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センスのない贈り物
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エルネストを見て、逃げ出してしまってから二日が経った。
ハンナがしっかりと手入れをしてくれていたおかげか昨日は思ったよりも体が楽だったけれど、それでも体が重く感じていて、その倦怠感も今日朝起きたら綺麗になくなっていた。
昨日体調が良くなかったからなのか、今日はとても気分がいいの。しばらく走りたいとは思わないけど。
コンコンと、控えめなノックの後、ハンナが部屋に入ってくる。
庭の見える長椅子の上で刺繍をしていた私が視線を上げると、そこにいたハンナの表情は何だか複雑そうだった。悩ましげとでもいうのかしら。
「ハンナ? 何かあったの?」
確か少し前にお客さんが来ていたようだけど、私が特に呼ばれなかったということは食材や荷物なんかを届けてくれる商人か手紙や連絡を持って来てくれる実家の使用人たちなのかと思っていた。もしかして違ったのかしら。
「その、先ほど、旦那様が来……、あっ、もちろんお引き取りいただいたんですけど!」
「エルネスト、が?」
その名前を聞いても街で見かけた時ほどの衝撃はない。ただ彼が訪ねて来たことを不思議に思っただけ。
とにかく傷が治るまでは絶対に彼に会いたくはないと言った私の気持ちをハンナはしっかりと守ってくれたようで、次も絶対に追い返します、と宣言してくれた。
「それで、その旦那様がアリシア様に渡して欲しいってこれを……。どうしようか悩んだんですけど……」
おずおずとハンナが差し出して来たのは小さな包み。シンプルだけどリボンのかけられているそれは何だかプレゼントのように見えた。
受け取って開けてみると、中には紫色の花の形をした髪飾りが入っていた。色のハッキリとした、そうね、つける人を選びそうなデザインというか、見るだけならとても綺麗だと思うけれど、そんな髪飾り。
「エルネストがこれを私に?」
一体これをどうして欲しいのかしら。誰かに渡して欲しいとか保管して欲しいとかそういうことかしら? と、そんなふうに考えている私に、ハンナが言葉を続けた。
「あの、アリシア様の、誕生日プレゼントに、と」
「誕生日、プレゼント?」
私の? と思わずハンナに問いかけてしまう。ハンナにわかるはずがないわよね。
「アリシア様の、だと思います。遅れてしまったけど、みたいなことは言ってましたが、遅刻どころじゃないですよね。それならもう普通のプレゼントって言ったほうがいいのに」
何考えてるのかわかりません、というハンナは納得がいかないようだったけど、正直私もどうすればいいのかわからない。
確かに今は王女様の生誕祭も後片付けも落ち着いたことだとは思うけど、だからと言ってそもそも誕生日を祝ってもらったことなんて一度もないのに、急に、一体どうしたというのかしら。
誕生日以外でもそう、彼はプレゼントなんてしてくれるような人ではなかったのに。
そんなにまめで甲斐性のある人ではなかったし、その辺りの性格は簡単に変わったりもしないものでしょう。
婚約したときはそれでもいくつかもらったし、それも周りに言われてだと思うけれど、そのほかにはお土産くらいしか覚えていない。
でも、そうね。彼は生真面目すぎるからこうなってしまっただけで、もし、もしも私の誕生日がもっと別の日だったならこうして祝ってくれたんだと思うの。
女性の喜ぶような誕生日の演出なんて彼はできないかもしれないけど、それでもおめでとうと言ってくれたとは思うのよ。
彼の実家ではあまり誕生日を祝うようなことはしてこなかったようだから思いつかないだけで、私の誕生日を使用人たちが祝っているところを見たらきっと一緒に祝ってくれる。そういう人。
でも、だからこそ、今まで何もなかった誕生日プレゼントを遅れてしまったけど、なんて持ってくる彼に違和感しか感じない。
手の中のそれをハンナと一緒にじっと見つめていれば、先にポツリと声を漏らしたのはハンナの方だった。
「でも、旦那様、この色を選ぶのはどうなんでしょうね」
そうね、と思わず出かけた肯定をすんでのところで飲み込んだ。
この色は確かにつける人を選ぶし、私は正直、紫色が得意ではないのよね。黄色味の強いイエローブロンドの髪と合わせるには何だか難しくて、もちろん紫色にもたくさん種類があるから似合うものを探すことはあるけれど、強い真紫というのは避けて来た色だというのをもちろんハンナも知っている。
でもだからこそ。彼は王女様が好むものしか贈ってくれなかったのを私はわかってしまっていたから、これは彼自身が選んだのだと確信できてしまう。
「ねぇ、ハンナ。この髪飾りつけられるようなドレスあったかしら」
エルネストに会うことはまだ私にはできないけど、それでも嬉しいと思ってしまうこの気持ちは、捨て去ることができないのだから。
「今日中に探してみますね」
アリシア様がお望みならば、と無理を言ってこんなところまで付き合わせてしまったハンナは、また複雑そうな表情を隠しきれずにぎこちないような笑顔だった。
________________
その次の日もエルネストはやって来た。私は会っていない。ハンナが対応してくれて、それを私に報告してくれる。
ハンナはきっぱりと「アリシア様は今は旦那様にお会いしたくないとそう言っています!」とエルネストに告げたみたい。
彼は「そうか」と言ってまた一つプレゼントを託して帰っていった、とハンナからまた一つ小さな包みを渡された。
「これも、誕生日プレゼントだと言っていました。何だか私、旦那様がよくわかりません」
「彼、不器用なのよ。仕方ないわ」
「でもメッセージカードの一つもありませんよ」
私が包みを開ける様子を隣で見ているハンナはどこか不満そう。
プレゼントにはメッセージカードを、なんていうのはよくあることなのだけど、きっと彼はそんなこと思いつきもしない。
そんな彼のことを私はよくわかっているつもりで、でも連続して届いたこの誕生日プレゼントには理解ができずに疑問ばかりが浮かんでくる。
「今日はショコラみたい。お茶の時間も近いし一緒に食べましょう」
「これは美味しいお店のですね! 今日の旦那様は少しだけセンスがあります!」
ハンナはやっぱりお菓子が好きみたいで、そういえば王都にいた頃もエルネストのたまに買ってくるお土産がお菓子だと嬉しそうにしていたのを思い出す。本人は侍女として喜びを隠しているつもりだったみたいけど、周りも、もちろん私にもバレてしまっていた。
気づかないのはそれこそエルネストくらいだったわ。
こちらに来てからは人の目を気にすることも少なくなったからより表情が豊かになった。今までも隠しきれていなかったけれど、素直な気持ちの表現がとてもハンナらしくて私は好きなの。
ハンナがしっかりと手入れをしてくれていたおかげか昨日は思ったよりも体が楽だったけれど、それでも体が重く感じていて、その倦怠感も今日朝起きたら綺麗になくなっていた。
昨日体調が良くなかったからなのか、今日はとても気分がいいの。しばらく走りたいとは思わないけど。
コンコンと、控えめなノックの後、ハンナが部屋に入ってくる。
庭の見える長椅子の上で刺繍をしていた私が視線を上げると、そこにいたハンナの表情は何だか複雑そうだった。悩ましげとでもいうのかしら。
「ハンナ? 何かあったの?」
確か少し前にお客さんが来ていたようだけど、私が特に呼ばれなかったということは食材や荷物なんかを届けてくれる商人か手紙や連絡を持って来てくれる実家の使用人たちなのかと思っていた。もしかして違ったのかしら。
「その、先ほど、旦那様が来……、あっ、もちろんお引き取りいただいたんですけど!」
「エルネスト、が?」
その名前を聞いても街で見かけた時ほどの衝撃はない。ただ彼が訪ねて来たことを不思議に思っただけ。
とにかく傷が治るまでは絶対に彼に会いたくはないと言った私の気持ちをハンナはしっかりと守ってくれたようで、次も絶対に追い返します、と宣言してくれた。
「それで、その旦那様がアリシア様に渡して欲しいってこれを……。どうしようか悩んだんですけど……」
おずおずとハンナが差し出して来たのは小さな包み。シンプルだけどリボンのかけられているそれは何だかプレゼントのように見えた。
受け取って開けてみると、中には紫色の花の形をした髪飾りが入っていた。色のハッキリとした、そうね、つける人を選びそうなデザインというか、見るだけならとても綺麗だと思うけれど、そんな髪飾り。
「エルネストがこれを私に?」
一体これをどうして欲しいのかしら。誰かに渡して欲しいとか保管して欲しいとかそういうことかしら? と、そんなふうに考えている私に、ハンナが言葉を続けた。
「あの、アリシア様の、誕生日プレゼントに、と」
「誕生日、プレゼント?」
私の? と思わずハンナに問いかけてしまう。ハンナにわかるはずがないわよね。
「アリシア様の、だと思います。遅れてしまったけど、みたいなことは言ってましたが、遅刻どころじゃないですよね。それならもう普通のプレゼントって言ったほうがいいのに」
何考えてるのかわかりません、というハンナは納得がいかないようだったけど、正直私もどうすればいいのかわからない。
確かに今は王女様の生誕祭も後片付けも落ち着いたことだとは思うけど、だからと言ってそもそも誕生日を祝ってもらったことなんて一度もないのに、急に、一体どうしたというのかしら。
誕生日以外でもそう、彼はプレゼントなんてしてくれるような人ではなかったのに。
そんなにまめで甲斐性のある人ではなかったし、その辺りの性格は簡単に変わったりもしないものでしょう。
婚約したときはそれでもいくつかもらったし、それも周りに言われてだと思うけれど、そのほかにはお土産くらいしか覚えていない。
でも、そうね。彼は生真面目すぎるからこうなってしまっただけで、もし、もしも私の誕生日がもっと別の日だったならこうして祝ってくれたんだと思うの。
女性の喜ぶような誕生日の演出なんて彼はできないかもしれないけど、それでもおめでとうと言ってくれたとは思うのよ。
彼の実家ではあまり誕生日を祝うようなことはしてこなかったようだから思いつかないだけで、私の誕生日を使用人たちが祝っているところを見たらきっと一緒に祝ってくれる。そういう人。
でも、だからこそ、今まで何もなかった誕生日プレゼントを遅れてしまったけど、なんて持ってくる彼に違和感しか感じない。
手の中のそれをハンナと一緒にじっと見つめていれば、先にポツリと声を漏らしたのはハンナの方だった。
「でも、旦那様、この色を選ぶのはどうなんでしょうね」
そうね、と思わず出かけた肯定をすんでのところで飲み込んだ。
この色は確かにつける人を選ぶし、私は正直、紫色が得意ではないのよね。黄色味の強いイエローブロンドの髪と合わせるには何だか難しくて、もちろん紫色にもたくさん種類があるから似合うものを探すことはあるけれど、強い真紫というのは避けて来た色だというのをもちろんハンナも知っている。
でもだからこそ。彼は王女様が好むものしか贈ってくれなかったのを私はわかってしまっていたから、これは彼自身が選んだのだと確信できてしまう。
「ねぇ、ハンナ。この髪飾りつけられるようなドレスあったかしら」
エルネストに会うことはまだ私にはできないけど、それでも嬉しいと思ってしまうこの気持ちは、捨て去ることができないのだから。
「今日中に探してみますね」
アリシア様がお望みならば、と無理を言ってこんなところまで付き合わせてしまったハンナは、また複雑そうな表情を隠しきれずにぎこちないような笑顔だった。
________________
その次の日もエルネストはやって来た。私は会っていない。ハンナが対応してくれて、それを私に報告してくれる。
ハンナはきっぱりと「アリシア様は今は旦那様にお会いしたくないとそう言っています!」とエルネストに告げたみたい。
彼は「そうか」と言ってまた一つプレゼントを託して帰っていった、とハンナからまた一つ小さな包みを渡された。
「これも、誕生日プレゼントだと言っていました。何だか私、旦那様がよくわかりません」
「彼、不器用なのよ。仕方ないわ」
「でもメッセージカードの一つもありませんよ」
私が包みを開ける様子を隣で見ているハンナはどこか不満そう。
プレゼントにはメッセージカードを、なんていうのはよくあることなのだけど、きっと彼はそんなこと思いつきもしない。
そんな彼のことを私はよくわかっているつもりで、でも連続して届いたこの誕生日プレゼントには理解ができずに疑問ばかりが浮かんでくる。
「今日はショコラみたい。お茶の時間も近いし一緒に食べましょう」
「これは美味しいお店のですね! 今日の旦那様は少しだけセンスがあります!」
ハンナはやっぱりお菓子が好きみたいで、そういえば王都にいた頃もエルネストのたまに買ってくるお土産がお菓子だと嬉しそうにしていたのを思い出す。本人は侍女として喜びを隠しているつもりだったみたいけど、周りも、もちろん私にもバレてしまっていた。
気づかないのはそれこそエルネストくらいだったわ。
こちらに来てからは人の目を気にすることも少なくなったからより表情が豊かになった。今までも隠しきれていなかったけれど、素直な気持ちの表現がとてもハンナらしくて私は好きなの。
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