2番目の1番【完】

綾崎オトイ

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永遠の2番

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 待って、と伸ばした手は、何もつかめなかった。彼は進んでいってしまう。私は、追いかけることもできない。
 悲しみはあるのだと思うけれど、きっともう慣れてしまったの。私は最初から諦めている。


 夫である彼、エルネストの職業は騎士で、そして王女様の護衛騎士の一人でもある。
王女様の護衛騎士は何人もいるけれど、彼はその中でもいちばん王女様に近い、言うなればお気に入り。王女様が直接その目で見て選んだ護衛騎士。

 そして彼も、王女様のことを心の底から慕っている。

 お互いのそれは決して恋情ではないのだと、長いこと二人のことを見ていた私にはわかるけれど、それでもお互いがお互いを何よりも、誰よりも大切に思っていることも、私は同じくらいに理解してしまっている。
 例えるなら、肉親に対するような、親友に対するような、そんな感情なのだとは思う。甘い空気がその間に漂っていたことは一度もなかったから。

 王族が心を本気で許せる相手がいることは、それ自体が素晴らしいこと。とてもとても幸せなこと。
それだけ色んなものが渦巻く中に常に身を置いて、私達民を導いてくれている。
 だから、私は嫉妬、とかそういう感情を感じたことはない、と思う。

 それでもその近い距離に色々という人間はいたけれど、それでも二人の間の距離は少しも離れることはなかった。
 王女様の中で彼は何よりも信頼できる存在だし、彼の中での1番も王女様で、彼女を守ることこそが何より大切なこと。

 彼はお母様を早くに亡くしていて、お父様は王家に仕える騎士で、今も現役で王族の警護をしている。彼のお父様は王宮の騎士寮で寝泊まりしていて、すでにそこを家としている忠誠心。
 だからそんな彼が、王家に忠誠を誓う彼が、王女の護衛騎士としてその身を捧げている彼が王女様をいちばんとすることは当然で、普通で、当たり前のことなの。むしろ私は妻として誇らしいしそんな彼のことを尊敬している。

心の底からそう思っているの。思っていたの。

 彼と結婚をする時にも覚悟はしたことだった。

「君を一番にすることはできない。この先も、ずっと」

 少しだけ辛そうに、バカ真面目に、絞り出すような声でそんなことを言った彼に、それでもいいと答えたのは他でもない私自身なのだから。

 だから、わかっていたことじゃない。理解、していたじゃない。
 そう、わかっているもの。ちゃんと。

 私はどう頑張ったって二番目にしかなれないこと。彼の二番目が私の一番だってこと。
 そんな彼を、好きになったんだから。

 だから、こうなることだってわかっていたのに。

 それでも、今日だけは、そばにいて欲しかったなんて。一瞬だけも、話を聞いて、私のことを気にして欲しかった、なんて。そんなことを思ってしまうのは、やっぱり私が傲慢なのでしょうね。

 彼は私をちゃんと大切にしてくれた。思いやってくれて、私のところに帰ってきてくれていた。
 ただ、私を振り返ってくれることは無い。それだけ。それだけのこと。

 私のことだけを見つめてくれることなんてあり得なくて、王女様と私、並べるはずなんてなくて、敵うはずなんてなくて、比べてしまったなら私なんてもう見えないくらい小さくなってしまう。

 そんなことわかっていたはずなのに。

 この喜びは彼に伝えられることもなく私の手の中から消えていってしまうの。

 王女様の危機に颯爽と駆けつけていった騎士の鏡である彼のその背中を想いながら、目の前に迫る光る刃先をただ見つめることしかできなくて。

 肉を裂かれるその熱よりも、どうしてか心が痛かったの_____________。


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