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ルドことルドベキアは魔女のテラと契約している。
その契約内容がどんなものなのかまでは知らない。
だれど、どうやら魔女のテラが優位になるような契約のようだった。
というのも、今こうしてルドが私の世話を焼くのはテラの命令だからだ。
命令だからと嫌々幼児の姿の私を世話している、というわけではなさそうなのは、本当にありがたいと思う。思うけれど、嬉々として私をテラと自分の子だという妄言を吐き吹聴し出すのだけは止めてほしい。
「人というのはね、信じたいものしか信じられないものなんですよ、これが」
したり顔でルドが言う。
手には野菜や果物の他に、先ほどの肉屋で買った干し肉もある。
肉屋のおじさんに危うく変出者として警備員に突き出されそうになったけれど、ルドは幼児誘拐をしたわけではないと必死で説明してなんとか誤解を解き、購入したものだった。
「すみません。わけがわからない上にシンプルに気持ち悪いです」
「難しい話じゃないですよ。僕は心からテラ様が好きで、ですがテラ様の方からは僕の気持ちに応えていただけないので、では先に既成事実をと思いまして」
「それ、事実無根の真っ赤な嘘じゃないですか」
「人というのはね、信じたいものしか」
「信じる信じないの話ではないです」
頭が痛くなってきた。
魔女の話さえ絡まなければ、ルドはとても頭のいい人なのに。
「いいえ、案外事実というのは願望よりも軽いものなんですよ」
例えば、とルドが指をさす。
その先には暗い顔をした若い男性がいて、活気あふれる市場には不釣り合いな負のオーラを撒きながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
あの男性がどうしたのと問いかけるつもりでルドを見上げる。
ルドは悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔を見せて、おもむろにその男性へと近づいて行った。
「どうかされましたか? お顔が真っ青ですよ?」
ルドが気遣わしげに声をかけると、男性はびくりと肩を震わせ、どことなく焦点のあっていない怯えた目でルドの方を見る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんでもない。なんでもないんだ、なにも問題はない……」
ぼそぼそとまるで独り言でも呟いているような男性の言葉は、ルドに答えたと言うより自身に言い聞かせているようだった。
人と接することが苦手で、他人の感情の機微を察するのが苦手な私でも、わかる。
この人はなにか問題を抱えている。
ルドがなにか言いたげにチラリと私を見た。私はルドのアイコンタクトの意図が分からず、軽く首を傾げて応える。男性には見えないよう気を付けながら、ルドは私にだけ先ほどと同じ悪い笑顔を見せた。
「ねえダンナ、実はダンナにだけ、今だけ特別にできるサービスがあるんですが、どうでしょう? 話だけでも、いかがですかね?」
唐突に砕けたような、軽薄そうな口調になり、男性と肩を組みだすルド。
男性の視線は相変わらず定まらないし、おどおどびくびくとルドにされるがままだ。
すごく嫌な予感がする。
ルドはにやにやと嫌な感じの笑みを口元に張り付け、男性を人気のなさそうな方へ引きずって行き、表通りからは見えにくいわき道へ入る。
「ここだけの話、ダンナにだけ良い話があるんですよ」
うさん臭さ全開で男性の耳元にささやきかけるルド。
「い、いや、その、俺は別に……」
「まあまあダンナ、悪い話じゃないんで、聞くだけ聞きませんか?」
そう言うと、ルドは男性を私の方へ軽く押す。
対面させられた私と男性は互いに「?」という顔をして見つめ合った。
「ここにいるこの子ども、今巷で有名な『テネル』なんですよ」
男性の背後から誘惑するような声音で言うルドの言葉に、私と男性が同時に「⁉」という顔になる。
その契約内容がどんなものなのかまでは知らない。
だれど、どうやら魔女のテラが優位になるような契約のようだった。
というのも、今こうしてルドが私の世話を焼くのはテラの命令だからだ。
命令だからと嫌々幼児の姿の私を世話している、というわけではなさそうなのは、本当にありがたいと思う。思うけれど、嬉々として私をテラと自分の子だという妄言を吐き吹聴し出すのだけは止めてほしい。
「人というのはね、信じたいものしか信じられないものなんですよ、これが」
したり顔でルドが言う。
手には野菜や果物の他に、先ほどの肉屋で買った干し肉もある。
肉屋のおじさんに危うく変出者として警備員に突き出されそうになったけれど、ルドは幼児誘拐をしたわけではないと必死で説明してなんとか誤解を解き、購入したものだった。
「すみません。わけがわからない上にシンプルに気持ち悪いです」
「難しい話じゃないですよ。僕は心からテラ様が好きで、ですがテラ様の方からは僕の気持ちに応えていただけないので、では先に既成事実をと思いまして」
「それ、事実無根の真っ赤な嘘じゃないですか」
「人というのはね、信じたいものしか」
「信じる信じないの話ではないです」
頭が痛くなってきた。
魔女の話さえ絡まなければ、ルドはとても頭のいい人なのに。
「いいえ、案外事実というのは願望よりも軽いものなんですよ」
例えば、とルドが指をさす。
その先には暗い顔をした若い男性がいて、活気あふれる市場には不釣り合いな負のオーラを撒きながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
あの男性がどうしたのと問いかけるつもりでルドを見上げる。
ルドは悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔を見せて、おもむろにその男性へと近づいて行った。
「どうかされましたか? お顔が真っ青ですよ?」
ルドが気遣わしげに声をかけると、男性はびくりと肩を震わせ、どことなく焦点のあっていない怯えた目でルドの方を見る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんでもない。なんでもないんだ、なにも問題はない……」
ぼそぼそとまるで独り言でも呟いているような男性の言葉は、ルドに答えたと言うより自身に言い聞かせているようだった。
人と接することが苦手で、他人の感情の機微を察するのが苦手な私でも、わかる。
この人はなにか問題を抱えている。
ルドがなにか言いたげにチラリと私を見た。私はルドのアイコンタクトの意図が分からず、軽く首を傾げて応える。男性には見えないよう気を付けながら、ルドは私にだけ先ほどと同じ悪い笑顔を見せた。
「ねえダンナ、実はダンナにだけ、今だけ特別にできるサービスがあるんですが、どうでしょう? 話だけでも、いかがですかね?」
唐突に砕けたような、軽薄そうな口調になり、男性と肩を組みだすルド。
男性の視線は相変わらず定まらないし、おどおどびくびくとルドにされるがままだ。
すごく嫌な予感がする。
ルドはにやにやと嫌な感じの笑みを口元に張り付け、男性を人気のなさそうな方へ引きずって行き、表通りからは見えにくいわき道へ入る。
「ここだけの話、ダンナにだけ良い話があるんですよ」
うさん臭さ全開で男性の耳元にささやきかけるルド。
「い、いや、その、俺は別に……」
「まあまあダンナ、悪い話じゃないんで、聞くだけ聞きませんか?」
そう言うと、ルドは男性を私の方へ軽く押す。
対面させられた私と男性は互いに「?」という顔をして見つめ合った。
「ここにいるこの子ども、今巷で有名な『テネル』なんですよ」
男性の背後から誘惑するような声音で言うルドの言葉に、私と男性が同時に「⁉」という顔になる。
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