普通に生きられなかった私への鎮魂歌

植田伊織

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『幸福論』との出会い

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 肌寒いけれど、日差しが縮こまった体をほぐしてくれるような日。
 芝生のある広い公園では、家族連れやカップルがピクニックをしていた。確かに、ちょうど良い日和である。

 午前中に家族の用事を終わらせた後、銀杏並木を抜けて古本街へ出かける。

 夫の食べたい物がその街にあったから行っただけで、普段だったら、多動の症状のある息子を本屋には連れてゆけない。行ったとしても、どちらかが息子の面倒を見ている間にもう片方が本を選ぶという買い物スタイルになるので、腰を据えて物色するのも気が引ける。
 けれども、せっかく本の街に来たのだから、前々から目をつけていた物は買って帰ろうと目論んでいた。

 家族と美味しい物を食べる――幸せの一コマだ。素直に胸の中で喜びをかみしめた。
 少しずつ、この日記を書こうとした当初の感情の爆発が引いてきているのを感じている。日常優先であるから、毎日の更新は難しいかも知れないけれど、なるべく文章を書く習慣は続けてゆきたいと思っている。リアルタイムの日記にはしない予定だ。

 古本屋では目当てのシリーズが見つからなかったため、新刊を求める事にした。

 ふと、目の前に『幸福論』があった。読んでみると良いと夫に勧められ、調べてみて、これはいつか読みたいと思っていた一冊だ。
 しかし夫も読んだ事はないはず……おそらく、ネットなどで読むと良いという情報を得て、人生に迷う私に助言したのだと思う。――確認してないけど。だから、「誰の」『幸福論』を読めばいいかがわからない。

一番大切な所であるというのに!

 しかし、読書家ではない夫なりの気づかいを無下にするのもどうかと思い、アランの著書を読もうと思っていた。

 その『幸福論』がたまたま目の前にあったことに、私は何か縁のような物を感じて、購入品に加えた。

 街を一通り散策して、息子が退屈してきたので銀杏並木のある公園に戻り、芝生に寝転んで読書をした。
 夫は動画サイト、息子は音の出る絵本と、嗜む物はバラバラだけれど、その多様性を包括出来る暖かさが、家族なのだろうと感じた。

 『幸福論』をさっそく読んでみる。まだ読み始めだけれど、現代に通じるアランの教えに目が覚めるようだった。というのも、内省ばかりして目に見えぬ遺伝を呪うよりは体調を整えて、冷静な目で見た適切な対処をすべきと言われたような気がしたからだ。
 乱暴に要約すると「悲劇的な考えの時に内省をしても悲劇的なままだ。適切な原因をつぶせ(ピンを探せ)」だの、「恐怖心の動きは自然に病気を重くする(略)眠れないと心配する人は寝るに適した状態にない。(略)だから、病気のまねをするよりは健康のまねをすべきだろう。」(引用)だの、心に刺さってしかたがない。

 深々と思考しながら結論を出すだけでは限界がある。体調を整えたり栄養をきちんと取ったりする事で、補う物もあるのだ。身体を馬鹿にしてはいけない。

 ともあれ、ぐるぐると無意味な負の思考に陥りがちな自分を、ニュートラルな状態に引き戻せと警告されたような気がした日だった。
 中年の危機は中年なりの知恵で乗り切ろう。
 ありがとう、アラン。日々勉強である。

 読書はすぐに、息子の「おいかけっこして」という要望により中止される。細切れの自分時間と家族時間が入り組む様子もまた、家族ならではで、失ったら後悔するものに違いない。

 そらには銀杏の黄色、地には芝生の緑、その上に散る赤茶色の落ち葉のコントラストが目に鮮やかだった。

 ……後日談として、何故幸福論を奨めたのか夫に聞いてみた。
「不幸だと泣いてっからだよ」
 との事だった。
 ……よく、良書にめぐあえたものだ。
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