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第二話 源あげはと麹町時也 その1

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 前世の記憶があるとはいっても、まだ完全なわけではない。
 最初に思い出した時には、前の世界のことすべてと『君はタカラモノ』の存在のことを思い出した。
 それから時をおかずに、クラスメイトの望と時也が『君はタカラモノ』の登場人物だとも知った。まさか仲の良い友達が、自分を命の危機に陥れる存在になるなんて思ってもみなかった。


 あの時の気持ちは一生忘れられないだろう。
 望と付き合えば、ヤンデレ化した彼に束縛され果ては監禁されると知った時、すぐに「距離を置こう」と考えたのだけど、行動には移せなかった。
 友達に対して、瞬時にそんな判断を下してしまえる自分が嫌だったのだ。そんな偽善が生んだ自己嫌悪のせいで、望との関係は曖昧なまま今まで続いてきてしまった。

 そして結果が今日のアレ。
 付き合っていたわけじゃないし、告白を断る自由が私にはある。けれど望に高い勝算を期待させてしまったのは私の罪だ。

 もしも入学してすぐ、望との関係がまだ遠い時に、前世の記憶を取り戻せていたら話は違っていたのに。非建設的な後悔が私を襲う。


 今日もまた前世の記憶を夢に見る。
 こうして断片的に、パズルのピースをはめていくかの如く記憶をつなげていくのだ。

「もう、他の女の子なんか見えない。ねぇだから、君もオレだけを見て」

 昔の私が見つめる画面で起こる告白シーン。攻略対象がヒロインの髪を掬いながら、今にもキスしそうなくらいの距離でそう言った。

 大変驚いた。いや、だって……そんな馬鹿な。

 ――なんで相手が麹町時也!?

 そう。画面でヒロインを絶賛たぶらかし中なのは、当て馬キャラの麹町時也なのだ。
 ただの当て馬と言うには優遇されすぎている印象はあったけど、これはどういうことなの? 私が読んだ説明書には、時也は間違いなく非攻略キャラのページに書いてあったのに。

「うふふふふふ。ついに、ついにキタ――――――――――――――――――――――――ッ!」

 足をばたばたさせた後、上がったテンションを放出するように床を転がる前世の私。いったいこのテンションは……。

「数あるエンディングの中で、唯一のハッピーエンド<麹町時也の信頼エンド>コンプリート! あぁ、長かったよぅ。束縛、監禁、DV、殺人、調教、依存、カニバリズム! からの、いちゃラブ! 狂愛が長かったせいで、この平和な両想いが尊いわぁ。しかし隠しキャラだけあって道のりが遠かったわね」

 ゲームを完クリしたみたい。
 どうやら時也は隠しキャラだったらしい。詳しい条件は不明だけど、たぶん他のキャラクターを攻略した後に選択できるってことのはず。
 時也がヒロインを口説いていた事情は把握できたけど、ちょっと待って、前世の私なんかすごいこと言ってなかった?

 ――束縛、監禁、DV、殺人、調教、依存、カニバリズム……って何!?

 そんなにあるの!? というか殺人って、いくらなんでもストレート過ぎない!?
 束縛と監禁っていうのは、たぶん望のルートの話だよね。他のキャラもやらない保証はないけど、同じゲーム内に同一属性が来るとは考えにくいしなぁ。

 本格的な命の危機に、背筋が寒くなる。
 せめて『君はタカラモノ』の記憶が完全なものになれば、狂った愛を注ぐ登場キャラクターを見つけ出して、関わらないようにすれば命の危機を回避できるのに。

 ……あ、そうか。逆に考えれば良いんだ。
 今日のこの記憶のおかげで、麹町時也がハッピーエンドにつながることが分かった。
 だから、そう。

 ――麹町時也と付き合えば、ヤンデレルートが回避される。

 一筋の光明が見え、ひとまず胸をなでおろした。





 次の日。
 昼休みになって、生徒たちのざわめきの中を私は早足で突っ切って行く。手にはエプロンを抱えていた。
 自主性を重んじる宝印学園では、予約さえしておけば家庭科室を使用して昼食を作ることが許可されている。
 今日は中等部の後輩と待ち合わせて家庭科室でお昼を食べる約束をしていた。
 中等部の生徒にわざわざ高等部まで来てもらうのに、待たせたら悪い。
 急ぎ足で、職員室から鍵を借りて家庭科室を目指す。
 昼休みが始まって約五分後のこと。私は家庭科室に飛び込んだ。

「あ……」
「ひっ、いやあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 目の前の状況に、私は悲鳴を上げた。そして瞬時に顔を背ける。

「なんで! パンツしか履いてないの! ――麹町くん!」
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