2番目の1番【完】

綾崎オトイ

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好きな物

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 また同じ時間、同じ場所で、私は不思議なお茶会を開いている。

 甘い、と。
 小さく、エルネストが呟く声が聞こえた。

 彼が買ってきたフィナンシェはほぼ私のテーブルの上にあって、彼のテーブルに持って行ってもらったのは甘さ控えめのもの。かなり食べやすいと思うのだけど。

 プレーン、苺、林檎、ダージリン、よく見かける味は勿論、ビターチョコ、コーヒー、すっきりとしたレモンに、少し変わったスパイス風味。

 彼に出しているのはこの紅茶に合わせるのに丁度いい苦味の……。

 そこまで考えて、私は自分が飲んでいる紅茶に気がついた。
 私のお気に入りの甘めのフレーバーティー。
王都の屋敷にいた頃からよく飲んでいて、こちらに来てからもハンナが良く淹れてくれる。
 砂糖もほとんど入れていないけれど、香りだけでなくしっかりと甘さを感じる、そんなお茶。

 エルネストはあまり甘いものが得意ではないから、彼の口に合うものを選ぶようにしていた。
 今日はすっきりとしたハーブティーの用意をハンナにお願いしていたはず、とハンナに目を向ければとてもいい笑顔を返された。

「本日はアリシア様が大好きな紅茶にしました」

 満面の笑顔だわ。
 ハンナのその表情は私にとって、可愛くてとても好ましいのだけれど、いつからこんなにいい性格になってしまったのかしら? と首を傾げてしまう。
 ハンナもエルネストが甘いものを苦手としていることは知っているはずなのに。
 だから私が敢えてハーブティーの指定もしたというのに。

 ハンナったら、敢えてこのお茶を選んできたのね。

 彼にとってこのお茶は甘すぎるでしょう。
 無理して飲まなくてもいいのよ、と声をかけようとしたところで、垣根の向こうからもう一度エルネストの声が聞こえてきた。

「そうか、アリシアはこれが好きなのか……。ハンナ、もう一杯お願いしてもいいか?」

 その言葉には流石にハンナも目を丸くした。
 苦手なはずの甘いお茶のおかわりをするなんて。 
 彼が自分から甘いものに手をつけているところなんて見たことないのよ。

 数秒して、慌ててハンナが立ち上がり隣に消えていく。
 お茶を注ぐ音が聞こえてきて、花のような香りがふわりと漂った。

「アリシアはいつもどうやって飲んでいるんだ? ストレートか?」
「私は、蜂蜜を入れるのが好きよ」

 そのままでもミルクを入れても良いけれど、蜂蜜の相性が一番いい。
 優しい甘さが調和して、幸せな気持ちにさせてくれる。

「そうか。なら、俺も入れてみよう」
「入れてみる、って、かなり甘くなってしまうと思うわよ……」
「だが、アリシアの飲んでいる味が知りたい」

 そんなことを言われてしまっては、口を噤むしかないでしょう。

 蜂蜜をスプーンで掬ってカップの中にゆっくりと入れてくるくると静かにかき回せば、赤茶色のなかに金色の蜂蜜が溶けて消えていく。それを1口飲めば優しい幸福に包まれていくのよ。
 これを嫌いな人はいないわ。

「……甘い」

 けれどそれも甘味を好んでいる人ならば、だけれど。
 エルネストにとってはやはり得意な味では無かったようで、先程と同じ呟きが聞こえてきた。

「だから言ったのに」

 思わず笑ってしまう。

「いや、でも、悪くは無い」
「それなら良かったわ。おかわりは違う茶葉にしてもらうわね」

 少し渋味の強い物にしてもらいましょう。
 甘いフィナンシェと飲むのに丁度いいもの。このお店の味に合いそうな物を先日買ったばかりだし、それがいいわ。

「俺は、こんな事までアリシアに甘えてばかりだったんだな。俺と飲むお茶はいつもアリシアが選んでいたんだろう。どれも俺の飲みやすいものばかりだった」
「私が好きでしていただけよ。私はお砂糖を入れていたし」

 甘くないお茶を甘くするのは簡単だから。

「いや、思えばいつだって、昔からずっと俺の好みに合わせていただろう。考えるより先に用意されているそれを、俺はただ受け取るばかりで、アリシアの好みさえ把握していない」

 悔やんでいるのかしら。
 私がその状況を作り上げてきただけなのに。
 好きな人が幸せでいて欲しいと、私がただ貴方のために何かしたいと、そんな思いがあっただけなのに。

「……そんな風に思って貰えただけで充分だわ。貴方はずっと私の憧れの騎士様でいてくれた」

 私だって、考えて行動していたわけじゃない。エルネストを見つめすぎて覚えてしまった嗜好を無意識で選んでいただけだもの。

 それに、私を1番に想ってくれた事はなくとも、私以外の誰かを希うことも無かった。
 女性に声をかけられてもアリシアがいる、と断ってくれていたのも知っている。それが上っ面の言葉だけでないことも。
 そんなの、この貴族社会でとっても幸せなことでしょう?

「もっと、アリシアのことを聞かせてくれ」

 なんだかとても穏やかな気分だった。
 緑に囲まれてゆっくりと静かな時間が流れていく場所で、お気に入りの紅茶と大好きなお菓子、それから夢の中のような、直接的ではなく響いて聴こえてくるエルネストの声。
 シンプルなドレスで、気を張ることも無い空間。悪意のない、そんな世界。

「そうね。もう少しだけ。こんなお茶会も悪くないわ」

 ずっとこんな時間だったならいいのに。
 少しだけ、そんなことを思った。

**

「ねぇエルネスト。あなた、もう2週間もこうしているのよ」

 流石に私もため息を隠せない。
 このおかしなお茶会は毎日続いていて、エルネストはいつも私に贈り物を持ってやってくる。

「もうそんなに経ったのか」
「そろそろ身体も鈍ってしまうんじゃない?」

 彼は騎士で、しかも王族の護衛騎士。
 こんな田舎で呑気にゆっくりとしているなんて、良いわけがないのよ。

「大丈夫だ。自警団の訓練に毎日混ぜてもらっている。鈍ってなんかいない」

 そういうことじゃ、ないのだけれど。
 何時までここにいるつもりなのかしら。まさか本当にずっと? 
 そんな会話をしたのは数時間前。
 私は窓辺で行儀悪くも頬杖をついて街を見下ろしていた。
 風が吹いて私の髪と手もとの新聞を攫うように巻き上げていく。 

 エルネストは今、どこにいるのかしら。

「アリシア様?」

 声が聞こえてゆっくりと振り向いた。

 私のために持ってきたのであろうカップを両手で持って心配そうに首を傾げているハンナが少し離れたところに立っていた。
 安心させるように微笑んでみたけれど、随分と弱々しい物になってしまったかもしれない。

「王女様の結婚が決まったわ。前々から話しは出ていたようだけれど、正式に。隣国へ、嫁ぐらしいの……」

 国からの正式な発表として新聞に載っているのだから、覆ることはまず無いでしょう。
 王族の婚姻だから今日明日の話ではないのだけれど、準備を含めた婚約期間を経て、2年以内には、必ず。

「そんな……。で、でも、旦那様が着いていくと決まったわけではないですよね? 最近の旦那様はアリシア様の好みも把握してきてプレゼントだって外さなくなってきたし、それに……」

 こんな時、やっぱりハンナが泣きそうになってしまうのね。泣けない私に代わって、ハンナがたくさん泣いてくれる。

「……そうよね。私、やっぱりエルネストが好きで仕方ないみたい」

 私が今座っていた窓際に置いた椅子から立ち上がって、そっとハンナを抱きしめた。
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