元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

文字の大きさ
上 下
71 / 87

第70話

しおりを挟む
 アナスタシア王女は、答えなかった。
 まっすぐに見据えるシルヴェール王妃を見詰め返すだけで、その口は何か言葉を発することなく開いては閉じるを繰り返している。

 セオドア様の姿絵は、本当に出回ってはいなかったんだろう。
 国民の中にはそのお姿を一目でも良いから見たいと思った人はいただろうし、本来であれば隠されるような事でもなかったんだろうけれど、体が弱かったというのならばその姿を絵画として写していただくにも大変だったんだろう。

 この世界にも写真はあるとは聞くけれど、誰でも手に取ることが出来るほど広まっているわけじゃないそうだから、その人の姿を記録として残すのには絵画が主流だ。
 少なくとも、この国――スィエル王国とその隣国であるフェルメニア王国では、写真は広く普及しているものでは決してないのだから。

「なんで……」

 と、ややあってからぽつりと呟いたのはアナスタシア王女だ。
 シルヴェール王妃殿下から視線を外すことはできないまま、彼女は信じられないと言った様子で――ううん、むしろ、信じたくないと言った様子で唇を動かし、その度に言葉が滑り落ちる。

「あたし、そんなこと知らない……」
「知らない? 知らずしてあなたはセオドアを語ったの?」
「違う! あたしが知ってるテオ様のお母様は、テオとそっくりで、だから!」
「だから、何かしら? それは、あなたの知るセオドアでしかないと思うのだけれど?」
「っ! でも! 王妃様がテオ様のお母様をお嫌いなのは事実でしょう!?」
「――いいえ」

 きっぱりと、シルヴェール王妃はアナスタシア王女の荒らげた声で紡がれた主張を否定する。
 そうしてそのまま王妃殿下は言葉を付け足した。

「セオドアと幼馴染みだった事は事実よ。でも私は昔からアルマン陛下をお慕いしていたというわけではないし、セオドアも愛妾として迎えられたわけではなかった。そうじゃなくとも、私がセオドアを嫌う理由もありはしないし、彼女の子であるテオドールを疎む理由もないわ」

 そこまでおっしゃって、王妃殿下は目を細める。
 優しい微笑を浮かべて、言葉を紡ぐ。

「私は子供たちを等しく愛しているわ。それはあなたもよく知っているはずね? ――リュシアン」

 その瞬間、アナスタシア王女が驚いたように目を丸くし、視線を外したシルヴェール王妃がじっと見る方向へと――背後へとはじかれるように振り向いた。
 そこに立っていたリュシアン王子は苦悶の表情を浮かべていた。

「リュシーさま……!? どうして、」
「…………」

 アナスタシア王女に呼び掛けられても、リュシアン王子は答えない。
 ただただじっとシルヴェール王妃を見詰め、そうして。

「……存じております、母上。……いえ、――王妃殿下」

 そう、絞り出すように答えたリュシアン王子に、隣に腰掛けたカノンがふぅん、と僅かに興味を示した。

「及第点、ってところか」

 どんな立場からそれを言ってるの、カノン。
 でも真横だからこそ私は聞き取れたけど、聞こえなかったであろうほかの人達が疑問を抱くことはない。

 ただただ、アナスタシア王女が正しいのだと盲目的に慕い続けていた彼がそれ以外の反応を示したことを、私も見守っていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

(完結)異世界再生!ポイントゲットで楽々でした

あかる
ファンタジー
事故で死んでしまったら、神様に滅びかけた世界の再生を頼まれました。精霊と、神様っぽくない神様と、頑張ります。 何年も前に書いた物の書き直し…というか、設定だけ使って書いているので、以前の物とは別物です。これでファンタジー大賞に応募しようかなと。 ほんのり恋愛風味(かなり後に)です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

処理中です...