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第十二話 木内尊と麹町時也 その5

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 尊の家に着いたのは、学校を出てから二十分くらい後のこと。尊の家は、猫がいた空き地と私の家と結ぶとちょうど三角形を描く位置に建っている。


 家に上がってからしばらくは和やかな時間が流れていた。

 尊の育てている猫を見せてもらい、私の方は引き取った猫の話を語って聞かせる。時也は時折「へー」とか「ふーん」とか相槌を打ちながら、猫を撫でた。


 ふと窓の外に目を向けると、庭に紫陽花が咲いていた。ピンクのものもブルーのものもある。


「紫陽花があるんですね」

「うちの母親が好きでな。どうせなら近くで見てきたらどうだ?」

「良いんですか?」


 尊の了承を得て、私は庭に出ることにした。


「そこにサンダルがあるから適当に使ってくれ」

「はーい。……サンダル、サンダル」


 窓の向こうに意識を向けて、そのまま窓を開けた。


「みゃあん!」

「あ、コラッ」


 鳴き声に続いて時也の声が聞こえた。声から焦りが滲んでいて、私は動きを止めて振り返る。


「どうし、っわ!」


 足元をするすると何かが通っていった。一拍遅れて、その何かが猫だと気づく。

 いけない、猫が外に出ちゃう。

 慌てて猫の行方を追うと、庭の端から塀に登って、向こう側に姿を消すところだった。


「あ!」

「マズイ、迷子になっちまう」


 尊は猫の消えた壁に向かって、ポツリと呟いた。


「手分けして探そう」


 時也が言った。その提案に私も尊も頷く。


「俺は西側を探すから、麹町と青木は東側を頼む」

「分かりました」

「オッケー」


 時也と共に私は住宅街を早足で抜けていく。上下左右にせわしなく首を動かして、猫のいそうな場所へと目を配った。


 中々発見できないまま時間だけが過ぎていく。


「同じ場所探しててもしょうがないし、別れて探そうか」

「できるならそうした方が良いとは思うけど、麹町くんこの辺の地理詳しくないでしょ? 住宅地で似たような景色ばっかだから、合流できなくなりそう」

「いや、流石にだいじょう……」

「いたっ!」


 見つけた!

 目に飛び込んできた情報が、時也の存在を意識の隅へと追いやった。


 どうしてそんなところに。

 猫は公園の木の上で身を震わせていた。


「登ったは良いけど降りられなくなっちゃったんだね」


 私の視線を追って、時也も猫の状況を確認する。

 あろうことか、時也はそのまま木に登り始めた。


「ちょ……麹町くん!」

「助けてくるよ」


 低い位置に枝が少なく、登るのに苦労しそうな形だというのに、時也は軽々と上へ上へと移動していく。

 すごい、と感心しながらも、落ちてしまうんじゃないかという心配から、じっとしてられない。


「よーし、もう少し、もう少し……」

「みゃあぁぁん」


 時也が手を伸ばすけど、猫の方は怯えて枝の先へと逃げてしまった。


「逃げないで、逃げないで。ほぅら、怖くない、怖くない」


 鳴き声を真似たり、呼びかけたり。時也は一生懸命猫の警戒心を解こうと努めている。

 本当に集中しているらしく、少しずつ枝の先に移動しているのを時也自身が気付いてないように思えて、こっちは気が気じゃない。


「麹町くん、もう――」


 その先は危ない。と、伝えるつもりだった。


「ふみゃあぁぁ!」


 猫の上げたひときわ大きな鳴き声に、かき消されて言葉がなくなる。


 私のせいだ。私の声に驚いて、猫は身を縮こまらせた。

 猫が細い枝の上で、バランスを崩す。横に倒れるスペースは存在しない。


 ――落ちる。


「落とすかよ!」

「いやぁっ!」


 枝を力強く蹴った時也は、ためらいなく猫に腕を伸ばした。その甲斐あって、時也の腕はしっかりと猫を捕まえた。

 けれど問題はその後で。


 時也が危ない、と分かって、私の心臓は止まりかけた。

 どうにか手助けしたいけど、私にできることは何もない。


 目を見開いたまま私は固まった。


 その固定された視界の中で、時也は途中で枝を掴み勢いを殺して、足から地面に降り立った。


 無事、だ。


「も~~~~っ」


 ホッとした。止まっていた時が、正常な流れに戻っていく。


「ほら、猫は無事だよぉ」


 笑顔で猫を抱えている姿に、今度は段々と腹が立ってきた。


「バカッ! なんであんな危ない真似したのっ!?」

「バカって……ひっどいなぁ。別に無事だったんだし、そんなに怒ることないでしょ」

「一人で無茶しなくたって、木内先輩呼びに戻ったって良かったんだよ? なんでそんな」

「木内先輩なら良いの?」

「は?」


 言い返されて勢いが無くなる。


「木内先輩なら木に登っても安心して見てられる、って真里菜ちゃんは言いたいの?」

「そんなこと……」


 時也の言ってることはもっともだった。尊なら、安心して木に登っているのを眺めていられると思う。

 指摘されて気付いてしまった。


 私は――時也だから、心配だった。
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