元王女で転生者な竜の愛娘

第45話

「げ、とは何かな？　げ、とは」
「あ、やべ」

　と、それはそれは綺麗な笑みを浮かべて聞き返す男の人に、テオの表情が失敗した、と言わんばかりに歪む。

　……テオかこの方を見てジェド、って呼んだってことは、もしかしなくてもこの方がジェラルド王子殿下ってことだよね。
　ぱちくりと何度も瞬きを繰り返していると、

「――まあ、今はそんなに悠長にしていられるような時間はないから、許してあげる」

　そう言ってジェラルド王子は付き従えていた侍従を帰すと、開け放たれた扉が閉じられてから私とリフ、それからカノンを順に見て口を開いた。

「君たちが話に聞いていた客人たちだね。はじめまして、僕はジェラルド・リュンヌ・スィエル」

　言いながら紳士の礼を軽やかに取ってジェラルド王子は優しく微笑む。

　テオの兄であるジェラルド王子だけど、その容姿はアルマン陛下やリュシアン王子、それにリディアーヌ王女と同様に白金プラチナブロンドの髪に青い眼をしているだけではなく、テオとは顔立ちがあまり似ていないように感じた。
　噂で聞いていた通りではあるけれど、ただひとつ浮かべる笑顔だけはどこかテオと似ている気がして、確かな血縁を感じる。

　ジェラルド王子は目を瞬かせる私と、口を閉ざしたカノンを見ながら言葉を続ける。

「このように突然押しかけるようにしてしまってすまないね。でも、どうしても君たちとは話をしておきたいと思っていたんだ」
「話を、って……それをこんなに急ぐ必要があったのか？」

　僅かに眉を下げたジェラルド王子に、不思議そうに問い掛けたのはテオだ。
　ジェラルド王子は一度テオを見ると、

「急ぐ必要しかないよ。それは僕の体調や、僕やリディの状態の事ではないけれど……彼らが此処にいることも、僕らに余地が残されていることも、彼・の・方・の慈悲なのだからね」
「…………」

　なんてことのない様子で紡がれた言葉の真意に気付いたのは、きっと私とカノンだけだ。事実テオは不思議そうな表情のままにジェラルド殿下を見ている。
　でもその気付きが正しいと言わんばかりにジェラルド殿下は私とカノンを見てすまなそうに微笑んでいて。

「……どうやら第一王子殿下はこちらの事情に通じているらしい」

　感心したようなカノンに、ジェラルド王子はそっと目を伏せる。

「通じている、という程でもないし確証はなかったよ。でもそれが正しかったのだといま確信出来た」
「なるほど。だとしても優れているのも信頼されているのも確かなようですね」
「どうだろう？　体良ていよく縛り付けられただけのようにも思うけれど……まあでも、本当に白狼殿の考えもまたあってのことなら、それ以上に嬉しいことはないね」

　くすくすと笑みを零すジェラルド殿下に、カノンもまた目を細めるようにして微笑む。

「俺のことはカノンで良いですよ、ジェラルド殿下」
「じゃあお言葉に甘えて、カノン。僕のことも気楽に呼び接して欲しい」
「……なら、ジェラルドと呼ばせてもらっても？」
「ああ、構わない」

　きっと、カノンとジェラルド王子殿下が交わす言葉の意味も、彼ら以外には私くらいしかわからないんだろう。
　正確にはラスカもわかっているだろうけれど、この場ではわからないふりを突き通すつもりだろうし。

　ただ私たちが明言しない限り、ジェラルド王子も全てを話すことはないんだろう。

「ジェド。何の話をしてるんだ？」

　怪訝そうな表情のテオに、ジェラルド殿下は首を傾げる。

「何の話、って何が？」
「訳知り顔で話してるから。まさか二人のことを知っているわけじゃないだろ？」
「まさか、知っているわけがないだろう？　カノンたちとは正しく初対面だよ。ね？」

　と、ジェラルド殿下は私を見て同意を求めたけれど、それは反応に大変困ります！　殿下！
　それでも頷いて曖昧に笑って見せると、ジェラルド殿下は満足げににっこりと笑ってくれて。

　なんというか、アルマン陛下に対して手紙を届けるようにとレイン兄がテオに頼んだのだから有り得て然りなんだろうけど、ジェラルド王子もこの場に来て確信を得られるほどには事情の大半を把握しているとは思わなかったよね。
　流石に私がアクアリアである、ってことは知らないと思うんだけど。

　でも、時間がないってジェラルド殿下の言葉は真実だ。
　だって私たちが此処で過ごしている間にも、レイン兄たちは動き続けている。
　それは間も無く訪れる来るべき時に向けてのもので、レイン兄たちの目的が果たされ、求められている情報さえ届けられればすぐにでもその時は訪れるのだから。