元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

文字の大きさ
上 下
73 / 87

第72話

しおりを挟む
 ――あ、まずい。

 漠然と、ただ漠然と脳が警鐘を鳴らした事に気付いた時にはアナスタシア王女がこっちに近づこうとしていて。
 けどそれはすぐに、シルヴェール王妃やテオの傍に控えるようにして佇んでいたはずの騎士や侍従によって取り押さえられ、アナスタシア王女が距離を詰めてくることはなかった。
 それでも抱いた恐怖に跳ねた心臓に思わず息を飲み、けれどもすぐに落ち着くことが出来たのはカノンが片腕を伸ばして私を庇う様にしてくれたのと、カノンごと守るような場所にテオとラスカが瞬時に動いてくれたからだと思う。
 どの横顔が、背がみえて、腕の中にいたリフが肩口に潜り込んで顔を覗かせて。それらに安心したのだ。

 守られている、その事実が申し訳なくも小さな頃に崖から突き落とされた、誰の助けも得られなかった瞬間を思い出して嬉しく感じる。……あの時に助けがなかったところで姉さんが人目につかない場所を選んだのだから、当たり前ではあるんだけど。

「っ! 離しなさいよ!」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
「なんで……っ、いいから退いて! アイツが、アイツがいなくなれば……!」

 取り押さえられながらもアナスタシア王女は、姉さんは叫ぶ。叫んで、もがいて、私を鋭く睨みつけてきた。

「あんた! あんたが来てからよ! あんたが来てからおかしくなっちゃったじゃない!」

 その叫びに、私は答えない。むしろ答えられない。

 私が知る姉さんじゃなくても、もうどうだっていいって思っても、どうしたって彼女は姉さんアナスタシア王女だから。
 だからこそ、アクアリアは姉さんに睨まれて震えてしまって上手く言葉が出なかったからだ。

 開き直って吹っ切ったつもりだったんだけど、でしかなかったのかな。少しだけ自分が情けなくる。
 でも、声を出せなくたって、目を背けるだなんてことだけはしたくない。
 唇を真一文字に結んでキッと眉を釣り上げると、アナスタシア王女は僅かに目を見張り、

「……は? なによ、その反応」

 ぽつりとつぶやいたかと思うと、ずい、と強引に身を乗り出し叫ぶように声を荒らげた。

「あんたみたいなが、あたしを下に見ていいとでも思ってんのっ!?」
「下に見る見ない以前の問題ではないかしら、アナスタシア王女。マナーがなっていないわ」

 と、シルヴェール王妃殿下の柔らかくもはっきりとした声音がアナスタシア王女の怒号を叩き切り、更に言葉が続けられる。

「シルヴァン、アナスタシア王女がお休みになりたいそうよ。部屋までお連れしてさしあげて?」
「なっ!? あたしはそんな事、一言も言ってないわよ!?」

 ぎょっとしたように叫んだアナスタシア王女だけれど、その発言を聞く人はいない。
 当たり前と言えば当たり前だろう。
 どれだけ気さくに応じ接してくださってもシルヴェール王妃殿下はこの国――スィエル王国の国母で、アナスタシア王女は隣国フェルメニアのお姫様でしかないし、そもそもとして非公式にも程がある来訪者なのだから、この場において何より最優先されるのは王妃様のお言葉だ。

 だからアナスタシア王女がどれだけ暴れても、叫んでも、シルヴェール王妃殿下の言葉は絶対で。

「承知いたしました」

 恭しい反応を示した騎士と思しき男性――シルヴァンと呼ばれた方はもちろん、ほかの騎士や侍従がアナスタシア王女を押さえながら、そうでありながらも迅速に彼女の佇まいを正し、

「ちょっと! 聞いてるの?! あたしは戻るつもりは……っ、引っ張らないで!!」

 叫び暴れるアナスタシア王女は何人かにより連れて部屋があるであろう方向へと中庭から連れ出されたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

【完結】どうも。練習台の女です

オリハルコン陸
恋愛
ある貴族家の子息達の、夜伽相手として買われた女の子の日常。 R15ですがコメディーです。シチュエーション的にはR15ですが、エロエロしい描写はありません。 ちょっとズレてるマイペースな女の子が、それなりに自分の状況を楽しみます。 相手はちょっとおかしな変態達です。 ※恋0から、ようやく恋愛ものっぽくなります。 完結しました。 ありがとうございました!

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...