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昔から、荒れた生活を送っている自覚はある。家なんて物あるのか無いのかわからないような状態で、気に入らないものは力づくで目の前から消してきた。
俺の顔を見ては逃げていく虫けらばかり。俺を受け入れてくれる世界なんてどこにも無いんだと、そればかり突きつけられる。


ああ、反吐が出る。
その日も無性にいらついて繁華街をぶらついた。

散歩、なんてもんじゃない。

その辺にいた、偶然目についたてきとーな集団を見つけて「チッ」と無意識に舌打ちが漏れる。

どこかで見たことのあるような気がする顔が癪にさわって、路地裏の入口に座り込んでいる奴らの背後の壁を蹴りつけた。
ちょうど頭のすぐ上あたりに。

壁にヒビが入る、なんてそんな超人じみたことはない。
大層な音が響きはしたがここが暗い路地で多少の音が反響しただけ。
それだけだってのに、目の前の図体のでかいだけの男どもは揃って俺の顔を見て青ざめる。

「あ……、コイ、ツ……六条……っ!?」
「ああ? おい、俺の名前呼んでいいなんて言った覚えはねぇんだけど」

壁につけていたままの足をそのままに下ろせば、男の肩で足が止まる。
大して力なんて入れてねぇ、振りかぶったわけでもねぇ、重力のままに足を落としただけ。
一瞬くらいは痕がのこるかもしんねぇが、骨が折れたわけでもねぇってのに俺を見るその顔は恐怖に染まってやがる。

俺の名前を呼ぶのも、その顔も。
何もかもが気に入らねぇ。

これでも最近はまともだ。
少し前なら壁なんて蹴らずにその頭を蹴り倒してた。
刃物も鈍器も持ってねぇ、手ぶらで、人間じゃなくて壁を的にして。
それでも意味もなくむしゃくしゃする。

「すん……ま、せ……」

絞りだしたようなその声にまた苛立って、下げた足で近場にあったゴミ箱を蹴飛ばした。
視界を覆う白に近い金髪をかきあげて、ハッと乾いた嘲笑が零れる。

「あー……」

さてどうすっかな、と思考を巡らせながら路地に背を向けた。
その辺の連中を襲う気にもならねえ、声をかかけてきた遊んだことがあるらしいよく覚えてない女たちにも食指が動かねぇ。
行きたいこともやりたいこともねぇ。

意味もなく煙草に火をつけて咥えたところで、後ろに体を持っていかれるような感覚がした。
気のせいかとも思うような小さな力。

肩越しに振り返っても誰も、何もいないそいこから視線を動かせば、赤いキャップを深く被ったちっこいのが俺の着ているシャツの裾を掴んでいた。

「湊」

人形みたいな作られたような綺麗な顔が俺を見上げて俺の名前を口に出した。
声まで綺麗な響きをしてやがる、と毎回思う。

咥えたばかりの煙草の端をがりっと噛んで、そのまま小さな手に引きずられるように俺はしゃがみこんだ。

「はぁー…………」

俯いて深すぎる溜息ににた声を出せば、そのちび、由良がこてんと首を傾げた。
もう俺の服を掴んでいない地さな手が俺の頭をさわさわと撫でている。

火をつけたばかりでほとんど吸っていない煙草をアスファルトに擦り付けて、視線だけその小さな頭に動かした。
頭を上げてしまえばその小さな手が届かなくなる。

ほんと、ちっこい、こいつ。

「なにそれ、変装?」

髪をしまいこんでいるらしい見慣れない赤いキャップに目を止めて、そんな疑問を投げかければ、由良はこくりと頷いた。

「女の子1人の夜道は危ないっていうから」

確かにキャップを深く被っていれば男に見えなくも……いや、んなことねーわ。
そもそもが整いすぎてんのに多少隠したところで何も誤魔化せやしない。

「そもそも一人で歩くなってことだよ」
「あ、何するの湊」

ひょいと持ち上げれば重さはほとんど感じない。
ずれたキャップから黒い髪が流れ落ちて、なぜか少しだけ満足する。
じとっと俺を見るその瞳は怒ってるのか。
子供のくせに表情のわかりにくいコイツは相変わらず無表情で笑えてくる。

「俺が夜の散歩につきあってやるってことー」

意味もなく荒ぶった感情がいつの間にか落ち着いていて心が軽い。
自分よりも不器用で扱いづらくて、放っておけない。そんな風に思うようになったのもこの由良のおかげ、ってか。

「湊のご飯食べたい」
「んー、んじゃ帰るとするか~」

できるだけ優しく聴こえるような声を、怯えさせなないように、怖がらせないように、なんて思い始めたのはいつからだったか。
別に怒鳴りつけてもこの子供は表情を変えないだろうなんてことは想像できんのに、そんなことを思ってしまうのは。

「俺も大人になったってことかね」

触り心地の良い柔らかい黒髪を弄びながら、ひとりごちる。
由良が美味いと言いそうなレシピを考えながら、夜の繁華街を歩いた。
誰とも関わりたくねぇと思って歩いてきた道を、由良と二人で。
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