普通に生きられなかった私への鎮魂歌

植田伊織

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Xデーが駆け足でやってきた。

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ぎらついた日差しに全身を燻されるような毎日。

 暑さでぐったりとはするけれど、網膜を焼き尽くすようなぎらついた太陽の光を全身に浴びるのは嫌いじゃない。
 セロトニンによって自身の闇が浄化される様を妄想している。

 今年のお盆は義実家へ帰省する。
 その後、実家にも顔を見せるつもりでいた。

 というのも、母が体を動かせず、ベッドから数秒の場所にあるトイレへ行く事すらままならなくなってきたと聞いたからだ。
 いくら後期高齢者とはいえ、今の時代の60代はまだまだ若い。よほどの重病でない限り、寝たきりで日々を過ごすというのは珍しい。

 しかし、その「よほど」に当てはまってしまった母は、時々、脳味噌で何かの配線が切れてしまったかのように、ぼうっとしてしまう時間が増えたのだ。

 今後本格的に痴呆が出てきたり、精神の状態が悪化して、私や息子の事が解らなくなってしまうのではないか。そんな懸念の払拭を兼ねて、様子を見に行こうと計画していたのだ。

 しかしその予定は、母の入院がきっかけで延期となった。

 父によれば母は、治療の結果、病状は少しずつ回復しているとの事だった。命に別状も無く、重篤な副作用に悩まされる事態は回避出来た。
 しかし、歩行困難に加えて生活動作に問題があり、これ以上自宅で介護をするのは難しい。
 施設への入所が望ましいと医師から告げられたそうだ。
 
 母と共依存のように過ごした日々は、とうにほこりをかぶっていた為、記憶の底に沈めていたけれど。
 ついに本格的な介護を必要とする段階に入ったという事実が、心にぽっかりと穴をあけた。
 いつかそんな日は来るだろうと覚悟はしていたけれど、思ったよりずっと早くXデーがやってきた。
 そんな駆け足でやって来なくても良かったのに。

 今後の方針を知るために、三年ほど連絡を断っていた父と会う事にした。

 かつての日記で書いたけれど、父からは「悪意なき虐待」を受けた。それ自体は許してはいないけれど、フラッシュバックやトラウマに襲われ動けなくなる事はほぼ無くなった。
(創作をする事でかなり癒されたので、短編を読んでくださった読者の方には非常に感謝しております)
 いまはただ、父はとんでもなく愚かな一面がある人間なのだと、認識するにとどめているつもりだ。

 無償の愛を両親に求める気はもはや無い。同時に、「親だから」丸ごと愛そうとも思わなくなった。――実は、嫌悪感や興味すら、薄れつつある。憎しみあいたい訳ではないが、べたべたとくっつくつもりもない。

 私と両親では、「愛」の定義が違うのだろう。

 私が求めていたのは「無償の愛」。
 両親が与えた愛はある一面において、呪いになってしまったけれど、彼らは私に呪いの種を植え付けたかった訳では無く。彼らなりの「愛」を注いだのだろうと思う。

 そう腹落ちするようになってからは少しずつ、「無償の愛」への渇望が手放せるようになってきたような気がする。

 私にとっては毒親の一面を持つ両親だが、息子にとっては大好きなじーじとばーばだ。
 特に、母が統合失調症を患った時、一番近くで息子をかわいがってくれた父を彼は覚えていて、未だに会いたがる。
 私と両親との確執に、息子は関係ない
 なるべく、彼を愛してくれる人、ハンディを持った息子の理解者を増やしておきたい。そう思っている。

 昔、私が祖父母にまとわりつくようにして懐いていた頃、もしかしたら母は、今の私が抱く気持ちと同じ想いをしていたのではないか。

 両親から聞く祖父母の毒親っぷりを思い出す度、つくづく、親にならないと見えない視点というのは存在するのだなぁと痛感する。
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