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第49話
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夕食の時間には別段何もなく、明けて翌日。
昼前まで外出をすると言い出したカノンを見送り、ラスカにそれを伝え、カノンに頼まれた前日に借りた本の返却の為に今日も書庫に行きたいと伝えたのは今朝のこと。
二つ返事で受諾され、朝食を済ませるなり書庫に向かったのはそれほど前ではなく、ラスカが同僚と思しき女性に呼ばれて席を外したのはついさっき。
そして、いま。
「一昨日ぶりね」
リフと二人きりという状況で、私はアナスタシア王女に話し掛けられていた。
思わず言葉を失う私の目の前に立つアナスタシア王女は、常の王族として――というよりもお姫様のような振る舞いの欠片もなく、年頃の女の子といった風で佇んでいる。
前世でいうところの正しく女子高生って感じ、といえば伝わるだろうか。
とにかく礼儀作法も何もかもをかなぐり捨てたかのような雰囲気で、アナスタシア王女は僅かに怒気を含んだような表情で私を見据えていた。
予想だにしなかった事態に僅かに息を飲み、それからすぐに少しだけ息を吐き出して、
「これはアナスタシア王女殿下、ご機嫌麗しゅ、」
「そういう面倒なのはどうでも良いから」
深々と頭を下げて告げようとした挨拶が、面倒そうに一蹴される。そしてアナスタシア王女はそのまま言葉を続けた。
「アンタ、今も仔竜を連れてんでしょ? それ、あたしに渡してくれない?」
「…………」
その言葉を聞いて、ああ、やっぱりか、と落胆にも似た感情と疲労感がドッと襲いかかり、心がずしりと重くなったような感覚を覚える。
どうしてアナスタシア王女が書庫にやってきたかわからなかったけど、どうやらわざわざそれを言う為に私の居場所を探していたらしい。
〈竜巫女〉を騙る彼女に問われれば多くの使用人達は答えないわけにはいかないのだし、探すのは容易だったのだろう。
それに加えて今日はいまカノンがいないから、アナスタシア王女にとって都合が良かったのだろうと思う。彼女にとってはラスカならいようがいまいが変わらないのだろうし。
何よりも、姉さんにとって取り繕う必要のない状況の方が都合が良いのだ。……私を連れ出して崖から突き落とした時のように。
私は顔を伏せたまま息を吐き、キッと眉を釣り上げる。
「その件についてはお断りすると言ったはずですが」
「アンタに拒否権なんてないのよ、いいから出して。あたしに渡しなさい。それはいつまでもアンタが連れ歩いてて良いもんじゃないんだから」
「失礼ながら、この子をモノのように扱うのはお止めください」
伏せていた顔を上げ、深く被ったフードの奥から真っ直ぐにアナスタシア王女を見据える。
確かにリフは此処にいる。外套の下に隠れるようにしておとなしくしていてくれているし、今も唸ることえさえなくお行儀良くしている。
でもそもそもとしてリフはモノなんかじゃない、生きた存在であり私たちの家族だ。
それなのにどうしてそんな風に言われて託すことができると思うのか。
そんな私の考えなんて知らないアナスタシア王女は表情を歪め、その声に至極面倒そうで不愉快そうな色を乗せた。
「は? 名前も顔もないような脇役の分際で偉そうに命令してんじゃないわよ」
……脇役、脇役ね。
やっぱりアナスタシア王女は、今の姉さんは私と似たような存在なのかもしれない。
言い切れないのは自分を自分にとっての喜劇の主役だと思っている可能性があるからだけど、いずれにしても私の知る、アクアリアにとっての尊敬出来て大好きだったアナスタシア姉さまは誰かしらに塗り潰されているように思う。
少なくとも私の知る姉さんが今の状態になるには理由は絶対にあって、その理由と原因は周囲に未来予知と思わせている、可能性の高い未来を知る事実と繋がるのだろうから。
でもそれなら、この状況は丁度良い。
「(こうして姉さんと面と向かっている状況を喜ばしいとは思わないし、逃げたくもあるけど……それでもこの場に居合わせているのが私たちだけなら、今しか出来ない揺さぶりをし続ける事が出来る)」
どうせ接触の必要はあったのだし、私にしか難しい方法で情報を引き出せるだけ引き出してやろうじゃない。
だって逆立ちしたってリフは渡す必要がないし、姉さんが〈竜巫女〉である筈がないのだから。
昼前まで外出をすると言い出したカノンを見送り、ラスカにそれを伝え、カノンに頼まれた前日に借りた本の返却の為に今日も書庫に行きたいと伝えたのは今朝のこと。
二つ返事で受諾され、朝食を済ませるなり書庫に向かったのはそれほど前ではなく、ラスカが同僚と思しき女性に呼ばれて席を外したのはついさっき。
そして、いま。
「一昨日ぶりね」
リフと二人きりという状況で、私はアナスタシア王女に話し掛けられていた。
思わず言葉を失う私の目の前に立つアナスタシア王女は、常の王族として――というよりもお姫様のような振る舞いの欠片もなく、年頃の女の子といった風で佇んでいる。
前世でいうところの正しく女子高生って感じ、といえば伝わるだろうか。
とにかく礼儀作法も何もかもをかなぐり捨てたかのような雰囲気で、アナスタシア王女は僅かに怒気を含んだような表情で私を見据えていた。
予想だにしなかった事態に僅かに息を飲み、それからすぐに少しだけ息を吐き出して、
「これはアナスタシア王女殿下、ご機嫌麗しゅ、」
「そういう面倒なのはどうでも良いから」
深々と頭を下げて告げようとした挨拶が、面倒そうに一蹴される。そしてアナスタシア王女はそのまま言葉を続けた。
「アンタ、今も仔竜を連れてんでしょ? それ、あたしに渡してくれない?」
「…………」
その言葉を聞いて、ああ、やっぱりか、と落胆にも似た感情と疲労感がドッと襲いかかり、心がずしりと重くなったような感覚を覚える。
どうしてアナスタシア王女が書庫にやってきたかわからなかったけど、どうやらわざわざそれを言う為に私の居場所を探していたらしい。
〈竜巫女〉を騙る彼女に問われれば多くの使用人達は答えないわけにはいかないのだし、探すのは容易だったのだろう。
それに加えて今日はいまカノンがいないから、アナスタシア王女にとって都合が良かったのだろうと思う。彼女にとってはラスカならいようがいまいが変わらないのだろうし。
何よりも、姉さんにとって取り繕う必要のない状況の方が都合が良いのだ。……私を連れ出して崖から突き落とした時のように。
私は顔を伏せたまま息を吐き、キッと眉を釣り上げる。
「その件についてはお断りすると言ったはずですが」
「アンタに拒否権なんてないのよ、いいから出して。あたしに渡しなさい。それはいつまでもアンタが連れ歩いてて良いもんじゃないんだから」
「失礼ながら、この子をモノのように扱うのはお止めください」
伏せていた顔を上げ、深く被ったフードの奥から真っ直ぐにアナスタシア王女を見据える。
確かにリフは此処にいる。外套の下に隠れるようにしておとなしくしていてくれているし、今も唸ることえさえなくお行儀良くしている。
でもそもそもとしてリフはモノなんかじゃない、生きた存在であり私たちの家族だ。
それなのにどうしてそんな風に言われて託すことができると思うのか。
そんな私の考えなんて知らないアナスタシア王女は表情を歪め、その声に至極面倒そうで不愉快そうな色を乗せた。
「は? 名前も顔もないような脇役の分際で偉そうに命令してんじゃないわよ」
……脇役、脇役ね。
やっぱりアナスタシア王女は、今の姉さんは私と似たような存在なのかもしれない。
言い切れないのは自分を自分にとっての喜劇の主役だと思っている可能性があるからだけど、いずれにしても私の知る、アクアリアにとっての尊敬出来て大好きだったアナスタシア姉さまは誰かしらに塗り潰されているように思う。
少なくとも私の知る姉さんが今の状態になるには理由は絶対にあって、その理由と原因は周囲に未来予知と思わせている、可能性の高い未来を知る事実と繋がるのだろうから。
でもそれなら、この状況は丁度良い。
「(こうして姉さんと面と向かっている状況を喜ばしいとは思わないし、逃げたくもあるけど……それでもこの場に居合わせているのが私たちだけなら、今しか出来ない揺さぶりをし続ける事が出来る)」
どうせ接触の必要はあったのだし、私にしか難しい方法で情報を引き出せるだけ引き出してやろうじゃない。
だって逆立ちしたってリフは渡す必要がないし、姉さんが〈竜巫女〉である筈がないのだから。
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