2番目の1番【完】

綾崎オトイ

文字の大きさ
上 下
25 / 28

あなたと踊る円舞曲

しおりを挟む
 邸の外に出れば、日の落ちてきた街はいつもより輝いていた。街頭の周りにも硝子の花が飾られていて、反射するひかりがキラキラと降り注ぐ。
 建物の周りも装飾が施されていて、すごく幻想的。

 いつのまにこんなに飾り付けていたのかしら。
 エルネストと手を繋ぎながら周りを見渡して歩いていれば、強い力で引き寄せられた。
 すぐ横を人が通り過ぎていく。
 ぶつからないようにしてくれたのね、とエルネストの顔を見上げれば、今度はエスコートされるように腰に腕を回された。

「夜会では誰ともぶつからないのに、危ないぞ」
「ごめんなさい。いつもと違う街並みが新鮮だったのよ」

 ここは賑やかな街だけれど、今日はいつもより人が多いわね。服装も人種も違う人達が着飾って外に出ている。
 活気があるのはとてもいい事だわ。

 後ろを歩いているハンナがはぐれていないかしら、と振り向いていれば、いつの間にか街の自警団の1人を傍に置いていた。
 ハンナったらいつの間に捕まえてきたのかしら。二人とも楽しそうだし、これでハンナを一人置いて行ってしまうこともなくて安心だけれど。

 街の広場へ向かうにつれて、人はさらに多くなった。広場から広がるように屋台が並んでいるわね。
 異国のものも混ざって王都の市場よりも品揃えが良いかもしれないわ。

 そんなことを考えながら屋台に視線を向けていれば、脚にトンと何かがぶつかった。
 足を止める私に合わせて、エルネストも動きを止めて視線を下に向ける。

「おじょうさまだ!」

 私の腰に回しきれない手がパタパタと動いている。嬉しそうに見上げてくる小さな女の子には見覚えがあった。

「あら、サーシャちゃん。こんばんは」

 ヘイリーウッド先生のお姉様のお子様。この間会ったときと同じ可愛らしい笑顔と花とリボンの沢山飾られたドレスがとても可愛らしい。綺麗に編み込まれた髪形はお母様にやってもらったのかしら。

「こんばんは! ねぇねぇ、このひとがおじょーさまのきしさま!?」

 私から視線を横にずらしたサーシャちゃんが、今度はエルネストを見つめている。興味津々な様子で、大きな瞳が街中の灯りを取り込んでいるように煌めいている。

「えぇ、そうよ。王子様よりかっこいいでしょう?」

 そう言ってみれば、隣のエルネストの体がほんの少しだけ揺れるのを感じた。
 じーっとエルネストを見つめるサーシャちゃんの顔は真剣で、エルネストは居心地が悪そうに視線を逸らしている。なんだか面白い光景ね。

 しばらくしてサーシャちゃんがこくりと頷いた。

「うん! きしさまかっこいい! さーしゃもおうじさまからきしさまにのりかえる!!」

 乗り換える、なんて難しい言葉を知っているのね。思わず笑ってしまう。隣にいるエルネストは唖然としてしまっているけれど。

「きっとサーシャちゃんなら王子様も騎士様も捕まえられるわ。今日はお母様と来たの?」

 お会いしたことはないけれど、逞しくて面白い女性像が私の中で出来上がってしまっている。きっと素敵なお母様なのでしょうね。

「んーん。あっ、とーい!」

 首を振ってぐるりと辺りを見回したサーシャちゃんが人混みの中に駆けていく。
 キョロキョロと焦った様子で何かを探しているヘイリーウッド先生が人をかき分けて大通りに出てくるところだった。

 きっとサーシャちゃんがはぐれてしまったのね。サーシャちゃんを見つけた先生が飛び込んでくる小さな体を受け止めて、ホッとしたように息を吐くのが見えた。
 元気すぎるのも少し問題ね。私たちが会えて良かったわ。
 困ったように、けれどどこまでも優しく愛おしげな視線をサーシャちゃんに向けている先生に、なんだか心が暖かくなる。本物のお父様みたい。

 先生に抱き上げられたサーシャちゃんがこちらを指さして、先生の視線がこちらを向いた。
 一瞬驚いたように見開かれた瞳が緩やかに細められて、なんだか擽ったい。昔お母様とお父様が見守ってくれていた時の瞳にどこか似ているの。

 声を上げても届く気がしなくて、手を振ってみれば、先生が軽く頭を下げた。サーシャちゃんは大きく手を振ってくれている。

 楽しんでください、と先生の口が動いた気がした。

「アリシア、行こう」
「えぇ」

 サーシャちゃんの指さす方に進んでいく先生の背中を見送って人混みの中に足を進めれば、緩やかな音楽の音が聞こえてきた。
 広場の中心は、円を描く様に空間が空いていて、数人の男女がくるくると楽しそうに踊っている。その周り、人混みに紛れるように自由に踊る人もたくさんいるわね。

 夜会で見慣れた光景のはずなのに、場所が変わるだけでこんなにも新鮮に思えるものだったなんて。

 少しだけ人が少なくなった場所で、私の前に立ったエルネストが腰を折りながら手を差し出してくる。

「踊っていただけますか」
「喜んで」

 そっと手を重ねれば、しっかりと握り締められて広場の中心へと誘われる。

 私たちを見て一瞬止まってしまった演奏の中、コツリコツリとヒールの音が響いていく。賑やかな空間だと思っていたのに不思議だわ。

 私たちが足を止めれば、楽団の指揮者が合図をして、聴きなれたワルツが始まった。
 ゆったりとした三拍子に合わせて、身体は自然に動いていく。

 何度も何度も踊ってきたワルツ。目を瞑ってだって、1人でだって、完璧に踊れる自信があるわ。
 それくらい、たくさん踊ったワルツを、エルネストと踊っている。

「エルネストのリードはこんなにも安定感があったのね」

 数え切れないほど踊ってきたし、同じ夜会の会場にだっていたはずなのに、私はエルネストとダンスを踊ったことさえなかった。
 エルネストは大きな夜会ではいつだって騎士だったから、いつも遠いところにいたの。

「すまない」

 バツが悪そうな顔。
 こうして踊っているのが不思議だけれど、怒っているわけじゃないわ。

「仕方ないでしょう、お仕事だったのだから。それに、遠目に、騎士である貴方を見ているあの瞬間が嫌いではなかったの」
「アリシア……」
「こうして踊ってくれるのもすごく嬉しくて幸せよ」

 紛れもない、私の本心。私はいつだってエルネストが好きだし、結局憎むことだってできないのね。

 久しぶりに高いヒールでリズムを取るワルツは、エルネストのおかげか不安を感じない。1歩踏み出せば合わせて下がる足。腰に当てられている手に少し身体を預けてみれば、そのままくるりと回された。

 想像していたより踊るのが上手いのね。剣を握っているとは思えないほど優しくて優雅な動き。

「楽しいわ」

 ここに来てからは本当に楽しいことがたくさんある。

 夢見なかったわけではない。付き合いや義務で踊るだけの相手でなく、エルネストと手を取り合ってこうして踊る瞬間を。
 お姫様に憧れていたことはないのだけど、でも今この瞬間だけは、私はきっとお姫様になれているわ。

 サーシャちゃんに出会ったからかしら。そんなことを思ったの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そういうとこだぞ

あとさん♪
恋愛
「そういえば、なぜオフィーリアが出迎えない? オフィーリアはどうした?」  ウィリアムが宮廷で宰相たちと激論を交わし、心身ともに疲れ果ててシャーウッド公爵家に帰ったとき。  いつもなら出迎えるはずの妻がいない。 「公爵閣下。奥さまはご不在です。ここ一週間ほど」 「――は?」  ウィリアムは元老院議員だ。彼が王宮で忙しく働いている間、公爵家を守るのは公爵夫人たるオフィーリアの役目である。主人のウィリアムに断りもなく出かけるとはいかがなものか。それも、息子を連れてなど……。 これは、どこにでもいる普通の貴族夫婦のお話。 彼らの選んだ未来。 ※設定はゆるんゆるん。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください。 ※この話は小説家になろうにも掲載しています。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...