WORLDS

植田伊織

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第一章

悪魔と踊ろう2

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 飛行船は大まかにわけて、三つの場所に分類できる。

 第一に、客席、操縦室及び船内の運勢設備がある船体部分。
 第二に、船体部分の天井部を利用して作られているデッキ。
 第三は、飛行船の最上部に位置にある、船内全体を巡る魔力の貯蔵庫である。最もこれは場所というより、デッキの上にぼんやりと発光しながら浮遊する、巨大なオーバール型の石そのものを指す。

 飛行船は、魔鉱石から一定の魔力を操縦室にある結界を貼るための魔装機械に分け与え、出力する事で上空を漂うモンスターから船を守っている。また、外敵へ反撃するための砲撃もあり、その動力源もまた上空に浮かぶ巨大な魔鉱石なのである。

 魔装機械に手を加えるというのは即ち、船の動力を引っ張るためのリミッターを何段階か外す事で、多量の魔力を動力源である鉱石から引き寄せ、強力な結界を生成するという理屈になる。この小型客船の魔装機械ですら、緊急事態に備えて多少の出力強化には耐えうるようにできている。ユリスはそのシステムを利用して、制御装置を外すためのトリガーとして志願したという訳だ。

 一方、船体部の上部に位置するデッキには、ドーム型の結界が貼られており、客室内と何ら変わらず出歩けるよう動力制御が行われている。普段であれば、空中散歩をしながら景色を楽しむ目玉スポットであるが――。

「俺達はここで、迫って来る闇の民どもを蹴散らせばいいわけだな」
「そうだ。光の魔法を使える者を前衛、サポートや回復魔法を扱える者を後衛として戦闘を行う。魔法の使えない者はアイテムを使ってのサポートに徹し、戦闘に向いていない者は客室に控えていてもらおう」

 船に同乗している冒険者は闇の民の討伐に慣れている者が多く、話が早かった。彼らは彼ら自身の経験から、迫りくる闇の民の数の異様さを見て、事態は一刻の猶予も許されないという事をひしひしと感じていたのだ。
ユリスの提案に表立って反論する者がいなかったのは幸いした。――単に、代案を立てられる者が居なかっただけかもしれないが――ユリスはそっと胸を撫でおろしながら言葉を続けた。

「まず、はじめに結界の威力を上げて船に群がる闇の民を一層する。次に、闇の民が居ない間に討伐メンバーがデッキへ出て戦闘位置につく。それで、再度やってくる闇の民をデッキ上から魔法で蹴散らしてゆく――やる事はシンプルだ」
「話を聞くだけならな。船の結界が持ちこたえられるかどうか判らない以上、この戦闘は大きな賭けだ」

 鉄の鎧を身にまとった赤毛の男が言った。帯刀している大剣には魔鉱石が埋め込まれている。おそらくこの剣を媒介として魔法を扱う、魔法剣士だろう。彼の言葉に、彼を取り巻く仲間と思わしき数人の魔術師達が不安そうに互いを見合わせていた。
 そんな彼らをたしなめるように、治癒師の法服を着用した、砂色の長い髪の女性が言った。ちなみに彼女が祈りを捧げるように組んだ左手には、魔鉱石がはめられた指輪が光っている。彼女もまた、指輪を媒介にして戦う魔術師と思われた。

「しかし、何もしなければ命はありません。いずれにせよ、選択肢は二つしか残されていないようですね。何もせず命を落とすか、あがいて勝利をもぎとるか――勿論、わたくし達の活躍を横目に震えて蹲ることもできますけれど」
「何?」

 魔法剣士と治癒師の間の空気が張り詰めた。しかし、彼らの仲間は、互いに同じことを考えていたようで、火花でも散りそうな二人の間に割って入って仲裁する者も、加勢しようとする者もおらず、ただ皆俯いていた。
客室内は水をうったようになる。

 売り物である回復薬を、緊急事態故に乗客に提供しなければならなくなったとふてくされていた商人が、きゅうに「ひぃぃ」と言いながらガタガタと震えだす。

「やっぱり嫌だ、私はデッキになんて出ない! この商品は好きに使ってくれて構わないから、私は客室に残らせてくれ!」

 ユリスは商人を落ち着かせようと声を落とす。

「わかった。ご協力ありがとう」

 そして、睨みあっている二人の魔術師の間に割って入る。

「何もレッドグラウンドに着くまでずっと、奴らを蹴散らし続けなきゃならない訳じゃない。道中の『アクア・パレス』に緊急着陸の許可が出た。そこまで持ちこたえられればそれで良い」
「この船、レッドグラウンドまで行けないので!? はぁあぁこりゃ大損害だ!」

 先程まで震えていた商人が、憤ったように立ち上がる。その場の誰もが苦笑をしたように見えた。

「レッドグラウンド周辺は闇の民の数が多すぎて、とても近づけそうにないとの事だってさ」

 ユリスの言葉に、商人が再び憤る。

「数分後に命があるかどうか判んねーって状況で、金の心配かよ」

 赤髪の魔法剣士が吐き捨てると、さすがの商魂たくましい商人も顔をむっと顰めたが、表立って反論する度胸は無いのだろう、ごにょごにょと何事かをつぶやいていた。

「仕方ない。――やるしかないって事だよな」

 冒険者らは、腹をくくらざるをえなかった。


 「マリア、これを持っていてくれ」

 そう言うとユリスは、普段自らが腰のホルスターに身に着けている白金色の魔装拳銃を差し出した。

「光の魔法の守護をかけておいた。標的に向かって拳銃をうつと、光の魔法を打ったのと同じ効果が出るはずだ。何日かはもつようにしておいた」

 マリアは初めての魔装拳銃に目を白黒させながら、それを受け取った。
 彼女は炎以外の攻撃魔法を上手く使えないのだ。光の魔法以外は効きづらい、闇の民と戦闘をするには分が悪い。

「俺は結界を強化してからデッキにあがる。その間、依頼人のレーゼは客室に居るわけなんだが――マリアはデッキで冒険者達のサポートに回って欲しい。その時、身を守るのに役立つはずだ。引き金を引くごとに消費されるのはアンタの魔力だから、使い所は考えてくれ」
「わかった。ありがとう」

「私は留守番?」

 レーゼは不満そうなにむくれている。

「万が一依頼人に何かあって、依頼の代金をお支払いいただけなくなると困りますんでね」
「まだ目的地にもついていないのに、よく言う」
「確かに」

 こんな非常事態だというのに軽口を叩きあっているユリスとレーゼを横目に、マリアは辺りを見回した。
 冒険者一同は装備を整え、作戦開始の“合図”を待っている。

「ユリス……大丈夫?」

 少年のおどけた態度と先の悲しそうな表情のギャップに、少女はたまらず声をかけてみたけれど、その真意は伝わらないだろうことも判っていた。

――どんな言葉を使えば、彼の心を少しでも軽くしてやれるのだろう――そう、マリアは思う。

 一方のユリスは、案の定目をぱちくりさせた。
まさか、自分がそんな言葉をかけられるとは思っていなかったのだろう。
 彼はにぃっと悪戯っぽく笑って、

「迷った時に考えるべきはこの二択。『やるべきか』『やらざるべきか』。
 今は『やるべき』時だ」

 と、言ってのけた。
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