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第55話
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別に自分が万人から好かれるような人間と思っているわけじゃない。というかそんな事、思えるはずがない。
それでも初対面の相手に敵意、とまではいかなくても決して好意的じゃない感情を向けられる理由はないはずだ。
でもクスィオンさんは明らかに私を嫌っている。
嫌っている、というのは間違ってるかもしれないけれど、それでも好ましいとは思っていない。
その理由に身に覚えはないけれど、仮説はいくつか立てられる。
ただその仮説も、クスィオンさんが〈黒鱗病〉という呪いをばら撒いた側であることが前提になる。
その確証が得られない以上は今の私に出来る事はない。
「(カノンとラスカ、それにリュミィに報告はしておくべきかな)」
内心でそう決めて、ひとつ深呼吸をする。
リフはすっかり怯えて隠れてしまったし、相変わらず恐怖の感覚はあるけれど、私がクスィオンさんを避ける理由は本来ありはしないのだ。
だから気取られないように、ってわけじゃないけど、それでも平静は装うべきだろう。
そうすることで好意的に接してもらえるとは思えないけど、私は見た目通りの精神年齢じゃないしね。怖がって不審がられる事がないように飲み込んで押し殺すくらい全く出来ないだなんてことはない。
こういう時は普段よりも強く、前世の記憶がまるまる残っていることでより長く生きたかのような感覚になっていて良かったと思うわね。……普段は別段、メリットなんて感じないんだけど。
私は淡く微笑を浮かべて丁寧に挨拶をしてくれたクスィオンさんに、よろしくお願いします、と頭を下げた。
名前を名乗る必要はないだろう。彼は私たちの世話とかを任せられているわけじゃないし、必要なら国王陛下から伝えられているだろうし。
「クスィオンは侍従という訳ではないが、この辺りの出入りはしているから今後も見掛けることはあると思う」
テオが告げる言葉に、クスィオンさんは深く一礼する。
その姿はやっぱり至って普通の執事にしか見えない。ラスカの評価は嘘じゃないし、この様子じゃ国王陛下や王妃様からの信頼も厚いのかな。……さすがに執事長やメイド長へほどの信頼はされていないと思いたいけど。
「それでクスィオン? 俺に何か用か?」
「宰相閣下より、テオドール殿下をお探しであるとの言伝をいただきました」
「宰相閣下が?」
テオに尋ねられたクスィオンさんが答えると、テオは少しだけ意外そうに目を見張り、
「……書類の不備などはなかったと思うんだが」
「詳しくは私も存じませんが、執務室の方にお越しいただきたいとのことです」
「そうか……」
と、テオが私をちらりと見た。
その双眸は私とリフを二人で行動させるわけには、という考えを静かに物語っていて、それだけでラスカがまだ戻れないであろうことが伺えた。
私はテオを見上げ、口を開く。
「テオドール殿下、私のことはお気になさらず。どうぞ宰相閣下の元にお向かいください」
「だが、貴方を一人にするわけには……」
「でしたら、コルラディーニ様かヴィデール様を私めにつけてくださいませんか?」
いわずもがな、クスィオンさんはつけて欲しくない、という意思表示だ。
私の様子がおかしいとすぐに察して心配そうにしていたテオだ、意図はすぐに汲んでくれるだろう。例え私がどうしてクスィオンさんを避けようとしているのか、ということがわからなくてもだ。
案の定、テオは僅かな逡巡の後に、
「……わかった。クスィオン、戻る前に訓練場の方に向かってくれ。おそらくその道中でティートに会えるはずだ。アイツを此処に向かわせて欲しい」
「かしこまりました」
頼むや否や恭しく頭を下げたクスィオンさんが足早に去っていくのを見送って、テオが私へと振り向き私を見下ろした。
「何を思ったかは聞かないが、頼むからティートが来るまで大人しくしていてくれよ?」
と、僅かに眉を下げて言うテオを、私は見上げて小さく微笑む。
「うん、それは約束する。ありがとう、テオ。無茶はしないようにね。それと……話せるようになったら、ちゃんと話すよ」
「そうしてくれ」
部屋に戻ったらラスカを待つんだぞ、と言いながら背を向けて歩き出し、手をひらひらと振るテオを私は静かに見送る。
本当に、何かが動き出す前に、確証を得てしっかりと話すことができたら良いんだけど……姉さんのことといい、クスィオンさんに対して抱く感覚といい、今日の事でそれまでに手に負えない事態が起きなきゃ良いんだけど……。
それでも初対面の相手に敵意、とまではいかなくても決して好意的じゃない感情を向けられる理由はないはずだ。
でもクスィオンさんは明らかに私を嫌っている。
嫌っている、というのは間違ってるかもしれないけれど、それでも好ましいとは思っていない。
その理由に身に覚えはないけれど、仮説はいくつか立てられる。
ただその仮説も、クスィオンさんが〈黒鱗病〉という呪いをばら撒いた側であることが前提になる。
その確証が得られない以上は今の私に出来る事はない。
「(カノンとラスカ、それにリュミィに報告はしておくべきかな)」
内心でそう決めて、ひとつ深呼吸をする。
リフはすっかり怯えて隠れてしまったし、相変わらず恐怖の感覚はあるけれど、私がクスィオンさんを避ける理由は本来ありはしないのだ。
だから気取られないように、ってわけじゃないけど、それでも平静は装うべきだろう。
そうすることで好意的に接してもらえるとは思えないけど、私は見た目通りの精神年齢じゃないしね。怖がって不審がられる事がないように飲み込んで押し殺すくらい全く出来ないだなんてことはない。
こういう時は普段よりも強く、前世の記憶がまるまる残っていることでより長く生きたかのような感覚になっていて良かったと思うわね。……普段は別段、メリットなんて感じないんだけど。
私は淡く微笑を浮かべて丁寧に挨拶をしてくれたクスィオンさんに、よろしくお願いします、と頭を下げた。
名前を名乗る必要はないだろう。彼は私たちの世話とかを任せられているわけじゃないし、必要なら国王陛下から伝えられているだろうし。
「クスィオンは侍従という訳ではないが、この辺りの出入りはしているから今後も見掛けることはあると思う」
テオが告げる言葉に、クスィオンさんは深く一礼する。
その姿はやっぱり至って普通の執事にしか見えない。ラスカの評価は嘘じゃないし、この様子じゃ国王陛下や王妃様からの信頼も厚いのかな。……さすがに執事長やメイド長へほどの信頼はされていないと思いたいけど。
「それでクスィオン? 俺に何か用か?」
「宰相閣下より、テオドール殿下をお探しであるとの言伝をいただきました」
「宰相閣下が?」
テオに尋ねられたクスィオンさんが答えると、テオは少しだけ意外そうに目を見張り、
「……書類の不備などはなかったと思うんだが」
「詳しくは私も存じませんが、執務室の方にお越しいただきたいとのことです」
「そうか……」
と、テオが私をちらりと見た。
その双眸は私とリフを二人で行動させるわけには、という考えを静かに物語っていて、それだけでラスカがまだ戻れないであろうことが伺えた。
私はテオを見上げ、口を開く。
「テオドール殿下、私のことはお気になさらず。どうぞ宰相閣下の元にお向かいください」
「だが、貴方を一人にするわけには……」
「でしたら、コルラディーニ様かヴィデール様を私めにつけてくださいませんか?」
いわずもがな、クスィオンさんはつけて欲しくない、という意思表示だ。
私の様子がおかしいとすぐに察して心配そうにしていたテオだ、意図はすぐに汲んでくれるだろう。例え私がどうしてクスィオンさんを避けようとしているのか、ということがわからなくてもだ。
案の定、テオは僅かな逡巡の後に、
「……わかった。クスィオン、戻る前に訓練場の方に向かってくれ。おそらくその道中でティートに会えるはずだ。アイツを此処に向かわせて欲しい」
「かしこまりました」
頼むや否や恭しく頭を下げたクスィオンさんが足早に去っていくのを見送って、テオが私へと振り向き私を見下ろした。
「何を思ったかは聞かないが、頼むからティートが来るまで大人しくしていてくれよ?」
と、僅かに眉を下げて言うテオを、私は見上げて小さく微笑む。
「うん、それは約束する。ありがとう、テオ。無茶はしないようにね。それと……話せるようになったら、ちゃんと話すよ」
「そうしてくれ」
部屋に戻ったらラスカを待つんだぞ、と言いながら背を向けて歩き出し、手をひらひらと振るテオを私は静かに見送る。
本当に、何かが動き出す前に、確証を得てしっかりと話すことができたら良いんだけど……姉さんのことといい、クスィオンさんに対して抱く感覚といい、今日の事でそれまでに手に負えない事態が起きなきゃ良いんだけど……。
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