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籠る熱
しおりを挟む広々としたホール、吹き抜けの高い天井に、煌びやかなシャンデリア。素人の耳にも素晴らしいと分かる音楽隊の生演奏。
宝石のように光に照らされて輝く衣装に身を包んだ仮面を付けた人々が、広いホールの中に数え切れないほど集まっている。
「小規模……?」
こじんまりってなんだっけ、と思わず首を傾げてしまいそうになる。私の目にはどう見ても盛大なパーティにしか見えない。
確かに以前行った王宮で開かれた物に比べれば、少ない人数だし、豪華さもあちらのが上だと思う。侯爵家の大ホールもここよりも広いし、あれが普通だと言うのならまあ小規模と言えなくもないのかもしれない。
お貴族様の感覚は庶民には全くついていけない。
立ち止まってしまった私が再び足を踏み出せば、隣にいるお貴族様も合わせるように付いてくる。
見上げてみれば、仮面でも隠しきれない輝くオーラを放つ、私の書類上の旦那様と目が合った。私のドレスと同じ模様の刺繍がされたジャケットに、私とお揃いの仮面。仮面なんてテキトーでいいと思ったのに、このお貴族様はドレスと一緒に仮面まで特注した。世界にこの2つしかないデザインで、私が青色でお貴族様が赤色という組み合わせは、なぜかお貴族様の要望だ。そういうお年頃なのかもしれない。
「ねぇ、ずっと付いてくるの?」
「貴女が踊っている間は待っているつもりだ」
こういう集まりが好きという訳でもなさそうなのに、このお貴族様は何をしに来たのか大人しく私の横に付いてくる。これではまるで私の付き人みたいだ。それでは立場が逆転してしまうけど。
「まあエメ様! ︎来てくださったのですね。嬉しいですわ」
「デザートコーナーには我が家から用意させていただいたケーキもありますのよ」
「今日のお召し物も素敵ですわ~」
「仮面もお似合いですわね」
もう既に顔見知りになってしまったご令嬢たちの元に顔を出せば次々と挨拶をしてくれる。高貴なお嬢様たちに囲まれた空間は未だに慣れない、というか不思議な気持ちになる。
顔が完全に分からない仮面の人もいる中で、彼女たちは気持ち程度に顔が隠れているだけだから、話しやすい。仮面で顔を隠してしまうと雰囲気が変わって不思議な気分で、まあそれが醍醐味なんだろうけど、どこか落ち着かない。
「ところでそちらにいらっしゃるのはアスタテトア侯爵様でしょうか」
「侯爵様も来て下さるなんて光栄ですわ」
規模の問題なのか、仮面が関係しているのか、王宮の時よりも挨拶が軽い気がする。私の元に初めてやってきた時も綺麗なカーテシーとやらを披露してくれたのに、ここでは軽い会釈だけで、侯爵であるお貴族様も気にした様子は無い。
「ああ、邪魔をしている」
普段二人で話している時はどこか少年のような無邪気な空気すら感じるというのに、このお貴族様が纏う空気はなんだか冷たい。
怖い、近寄り難い、と思われても仕方ないと思うような、他人を拒絶するような態度には別人を見ているようで首を傾げてしまいそうになる。
「エメ様、そろそろ1曲目が始まりますわ」
「始めはワルツですよね。私も準備運動に行ってこようかしら」
「段々難しいステップの曲になる予定なんですのよ」
それはなんとも面白そうな企画だ。踊り子としての私の見せ場のようでワクワクしてしまう。
難しい曲になるほど人が減っていき、残った人間同士で踊って、男性同士でも女性同士でもペアが出来上がる。少ない人数になると1人で踊っても許されるなんて楽しそうだと、説明を聞いて私もホールの中央へと足を踏み出した。
話やスイーツを楽しむだけの人もいるようで、今話していた場所に残った女性達も数人いる。
「エメ、1曲目を貴女とともに踊る栄誉を頂きたい」
す、と差し出された手に素直に自分の手を乗せれば、強引では無いのに力強く引き寄せられて距離が近づいた。前にも思ったけど、このお貴族様は体幹がしっかりとしていて身を預けるのに安心感がある。
お貴族様たちの踊りではこれ程理想的なダンス相手は他にいないかもしれない。
「前も思ったけど、踊るの上手いよね」
「ワルツは貴族の基本だからな。貴女も最近教わったばかりだというのにとても上手い」
褒められて悪い気はしないものだ。
「本業だからね」
いくらお貴族様と言えど、躍りでは負けない自信がある。
マナー講師が完全に役割を放棄してしまっているけど、挨拶と歩く姿勢、それからダンスだけは習ったし完璧だというお墨付きだ。だから謙遜もする気も無い。
リズムに合わせてステップを踏みながらくるりくるりと回っていく。動く度にスカートが舞い上がり、会場ではたくさんのドレスが花が咲くように広がっている。男性の衣装も装飾や長めのジャケットやコートの裾が動き合わせて揺れていて、上から見たら綺麗で楽しそうだ。
ゆったりとしたワルツは準備運動だとでも言うように、二曲目は複雑なステップの入ったテンポも早い曲の演奏が始まった。小規模でこじんまりというのは納得が出来なかったけど、ダンス好きの集まりだということは真実らしい。普通ならばもっと間に簡単な曲を挟んでから後半に取り入れると習った曲だというのに、殆どのペアはそのまま踊り始めようとしている。
私に付き合う必要は無いのに、目の前のお貴族様も乗り気のようで、私の腰に添えた手から力が抜ける気配がない。
ダンスが好きという訳ではなさそうだったのに、踊りたい気分なのかもしれない。
どこか挑戦的に思える視線にステップを踏み出すことで応えてみせるけど、私に引きずられるようにして動き始めたはずのお貴族様の姿勢がぶれることはない。
何となく色んな人と代わる代わる踊るものかと思っていたけど、誘われるまま、私は1曲目から続けて目の前のお貴族様の手を取って踊っている。周りでも同じ人と続けて踊っている人達が何組かいるからおかしなことでは無いんだろう。
「ねぇ、そろそろ休憩しようよ」
「あぁ。軽食コーナーだな?」
「私の事食いしん坊だと思ってるでしょ」
数曲踊った後に声をかけてみれば、ドリンクコーナーやテラス、休める場所はいくつもあると言うのに、迷うことなく軽食コーナーに足を進められている。
「貴女は食べることが好きだろう」
不思議そうに言う目の前のお貴族様は、間違えていないはずだが、と本気でそう思っているに違いない。
食べることは好きだ。踊り子時代は踊りの方が優先されていたけれど、ここに来てからは食に私の情熱は向けられている。間違ってはいないし否定もしない。
ただ、それを直接伝えてくるのは女心というものを分かっていない、と思ってしまうだけで。
軽食コーナー、と言うには気合いが入りすぎていて、レストランかカフェのようになっているホールの隅で、私のための料理を皿に盛ろうとするお貴族様の手をそっと抑えて自分で盛り付ける。
私のために手を伸ばしてくれるのは純粋にありがたいと思うけれど、このお貴族様は私の分になると見栄えなど気にせず盛大に山盛りにしてくれるから。それは遠慮させてもらいたい。
普段人の目を気にしていない私でも流石に羞恥心というものがあるのだ、と抗議してやろうかとしたところで、静かに、けれど確かに会場がざわめいた。
視線が集まる先に目を向けてみれば、一組の男女が腕を組んでゆっくりと歩いているところだった。
仮面で顔は見えないけど、なんとなく見覚えがある。何よりこの注目と、私横に立つお貴族様の視線がその答えだろう。
「あれ、幼なじみの2人?」
「そのようだ」
僅かに緩んだ口元と喜色の乗った声。
「行ってきなよ。挨拶しちゃいけない決まりとか無いんでしょ」
とん、と背中を押してみれば、1歩足を踏み出したお貴族様に気づいた二人の視線が向いた。後は勝手に仲良くしてくれるだろう。
「エメ」
「私はさっきのとこで食べてるから、ごゆっくり」
熱の籠ったような目で私に手を伸ばしかけるお貴族様に軽く手を振って背を向ける。
そんな目で私を見ないで欲しい。柄にもなく年甲斐もなく、期待してしまいそうになるから。
その想いが本物だったとして、貴族と平民の恋なんてのが上手くいくのは物語の中だけで、現実世界でハッピーエンドになるわけがない。
余計な期待なんて、全ては無駄なことだ。
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