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1幕 プローヴァト村
3 プローヴァト村と子供たち
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カバージョは陰で変態と呼ばれている。
可愛い女の子に対して妙に馴れ馴れしいから。お気に入りはたぶん、サンだ。彼女に対してのボディタッチが特に多いので、もしかしてそうゆう関係なんじゃないか、という噂まであった。サンは否定してるけど。
ナナは、そんなことをつらつら考えながら広間で三角座りをして、右耳のピアスをいじっている。そうして、見るともなしに、子供全員を広間に集めた後は何の指示も出さず、チラチラと窓から外の様子ううかがっているだけのカバージョのことを眺めていた。いつもならとっくに散歩の時間なのに、今日は何やら違うことをするみたいだ。
他の世話係の人はどうしたんだろう。
全体で何かする時はたいていレノが場を仕切っている。カバージョはレノが来るのを待っているのだろうか?
「ナナー、暇だよー」
二つ前に座るイツツが後ろを向いて訴えてきた。
「暇だよね。どうしたんだろ? 散歩行かないのかな?」
一つ前に座るロクがのんびりと答え、
「こら、そこ、静かにしてろ」
窓から目を離したカバージョが、イツツとロクを注意する。
二人は慌てて下を向いた。暇なのは嫌だけど、小言はもっと嫌だ。
注意だけして、次の指示は出さずに、カバージョは再び外の様子をうかがい始めてしまう。黙って待つしかなかった。
散歩の時間も過ぎ朝食の時間を十五分くらい経過したところで、ようやくレノが広間にやって来る。広間には退屈と空腹でピリピリした雰囲気が漂っていたが、レノを見た途端、子供たちは慌ててピリピリを引っ込める。
子供たち全員分のいら立ちを足した以上のイライラを、レノは抱えている様子だった。何かあったんだろうか。
子供たちの前に立つと、レノは一つため息を吐いてから話し出す。
「みなさんに残念なお知らせがあります。今日、この村の近くの森で死体が出ました」
カバージョがぎょっとした顔をする。
普段だったら、大人がそんな顔をしたら笑ってしまっていたと思うけれど、とナナは思った。たぶん今、私たちも似たような顔をしているんだろうな、と。
「死体と共に一人の女の子が見つかりました。女の子は今、別館でタピールさんが世話をしています。死体が片付けられるまでの間、みなさんは外には出ないでください。それから、もしかしたらみなさんも女の子と会う機会があるかもしれませんが、つらい経験をしたばかりの女の子ですので、優しくしてあげてくださいね」
いったん言葉を切って、唖然とする子供たちとカバージョを満足そうに見つめ、言葉を続ける。
「お知らせは以上です。では、みなさん、ちょっと遅くなっちゃったけれど、朝食の準備をしましょう。今日はいろいろあって準備ができていないので、みなさんも手伝ってください」
結局、いつもより朝食の時間は一時間もズレてしまったけれど、誰も文句は言わなかった。文句の言える雰囲気ではなかった。
朝礼が中止になったから、朝食の時間が押していたの関わらず、勉学の時間はいつもよりも早い時間から始まった。都市にある魔術や科学を使った様々な道具についてのお話を聞いて午前中の時間は過ぎていく。
勉学の時間と昼食の時間が終わって、昼休みになったけれど、まだ外には出られない。
外で走り回れないのが不満なロクとハチがブーブー言っているけれど、いつもと変わらずナナは、イチとイツツのところでおしゃべりに花を咲かせていた。
「昨日、見たんだよね」
イツツが声をひそめるので、ナナとイチも小声で、なになにと問いかける。
「なんか寝付けなくってさ。そしたらなんか、外から音がしてさ、窓からそっと覗いてみたの。もう夜も遅い時間だよ? そんな時間にね、こそこそと変態が森の方へ行くの、見ちゃった」
三人はさっと辺りを見回す。大丈夫、変態、もといカバージョはいない。
「えー、嘘でしょ? 何しに森なんか」
キモイ、とイチが心底嫌そうに腕をさする。
「で、今朝死体が出たでしょ? 私はこれ、無関係ではないと思うんだよね」
「え、それって……」
ナナは、朝、レノの話にぎょっとしたカバージョの顔を思い出す。もしもあれが、話の内容に驚いたのではなかったとしたら……。
もしも……もしも、隠したはずの死体が見つかったことへの驚きだったのだとしたら……。
「うわ、キモ。変態で殺人者? もうただの犯罪者じゃん、それ」
イチがますます腕をさする。
「やだもう、誰もそこまでは言ってないじゃん」
イツツが苦笑したところで、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
午後からはカバージョによる運動の時間だ。
でもカバージョは、まだ外には出られないから室内で球技をするようにと言い置いて、どこかへ行ってしまった。
ナナとイチとイツツはさっそく昼休みの話の続きをする。
「なんか、やっぱり怪しくない?」
イツツがひそひそと言って、
「うーん、確かに動きが変っていうか……」
ナナが首をひねり、
「もしかして、証拠を隠滅しに行ったんじゃないの? キモイ!」
イチが心底嫌そうな声を出す。
まさかね、とナナは思った。
まさか、だって、ねえ? 十代の女の子のサンと距離感が近い、というのと、人を殺した、っていうのは、気持ち悪さが全然別物だ。
キモイ、というよりもはっきりと怖い。
「ちょっとそこの三人、ボールいらないのー?」
ロクがボールを掲げながら、いらないなら全部使っちゃうよーと続ける。
いるいる、いらないわけないでしょー、と返事をして、ナナたちは会話を止め、ひとまずはカバージョの指示した球技運動に専念した。
おやつの時間になり食堂へ向かうと、レノ、カバージョ、それと朝からずっと姿を見ていなかったタピールと、初めてみる女の子がいた。
女の子はたぶん十代前半くらい……ナナたちより少し年下で、髪が長くて右耳にピアスをしていないから新しい孤児ではなさそうだ。朝、レノの言っていた、“死体と共に見つかりつらい経験をしたばかりの女の子”、というのがあの子のことなのだろうか。
……でも、なんでここにいるの?
ナナは席の近いイツツと顔を合わせ、首をかしげる。
「みなさん、おやつの前にちょっと聞いてもらえますか?」
レノが女の子の背を押して、自分の前に立たせた。
女の子はぼんやりとした表情で、特に嫌がるでもなく、されるがままだ。
「朝お話ししたと思いますが、森で死体が出たのはご存じですよね? この子はその死体の側にいた子です。死体の側にいたので、村長をはじめ、みんな死体の子供なんだと勘違いしていましたが、どうやら、違うみたいなんです」
何それ、とイツツが小声で言う。
ちらりと見ると、顔をしかめてるのはイツツだけじゃない。何人かは、この先に続く展開を見越して顔をしかめている。しかも子供だけではなく、なぜかカバージョまで嫌そうな顔をして女の子を見ていた。
「この子がどこから来た誰なのか、わかるまでこの孤児院でしばらくお世話をすることになりました。みなさん、短い間かもしれませんが、仲良くしてあげてくださいね」
言うと、ばん、と少し強めにレノが女の子を押した。
「ほら、ちゃんと挨拶しなきゃ、ねえ?」
女の子はよろけたけれど、別段気にする様子もなくぺこりと頭を下げる。
「ああ、そうそう。あと、この子は言葉が喋れません。みなさん、ちゃんと気を使ってあげてね?」
何それ、とイツツがまた呟いた。
誰かの舌打ちも聞こえる。
少なくとも、死体と一緒に発見されてどこの誰かもわからない上、喋れない女の子は歓迎されていないようだった。
紹介が終わると、女の子はみんなと一緒におやつを食べることもなくタピールと食堂を出て行った。
「ナナー、サイアクだよー」
おやつをフォークでつつきながら、ナナの二つ隣でイツツが声を上げる。
「え、何お前、チョコケーキ嫌いなの?」
ナナとイツツに挟まれているロクが反応して、
「違うし。ちょっと黙っててよー」
イツツににらまれる。
「死体と一緒にいた子の面倒見ろとか、わけわかんない」
はあ、と盛大にため息を吐いてから、イツツはケーキを口に入れる。おいひい、と呟いて、もぐもぐ……。
「おまけに喋れないとか、何それって感じ。面倒なんてどうやって見れっていうの?」
はあ、ぱくり、もぐもぐ……。
「なんかぼんやりしてて気味悪いし。何考えてんだかわかんない」
はあ、ぱくり、もぐもぐ……。
「おい、ため息やめろ。せっかくのケーキがまずくなる」
ロクがイツツに言って、でもまあ、と続ける。
「でもまあ、確かに気味悪いよな。死体と一緒に見つかったってのはさ。それに、自分のことが紹介されてんのにぼーっとして、なんか他人事、みたいな?」
そうそう、なんか変だよね、気持ち悪い。
ロクとイツツがキモイキモイと盛り上げる。見回せば、他の子たちもおおむね似たような話題で盛り上がっていた。
変、気持ち悪い、関わりたくない……。
「ね、ナナもそう思うでしょ?」
イツツがぐいっと体を乗り出して、ナナの顔を覗き込む。
ナナは、ああ、これは無理そうだな、と思った。
「うん、そうだよね。なんか怖いよね」
ケーキの最後のひとかけらを口に押し込んで笑う。
なんか変、気持ち悪い、関わりたくない。あの女の子にはもう、ここに居場所はないだろう。
もしも、あの女の子のことを少しでもかばうようなことを口にすれば、かばった子の居場所もなくなる。
ナナはこっそりとため息を吐いた。あの女の子、ここにいるのは無理そう……早く家に帰れればいいんだけど。
外出禁止が解かれ、ロクとハチはおやつの時間の後、早速外へ飛び出していった。
ナナとイチとイツツは、お喋りをしながら食堂を出て、勉学の時間に使われている部屋に移動する。別に、のんびりお喋りできれば場所はどこでもよかったのだけれど、ここ最近はおやつの後、勉学の部屋で過ごすのが三人の日課になっていた。
部屋の前まで来ると、中から人の話し声が聞こえる。いつもは誰もいないのに珍しいよね、なんて言い合いながら部屋に入ると、サンとキュウが先ほどの女の子に詰め寄っているところだった。
「ねえ、聞いてる? 気持ち悪いって言ってるの」
「返事くらいしなさいよ。あ、出来ないんだったっけ?」
「……」
女の子はどこを見ているのかわからない、ぼんやりとした顔でサンでもキュウでもない、虚空を見つめている。詰め寄られている当事者、ということがわかっていないようなその態度に、二人のいら立ちがふくれるのが遠目にもわかる。
イチが思わず、うわ、と声を漏らした。
その声に反応して、サンとキュウが同時にこちらを向く。
「何?」
サンが挑むように部屋の外に立つ三人に問いかけてくる。
カバージョお気に入りのサンはスラリと背が高く、どこか大人びた雰囲気のある女の子だ。いるだけで存在感がある彼女が凄むと、かなり怖い。
「いや、私たち、お喋りしに来ただけなんだけど……」
しどろもどろにイチが弁明すると、ああ、と納得した表情を見せた。
「そういえばいつもここでお喋りしてたね。じゃあ邪魔したのはこっちの方か。ごめんね?」
「あー、その、別に私たち、他の場所でも……」
「ほら、邪魔だってさ! あんたも謝れよ!」
イチの言葉をさえぎって、サンが女の子の肩を乱暴に掴んで揺さぶった。
ナナたちはびくりと体を震わせ、動くことも出来ずに、困惑しながらことの成り行きを見つめる。
「邪魔なの! あんたは、邪魔。わかる? 邪、魔!」
「……」
されるがままの女の子が、ふっと顔を上げた。
こんな状況にあるにもかかわらず、その子は怯えるでもなく、怒るでもなく、どこか困ったような、戸惑ったような顔をしている。その表情はまるで、何を怒っているの? あなたは一体何がしたいの? と問いかけているようで。
……それがまた、サンの怒りを買った。
「っざけんな!」
バン、とサンが女の子を突き飛ばす。
女の子は体勢を崩し、あ、という声が漏れ聞こえてきそうな顔をして、消えた。
「……え?」
サンがきょとんと、たった今まで女の子のいた所を見つめる。
確かに、そこにいたはずだった。部屋の中を見回すが女の子の姿はない。
「見た、よね?」
サンが誰にともなく問いかけ、
「うん、見た。消えた、よね?」
キュウが呆然と答える。
それからサンとキュウはナナたちの方を見て、あんたたちも見たでしょ? と目で問いかけてきた。
「見た……」
「消えた……」
「うん、消えた……」
一瞬沈黙が下り、サンの舌打ちがそれを破った。
「キモイ。私、世話係に今のこと言って、あの子追い出してもらう」
いうが否や、サンは勉学の部屋を出て行き、キュウも慌てて後に続く。
「……」
残された三人はどうしたものかわからず、しばらく部屋の外でたたずんでいた。
可愛い女の子に対して妙に馴れ馴れしいから。お気に入りはたぶん、サンだ。彼女に対してのボディタッチが特に多いので、もしかしてそうゆう関係なんじゃないか、という噂まであった。サンは否定してるけど。
ナナは、そんなことをつらつら考えながら広間で三角座りをして、右耳のピアスをいじっている。そうして、見るともなしに、子供全員を広間に集めた後は何の指示も出さず、チラチラと窓から外の様子ううかがっているだけのカバージョのことを眺めていた。いつもならとっくに散歩の時間なのに、今日は何やら違うことをするみたいだ。
他の世話係の人はどうしたんだろう。
全体で何かする時はたいていレノが場を仕切っている。カバージョはレノが来るのを待っているのだろうか?
「ナナー、暇だよー」
二つ前に座るイツツが後ろを向いて訴えてきた。
「暇だよね。どうしたんだろ? 散歩行かないのかな?」
一つ前に座るロクがのんびりと答え、
「こら、そこ、静かにしてろ」
窓から目を離したカバージョが、イツツとロクを注意する。
二人は慌てて下を向いた。暇なのは嫌だけど、小言はもっと嫌だ。
注意だけして、次の指示は出さずに、カバージョは再び外の様子をうかがい始めてしまう。黙って待つしかなかった。
散歩の時間も過ぎ朝食の時間を十五分くらい経過したところで、ようやくレノが広間にやって来る。広間には退屈と空腹でピリピリした雰囲気が漂っていたが、レノを見た途端、子供たちは慌ててピリピリを引っ込める。
子供たち全員分のいら立ちを足した以上のイライラを、レノは抱えている様子だった。何かあったんだろうか。
子供たちの前に立つと、レノは一つため息を吐いてから話し出す。
「みなさんに残念なお知らせがあります。今日、この村の近くの森で死体が出ました」
カバージョがぎょっとした顔をする。
普段だったら、大人がそんな顔をしたら笑ってしまっていたと思うけれど、とナナは思った。たぶん今、私たちも似たような顔をしているんだろうな、と。
「死体と共に一人の女の子が見つかりました。女の子は今、別館でタピールさんが世話をしています。死体が片付けられるまでの間、みなさんは外には出ないでください。それから、もしかしたらみなさんも女の子と会う機会があるかもしれませんが、つらい経験をしたばかりの女の子ですので、優しくしてあげてくださいね」
いったん言葉を切って、唖然とする子供たちとカバージョを満足そうに見つめ、言葉を続ける。
「お知らせは以上です。では、みなさん、ちょっと遅くなっちゃったけれど、朝食の準備をしましょう。今日はいろいろあって準備ができていないので、みなさんも手伝ってください」
結局、いつもより朝食の時間は一時間もズレてしまったけれど、誰も文句は言わなかった。文句の言える雰囲気ではなかった。
朝礼が中止になったから、朝食の時間が押していたの関わらず、勉学の時間はいつもよりも早い時間から始まった。都市にある魔術や科学を使った様々な道具についてのお話を聞いて午前中の時間は過ぎていく。
勉学の時間と昼食の時間が終わって、昼休みになったけれど、まだ外には出られない。
外で走り回れないのが不満なロクとハチがブーブー言っているけれど、いつもと変わらずナナは、イチとイツツのところでおしゃべりに花を咲かせていた。
「昨日、見たんだよね」
イツツが声をひそめるので、ナナとイチも小声で、なになにと問いかける。
「なんか寝付けなくってさ。そしたらなんか、外から音がしてさ、窓からそっと覗いてみたの。もう夜も遅い時間だよ? そんな時間にね、こそこそと変態が森の方へ行くの、見ちゃった」
三人はさっと辺りを見回す。大丈夫、変態、もといカバージョはいない。
「えー、嘘でしょ? 何しに森なんか」
キモイ、とイチが心底嫌そうに腕をさする。
「で、今朝死体が出たでしょ? 私はこれ、無関係ではないと思うんだよね」
「え、それって……」
ナナは、朝、レノの話にぎょっとしたカバージョの顔を思い出す。もしもあれが、話の内容に驚いたのではなかったとしたら……。
もしも……もしも、隠したはずの死体が見つかったことへの驚きだったのだとしたら……。
「うわ、キモ。変態で殺人者? もうただの犯罪者じゃん、それ」
イチがますます腕をさする。
「やだもう、誰もそこまでは言ってないじゃん」
イツツが苦笑したところで、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
午後からはカバージョによる運動の時間だ。
でもカバージョは、まだ外には出られないから室内で球技をするようにと言い置いて、どこかへ行ってしまった。
ナナとイチとイツツはさっそく昼休みの話の続きをする。
「なんか、やっぱり怪しくない?」
イツツがひそひそと言って、
「うーん、確かに動きが変っていうか……」
ナナが首をひねり、
「もしかして、証拠を隠滅しに行ったんじゃないの? キモイ!」
イチが心底嫌そうな声を出す。
まさかね、とナナは思った。
まさか、だって、ねえ? 十代の女の子のサンと距離感が近い、というのと、人を殺した、っていうのは、気持ち悪さが全然別物だ。
キモイ、というよりもはっきりと怖い。
「ちょっとそこの三人、ボールいらないのー?」
ロクがボールを掲げながら、いらないなら全部使っちゃうよーと続ける。
いるいる、いらないわけないでしょー、と返事をして、ナナたちは会話を止め、ひとまずはカバージョの指示した球技運動に専念した。
おやつの時間になり食堂へ向かうと、レノ、カバージョ、それと朝からずっと姿を見ていなかったタピールと、初めてみる女の子がいた。
女の子はたぶん十代前半くらい……ナナたちより少し年下で、髪が長くて右耳にピアスをしていないから新しい孤児ではなさそうだ。朝、レノの言っていた、“死体と共に見つかりつらい経験をしたばかりの女の子”、というのがあの子のことなのだろうか。
……でも、なんでここにいるの?
ナナは席の近いイツツと顔を合わせ、首をかしげる。
「みなさん、おやつの前にちょっと聞いてもらえますか?」
レノが女の子の背を押して、自分の前に立たせた。
女の子はぼんやりとした表情で、特に嫌がるでもなく、されるがままだ。
「朝お話ししたと思いますが、森で死体が出たのはご存じですよね? この子はその死体の側にいた子です。死体の側にいたので、村長をはじめ、みんな死体の子供なんだと勘違いしていましたが、どうやら、違うみたいなんです」
何それ、とイツツが小声で言う。
ちらりと見ると、顔をしかめてるのはイツツだけじゃない。何人かは、この先に続く展開を見越して顔をしかめている。しかも子供だけではなく、なぜかカバージョまで嫌そうな顔をして女の子を見ていた。
「この子がどこから来た誰なのか、わかるまでこの孤児院でしばらくお世話をすることになりました。みなさん、短い間かもしれませんが、仲良くしてあげてくださいね」
言うと、ばん、と少し強めにレノが女の子を押した。
「ほら、ちゃんと挨拶しなきゃ、ねえ?」
女の子はよろけたけれど、別段気にする様子もなくぺこりと頭を下げる。
「ああ、そうそう。あと、この子は言葉が喋れません。みなさん、ちゃんと気を使ってあげてね?」
何それ、とイツツがまた呟いた。
誰かの舌打ちも聞こえる。
少なくとも、死体と一緒に発見されてどこの誰かもわからない上、喋れない女の子は歓迎されていないようだった。
紹介が終わると、女の子はみんなと一緒におやつを食べることもなくタピールと食堂を出て行った。
「ナナー、サイアクだよー」
おやつをフォークでつつきながら、ナナの二つ隣でイツツが声を上げる。
「え、何お前、チョコケーキ嫌いなの?」
ナナとイツツに挟まれているロクが反応して、
「違うし。ちょっと黙っててよー」
イツツににらまれる。
「死体と一緒にいた子の面倒見ろとか、わけわかんない」
はあ、と盛大にため息を吐いてから、イツツはケーキを口に入れる。おいひい、と呟いて、もぐもぐ……。
「おまけに喋れないとか、何それって感じ。面倒なんてどうやって見れっていうの?」
はあ、ぱくり、もぐもぐ……。
「なんかぼんやりしてて気味悪いし。何考えてんだかわかんない」
はあ、ぱくり、もぐもぐ……。
「おい、ため息やめろ。せっかくのケーキがまずくなる」
ロクがイツツに言って、でもまあ、と続ける。
「でもまあ、確かに気味悪いよな。死体と一緒に見つかったってのはさ。それに、自分のことが紹介されてんのにぼーっとして、なんか他人事、みたいな?」
そうそう、なんか変だよね、気持ち悪い。
ロクとイツツがキモイキモイと盛り上げる。見回せば、他の子たちもおおむね似たような話題で盛り上がっていた。
変、気持ち悪い、関わりたくない……。
「ね、ナナもそう思うでしょ?」
イツツがぐいっと体を乗り出して、ナナの顔を覗き込む。
ナナは、ああ、これは無理そうだな、と思った。
「うん、そうだよね。なんか怖いよね」
ケーキの最後のひとかけらを口に押し込んで笑う。
なんか変、気持ち悪い、関わりたくない。あの女の子にはもう、ここに居場所はないだろう。
もしも、あの女の子のことを少しでもかばうようなことを口にすれば、かばった子の居場所もなくなる。
ナナはこっそりとため息を吐いた。あの女の子、ここにいるのは無理そう……早く家に帰れればいいんだけど。
外出禁止が解かれ、ロクとハチはおやつの時間の後、早速外へ飛び出していった。
ナナとイチとイツツは、お喋りをしながら食堂を出て、勉学の時間に使われている部屋に移動する。別に、のんびりお喋りできれば場所はどこでもよかったのだけれど、ここ最近はおやつの後、勉学の部屋で過ごすのが三人の日課になっていた。
部屋の前まで来ると、中から人の話し声が聞こえる。いつもは誰もいないのに珍しいよね、なんて言い合いながら部屋に入ると、サンとキュウが先ほどの女の子に詰め寄っているところだった。
「ねえ、聞いてる? 気持ち悪いって言ってるの」
「返事くらいしなさいよ。あ、出来ないんだったっけ?」
「……」
女の子はどこを見ているのかわからない、ぼんやりとした顔でサンでもキュウでもない、虚空を見つめている。詰め寄られている当事者、ということがわかっていないようなその態度に、二人のいら立ちがふくれるのが遠目にもわかる。
イチが思わず、うわ、と声を漏らした。
その声に反応して、サンとキュウが同時にこちらを向く。
「何?」
サンが挑むように部屋の外に立つ三人に問いかけてくる。
カバージョお気に入りのサンはスラリと背が高く、どこか大人びた雰囲気のある女の子だ。いるだけで存在感がある彼女が凄むと、かなり怖い。
「いや、私たち、お喋りしに来ただけなんだけど……」
しどろもどろにイチが弁明すると、ああ、と納得した表情を見せた。
「そういえばいつもここでお喋りしてたね。じゃあ邪魔したのはこっちの方か。ごめんね?」
「あー、その、別に私たち、他の場所でも……」
「ほら、邪魔だってさ! あんたも謝れよ!」
イチの言葉をさえぎって、サンが女の子の肩を乱暴に掴んで揺さぶった。
ナナたちはびくりと体を震わせ、動くことも出来ずに、困惑しながらことの成り行きを見つめる。
「邪魔なの! あんたは、邪魔。わかる? 邪、魔!」
「……」
されるがままの女の子が、ふっと顔を上げた。
こんな状況にあるにもかかわらず、その子は怯えるでもなく、怒るでもなく、どこか困ったような、戸惑ったような顔をしている。その表情はまるで、何を怒っているの? あなたは一体何がしたいの? と問いかけているようで。
……それがまた、サンの怒りを買った。
「っざけんな!」
バン、とサンが女の子を突き飛ばす。
女の子は体勢を崩し、あ、という声が漏れ聞こえてきそうな顔をして、消えた。
「……え?」
サンがきょとんと、たった今まで女の子のいた所を見つめる。
確かに、そこにいたはずだった。部屋の中を見回すが女の子の姿はない。
「見た、よね?」
サンが誰にともなく問いかけ、
「うん、見た。消えた、よね?」
キュウが呆然と答える。
それからサンとキュウはナナたちの方を見て、あんたたちも見たでしょ? と目で問いかけてきた。
「見た……」
「消えた……」
「うん、消えた……」
一瞬沈黙が下り、サンの舌打ちがそれを破った。
「キモイ。私、世話係に今のこと言って、あの子追い出してもらう」
いうが否や、サンは勉学の部屋を出て行き、キュウも慌てて後に続く。
「……」
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けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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