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誓いと約束を
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まっすぐに私を、私だけを見上げているエルネストの視線に無性に泣きたくなってしまう。いつだって王女様に向いていたそれが私だけに注がれているこの瞬間に。
それから逃げるように、私は視線を膝に落とした。
「襲われたあの日、私のお腹に赤ちゃんがいたの」
震えることもなく、落ち着いた声が出た。
ぴくり、とエルネストの身体が揺れて、私にもその振動が伝わってくる。
「子供……? 俺と、アリシアの……?」
「そう。私は守れなかったけれど。会うこともできなかったあの子の存在を知った日に手放してしまった、ダメやな母親なの。それに、その日の傷だって、まだ跡が残っているわ」
だから貴方には相応しくないと思うの。
エルネストの顔を見ながらは言えなかった。小さな小さな声を拾ったエルネストが、私の手をぎゅ、と包み込む。
その手の温もりを分け与えるように、じわじわと私の手も熱を持つ。
「アリシアには傷なんてない。守れなかったのは俺の方だ。俺はずっと、アリシアを守れていなかった。傷つけていただけだった」
すまない、と視界の端でエルネストの頭が下がる。私はでも、何も言えなかった。
「アリシアは、綺麗だ。傷なんてあってもなくても、ずっと綺麗で、俺の光で、美しいと思う」
続いた言葉にはおもわず顔を上げてしまった。
「……貴方からそんなこと言われたのは初めてね」
「そうだったか?」
ハンナや使用人たちは沢山言ってくれたけれど、まさかエルネストの口からそんな褒め言葉が出てくるなんて思っていなかった。
王女様に対してさえも、言っているところを見たことがないのに。本心でもお世辞でも、なんだか似合わないわ。
「そう言ってくれて嬉しいけど、今の私はやっぱりあなたの隣には相応しくないと思うのよ」
憧れの騎士様の隣に立てる淑女には程遠いもの。そうでしょう?
俯く私の手をギュッと握り直したエルネストが、優しく上に持ち上げる。無意識にその動きを目で追っていれば、エルネストの顔の前で停止した。ぼんやりと、手の向こうに見えるエルネストの顔を見つめてしまう。
「アリシアが例え完璧じゃなくても、気にしない。俺は、アリシアがいつだって隣にいると思っていたんだ。それが当たり前だと思い込んでいた。アリシアは完璧で完成された存在で、優しく見守ってくれている存在だった。守るどころか、守られていたんだ」
ゆっくりと、エルネストが言葉を紡ぐ。お互いの気持ちを真正面から告げる、なんて私たちは今までして来なかった。
「マリーアンジュ様もそんな視線を感じて、きっと俺と同じように思っていたはずだ。だからそれに甘えていた」
エルネストの向こう、先生を送って戻ってきたハンナが少し遠い位置で足を止めて鋭い視線を向けてきている。
邪魔はしないようにしてくれているようだけど、声はしっかりと聞こえているみたい。
でも、そうね。そういうところが彼の良くないところよね。私だってそう思うわ。
でも、嫌いにはなれないのよ。それでも好きだと思うからどうしようもないのよね。
王女様とエルネストの関係を、私は理解しているし気にしていないつもりだけど、何も思わない訳では無いの。ほんの少しだけ、傷つくことだってある。
だからハンナが怒っているような感情は向けられないけれど、少しだけ言葉にしてみてもいいのではないかと思うの。前に先生も喧嘩していいって言っていたもの。
「……こういう時くらい、王女様のお名前は出さなくてもいいのに」
そう、そうね。普通ならやっぱり王女様がいいのね、と泣いてしまうところだわ。きっと私はその普通にはなれないのだけれど。
最期まで王女様が出てこなければ綺麗に纏まると思うのよ。エルネストには見えていないでしょうけど、ハンナも何度も頷いているし。
「す、すまない。違うんだ、そういうわけではなくて、だな、俺はアリシアが……、アリシアに隣にいて欲しい。もう二度と、いなくならないで欲しいと……」
焦るエルネストに少しだけ笑ってしまう。
「分かってるわ。エルネストが王女様を想う気持ちがどんなものか、ずっと見ていた私が1番よく知っているもの。それは貴方も分かっているでしょう?」
「あぁ。だけど、それではダメなんだと知ったから。アリシアとずっと共にいるために、俺はアリシアを守る騎士でありたい」
私の手を握り締めて跪いているエルネストは、まるで騎士の誓いを立てているような姿に見えた。
エルネストにとって大事なのは騎士であることで、王族を守ること。隣にいるのは誰だってよかったのだと、ずっとそう思っていた。
「私でも、今の私でも、いいの?」
「アリシアがいいんだ。他の誰でもない」
「……守る相手が他にいたって構わないの。ただ、エルネストの一番に、誰かと同じ一番に、私も並べる?」
「その為に王都に行ってきたんだ。俺はこの先アリシアだけの為に。何よりも優先して生きていきたい。アリシアの元に1番に駆けつける騎士になって守りたい。それを、許してくれないか」
思わず涙が溢れ出た。
2番だって良かったはずなのに。それを受け入れていたはずなのに。いつからこんなに欲が増えてしまったのかしら。
いえ、きっと、最初から。
ずっとずっとエルネストの1番になりたかったの。
「……私ね、騎士にはなれなかったし、今更なりたいと思っている訳でもないけど、ただ守られるだけのお姫様になりたかった訳でもないのよ。今までのように貴方の後ろ姿だけを見つめていたい訳でもない。ただ、貴方の隣で同じ歩幅で歩いていきたい」
1番になりたくて、誰より支えになりたくて、一緒にいたくて、私はずっと昔から我儘だったわ。
「……あぁ。これから先、アリシアの隣に在ると誓おう」
微笑むエルネストがキラキラと輝いて見える。
騎士になるんだと訓練をしていた時みたいに、王女様を護っている時みたいに。
少しだけ緩んでいたエルネストの手から抜け出して、指を絡めるように繋ぎ直した。
きっとこれからは独りじゃないと信じられる。
それから逃げるように、私は視線を膝に落とした。
「襲われたあの日、私のお腹に赤ちゃんがいたの」
震えることもなく、落ち着いた声が出た。
ぴくり、とエルネストの身体が揺れて、私にもその振動が伝わってくる。
「子供……? 俺と、アリシアの……?」
「そう。私は守れなかったけれど。会うこともできなかったあの子の存在を知った日に手放してしまった、ダメやな母親なの。それに、その日の傷だって、まだ跡が残っているわ」
だから貴方には相応しくないと思うの。
エルネストの顔を見ながらは言えなかった。小さな小さな声を拾ったエルネストが、私の手をぎゅ、と包み込む。
その手の温もりを分け与えるように、じわじわと私の手も熱を持つ。
「アリシアには傷なんてない。守れなかったのは俺の方だ。俺はずっと、アリシアを守れていなかった。傷つけていただけだった」
すまない、と視界の端でエルネストの頭が下がる。私はでも、何も言えなかった。
「アリシアは、綺麗だ。傷なんてあってもなくても、ずっと綺麗で、俺の光で、美しいと思う」
続いた言葉にはおもわず顔を上げてしまった。
「……貴方からそんなこと言われたのは初めてね」
「そうだったか?」
ハンナや使用人たちは沢山言ってくれたけれど、まさかエルネストの口からそんな褒め言葉が出てくるなんて思っていなかった。
王女様に対してさえも、言っているところを見たことがないのに。本心でもお世辞でも、なんだか似合わないわ。
「そう言ってくれて嬉しいけど、今の私はやっぱりあなたの隣には相応しくないと思うのよ」
憧れの騎士様の隣に立てる淑女には程遠いもの。そうでしょう?
俯く私の手をギュッと握り直したエルネストが、優しく上に持ち上げる。無意識にその動きを目で追っていれば、エルネストの顔の前で停止した。ぼんやりと、手の向こうに見えるエルネストの顔を見つめてしまう。
「アリシアが例え完璧じゃなくても、気にしない。俺は、アリシアがいつだって隣にいると思っていたんだ。それが当たり前だと思い込んでいた。アリシアは完璧で完成された存在で、優しく見守ってくれている存在だった。守るどころか、守られていたんだ」
ゆっくりと、エルネストが言葉を紡ぐ。お互いの気持ちを真正面から告げる、なんて私たちは今までして来なかった。
「マリーアンジュ様もそんな視線を感じて、きっと俺と同じように思っていたはずだ。だからそれに甘えていた」
エルネストの向こう、先生を送って戻ってきたハンナが少し遠い位置で足を止めて鋭い視線を向けてきている。
邪魔はしないようにしてくれているようだけど、声はしっかりと聞こえているみたい。
でも、そうね。そういうところが彼の良くないところよね。私だってそう思うわ。
でも、嫌いにはなれないのよ。それでも好きだと思うからどうしようもないのよね。
王女様とエルネストの関係を、私は理解しているし気にしていないつもりだけど、何も思わない訳では無いの。ほんの少しだけ、傷つくことだってある。
だからハンナが怒っているような感情は向けられないけれど、少しだけ言葉にしてみてもいいのではないかと思うの。前に先生も喧嘩していいって言っていたもの。
「……こういう時くらい、王女様のお名前は出さなくてもいいのに」
そう、そうね。普通ならやっぱり王女様がいいのね、と泣いてしまうところだわ。きっと私はその普通にはなれないのだけれど。
最期まで王女様が出てこなければ綺麗に纏まると思うのよ。エルネストには見えていないでしょうけど、ハンナも何度も頷いているし。
「す、すまない。違うんだ、そういうわけではなくて、だな、俺はアリシアが……、アリシアに隣にいて欲しい。もう二度と、いなくならないで欲しいと……」
焦るエルネストに少しだけ笑ってしまう。
「分かってるわ。エルネストが王女様を想う気持ちがどんなものか、ずっと見ていた私が1番よく知っているもの。それは貴方も分かっているでしょう?」
「あぁ。だけど、それではダメなんだと知ったから。アリシアとずっと共にいるために、俺はアリシアを守る騎士でありたい」
私の手を握り締めて跪いているエルネストは、まるで騎士の誓いを立てているような姿に見えた。
エルネストにとって大事なのは騎士であることで、王族を守ること。隣にいるのは誰だってよかったのだと、ずっとそう思っていた。
「私でも、今の私でも、いいの?」
「アリシアがいいんだ。他の誰でもない」
「……守る相手が他にいたって構わないの。ただ、エルネストの一番に、誰かと同じ一番に、私も並べる?」
「その為に王都に行ってきたんだ。俺はこの先アリシアだけの為に。何よりも優先して生きていきたい。アリシアの元に1番に駆けつける騎士になって守りたい。それを、許してくれないか」
思わず涙が溢れ出た。
2番だって良かったはずなのに。それを受け入れていたはずなのに。いつからこんなに欲が増えてしまったのかしら。
いえ、きっと、最初から。
ずっとずっとエルネストの1番になりたかったの。
「……私ね、騎士にはなれなかったし、今更なりたいと思っている訳でもないけど、ただ守られるだけのお姫様になりたかった訳でもないのよ。今までのように貴方の後ろ姿だけを見つめていたい訳でもない。ただ、貴方の隣で同じ歩幅で歩いていきたい」
1番になりたくて、誰より支えになりたくて、一緒にいたくて、私はずっと昔から我儘だったわ。
「……あぁ。これから先、アリシアの隣に在ると誓おう」
微笑むエルネストがキラキラと輝いて見える。
騎士になるんだと訓練をしていた時みたいに、王女様を護っている時みたいに。
少しだけ緩んでいたエルネストの手から抜け出して、指を絡めるように繋ぎ直した。
きっとこれからは独りじゃないと信じられる。
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