普通に生きられなかった私への鎮魂歌

植田伊織

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譲り合いの境界線

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静寂には価値がある。
 例えば図書館で、病院で、電車内でもそうかもしれない。

 「この場所では静かにしましょう」

 そんな簡単な指示すら、息子には通らないことがある。

 私の息子は6歳、中度知的障害のある自閉症スペクトラム障害だ。精神年齢は3歳になるかどうかで、最近は指示が通る事も増えてきたし、静かにしなければならない場所で大人しく過ごせるようにもなってきた。
 本人の意に反した状況に陥っても、癇癪を起こさず、少しずつ自分で気持ちを切り替えられるようにもなっていた。

 しかし、いつも出来る事が体調不良で出来ないことだってある。もちろん、それは障害があるなしに関係なく、どんな人にだってありうることだ。

 昨日、発熱で学校を早退した息子を、近所の小さな病院へ連れて行った。
 なるべく人が少ない時間帯を選んだつもりだったが、先客がいた。息子が感染症を罹患しているリスクを考え、待合室ではなく病院の外で待機するよう指示があった。
 
 待合室のソファに座るつもりだった息子は、座れないとわかったとたん、体調不良もあってか大癇癪を起こしてしまった。
 その様子を見て病院のベテラン看護師さんは、息子に、

「大きな声は他の人がびっくりしてしまうよ。静かにしてもらわないと困るよ」

 と厳しく言った。
 看護師さんは何も間違った事を言っていないし、何なら私も息子の癇癪を収めようと必死だった。
 しかし、言葉での指示が通るような子だったら、そもそも障害者手帳など交付されない。
 ちっとも泣き止まず、暴れまわる息子を羽交い絞めにしながら、処方箋をいただいて逃げるように帰路についた。
 大泣きする息子の声が少しでも遮断されるよう祈りながら、自宅に飛び込んだ。

 ありがたい事に、お医者さんたちは皆、息子に優しく接してくれた。
 苦言を呈してくれた看護師さんだって、息子のために絵本を持ってきてくれたのだから(息子は拒絶してしまったけれど)息子の事を慮ってくれたのだと思う。

 お互いを尊重したいけれど、譲れない事もある。

 静かにしなければならない場所では癇癪をおこすなんてもってのほかなのだ。
 それならば私は、どう立ち振る舞えばよかったのだろうと考えると、気持ちが重くなる。

 健常者の迷惑を考えて、人目につかないように立ち回れる事ばかりではないのだ。

 癇癪は決して、躾不足の我が儘では無い。
 しかしそうとわかっていても、息子の世界を主観視点で体験できない以上は、彼にとっての逆鱗が何だったのかは想像するしかない。
(息子に対して「逆鱗」もおかしなものだが、類義語を引っ張り出すのもしんどいほどメンタルが落ちているのでそのままにする。はぁしんどい)

 ゆずりあいの境界線が、もうすこし優しいものになって欲しいと思う私は、障害を盾に我が儘を通す「障害者様(の身内)」なんだろうか。
 どうがんばっても健常のルールに則れない人も居る。
 そしてそれは、生物である以上、ある一定の確率で存在するのだという当たり前を、見守ってもらう訳にはいかないのだろうか。

 いかないんだよなぁとひとりごちながら、私は、息子が少しでも社会に適応できるよう教育するしかないのだろう。
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