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どうだって

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「もう一度聞きますけど、その録音音声を警察に提出しなかった理由はなんですか?」
「こだわるね」
「ここまできて、分からないことがあるのは怖いです」
「怖い?」

 先輩は少し笑った。

「菜乃ちゃんにも怖いことがあるんだ?」
「私が先輩にいろいろお話した分、先輩も私の疑問に答えてくれてもいいと思います」
「そこ、『答える義務があります』とは言わないんだね」
「そう言った方が良かったですか?」
「ううん。生意気な女だなって思っただろうね」

 女。その呼び方に、妙に胸がざわめいた。飲み干したはずのものが口の中に戻ってきた時のような不快感を覚える。普通は「女子」と呼ぶべきじゃないだろうか。

「じゃあ、菜乃ちゃんの可愛さに免じて答えてあげるけど」
「はい」
「別になんてことないよ。隠してた方が、俺にとって都合が良さそうだなって思っただけ」
「……」
「本当に?って顔」

 先輩が微笑を浮かべる。何か企んでいるのでは、と咄嗟に思ってしまうような、怖いほどに優しげな笑みだった。

「だって、俺の立場になってごらんよ。付き合ってくれなきゃあの子を殺しますって脅されて、実際に死んでたのは俺を脅迫してきた子の方だった。それだけで、手の内を全部晒すのは不安になるでしょ」
「そうですかね」
「君とあの子が共謀して俺を陥れようとしてた可能性だってまだあるし。それになにより、俺はあの子の自殺未遂に全く関わってないんだから、大人しくさえしていれば俺が犯人になるような証拠なんて、何一つ出てこないに決まってる。自殺幇助もしてないわけだし」
「『頑張ってね』って言ってたじゃないですか。さやかに向かって」
「それは、あの子が君を殺すことに関してだろ。あの子の自殺を後押ししたわけじゃない。だから、当面大人しくしていれば、最悪犯人扱いは免れるなって思った」
「やけに慣れてますね」
「停学一年なもんでね」
 
 大人に責任追及された時の身の振り方くらいは分かってる。そう言いたげな顔だった。

「そんなわけで、不利になるようなことさえ起きなければ、この証拠は俺だけの秘密にしておこうと思ったってわけ」
「不利になるようなことってなんですか」
「君」

 先輩が、まっすぐにこちらを見て言った。

「君が血迷って、『さやかはあいつに殺されたんです!』みたいなことを言い出したりとか」
「言いませんでしたよ」
「そうだね」

 先輩はまた、さっきみたいに優しげな、というよりも、こちらを憐れんでいるような笑みを浮かべる。実際、私が可哀想だからこそ、こういう表情を引き出せているのかもしれない。彼の目から見た私は、馬鹿で滑稽で可哀想な人殺しであるはずだし。

「だからまあ、君の出方待ちとも言えたのかもね」
「良かったですね、私が大人しくて」
「本当に」

 冗談のつもりで言ったのだが、先輩は心から同意してるらしい。

「じゃあ、捜査に協力する気はなかったんですね?」
「協力?」

 先輩がわざとらしく嫌そうな顔をしてみせる。

「俺にうっすら容疑がかかってる立場でそれをするのは悪手だと思うよ、菜乃ちゃん」
「そうなんですか」
「なんにせよ、本格的に俺が疑われるか、君とあの子が揉み合った形跡が現場に残されていた、くらいのことを教えられるまでは最初から言わないつもりだったな」
「はあ」
「だいたいね、俺が告発してなんになるのさ」

 先輩が、ここにいない誰かを嘲笑するような口ぶりで言う。ここにいない誰か。それは、何の手がかりも掴めなかった警察のことだろうか。それとも、彼に偏見を持って接している教師陣か。彼以外の生徒、もしくはあらゆる全て。

「どうだっていいんだよ。あの子が誰に殺されかけたかなんて」

 投げやりに、どこか退屈そうに彼は吐き捨てる。

「家族でも大切な人でもないっていうのに、俺が真犯人を突き止めたいと思う?俺が殺したと思われてさえいなければ、どうだって良かったに決まってるだろ」
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