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第70話
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アナスタシア王女は、答えなかった。
まっすぐに見据えるシルヴェール王妃を見詰め返すだけで、その口は何か言葉を発することなく開いては閉じるを繰り返している。
セオドア様の姿絵は、本当に出回ってはいなかったんだろう。
国民の中にはそのお姿を一目でも良いから見たいと思った人はいただろうし、本来であれば隠されるような事でもなかったんだろうけれど、体が弱かったというのならばその姿を絵画として写していただくにも大変だったんだろう。
この世界にも写真はあるとは聞くけれど、誰でも手に取ることが出来るほど広まっているわけじゃないそうだから、その人の姿を記録として残すのには絵画が主流だ。
少なくとも、この国――スィエル王国とその隣国であるフェルメニア王国では、写真は広く普及しているものでは決してないのだから。
「なんで……」
と、ややあってからぽつりと呟いたのはアナスタシア王女だ。
シルヴェール王妃殿下から視線を外すことはできないまま、彼女は信じられないと言った様子で――ううん、むしろ、信じたくないと言った様子で唇を動かし、その度に言葉が滑り落ちる。
「あたし、そんなこと知らない……」
「知らない? 知らずしてあなたはセオドアを語ったの?」
「違う! あたしが知ってるテオ様のお母様は、テオとそっくりで、だから!」
「だから、何かしら? それは、あなたの知るセオドアでしかないと思うのだけれど?」
「っ! でも! 王妃様がテオ様のお母様をお嫌いなのは事実でしょう!?」
「――いいえ」
きっぱりと、シルヴェール王妃はアナスタシア王女の荒らげた声で紡がれた主張を否定する。
そうしてそのまま王妃殿下は言葉を付け足した。
「セオドアと幼馴染みだった事は事実よ。でも私は昔からアルマン陛下をお慕いしていたというわけではないし、セオドアも愛妾として迎えられたわけではなかった。そうじゃなくとも、私がセオドアを嫌う理由もありはしないし、彼女の子であるテオドールを疎む理由もないわ」
そこまでおっしゃって、王妃殿下は目を細める。
優しい微笑を浮かべて、言葉を紡ぐ。
「私は子供たちを等しく愛しているわ。それはあなたもよく知っているはずね? ――リュシアン」
その瞬間、アナスタシア王女が驚いたように目を丸くし、視線を外したシルヴェール王妃がじっと見る方向へと――背後へとはじかれるように振り向いた。
そこに立っていたリュシアン王子は苦悶の表情を浮かべていた。
「リュシーさま……!? どうして、」
「…………」
アナスタシア王女に呼び掛けられても、リュシアン王子は答えない。
ただただじっとシルヴェール王妃を見詰め、そうして。
「……存じております、母上。……いえ、――王妃殿下」
そう、絞り出すように答えたリュシアン王子に、隣に腰掛けたカノンがふぅん、と僅かに興味を示した。
「及第点、ってところか」
どんな立場からそれを言ってるの、カノン。
でも真横だからこそ私は聞き取れたけど、聞こえなかったであろうほかの人達が疑問を抱くことはない。
ただただ、アナスタシア王女が正しいのだと盲目的に慕い続けていた彼がそれ以外の反応を示したことを、私も見守っていたのだった。
まっすぐに見据えるシルヴェール王妃を見詰め返すだけで、その口は何か言葉を発することなく開いては閉じるを繰り返している。
セオドア様の姿絵は、本当に出回ってはいなかったんだろう。
国民の中にはそのお姿を一目でも良いから見たいと思った人はいただろうし、本来であれば隠されるような事でもなかったんだろうけれど、体が弱かったというのならばその姿を絵画として写していただくにも大変だったんだろう。
この世界にも写真はあるとは聞くけれど、誰でも手に取ることが出来るほど広まっているわけじゃないそうだから、その人の姿を記録として残すのには絵画が主流だ。
少なくとも、この国――スィエル王国とその隣国であるフェルメニア王国では、写真は広く普及しているものでは決してないのだから。
「なんで……」
と、ややあってからぽつりと呟いたのはアナスタシア王女だ。
シルヴェール王妃殿下から視線を外すことはできないまま、彼女は信じられないと言った様子で――ううん、むしろ、信じたくないと言った様子で唇を動かし、その度に言葉が滑り落ちる。
「あたし、そんなこと知らない……」
「知らない? 知らずしてあなたはセオドアを語ったの?」
「違う! あたしが知ってるテオ様のお母様は、テオとそっくりで、だから!」
「だから、何かしら? それは、あなたの知るセオドアでしかないと思うのだけれど?」
「っ! でも! 王妃様がテオ様のお母様をお嫌いなのは事実でしょう!?」
「――いいえ」
きっぱりと、シルヴェール王妃はアナスタシア王女の荒らげた声で紡がれた主張を否定する。
そうしてそのまま王妃殿下は言葉を付け足した。
「セオドアと幼馴染みだった事は事実よ。でも私は昔からアルマン陛下をお慕いしていたというわけではないし、セオドアも愛妾として迎えられたわけではなかった。そうじゃなくとも、私がセオドアを嫌う理由もありはしないし、彼女の子であるテオドールを疎む理由もないわ」
そこまでおっしゃって、王妃殿下は目を細める。
優しい微笑を浮かべて、言葉を紡ぐ。
「私は子供たちを等しく愛しているわ。それはあなたもよく知っているはずね? ――リュシアン」
その瞬間、アナスタシア王女が驚いたように目を丸くし、視線を外したシルヴェール王妃がじっと見る方向へと――背後へとはじかれるように振り向いた。
そこに立っていたリュシアン王子は苦悶の表情を浮かべていた。
「リュシーさま……!? どうして、」
「…………」
アナスタシア王女に呼び掛けられても、リュシアン王子は答えない。
ただただじっとシルヴェール王妃を見詰め、そうして。
「……存じております、母上。……いえ、――王妃殿下」
そう、絞り出すように答えたリュシアン王子に、隣に腰掛けたカノンがふぅん、と僅かに興味を示した。
「及第点、ってところか」
どんな立場からそれを言ってるの、カノン。
でも真横だからこそ私は聞き取れたけど、聞こえなかったであろうほかの人達が疑問を抱くことはない。
ただただ、アナスタシア王女が正しいのだと盲目的に慕い続けていた彼がそれ以外の反応を示したことを、私も見守っていたのだった。
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