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第72話
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――あ、まずい。
漠然と、ただ漠然と脳が警鐘を鳴らした事に気付いた時にはアナスタシア王女がこっちに近づこうとしていて。
けどそれはすぐに、シルヴェール王妃やテオの傍に控えるようにして佇んでいたはずの騎士や侍従によって取り押さえられ、アナスタシア王女が距離を詰めてくることはなかった。
それでも抱いた恐怖に跳ねた心臓に思わず息を飲み、けれどもすぐに落ち着くことが出来たのはカノンが片腕を伸ばして私を庇う様にしてくれたのと、カノンごと守るような場所にテオとラスカが瞬時に動いてくれたからだと思う。
どの横顔が、背がみえて、腕の中にいたリフが肩口に潜り込んで顔を覗かせて。それらに安心したのだ。
守られている、その事実が申し訳なくも小さな頃に崖から突き落とされた、誰の助けも得られなかった瞬間を思い出して嬉しく感じる。……あの時に助けがなかったところで姉さんが人目につかない場所を選んだのだから、当たり前ではあるんだけど。
「っ! 離しなさいよ!」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
「なんで……っ、いいから退いて! アイツが、アイツがいなくなれば……!」
取り押さえられながらもアナスタシア王女は、姉さんは叫ぶ。叫んで、もがいて、私を鋭く睨みつけてきた。
「あんた! あんたが来てからよ! あんたが来てからおかしくなっちゃったじゃない!」
その叫びに、私は答えない。むしろ答えられない。
私が知る姉さんじゃなくても、もうどうだっていいって思っても、どうしたって彼女は姉さんだから。
だからこそ、私は姉さんに睨まれて震えてしまって上手く言葉が出なかったからだ。
開き直って吹っ切ったつもりだったんだけど、つもりでしかなかったのかな。少しだけ自分が情けなくる。
でも、声を出せなくたって、目を背けるだなんてことだけはしたくない。
唇を真一文字に結んでキッと眉を釣り上げると、アナスタシア王女は僅かに目を見張り、
「……は? なによ、その反応」
ぽつりとつぶやいたかと思うと、ずい、と強引に身を乗り出し叫ぶように声を荒らげた。
「あんたみたいなモブが、あたしを下に見ていいとでも思ってんのっ!?」
「下に見る見ない以前の問題ではないかしら、アナスタシア王女。マナーがなっていないわ」
と、シルヴェール王妃殿下の柔らかくもはっきりとした声音がアナスタシア王女の怒号を叩き切り、更に言葉が続けられる。
「シルヴァン、アナスタシア王女がお休みになりたいそうよ。部屋までお連れしてさしあげて?」
「なっ!? あたしはそんな事、一言も言ってないわよ!?」
ぎょっとしたように叫んだアナスタシア王女だけれど、その発言を聞く人はいない。
当たり前と言えば当たり前だろう。
どれだけ気さくに応じ接してくださってもシルヴェール王妃殿下はこの国――スィエル王国の国母で、アナスタシア王女は隣国フェルメニアのお姫様でしかないし、そもそもとして非公式にも程がある来訪者なのだから、この場において何より最優先されるのは王妃様のお言葉だ。
だからアナスタシア王女がどれだけ暴れても、叫んでも、シルヴェール王妃殿下の言葉は絶対で。
「承知いたしました」
恭しい反応を示した騎士と思しき男性――シルヴァンと呼ばれた方はもちろん、ほかの騎士や侍従がアナスタシア王女を押さえながら、そうでありながらも迅速に彼女の佇まいを正し、
「ちょっと! 聞いてるの?! あたしは戻るつもりは……っ、引っ張らないで!!」
叫び暴れるアナスタシア王女は何人かにより連れて部屋があるであろう方向へと中庭から連れ出されたのだった。
漠然と、ただ漠然と脳が警鐘を鳴らした事に気付いた時にはアナスタシア王女がこっちに近づこうとしていて。
けどそれはすぐに、シルヴェール王妃やテオの傍に控えるようにして佇んでいたはずの騎士や侍従によって取り押さえられ、アナスタシア王女が距離を詰めてくることはなかった。
それでも抱いた恐怖に跳ねた心臓に思わず息を飲み、けれどもすぐに落ち着くことが出来たのはカノンが片腕を伸ばして私を庇う様にしてくれたのと、カノンごと守るような場所にテオとラスカが瞬時に動いてくれたからだと思う。
どの横顔が、背がみえて、腕の中にいたリフが肩口に潜り込んで顔を覗かせて。それらに安心したのだ。
守られている、その事実が申し訳なくも小さな頃に崖から突き落とされた、誰の助けも得られなかった瞬間を思い出して嬉しく感じる。……あの時に助けがなかったところで姉さんが人目につかない場所を選んだのだから、当たり前ではあるんだけど。
「っ! 離しなさいよ!」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
「なんで……っ、いいから退いて! アイツが、アイツがいなくなれば……!」
取り押さえられながらもアナスタシア王女は、姉さんは叫ぶ。叫んで、もがいて、私を鋭く睨みつけてきた。
「あんた! あんたが来てからよ! あんたが来てからおかしくなっちゃったじゃない!」
その叫びに、私は答えない。むしろ答えられない。
私が知る姉さんじゃなくても、もうどうだっていいって思っても、どうしたって彼女は姉さんだから。
だからこそ、私は姉さんに睨まれて震えてしまって上手く言葉が出なかったからだ。
開き直って吹っ切ったつもりだったんだけど、つもりでしかなかったのかな。少しだけ自分が情けなくる。
でも、声を出せなくたって、目を背けるだなんてことだけはしたくない。
唇を真一文字に結んでキッと眉を釣り上げると、アナスタシア王女は僅かに目を見張り、
「……は? なによ、その反応」
ぽつりとつぶやいたかと思うと、ずい、と強引に身を乗り出し叫ぶように声を荒らげた。
「あんたみたいなモブが、あたしを下に見ていいとでも思ってんのっ!?」
「下に見る見ない以前の問題ではないかしら、アナスタシア王女。マナーがなっていないわ」
と、シルヴェール王妃殿下の柔らかくもはっきりとした声音がアナスタシア王女の怒号を叩き切り、更に言葉が続けられる。
「シルヴァン、アナスタシア王女がお休みになりたいそうよ。部屋までお連れしてさしあげて?」
「なっ!? あたしはそんな事、一言も言ってないわよ!?」
ぎょっとしたように叫んだアナスタシア王女だけれど、その発言を聞く人はいない。
当たり前と言えば当たり前だろう。
どれだけ気さくに応じ接してくださってもシルヴェール王妃殿下はこの国――スィエル王国の国母で、アナスタシア王女は隣国フェルメニアのお姫様でしかないし、そもそもとして非公式にも程がある来訪者なのだから、この場において何より最優先されるのは王妃様のお言葉だ。
だからアナスタシア王女がどれだけ暴れても、叫んでも、シルヴェール王妃殿下の言葉は絶対で。
「承知いたしました」
恭しい反応を示した騎士と思しき男性――シルヴァンと呼ばれた方はもちろん、ほかの騎士や侍従がアナスタシア王女を押さえながら、そうでありながらも迅速に彼女の佇まいを正し、
「ちょっと! 聞いてるの?! あたしは戻るつもりは……っ、引っ張らないで!!」
叫び暴れるアナスタシア王女は何人かにより連れて部屋があるであろう方向へと中庭から連れ出されたのだった。
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