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2章 お父様とお母様
夢の中でのお願い
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いろいろあったせいか、その夜、眠りに落ちるのは一瞬だった。
自分が今眠っていると理解している不思議な感覚の中で、どこからか声が聞こえた。
〈……姫香、姫香〉
誰かが、私を呼んでいる……。
頭の中に直に響いてくる声。その声には聞き覚えがある……ような、ないような……。
〈姫香……僕の声、聞こえていますか?〉
やっぱり、なんとなく覚えがある。
〈聞こえてますよ。貴方は……えっと……誰でしたっけ?〉
私は脳内で言葉を作り上げて応答した。
〈……やはり、覚えてはいませんでしたか。僕は姫香をこの世界に連れてきた魔法使いです〉
〈あ!〉
あの時の魔法使い! 確かにこんな声だった!
最初は胡散臭いと思って全然信じてなかったけれど、こんな状況に陥ってしまった今ではこの人(人かどうかは分からないけど)が魔法使いだと信じるしかない。
相手が魔法使いだと分かったならば、言うことは一つしかない。
〈魔法使いさん! 今すぐ私を元の世界に帰して!〉
〈それはできません〉
間髪入れずに返ってきた答え。もちろん、それで納得なんかできるはずもない。
〈どうして? 貴方がこの世界に連れて来たのなら、元の世界に帰すことだってできるでしょ?〉
しばらくの沈黙の後、魔法使いさんは言った。
〈……逆にお聞きしますが、姫香は帰りたいのですか?〉
〈もちろん、当たり前でしょ!〉
〈どうしてですか?〉
問われて返答に詰まった。
どうしてと言われても、ただ単にもと居た自分の世界に帰りたいだけ。他に理由なんかない。
そう言ったら、魔法使いさんはふふっ、と軽く笑った。
〈それならいいのです。安心しました。今すぐに帰すことはできませんが、必ず帰すことをお約束しますよ〉
優しい声色で言われたものの、そう簡単には不安は拭いきれない。
〈今すぐには……無理なの?〉
私は無意識のうちにぽつりと呟いていた。
〈――はい。というのも、帰るためには条件を満たさなければならないのです〉
〈条件?〉
〈人魚姫と王子を結婚させることです。その条件さえ満たすことができれば、自然に元の世界に帰ることができますよ〉
〈……逆に言えば、人魚姫と王子様が結ばれなければ私は二度ともとの世界に帰れないということですか?〉
〈……〉
魔法使いさんから返事は返ってこなかった。つまりはそういうことなんだろう。
〈――まったく、全然『必ず』じゃないじゃないですか〉
呆れてそう言うと、魔法使いは先程と同じように小さく笑った。
〈そうでもありませんよ。僕は姫香が『必ず』物語を変えてくれると信じていますから。だって、姫香はずっと昔からこの話を変えたいと思っていたじゃないですか〉
まるで私のことを昔から知っていたような口ぶりだった。さすがは魔法使い、とでもいうべきなんだろうか?
絵本の世界に人間を送り込む魔法使いだ、人の気持ちを読み取ることができても不思議じゃない。(魔法使いという存在そのものが不思議、というのはこの際置いておく)
けれど、人間の気持ちとか感情とかは一過性のものが多い。現在の気持ちを読み取ったからといって、昔からそう思っていたとは限らない……なのに何故?
〈姫香〉
魔法使いさんに呼ばれて、考えは簡単に頭の片隅へと追いやられてしまった。
〈何かこの世界で困ったことはありませんか? できうる限り解決しますよ〉
もちろん、真っ先に浮かんだのはこの世界に居ること自体、という答えだった。けれど、今は帰すことができないと言っている魔法使いさんに対してそんな事を言ったってしょうがない。
私は一日のことを振り返り、そして『困ったこと』に思い当った。
〈服……〉
〈服?〉
〈服をどうにかしてください。できれば一人で着られるように!〉
誰かに手伝ってもらっての着替えなんてまっぴらだ。二度と今日みたいな恥ずかしい思いはしたくない。
〈どうしてですか? 世話係の……そうそう、シグルドという男が居たでしょう? あの男に手伝ってもらえばなんの支障もないじゃないですか〉
〈いやっ!〉
〈何故ですか!〉
思っていたよりも強い口調で返ってきた。すでに疑問形ですらない。
〈年頃の女の子が男の人に着替えを手伝ってもらうなんてありえないです!〉
〈……大丈夫ですよ、彼に下心はありませんから! ……それとも、やっぱり今日のこと怒ってるんですか?〉
〈もう怒ってはいませんけど……って、魔性使いさん、今日のこと知ってるんですか? 知っていて、 シグルドに下心が安全な人だと言ってるんですか?〉
〈そうです。彼には悪気ありませんでしたし、姫香に危害を加えることはないと思いますよ〉
〈……随分、シグルドの肩を持つんですね〉
一瞬、呻くように言葉に詰まった魔法使いさん。その後、長い溜息が聞こえた。
〈分かりました……。そこまで信じられないと言うのならドレスを一人でも着られるように変えておきます〉
かなりしぶしぶといった様子だったけど、魔法使いさんは私の要求を呑んでくれた。
良かった、これで一人で着替えをすることができる……。
〈――では、また何かあったら言ってくださいね、姫香。僕はいつでも姫香の味方ですから〉
この言葉を最後に魔法使いさんの声は聞こえなくなり、私も再び深い眠りに落ちていった。
自分が今眠っていると理解している不思議な感覚の中で、どこからか声が聞こえた。
〈……姫香、姫香〉
誰かが、私を呼んでいる……。
頭の中に直に響いてくる声。その声には聞き覚えがある……ような、ないような……。
〈姫香……僕の声、聞こえていますか?〉
やっぱり、なんとなく覚えがある。
〈聞こえてますよ。貴方は……えっと……誰でしたっけ?〉
私は脳内で言葉を作り上げて応答した。
〈……やはり、覚えてはいませんでしたか。僕は姫香をこの世界に連れてきた魔法使いです〉
〈あ!〉
あの時の魔法使い! 確かにこんな声だった!
最初は胡散臭いと思って全然信じてなかったけれど、こんな状況に陥ってしまった今ではこの人(人かどうかは分からないけど)が魔法使いだと信じるしかない。
相手が魔法使いだと分かったならば、言うことは一つしかない。
〈魔法使いさん! 今すぐ私を元の世界に帰して!〉
〈それはできません〉
間髪入れずに返ってきた答え。もちろん、それで納得なんかできるはずもない。
〈どうして? 貴方がこの世界に連れて来たのなら、元の世界に帰すことだってできるでしょ?〉
しばらくの沈黙の後、魔法使いさんは言った。
〈……逆にお聞きしますが、姫香は帰りたいのですか?〉
〈もちろん、当たり前でしょ!〉
〈どうしてですか?〉
問われて返答に詰まった。
どうしてと言われても、ただ単にもと居た自分の世界に帰りたいだけ。他に理由なんかない。
そう言ったら、魔法使いさんはふふっ、と軽く笑った。
〈それならいいのです。安心しました。今すぐに帰すことはできませんが、必ず帰すことをお約束しますよ〉
優しい声色で言われたものの、そう簡単には不安は拭いきれない。
〈今すぐには……無理なの?〉
私は無意識のうちにぽつりと呟いていた。
〈――はい。というのも、帰るためには条件を満たさなければならないのです〉
〈条件?〉
〈人魚姫と王子を結婚させることです。その条件さえ満たすことができれば、自然に元の世界に帰ることができますよ〉
〈……逆に言えば、人魚姫と王子様が結ばれなければ私は二度ともとの世界に帰れないということですか?〉
〈……〉
魔法使いさんから返事は返ってこなかった。つまりはそういうことなんだろう。
〈――まったく、全然『必ず』じゃないじゃないですか〉
呆れてそう言うと、魔法使いは先程と同じように小さく笑った。
〈そうでもありませんよ。僕は姫香が『必ず』物語を変えてくれると信じていますから。だって、姫香はずっと昔からこの話を変えたいと思っていたじゃないですか〉
まるで私のことを昔から知っていたような口ぶりだった。さすがは魔法使い、とでもいうべきなんだろうか?
絵本の世界に人間を送り込む魔法使いだ、人の気持ちを読み取ることができても不思議じゃない。(魔法使いという存在そのものが不思議、というのはこの際置いておく)
けれど、人間の気持ちとか感情とかは一過性のものが多い。現在の気持ちを読み取ったからといって、昔からそう思っていたとは限らない……なのに何故?
〈姫香〉
魔法使いさんに呼ばれて、考えは簡単に頭の片隅へと追いやられてしまった。
〈何かこの世界で困ったことはありませんか? できうる限り解決しますよ〉
もちろん、真っ先に浮かんだのはこの世界に居ること自体、という答えだった。けれど、今は帰すことができないと言っている魔法使いさんに対してそんな事を言ったってしょうがない。
私は一日のことを振り返り、そして『困ったこと』に思い当った。
〈服……〉
〈服?〉
〈服をどうにかしてください。できれば一人で着られるように!〉
誰かに手伝ってもらっての着替えなんてまっぴらだ。二度と今日みたいな恥ずかしい思いはしたくない。
〈どうしてですか? 世話係の……そうそう、シグルドという男が居たでしょう? あの男に手伝ってもらえばなんの支障もないじゃないですか〉
〈いやっ!〉
〈何故ですか!〉
思っていたよりも強い口調で返ってきた。すでに疑問形ですらない。
〈年頃の女の子が男の人に着替えを手伝ってもらうなんてありえないです!〉
〈……大丈夫ですよ、彼に下心はありませんから! ……それとも、やっぱり今日のこと怒ってるんですか?〉
〈もう怒ってはいませんけど……って、魔性使いさん、今日のこと知ってるんですか? 知っていて、 シグルドに下心が安全な人だと言ってるんですか?〉
〈そうです。彼には悪気ありませんでしたし、姫香に危害を加えることはないと思いますよ〉
〈……随分、シグルドの肩を持つんですね〉
一瞬、呻くように言葉に詰まった魔法使いさん。その後、長い溜息が聞こえた。
〈分かりました……。そこまで信じられないと言うのならドレスを一人でも着られるように変えておきます〉
かなりしぶしぶといった様子だったけど、魔法使いさんは私の要求を呑んでくれた。
良かった、これで一人で着替えをすることができる……。
〈――では、また何かあったら言ってくださいね、姫香。僕はいつでも姫香の味方ですから〉
この言葉を最後に魔法使いさんの声は聞こえなくなり、私も再び深い眠りに落ちていった。
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