68 / 87
第67話
しおりを挟む
アナスタシア王女はすぐに声を発する事はなかった。
ただただ呆然と私達を見て佇んでいるだけで、そうしている内に追い付いた、王妃殿下の存在もあって中庭の警備をしていただろう衛兵がアナスタシア王女の肩をそっと掴んだ。
「申し訳ありません! 王妃殿下、テオドール王子、それに皆様方も!」
慌てたよう言いながらアナスタシア王女を促そうとしたその時、アナスタシア王女が一歩こちらへと踏み出した。
「なんで……?」
ぽつりと呟く様に言って、更に踏み出す。
その表情は信じられない物を見たかのような表情のまま。けれども今度は声を張り上げた。
「なんで……っ!?」
もう一歩、踏み出そうとして今度は衛兵に引き止められる。
「アナスタシア王女……!」
「離しなさい! 離して! ……っ、離せって言ってるでしょ!!」
振り払おうともがき叫ぶアナスタシア王女を、衛兵は必死に引き止める。隣国のとはいえ王家に連なる、しかも女性を止める衛兵さんの心労ときたらないだろう。
ただ私に出来る事はないし、とずっと被ったままだった外套のフードを深くかぶり直した。
視線を正すと険しい顔で姉さんを見るテオの隣でシルヴェール王妃殿下は優雅に紅茶に口をつけている。
もしや、と思って隣のカノンを見ると、案の定カノンものんびりと紅茶を啜っていた。わかってはいたけど全く気にしないんだからなあ。
「アナスタシア王女、これ以上は困ります……! 王妃殿下や王子殿下に御用でしたら、そのように伺う必要が、」
「何でよ!? 私は王女なのよ!? フェルメニア王国の王女で、〈竜巫女〉よ!?」
いや、隣国の王女が勝手に振舞っていいルールは逆立ちしたって存在しないわよ、姉さん。
「そも何が〈竜巫女〉だ」
「堂々たる偽称だよな」
小さくぼそりと言ったのはもちろん私じゃない、テオとカノンだ。
アナスタシア王女を視界に映すことさえしないカノンはともかく、半目で睨むテオを見ていると随分と嫌われたものだと思わざるを得ない。……いや、でもそんな態度も口に出すものよろしくはないと思うけどね。
もっとも、アナスタシア王女の耳に二人の声は届いた様子もなく、彼女はひたすらに喚き続けていて。
そうしてややあって、
「……わかりました。アナスタシア王女、私達に用件がおありだと仰るならば、この場で聞きましょう」
シルヴェール王妃殿下ははっきりと答えながら、手にしていたカップをソーサーに乗せてテーブルにそっと置くと、極めて優雅な所作でようやくアナスタシア王女を双眸に捉えて微笑んだ。
王妃様の言葉は思ってもみなかったもので、テオはもちろんカノンも少し意外そうに目を瞬かせていたけど、視線に気付いた王妃様はにっこりと笑ってから衛兵を見た。
「あなたは下がって大丈夫よ、ご苦労だったわね」
「勿体無いお言葉です!」
アナスタシア王女から手を離すと、衛兵は佇まいを正して丁寧な礼を取ってから踵を返した。
残ったのは驚きと動揺に染まった表情で真っ直ぐにシルヴェール王妃を見るアナスタシア王女。
「どういうつもり……?」
「あら、私達に御用があったのでしょう? ならばお聞きしたいと思っただけです」
にこり、と微笑む王妃殿下にアナスタシア王女は怪訝そうな顔を向けるけど、どういうつもりなのかは私達も聞きたい事ではある。
私はシルヴェール王妃殿下がどこまでの事をご存知なのかは知らない。
ジェラルド殿下が多くのことを把握なさっていたのだし、アルマン陛下の皇后であるのだからお話できる限りをご存知の可能性は高いのだけれど。
ただそれなら尚の事、おっしゃった通りのことだけが目的とは思えない。思えないんだけど……、とシルヴェール王妃へと向けていた視線をまたアナスタシア王女へと向けると、意外な光景がそこにはあった。
「以前からアナスタシア王女が私を探していた、というのも存じてましたし……丁度良い機会だと思うのですが」
「別に、探してなんて……ただおかしいと思っただけです」
「おかしい、とは?」
「何でもありません。話したいことがあったのは事実だし、それに……」
じっと、睨むようにアナスタシア王女がこちらを見る。
でもそんなことよりも驚いたのは、彼女の奥、衛兵とすれ違うようにしてやってきた人物だ。
「では、聞きましょう。さぞ大事な事なのでしょう?」
優雅に、たおやかに微笑むシルヴェール王妃は、アナスタシア王女を見つめているようで違う。
シルヴェール王妃は、姉さんではなく、やってきた人物――目を見開いて佇むリュシアン王子をまっすぐに見ていた。
ただただ呆然と私達を見て佇んでいるだけで、そうしている内に追い付いた、王妃殿下の存在もあって中庭の警備をしていただろう衛兵がアナスタシア王女の肩をそっと掴んだ。
「申し訳ありません! 王妃殿下、テオドール王子、それに皆様方も!」
慌てたよう言いながらアナスタシア王女を促そうとしたその時、アナスタシア王女が一歩こちらへと踏み出した。
「なんで……?」
ぽつりと呟く様に言って、更に踏み出す。
その表情は信じられない物を見たかのような表情のまま。けれども今度は声を張り上げた。
「なんで……っ!?」
もう一歩、踏み出そうとして今度は衛兵に引き止められる。
「アナスタシア王女……!」
「離しなさい! 離して! ……っ、離せって言ってるでしょ!!」
振り払おうともがき叫ぶアナスタシア王女を、衛兵は必死に引き止める。隣国のとはいえ王家に連なる、しかも女性を止める衛兵さんの心労ときたらないだろう。
ただ私に出来る事はないし、とずっと被ったままだった外套のフードを深くかぶり直した。
視線を正すと険しい顔で姉さんを見るテオの隣でシルヴェール王妃殿下は優雅に紅茶に口をつけている。
もしや、と思って隣のカノンを見ると、案の定カノンものんびりと紅茶を啜っていた。わかってはいたけど全く気にしないんだからなあ。
「アナスタシア王女、これ以上は困ります……! 王妃殿下や王子殿下に御用でしたら、そのように伺う必要が、」
「何でよ!? 私は王女なのよ!? フェルメニア王国の王女で、〈竜巫女〉よ!?」
いや、隣国の王女が勝手に振舞っていいルールは逆立ちしたって存在しないわよ、姉さん。
「そも何が〈竜巫女〉だ」
「堂々たる偽称だよな」
小さくぼそりと言ったのはもちろん私じゃない、テオとカノンだ。
アナスタシア王女を視界に映すことさえしないカノンはともかく、半目で睨むテオを見ていると随分と嫌われたものだと思わざるを得ない。……いや、でもそんな態度も口に出すものよろしくはないと思うけどね。
もっとも、アナスタシア王女の耳に二人の声は届いた様子もなく、彼女はひたすらに喚き続けていて。
そうしてややあって、
「……わかりました。アナスタシア王女、私達に用件がおありだと仰るならば、この場で聞きましょう」
シルヴェール王妃殿下ははっきりと答えながら、手にしていたカップをソーサーに乗せてテーブルにそっと置くと、極めて優雅な所作でようやくアナスタシア王女を双眸に捉えて微笑んだ。
王妃様の言葉は思ってもみなかったもので、テオはもちろんカノンも少し意外そうに目を瞬かせていたけど、視線に気付いた王妃様はにっこりと笑ってから衛兵を見た。
「あなたは下がって大丈夫よ、ご苦労だったわね」
「勿体無いお言葉です!」
アナスタシア王女から手を離すと、衛兵は佇まいを正して丁寧な礼を取ってから踵を返した。
残ったのは驚きと動揺に染まった表情で真っ直ぐにシルヴェール王妃を見るアナスタシア王女。
「どういうつもり……?」
「あら、私達に御用があったのでしょう? ならばお聞きしたいと思っただけです」
にこり、と微笑む王妃殿下にアナスタシア王女は怪訝そうな顔を向けるけど、どういうつもりなのかは私達も聞きたい事ではある。
私はシルヴェール王妃殿下がどこまでの事をご存知なのかは知らない。
ジェラルド殿下が多くのことを把握なさっていたのだし、アルマン陛下の皇后であるのだからお話できる限りをご存知の可能性は高いのだけれど。
ただそれなら尚の事、おっしゃった通りのことだけが目的とは思えない。思えないんだけど……、とシルヴェール王妃へと向けていた視線をまたアナスタシア王女へと向けると、意外な光景がそこにはあった。
「以前からアナスタシア王女が私を探していた、というのも存じてましたし……丁度良い機会だと思うのですが」
「別に、探してなんて……ただおかしいと思っただけです」
「おかしい、とは?」
「何でもありません。話したいことがあったのは事実だし、それに……」
じっと、睨むようにアナスタシア王女がこちらを見る。
でもそんなことよりも驚いたのは、彼女の奥、衛兵とすれ違うようにしてやってきた人物だ。
「では、聞きましょう。さぞ大事な事なのでしょう?」
優雅に、たおやかに微笑むシルヴェール王妃は、アナスタシア王女を見つめているようで違う。
シルヴェール王妃は、姉さんではなく、やってきた人物――目を見開いて佇むリュシアン王子をまっすぐに見ていた。
0
お気に入りに追加
777
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

私って何者なの
根鳥 泰造
ファンタジー
記憶を無くし、魔物の森で倒れていたミラ。テレパシーで支援するセージと共に、冒険者となり、仲間を増やし、剣や魔法の修行をして、最強チームを作り上げる。
そして、国王に気に入られ、魔王討伐の任を受けるのだが、記憶が蘇って……。
とある異世界で語り継がれる美少女勇者ミラの物語。

(完結)異世界再生!ポイントゲットで楽々でした
あかる
ファンタジー
事故で死んでしまったら、神様に滅びかけた世界の再生を頼まれました。精霊と、神様っぽくない神様と、頑張ります。
何年も前に書いた物の書き直し…というか、設定だけ使って書いているので、以前の物とは別物です。これでファンタジー大賞に応募しようかなと。
ほんのり恋愛風味(かなり後に)です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる