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隣り合わせのお茶会
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「アリシア? そこにいるのか?」
声がした。
よく知った、私の間違えるはずもない彼の声が、すぐ近くから聞こえてきた。
ここは小さなお茶会の庭。
生垣に囲まれた空間が庭の入口にいくつか並んでいて、その1つで私はハンナと朝のお茶を楽しんでいた、そんな時だった。
どうして、エルネストが?
彼が来る時間はいつももう少し後だったはず、と思わず助けを求めるようにハンナに視線を向けてしまった。
この場所は屋敷の入口のすぐ横。垣根越しに彼がいることが、確かに感じられてしまった。
「そちらに、行ってもいいか?」
「だめ!」
エルネストの問いかけに、考えるより先に声が出てしまっていた。
「だめ、だめよ。だから、ハンナ、隣にお茶を用意してもらえる? エルネストと少しだけ話がしたいの」
隣にもまた、生垣を挟んで同じようなスペースがある。生垣に咲く花はそれぞれのスペースで違っていて、ここも、隣もわたしは好きなの。
カチャリ、と生垣を挟んだ隣からハンナがテーブルの上にティーセットを用意する音が聞こえてきた。エルネストの息遣いが、気の所為かもしれないけれど聞こえてくるようで、なんだか不思議な気持ちになる。
姿なんて少しも見えていないのに。
「どうぞ。なにかあったらお呼びください」
不機嫌そうなハンナの声が聞こえて、ハンナが私の隣に戻ってきた。
ありがとう、と言えば眉を下げて、複雑そうな顔を隠しきれていない笑顔を返してくれた。
紅茶を一口飲んだら随分と気分が落ち着いて、私は静かに口を開いた。
「久しぶりね、エルネスト」
この間のあれは会ったうちに入らないでしょうから、随分と久しぶり。
ああ、でも、エルネストは家を空けることも多かったし、王女様が他国に行く時に着いて行ったりもしていたから、数ヶ月会えない、なんてことも珍しくはないのよね。
なんだかそう考えると不思議だわ。
「アリシア、その、すまなかった」
エルネストから返ってきたのはそんな言葉だった。何に対してなのか、とか、正直色々と疑問があったけれど、私はそれを聞かなかったことにして違う問いかけをすることにした。
私なんてやっぱりいらない、とか、そんな言葉だったら聞きたくない。覚悟はしているけれど、でもやっぱり嫌なの。
「今日は早いのね。何かあったの?」
「……ああ。アリシアに、渡したい物があって。……ハンナ、これを持っていってほしいんだが」
「……今行きます」
はぁ、と小さくため息を零したハンナが立ち上がって、小さな鉢植えを持って帰ってきた。
テーブルの上に置かれた鉢植えには可憐な花が咲き誇っていて、いい香りがする。
重なる花びらが陽の光に僅かに透けていてキラキラと輝いて見える、見たことの無い花。
「それをアリシアに渡したくて来たんだ。珍しい花で午前中しか花を開かないらしいと聞いて……、早くからすまない」
「綺麗ね」
今にも空気に溶けてしまいそう。
気づいた時には手が腹部に触れていた。無意識だったけれど、彼の声を聞いたら少しだけ、気になってしまった。
「いつもありがとう。貴方からのプレゼントなんて本当に嬉しいけど、でも、こんなにしてもらわなくてもいいのよ。もう十分すぎるほどもらったのだし」
花びらを指で撫でながら、極力優しい声を作るように言葉にする。きっと一生かけても貰えなかった物をこの短期間でもらったもの。
「アリシア、俺は、」
「こんなにお傍を離れているなんて、王女様は大丈夫なの?」
エルネストの声が少しだけ焦っているように聞こえたけれど、そんなのは気の所為。だって彼が取り乱すのは王女様のこととか、王族の方のことだけだもの。私に心配の言葉をかけてくれることはあっても、彼の心を占領することなんて出来ないんだから。
「この休暇はマリーアンジュ様からいただいたんだ」
「……そう。あなた働きすぎだもの。きっと王女様も心配しているのね。でも王女様とこんなに離れているなんて初めてだからあなたも心配でしょう?」
エルネストにしっかりと休みを取らせることも、王女様にしかできないことよね。
妻である私にはできなかったこと。
「確かに心配ではあるが……。その、すまない」
「どうして謝るの?」
「俺は、アリシアの誕生日一つ、まともに祝ったことなどなかった」
「 王女様と日付が近かったんだもの。優先されるのは王族であるあの方だわ」
隣でティーカップに触れていたハンナの手がカタリと音を立てていた。
辛そうな顔をしてくれるハンナがそばに居てくれたし、毎年悲観していたわけではないのに。
悲しくなかった訳では無いけれど、辛いだけの日ではなかった。楽しくて嬉しい1日でもあったのだから。
「それでも、そのことに、気づきもしなかった」
彼にしては珍しく弱気な声。何年も近くにいたはずなのに、こんな声を聞いたことはなかったかもしれない。
「使用人に何か言われた? あなたは仕事に全力を尽くしていただけでしょう?」
「いや、護衛騎士の仲間たちの話を聞いて……」
「そう。でも周りに言われたからって気を使ってくれなくてもいいのよ。早くお仕事に戻りたいでしょう?」
「いや、アリシア、俺は」
「私はもう元気だし、エルネストが気にする必要はないから。もう少しだけここでハンナと遊ぼうと思ってるけど、お仕事があるならするわ。護衛騎士の仕事は忙しいもの、家の管理までするのが大変なら私も早く戻るわ」
言葉がとまらない。何を言っているか自分でも分からない。
エルネストが何か言いたいようで言葉を挟むけれど、何も聞きたくなかった。
言い訳じみた言葉が次々と浮かんで勝手に口から飛び出していく。
彼は騎士なるためにに訓練をして、憧れの護衛騎士になって、今までずっとそうやって生きていたことを、私は知ってしまっているもの。
全てを吐き出して、ぶつけて、責め立てることはやっぱりできないわ。
私だってずっとそれを見ているだけだったのだから。
でも、エルネストの言葉を聞いていられる自信はなくて、遮るように話し続けた。
「アリシア」
エルネストが私の名前を口にする。
その瞬間逃げるように、思わず反射的に立ち上がっていた。
「あら、なんだかゆっくりしすぎてしまったわ。エルネストも忙しいわよね。お茶に付き合わせてもらってごめんなさい。お花嬉しかった、ありがとう」
「アリシア、顔が見たい」
「今日はもう、部屋に戻るわ。疲れが溜まってたみたいで、眠たいの」
「アリシア」
「ねぇ、エルネスト。嬉しいけど、そんなに私のことを気にしなくてもいいのよ。本当に。義務感なんて感じなくていいわ」
捲し立てるようにそう言えば、少しの間を開けて、エルネストが立ち上がる気配がした。
「アリシアは、毎朝ここでお茶をしているのか?」
「……最近はよくしてるわ。この空間が気に入っているから」
こちら側に来る気配が無いことに安心して、その問いかけには素直に答えてみる。
隣のアンナはお茶のセットを乗せていたトレーを握りしめて胸の辺りで構えているけれど、何かあったらそれで戦ってくれるつもりなのかしら。可愛いけれどきっと意味は無いわ。
「……そうか。なら明日も来ていいか? 一緒にお茶をさせて欲しい」
何を言っているのか分からなくて、すぐに答えられなかった。
「また明日来る」
無言のままの私に、エルネストはそう言って歩き去っていった。
エルネストが、私とお茶を?
横に座ってお茶を飲んだことが無いなんてことは流石に言わないけれど、お茶会なんて彼がするイメージはないわ。
騎士としてお茶会で近くに立っていることはあっても、テーブルに座って一緒に、なんて。
正確には一緒のテーブルでは無いけれど、それでも変な感じね。
「明日はお茶会やめにしましょうか?」
首を傾げるハンナに、私は首を横に振った。
「来るのか分からないけれど、いえ、変に真面目な彼のことだからきっと来るわね。明日も横に用意してもらえる?」
「いいのですか? 嫌じゃないですか?」
「ええ。嫌、では無いのよ」
困ったわね、とハンナに答えれば、泣きそうな顔でハンナが笑った。
本当にハンナには私の我儘に付き合わせて手間をかけてばかりだわ。
声がした。
よく知った、私の間違えるはずもない彼の声が、すぐ近くから聞こえてきた。
ここは小さなお茶会の庭。
生垣に囲まれた空間が庭の入口にいくつか並んでいて、その1つで私はハンナと朝のお茶を楽しんでいた、そんな時だった。
どうして、エルネストが?
彼が来る時間はいつももう少し後だったはず、と思わず助けを求めるようにハンナに視線を向けてしまった。
この場所は屋敷の入口のすぐ横。垣根越しに彼がいることが、確かに感じられてしまった。
「そちらに、行ってもいいか?」
「だめ!」
エルネストの問いかけに、考えるより先に声が出てしまっていた。
「だめ、だめよ。だから、ハンナ、隣にお茶を用意してもらえる? エルネストと少しだけ話がしたいの」
隣にもまた、生垣を挟んで同じようなスペースがある。生垣に咲く花はそれぞれのスペースで違っていて、ここも、隣もわたしは好きなの。
カチャリ、と生垣を挟んだ隣からハンナがテーブルの上にティーセットを用意する音が聞こえてきた。エルネストの息遣いが、気の所為かもしれないけれど聞こえてくるようで、なんだか不思議な気持ちになる。
姿なんて少しも見えていないのに。
「どうぞ。なにかあったらお呼びください」
不機嫌そうなハンナの声が聞こえて、ハンナが私の隣に戻ってきた。
ありがとう、と言えば眉を下げて、複雑そうな顔を隠しきれていない笑顔を返してくれた。
紅茶を一口飲んだら随分と気分が落ち着いて、私は静かに口を開いた。
「久しぶりね、エルネスト」
この間のあれは会ったうちに入らないでしょうから、随分と久しぶり。
ああ、でも、エルネストは家を空けることも多かったし、王女様が他国に行く時に着いて行ったりもしていたから、数ヶ月会えない、なんてことも珍しくはないのよね。
なんだかそう考えると不思議だわ。
「アリシア、その、すまなかった」
エルネストから返ってきたのはそんな言葉だった。何に対してなのか、とか、正直色々と疑問があったけれど、私はそれを聞かなかったことにして違う問いかけをすることにした。
私なんてやっぱりいらない、とか、そんな言葉だったら聞きたくない。覚悟はしているけれど、でもやっぱり嫌なの。
「今日は早いのね。何かあったの?」
「……ああ。アリシアに、渡したい物があって。……ハンナ、これを持っていってほしいんだが」
「……今行きます」
はぁ、と小さくため息を零したハンナが立ち上がって、小さな鉢植えを持って帰ってきた。
テーブルの上に置かれた鉢植えには可憐な花が咲き誇っていて、いい香りがする。
重なる花びらが陽の光に僅かに透けていてキラキラと輝いて見える、見たことの無い花。
「それをアリシアに渡したくて来たんだ。珍しい花で午前中しか花を開かないらしいと聞いて……、早くからすまない」
「綺麗ね」
今にも空気に溶けてしまいそう。
気づいた時には手が腹部に触れていた。無意識だったけれど、彼の声を聞いたら少しだけ、気になってしまった。
「いつもありがとう。貴方からのプレゼントなんて本当に嬉しいけど、でも、こんなにしてもらわなくてもいいのよ。もう十分すぎるほどもらったのだし」
花びらを指で撫でながら、極力優しい声を作るように言葉にする。きっと一生かけても貰えなかった物をこの短期間でもらったもの。
「アリシア、俺は、」
「こんなにお傍を離れているなんて、王女様は大丈夫なの?」
エルネストの声が少しだけ焦っているように聞こえたけれど、そんなのは気の所為。だって彼が取り乱すのは王女様のこととか、王族の方のことだけだもの。私に心配の言葉をかけてくれることはあっても、彼の心を占領することなんて出来ないんだから。
「この休暇はマリーアンジュ様からいただいたんだ」
「……そう。あなた働きすぎだもの。きっと王女様も心配しているのね。でも王女様とこんなに離れているなんて初めてだからあなたも心配でしょう?」
エルネストにしっかりと休みを取らせることも、王女様にしかできないことよね。
妻である私にはできなかったこと。
「確かに心配ではあるが……。その、すまない」
「どうして謝るの?」
「俺は、アリシアの誕生日一つ、まともに祝ったことなどなかった」
「 王女様と日付が近かったんだもの。優先されるのは王族であるあの方だわ」
隣でティーカップに触れていたハンナの手がカタリと音を立てていた。
辛そうな顔をしてくれるハンナがそばに居てくれたし、毎年悲観していたわけではないのに。
悲しくなかった訳では無いけれど、辛いだけの日ではなかった。楽しくて嬉しい1日でもあったのだから。
「それでも、そのことに、気づきもしなかった」
彼にしては珍しく弱気な声。何年も近くにいたはずなのに、こんな声を聞いたことはなかったかもしれない。
「使用人に何か言われた? あなたは仕事に全力を尽くしていただけでしょう?」
「いや、護衛騎士の仲間たちの話を聞いて……」
「そう。でも周りに言われたからって気を使ってくれなくてもいいのよ。早くお仕事に戻りたいでしょう?」
「いや、アリシア、俺は」
「私はもう元気だし、エルネストが気にする必要はないから。もう少しだけここでハンナと遊ぼうと思ってるけど、お仕事があるならするわ。護衛騎士の仕事は忙しいもの、家の管理までするのが大変なら私も早く戻るわ」
言葉がとまらない。何を言っているか自分でも分からない。
エルネストが何か言いたいようで言葉を挟むけれど、何も聞きたくなかった。
言い訳じみた言葉が次々と浮かんで勝手に口から飛び出していく。
彼は騎士なるためにに訓練をして、憧れの護衛騎士になって、今までずっとそうやって生きていたことを、私は知ってしまっているもの。
全てを吐き出して、ぶつけて、責め立てることはやっぱりできないわ。
私だってずっとそれを見ているだけだったのだから。
でも、エルネストの言葉を聞いていられる自信はなくて、遮るように話し続けた。
「アリシア」
エルネストが私の名前を口にする。
その瞬間逃げるように、思わず反射的に立ち上がっていた。
「あら、なんだかゆっくりしすぎてしまったわ。エルネストも忙しいわよね。お茶に付き合わせてもらってごめんなさい。お花嬉しかった、ありがとう」
「アリシア、顔が見たい」
「今日はもう、部屋に戻るわ。疲れが溜まってたみたいで、眠たいの」
「アリシア」
「ねぇ、エルネスト。嬉しいけど、そんなに私のことを気にしなくてもいいのよ。本当に。義務感なんて感じなくていいわ」
捲し立てるようにそう言えば、少しの間を開けて、エルネストが立ち上がる気配がした。
「アリシアは、毎朝ここでお茶をしているのか?」
「……最近はよくしてるわ。この空間が気に入っているから」
こちら側に来る気配が無いことに安心して、その問いかけには素直に答えてみる。
隣のアンナはお茶のセットを乗せていたトレーを握りしめて胸の辺りで構えているけれど、何かあったらそれで戦ってくれるつもりなのかしら。可愛いけれどきっと意味は無いわ。
「……そうか。なら明日も来ていいか? 一緒にお茶をさせて欲しい」
何を言っているのか分からなくて、すぐに答えられなかった。
「また明日来る」
無言のままの私に、エルネストはそう言って歩き去っていった。
エルネストが、私とお茶を?
横に座ってお茶を飲んだことが無いなんてことは流石に言わないけれど、お茶会なんて彼がするイメージはないわ。
騎士としてお茶会で近くに立っていることはあっても、テーブルに座って一緒に、なんて。
正確には一緒のテーブルでは無いけれど、それでも変な感じね。
「明日はお茶会やめにしましょうか?」
首を傾げるハンナに、私は首を横に振った。
「来るのか分からないけれど、いえ、変に真面目な彼のことだからきっと来るわね。明日も横に用意してもらえる?」
「いいのですか? 嫌じゃないですか?」
「ええ。嫌、では無いのよ」
困ったわね、とハンナに答えれば、泣きそうな顔でハンナが笑った。
本当にハンナには私の我儘に付き合わせて手間をかけてばかりだわ。
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