしまう。
「事実というのは願望よりも軽い。これで納得でしょう?」
悪戯が成功したのがよほど嬉しいのか、しかめっ面の私に、ルドは細い目をさらに細めて笑った。
それから今度は一口大の干し肉を取り出し、私に渡してくる。
「あ、ちなみに肉屋が後をついて来ていたことには気づいていましたか?」
なんでもないことのように言って、ルドは先ほどの酸っぱい果実を干し肉と一緒に自分の口に放り込んだ。
「アルマを心配して、または僕のことを警戒していたんでしょうね。少しでも様子がおかしければ、すぐさまアルマを保護するつもりだったのでしょう。
おかげで助かりましたよ。よそ者だけの主張は通りにくいですからね。危うく僕らがあの女性に危害を加えたことにされるところでした」
私は疑り深く、おいしそうに食べるルドと手にした食べ物を交互に眺めたが、思い切って彼と同じように肉と果実を一緒に口の中へ放り込む。じゅわりと広がる酸味が肉の脂っこさを掻き消して、うま味だけをさっぱりと引き立てて……うん、おいしい。
「わかりましたか? 人は信じたいものしか信じられない。つまり、テラ様との既成事実の方が先に広がってしまえばこれはもう僕とテラ様とは両想いということに」
「なりませんからね?」
つと、ルドの視線が後方に向いた。
なんだろう、なにか買い忘れたのかな、と頭の片隅で思いつつ、私は空腹にまかせて果実と干し肉を食べようとしたが、さっきまで手の中にあったはずの果実が一粒足りない。
ああ、たぶん落としたんだ、転がる小粒の果実をルドは目で追っていたんだ、と思い至り慌てて振り返るけれど、落としたはずの果実は見当たらない。
私は首をかしげつつ、残りの果実と干し肉を頬張る。
隣でルドが悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔をしているのにも気づかずに。
日は少し傾き始め、お昼を食べそこなってしまった私のお腹が空っぽだと訴えている。
あの後、わめき散らして暴れようとする男性を肉屋のおじさんが押さえつけて縛り上げ、人を呼びに行ってくれた。
その間にルドと私はまだちゃんと息のある女性の手当てをして介抱した。
女性の様子も落ち着き、男性も暴れ疲れてぐったりしたころにようやく肉屋のおじさんが呼びに行った医者と警備員がやって来たので、あとのことは丸投げして男性の家を出てきたのだ。
「ね、言った通りだったでしょう?」
ルドは朗らかに言って、満足そうに帰り道をのんびりと歩く。
私は言葉の意味が分からず、そもそもあの男性を利用して何がしたかったのかもわからず、空腹も相まって、苛立ちの感情をそのまま目に込めてルドを睨みつけてやった。
やりすぎましたかねと苦笑いを一つして、ルドはやっと説明をしてくれる。
「……人というのは、信じたいものしか信じられないものだってことです」
ルドが私からリンゴのような果実を取り上げ、荷物をまとめた袋にしまう。
「あの男性、あからさまな嘘に騙されたでしょう?」
代わりにブドウのような果物の小さな粒をいくつかくれた。
早速一粒口に放り込む。
「あれはね、男性にとって非常に都合の良い嘘だったから、騙されたというよりもむしろ騙されにきたんですよ。どんなにあり得ない話であっても、そうであれと望んで、己から。
女性に手を上げ怪我をさせたこと、面倒な女房がまだ生きていること、見ず知らずの男が唐突に良い話を持ちかけてくるわけがないこと、情報とあまりに乖離した幼児が指名手配犯なわけがないこと……ざっと並べてみても、これだけの事実から目を背け、願望を優先させた」
みずみずしく甘い味を想像して食べたそれは、レモンのように酸っぱくて、思わず顔をしかめてしまう。
「事実というのは願望よりも軽い。これで納得でしょう?」
悪戯が成功したのがよほど嬉しいのか、しかめっ面の私に、ルドは細い目をさらに細めて笑った。
それから今度は一口大の干し肉を取り出し、私に渡してくる。
「あ、ちなみに肉屋が後をついて来ていたことには気づいていましたか?」
なんでもないことのように言って、ルドは先ほどの酸っぱい果実を干し肉と一緒に自分の口に放り込んだ。
「アルマを心配して、または僕のことを警戒していたんでしょうね。少しでも様子がおかしければ、すぐさまアルマを保護するつもりだったのでしょう。
おかげで助かりましたよ。よそ者だけの主張は通りにくいですからね。危うく僕らがあの女性に危害を加えたことにされるところでした」
私は疑り深く、おいしそうに食べるルドと手にした食べ物を交互に眺めたが、思い切って彼と同じように肉と果実を一緒に口の中へ放り込む。じゅわりと広がる酸味が肉の脂っこさを掻き消して、うま味だけをさっぱりと引き立てて……うん、おいしい。
「わかりましたか? 人は信じたいものしか信じられない。つまり、テラ様との既成事実の方が先に広がってしまえばこれはもう僕とテラ様とは両想いということに」
「なりませんからね?」
つと、ルドの視線が後方に向いた。
なんだろう、なにか買い忘れたのかな、と頭の片隅で思いつつ、私は空腹にまかせて果実と干し肉を食べようとしたが、さっきまで手の中にあったはずの果実が一粒足りない。
ああ、たぶん落としたんだ、転がる小粒の果実をルドは目で追っていたんだ、と思い至り慌てて振り返るけれど、落としたはずの果実は見当たらない。
私は首をかしげつつ、残りの果実と干し肉を頬張る。
隣でルドが悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔をしているのにも気づかずに。
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