平民女とお貴族様[完]

綾崎オトイ

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お姫様は眩しい

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「まあ、エメ様おかえりなさい」
「ダンス素敵でしたわ」
「他の皆様も見惚れていましたのよ」

 迎え入れてくれる彼女たちは次々にそう口にする。
 もちろんその全てが本心だなんて思ってないけど、そう言われて嫌な気はしない。踊りで注目を集められるならそれは私の本望だ。

「この間覚え始めたばかりだと言っていましたのに、幼い頃から習っているわたくしよりお上手ですわ」
「ありがとう」
「侯爵様とも息ピッタリで、本当にお似合いですわよね」
「何曲も続けて踊っておられて、愛されていて羨ましいですわ」

 椅子に座って持ってきた軽食に手を伸ばせば、目の前のお嬢様たちは口を開きながら私の前に料理やデザートの盛られた皿を押し出してくる。
 自分たちの目の前にもちゃんと用意されているってことは、私のためにわざわざ持ってきたってこと?︎︎‌ㅤとセンス良く盛り付けられているけれど全てを合わせたら山盛りになってしまいそうな料理を思わず見つめてしまう。
 いや、美味しそうだし食べるけどね。
 私のおすすめが一番美味しいですわ、と言い合う声は聞こえないふりをする。

「愛、ねぇ……」

 この仮面を付けての集まりでは、自由に本来の相手以外と楽しむ人間と、普段の体裁を気にせずパートナーと遠慮なくイチャつく人間、主に二種類に別れるらしい。
 恋愛的にもそうだし、女性同士で礼儀作法を気にせず楽しめる場所としても使われるとか。

 少なめの軽食と小さな茶菓子を時折口に運びながら、話し続けている彼女たちの話を、目の前の料理を咀嚼しながら大人しく聞いていれば色々と分かってくる。
 家の派閥だとかマナーだとか、顔を隠さないと自由に動けないなんて、本当にお貴族様とやらは大変だ。

「今回も王太子様達がいらっしゃっているわね」
「仲睦まじくて本当に素晴らしいわ。ご成婚が楽しみよね」

 王太子夫妻……じゃなくて婚約者の二人、誰もが仮面の下の顔に気づいているようだけど、誰も大きな声では口にしない。静かに見守るというのが暗黙の決まりらしい。
 私を招待してくれたお嬢様のお兄様とやらが王子様と交流があるらしく、ここでの集まりにもあの二人はよく参加しているんだとか。

 立場を気にせず2人の時間を楽しみながらも周りの人間とも適度に挨拶をしている様子をなんとなく目で追ってしまう。上に立つ威厳やオーラは忘れずに、誰にでも気さくに優しいということで、あの二人を指示して応援する人間は少なくない。
 私の旦那様であるお貴族様と3人で肩を揺らしながら笑う様子は、侯爵家に飾ってある絵画のように完成されていて、なんかしっくりくると言うか、お似合いというか。

 少年のようなお貴族様の微笑みは、私に向ける表情とも違う、なんてそんなのは当たり前か、と自嘲めいた笑いが漏れる。
 何かを欲しいと思うのも期待するのもいつぶりだろう。踊り子として人気が出た頃にはすっかりと捨て去っていたはずなのに、まだ私の中にそんな物が残っていたなんて驚きだ。

 平民らしく自由に恋愛も楽しんできたけど、それにのめり込んだことなんて無いはずなのに。
 これはこれで歳をとった証、ってことなのかもしれない。

 □□□

 どうにも放っておけない気分にさせる、あのお貴族様が楽しそうなら、私は静かに料理に舌鼓を打つだけ。もしかしたらこれわ目当てに付いてきたのかもしれないし、それならすごく納得できる。

 そう思って視線を逸らしたはずの私は、何故か先程眺めていたはずの三人を目の前にして立っている。まだ食べ終わっていなかったのに残念だ。

 なぜ私がここにいるのか。理由はこのお姫様が私と話してみたいと言ったからだという。内側から溢れ出る高貴さというか、とにかく外側だけ着飾っただけの私とは全く違う存在だと改めて実感するこのお姫様が、私なんかに何を話すというのか。
 分かりきっているけど、あまりいい予感はしない。

「貴女がフェリシテと仲良くしてくれるなら嬉しい」

 そんなことを言ったお貴族様は相変わらず女心が分かっていない。幼なじみとしても妻としても、どちら側でも微妙な気持ちになるだろう。
 王子様のなんとも言えない視線がお貴族様と私に向けられるけど、私から言えることなど無いのだからと気づかないフリをした。

 二人きりで話したいとお姫様に連れられて部屋の隅の区切られたスペースに向かう途中で、バニラアイスとコーヒーを拝借する。主催者の彼女に選び抜いた組み合わせだからコーヒーをアイスにかけて食べるのがオススメだと教えてもらった。
 隅のスペースには椅子もテーブルも揃っている。話は食べながらでもできるし、折角なら食べておきたい。

「貴女、いつの間にそんな物持ってきたの」
「さっきそこで」
「普通持ってこないでしょう」

 呆れたように言うお姫様はパッと口元を隠すように持っていた扇子を広げた。ここは衝立で区切られているけど、扉がある訳では無い。外から様子を見ることは可能だからそれを誤魔化すためだろう。
 貴族令嬢の嗜みだというこの扇子の扱いには何度見ても感動する。
 私も踊りの小道具として扇子を持つことはあったけど、軽い動作で表情を隠すこの動きは滑らかで真似できる気がしない。もう手の一部ですわ~と笑っていたのはどこのご令嬢だったか。

 代わりにアイスを1口掬って口に運べば、濃厚なミルクの甘さと香りが舌と鼻腔に広がった。味が濃くて美味しい。コーヒーを垂らすと苦味と甘さが合わさって、この絶妙な感じが永遠に食べたいられそうだ。
 オススメされただけある。あとでおかわりをしよう。

「……話をしてもいいかしら」
「どうぞ」
「その手を止める気は無いのね。まあ、いいわ。エメ夫人」
「エメでいいよ。夫人とかキャラじゃない」

 慣れない呼び方をされると変な感じがする。

「ではエメ。単刀直入に聞くけれど、なぜウルリシュに近づいたの。何の目的を持って彼のそばに居るの」

 近づいた理由と言われても、私からではなく、あのお貴族様から近づいてきたし、この関係を持ちかけてきたのも向こうからだ。
 でもその理由を、原因である目の前のお姫様に私が言うなんて出来るわけがない。流石にそこまで空気が読めなくはないからね、私は。
 答えられる理由なんて無いのだからそんなことを聞かれても困る。お貴族様たちみたいに誤魔化すのは平民の私には不得意なんだから。暴露なんてしないけど、本当のことしか話せない。

「まあ、成り行きで」

 強いて言うなら衣食住が保証されているから、とでも言おうか。

「最近は周りの貴族たちも味方につけているようだけど、侯爵家の乗っ取りでも考えているのではないでしょうね」
「平民の私がそんなこと出来るとは思わないけど?」

 私を見るお姫様の目は厳しい。だけど、こっちのが普通の反応じゃないかと思うんだよね。あのお貴族様は、失恋で冷静な判断ができなかったとか色々あると思うけど、最近私に会いにくる人たちは私から見ても好意的すぎておかしいと思う。恋は盲目、みたいなそれに近いものを感じて怖いくらいだよ。

「……彼を、ウルリシュを傷つけることは見逃せないわ。わたくしは幼なじみとしてずっと彼のそばにいたけれど、侯爵家を手に入れようと近づいてきた人間はたくさんいて、その度にウルリシュは傷ついてきた」

 お貴族様たちの世界のことは、私にはわからない。だけど、何となく知った事情で大変だったんだろうな、とは思う。

「あのお貴族様を傷つける気は無いよ」
「ウルリシュには、ちゃんと幸せになって欲しいのよ」

 私だって幸せになって欲しいと思う。

「安心して、なんて言っても信じてもらえるわけないか」

 何を言っても信用はされない。だけどその分だけこのお姫様がしっかりと考えている証明な気がする。だから別に悪い気分にはならない。

「権力を私利私欲に使うことは避けたいけれど、わたくしはこれでも次期王太子妃なの」
「知ってる。お姫様でしょ」
「お姫様ではなく王太子妃よ。全く理解していないでしょう」
「偉い人っていうのは理解してるつもり」
「なんだか調子狂うわ……。とにかく、貴女がウルリシュを傷つけようとしたなら、わたくしは持てる全ての力を使ってそれを止めるわ。それを宣言しに来たのよ」

 このお姫様もお貴族様に負けず劣らず真面目らしい。わざわざ私に釘を刺すなんてことせずに潰してしまえばいいのに。
 あの男たちはいい加減なんだから、と小さく文句を言っているお姫様にはどこか好感が持てる。だから好かれているんだろう。

 こんなに真剣に考えてくれるお姫様がいるなら、きっと大丈夫だろう。お姫様が彼のことを思って行動したと知ったらあのお貴族様は喜ぶだろうか。

 衝立の外からは終始微笑んでいるよう見えるだろう、じっと見定めるように私を見つめるお姫様は澄んだ瞳をしていて、私のような枯れきった存在には眩しすぎる。
 このお姫様が、彼の隣を選んでくれたら良かったのに。
そう思うけど、それも口にすることは出来なかった。
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