上 下
10 / 17

10.見えない味方と更紗の覚悟

しおりを挟む
悟は自分に覆いかぶさる更紗を見上げた。彼女の苦悶の表情に、自分が守られたのだと理解する。
肩と背中を叩かれた更紗は痛みがひどくて呼吸をするのがやっとの状態だ。
 
「き、如月さん……!」
 
悟は、辛そうにくずおれる更紗を支える。
 
「はっ!ようやくおとなしくなったか」
 
不良集団は二人を取り囲み、見下ろした。
更紗を支えながら悟は彼らを睨み返す。
 
「女の子相手に武器振り回して恥ずかしくないの?」
「は?その女に守られてばかりのてめぇに言われる筋合いなんかねぇわ」
 
ギリッ。
歯を食いしばり、悟は不良集団に立ち向かおうとする。
 
「……ダメ」
 
しかしそれを更紗が腕を引いて止めた。
 
「約束したでしょ……道鋏くんのことは私が守るって」
 
痛む身体を起こして立ち上がり、更紗は真っ直ぐ悟の目を見つめた。
 
「私が道鋏くんには手を出させない。だから、下がっていて」
「如月さん……」
 
鉄パイプの直撃を受けたのだ。痛いに決まっている。それなのに、笑顔さえ浮かべて悟を守ろうとする姿勢に胸がチクリとする。
 
「つまんねぇ小芝居してんじゃねぇよ。虫唾が走るわ!」
 
そう言った不良はそのままポケットから何かを取り出して更紗に吹きかけた。
 
「……っな!」
 
吹きかけられた途端、目を開けていられなくなる。
 
「おい、お前何を」
「安心しろよ。ただの催涙スプレーだ」
 
(涙が止まらない……これは最悪の状況かも)
 
怪我を負っているし視力も奪われた。守らなければならない悟を逃がせていない。
 
「見えなきゃ避けることも、攻撃を当てることも……そっちの奴を守ることもできねぇなぁ。……さ、覚悟はいいか?」
 
不良たちが武器を構える気配が伝わってくる。
窮地を脱する手立てを思いつけないまま、更紗は不良たちを相手にするため立ち上がる。今の状態では勝ち目は薄いが、それでも黙ってやられるつもりはない。
更紗と不良集団が再びぶつかり合おうとした時、集団の後方から声が上がった。
 
「グハッ!」
「な、なんだお前は!」
 
不良たちの意識が前方の更紗ではなく後方に移る。
 
「――騒がしいと思ったら、集団で少数を痛ぶる下衆どもが湧いていたか」
 
不良たちの向こうに一つの影。
緩くウェーブのかかった茶髪に透空とうくう学園の制服で身を包んだ男子生徒の姿がそこにあった。
しかし更紗は目を開けられず、姿を確認することができない。
 
(だ、誰……?)
 
「なんだ、お前!」
「邪魔すんじゃねぇよ」
「おい、そんな奴に構うな!」
「俺たちの目的はこっちの女だ」
 
(誰だか分からないけど、気にしてる場合じゃない)
 
不良たちが更紗の方を向く気配がし、身構えた。
しかし不良たちが更紗に襲いかかるよりも、現れた彼が声を発する方が早かった。
 
「〈おれと、戦え〉」
 
不思議な響きの声が耳に届くと、更紗の胸がざわめいた。戦わなければならないような焦燥感に襲われる。
 
(こんなこと、前にも……)
 
思い出すのはレイに誘惑する香りテンプトフェロモンを掛けられた時のこと。
 
(でも今はあの時みたいな匂いはしてないし、それに……抗える)
 
胸はざわめくけれど、行動を完全に支配されたわけではない。
命令を逃れた更紗とは違い、不良たちの大半が身体を反転させて狙う相手を変えた。
 
「おいお前ら!敵はそっちじゃ……」
「ほう、抗える者もいたか。お前がこの集団のリーダーだな」
 
彼は向かってくる不良たちを拳でねじ伏せながら口元に笑みを浮かべた。
 
「お前とも戦ってやるから待っていろ」
 
更紗には何が起こっているのか分からない。
 
(ひとまず助かったのかな……?この状況に乗じて道鋏くんを逃がさないと……って、あれ?道鋏くんは?)
 
気づいた時には周囲から悟の気配が消えていた。
 
(道鋏くんの気配がない!)
 
ほとんど開かない目で探すと少し先にぼんやりと影が見える。
 
「うわっ!待って!道鋏くん、行っちゃダメ!」
 
先ほどの命令で悟も動いていたようだ。腕を強く引いて進むのをやめさせる。
 
「あ、あれ?俺はいったい何を……?」
「正気に戻ったんだね、良かった」
 
危険が及ばないように悟を下がらせ、今何が起こっているのかの説明を求めた。
 
「分からない。透空学園の制服を着た男子がひとりで戦ってるみたいだけど」
「うちの生徒?」
「うん、そうみたいだよ。知り合いかな?」
「見えれば分かるかもしれないけど……」
 
あいにく更紗は目を微かに開けるのがやっとで、誰だか認識することはできない。
 
「特徴は?」
「茶髪で緩いパーマ」
 
更紗の頭をよぎったのはレイだった。彼もウェーブがかった茶髪で襟足を少し伸ばしている。さらに先ほどの命令のことも合間って疑惑が深まった。
 
(市原先輩が暴力を振るうところなんて想像つかないけど……)
 
もう少し特徴が分かれば判断できるかもしれないと考え、更紗は質問を続ける。
 
「襟足は?長い?」
「ここからじゃ見えない」
「ワイシャツを第二ボタンまで開けてる?」
「いや、しっちゃかめっちゃかに引きちぎられてて、ボタンとか分からない」
「顔は?女の子に好かれそう?」
「悪鬼羅刹。男でも泣き出しそう」
 
最後の質問で分かった。彼はレイではない。
 
「……いったい誰なんだろう」
 
正体不明の彼は不良集団のほとんどを蹴散らし、残っているのは命令を跳ね除けたリーダーのみだった。
 
「仲間は全員いなくなったぞ。お前がこの集団を束ねているのなら、仲間のメンツをかけておれを倒さなければならないだろう」
「な、なんなんだ、てめぇは……」
 
今にも泣き出しそうな情けない顔だった。完全に戦意を喪失している。
武器を所持した仲間たちが倒れ伏しているのを前にすれば、次に自分がどういう運命を辿るか想像ができたのだろう。
前に出ることはなく、プライドを投げ捨てて逃げ出した。
 
「……情けないやつめ」
 
彼は追いかけなかった。呆れを隠さず首を振るだけだ。
彼は更紗たちを一瞥する。
 
「…………」
 
しかしそのまま何も言わずに去ってしまう。
足音で去るのを感じ取った更紗だが、まだ素早く動くには無理があった。
 
(同じ学校の生徒なら、きっとまた会えるよね)
 
そんな期待をする更紗だった。
 
 
 
 
「ふー、これで目が開けられる。ありがとう、道鋏くん」
 
先ほど乱闘が起こった現場から少し離れた公園で、更紗は水道で目をゆすぐ。
ほとんど視力のない更紗を支えて歩いてくれた悟に礼を述べると、彼は頭を振った。
 
「助けてもらったのは俺の方。ありがとう、如月さん」
 
悟の態度に、最初あった険はない。不良たちから身体を張って守ろうとした更紗の愚直とも言える真っ直ぐさを目にして、更紗に抱いていた悪印象は消えてなくなった。
それどころか――。
 
(彼方が天使って呼ぶ理由が分かった)
 
濡れた顔をハンドタオルで拭う更紗を眺めてこっそりと微笑む。
 
「そういえば、怪我は大丈夫?」
「あぁ……うん、折れてはないと思う」
 
背中と肩、足を順に確認する。痛いけれど動かすことができた。
 
「いったい、あいつら何の目的で襲ってきたの?」
 
巻き込んでしまった手前、事情を話さないわけにもいかない。更紗は女子高生杯に出場することと、そこに至った経緯を話した。
 
「そんなことのためにこんな酷いことを……」
「私もここまでやるとは思ってなかったよ」
「出場するのやめようとは思わないの?」
「思わないよ」
 
更紗がはっきり答えると、悟が息を飲む。
 
「どうして……?こんなの異常だよ。出るのをやめたって誰も責めたりなんてしない」
「他の誰かがどう思うかじゃないの。これはもう私のわがままなんだけど……卑怯な手段を使って妨害してくる相手が許せないの。だから、真っ向勝負で勝ちたい」
 
最初は自分が美女子高生杯に出るなんて荷が重かった。容姿を褒めそやされて育ってきたとはいえ、自信なんてなかったし、負けたら瑠奈にも迷惑がかかってしまう。それでも――。
 
「勝って、こんなやり方間違ってるって言ってやるの。……だから、まずは勝たなくちゃ!」
 
キラキラとした瞳をしてそう言ってのける更紗を止める気にはならなかった。
悟は瞳を細めて心から言う。
 
「応援してる。如月さんのこと」
 
 
 
 
そして、二日後。
全日本美女子高生決定杯当日がやってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...