元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第67話

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 アナスタシア王女はすぐに声を発する事はなかった。
 ただただ呆然と私達を見て佇んでいるだけで、そうしている内に追い付いた、王妃殿下の存在もあって中庭の警備をしていただろう衛兵がアナスタシア王女の肩をそっと掴んだ。

「申し訳ありません! 王妃殿下、テオドール王子、それに皆様方も!」

 慌てたよう言いながらアナスタシア王女を促そうとしたその時、アナスタシア王女が一歩こちらへと踏み出した。

「なんで……?」

 ぽつりと呟く様に言って、更に踏み出す。
 その表情は信じられない物を見たかのような表情のまま。けれども今度は声を張り上げた。

「なんで……っ!?」

 もう一歩、踏み出そうとして今度は衛兵に引き止められる。

「アナスタシア王女……!」
「離しなさい! 離して! ……っ、離せって言ってるでしょ!!」

 振り払おうともがき叫ぶアナスタシア王女を、衛兵は必死に引き止める。隣国のとはいえ王家に連なる、しかも女性を止める衛兵さんの心労ときたらないだろう。
 ただ私に出来る事はないし、とずっと被ったままだった外套のフードを深くかぶり直した。

 視線を正すと険しい顔で姉さんを見るテオの隣でシルヴェール王妃殿下は優雅に紅茶に口をつけている。
 もしや、と思って隣のカノンを見ると、案の定カノンものんびりと紅茶を啜っていた。わかってはいたけど全く気にしないんだからなあ。

「アナスタシア王女、これ以上は困ります……! 王妃殿下や王子殿下に御用でしたら、そのように伺う必要が、」
「何でよ!? 私は王女なのよ!? フェルメニア王国の王女で、〈竜巫女〉よ!?」

 いや、隣国の王女が勝手に振舞っていいルールは逆立ちしたって存在しないわよ、姉さん。

「そも何が〈竜巫女〉だ」
「堂々たる偽称だよな」

 小さくぼそりと言ったのはもちろん私じゃない、テオとカノンだ。
 アナスタシア王女を視界に映すことさえしないカノンはともかく、半目で睨むテオを見ていると随分と嫌われたものだと思わざるを得ない。……いや、でもそんな態度も口に出すものよろしくはないと思うけどね。

 もっとも、アナスタシア王女の耳に二人の声は届いた様子もなく、彼女はひたすらに喚き続けていて。
 そうしてややあって、

「……わかりました。アナスタシア王女、私達に用件がおありだと仰るならば、この場で聞きましょう」

 シルヴェール王妃殿下ははっきりと答えながら、手にしていたカップをソーサーに乗せてテーブルにそっと置くと、極めて優雅な所作でようやくアナスタシア王女を双眸に捉えて微笑んだ。
 王妃様の言葉は思ってもみなかったもので、テオはもちろんカノンも少し意外そうに目を瞬かせていたけど、視線に気付いた王妃様はにっこりと笑ってから衛兵を見た。

「あなたは下がって大丈夫よ、ご苦労だったわね」
「勿体無いお言葉です!」

 アナスタシア王女から手を離すと、衛兵は佇まいを正して丁寧な礼を取ってから踵を返した。
 残ったのは驚きと動揺に染まった表情で真っ直ぐにシルヴェール王妃を見るアナスタシア王女。

「どういうつもり……?」
「あら、私達に御用があったのでしょう? ならばお聞きしたいと思っただけです」

 にこり、と微笑む王妃殿下にアナスタシア王女は怪訝そうな顔を向けるけど、どういうつもりなのかは私達も聞きたい事ではある。

 私はシルヴェール王妃殿下がどこまでの事をご存知なのかは知らない。
 ジェラルド殿下が多くのことを把握なさっていたのだし、アルマン陛下の皇后であるのだからお話できる限りをご存知の可能性は高いのだけれど。
 ただそれなら尚の事、おっしゃった通りのことだけが目的とは思えない。思えないんだけど……、とシルヴェール王妃へと向けていた視線をまたアナスタシア王女へと向けると、意外な光景がそこにはあった。

「以前からアナスタシア王女が私を探していた、というのも存じてましたし……丁度良い機会だと思うのですが」
「別に、探してなんて……ただおかしいと思っただけです」
「おかしい、とは?」
「何でもありません。話したいことがあったのは事実だし、それに……」

 じっと、睨むようにアナスタシア王女がこちらを見る。
 でもそんなことよりも驚いたのは、彼女の奥、衛兵とすれ違うようにしてやってきた人物だ。

「では、聞きましょう。さぞ大事な事なのでしょう?」

 優雅に、たおやかに微笑むシルヴェール王妃は、アナスタシア王女を見つめているようで違う。
 シルヴェール王妃は、姉さんではなく、やってきた人物――目を見開いて佇むリュシアン王子をまっすぐに見ていた。
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