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第43話
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片付けを済ませたラスカが戻ってきたのはしばらくしてからのこと。
ノック音と掛けられた声に応えたのを合図に扉を開いたラスカは、リフを抱っこする私とカノン、それに僅かに重苦しかったであろう空気に全てを察したように眉を下げて微笑んだ。
「言っていた心当たりが、確信に至っちゃった?」
「まあ、そんなところだな。ただ、それは俺達の都合であってアルマン国王が求める答えではない」
「そっか。じゃあ、私たちの力が必要な時には必ず言って。にぃたちの抱えている問題なら、本来私たちにも無関係じゃないはずだもの」
肩を竦めて息を吐くカノンに、ラスカは微笑を絶やさずに言う。
その光景をぼんやりと眺めながら、私は心に引っかかるアルノーさんの言葉を何度も頭の中で反芻する。
そんなことをしたところで意味はないし、答えが出るわけじゃないけど。それでも〈黒鱗病〉に纏わる事柄とは無関係だと思うのに、完全な白ではないんじゃないかって考えが消えないのだ。
「……リリィ?」
と、ラスカが私を呼ぶ。
顔を上げると、ラスカは私を心配そうに見ていた。
「大丈夫? リフちゃんも心配しているわよ?」
「え?」
指摘されて視線を腕の中に落とすと、じっと私を見上げていたリフが途端に私の顔へと軽く頭突きをし始めた。
キュー、キュー、と鳴きながら頭突きを繰り返すリフに、私は大丈夫だよ、と笑みを作って言いながらその背を撫でる。
「……何か悩み事? 私で良ければ話を聞くけれど」
気遣わしげな表情と声のラスカが真っ直ぐに私を見る。
その様子をを見て抱いたのはほんの少しの申し訳なさと嬉しさで。
「ううん。大したことじゃないから平気。心配させてごめんね、ラスカ」
未だにのしかかるような疑問は消えないけれど、不確かで今は些細でしかない事柄を話すわけにはいかない。
にこりと笑って答えると、ラスカは少しの間、私を見ていたけれどそのうちにふ、と困ったように微笑んで口を開いた。
「謝らなくて良いの、これは私の性分だもの。だからね、どんなに些細な事でも、一人で抱えきれなくなる前に言って? それが何の関係もない事だったとしても、リリィが一人で思い悩む必要なんてないんだから」
ラスカはやっぱり見透かしたようにそんなことを言う。
まるで私の悩みなんてお見通しだ、とでも言わんばかりだけど、実際には違うんだろう。
むしろ何かを悩んでいるとしかわからないからこそこう言っているのだ。
だから、彼女の言葉はきっと素直に受け取るべきなのだ。
前世でも出会ったことないような、リュミィやレティさんたちと同じくらい優しい人なのがわかるし、何よりもノエルくんの言葉もあったから。
今はまだ話せたものではないけれど、自分の中で噛み砕く事ができたならちゃんと話したいと思うのだ。
「……ラスカ」
「うん? なぁに?」
「ありがとう」
首を傾げたラスカはきょとん、とした表情からすぐに綺麗な笑顔へと表情を変える。
その近くでカノンもまた、どこか満足そうに柔和な表情を浮かべていた。
それからラスカはすぐに着いてきてほしい、と私たちをまた部屋の外に連れ出した。
連れ出した、とは言っても目的の場所はさほど離れてもいない閉ざされた扉の前で、ラスカは私たちの部屋の前に押してきていたらしい、蓋をされた皿が何枚か乗った配膳台から手を離すと扉をノックし、
「殿下、軽食をお持ちしました」
そう告げるやいなや遠慮の欠片もなく扉を開け放つ。
「おい、こら。普通は部屋の中からの返事を待ってから開くもんだろ」
直後、聞こえてきた不満げな声には聞き覚えがあった。
ついでにその言葉は決して間違ってないようにも感じた。
「どなたかがいらしていたり機密に纏わる書類の処理をなさっているのならいざ知らず、どなたかが訪れるご予定もこれよりはなく、極めて重要性の低い書類の処理をなさっていると聞きましたが?」
「なんでそういうことまで知ってんだよ、お前は!」
「ラスカに常識なんて通じませんよ、殿下。何せ、普段はジェラルド様の専属してるんですから」
ころころと鈴を転がしたような楽しげなラスカに張り上げられた声と、呆れたような声。
それらに確信をもってリフが室内に飛び込み、
「キューイ!」
「え? リフ? って、ちょ、まっ! ぶふっ!」
「テオドール殿下!?」
「おお、顔面に衝突する勢いで引っ付きましたね」
騒がしいやり取りに吹き出すように笑うカノンを横目に、くすくすと笑みを零すラスカの影から顔を覗かせると、気付いたティートさんが柔らかく微笑みひらひらと手を振ってくれて、
「いらっしゃい、リリィ嬢。それにカノンさんも」
大変穏やかな声音で迎え入れてくれたすぐそばでは、どうしたものかとおろおろとするアルノーさんに心配される、リフに顔面に引っ付かれたテオの姿があった。
なんというかラスカはもちろんだけど、ティートさんも結構自由な感じだよね……?
ノック音と掛けられた声に応えたのを合図に扉を開いたラスカは、リフを抱っこする私とカノン、それに僅かに重苦しかったであろう空気に全てを察したように眉を下げて微笑んだ。
「言っていた心当たりが、確信に至っちゃった?」
「まあ、そんなところだな。ただ、それは俺達の都合であってアルマン国王が求める答えではない」
「そっか。じゃあ、私たちの力が必要な時には必ず言って。にぃたちの抱えている問題なら、本来私たちにも無関係じゃないはずだもの」
肩を竦めて息を吐くカノンに、ラスカは微笑を絶やさずに言う。
その光景をぼんやりと眺めながら、私は心に引っかかるアルノーさんの言葉を何度も頭の中で反芻する。
そんなことをしたところで意味はないし、答えが出るわけじゃないけど。それでも〈黒鱗病〉に纏わる事柄とは無関係だと思うのに、完全な白ではないんじゃないかって考えが消えないのだ。
「……リリィ?」
と、ラスカが私を呼ぶ。
顔を上げると、ラスカは私を心配そうに見ていた。
「大丈夫? リフちゃんも心配しているわよ?」
「え?」
指摘されて視線を腕の中に落とすと、じっと私を見上げていたリフが途端に私の顔へと軽く頭突きをし始めた。
キュー、キュー、と鳴きながら頭突きを繰り返すリフに、私は大丈夫だよ、と笑みを作って言いながらその背を撫でる。
「……何か悩み事? 私で良ければ話を聞くけれど」
気遣わしげな表情と声のラスカが真っ直ぐに私を見る。
その様子をを見て抱いたのはほんの少しの申し訳なさと嬉しさで。
「ううん。大したことじゃないから平気。心配させてごめんね、ラスカ」
未だにのしかかるような疑問は消えないけれど、不確かで今は些細でしかない事柄を話すわけにはいかない。
にこりと笑って答えると、ラスカは少しの間、私を見ていたけれどそのうちにふ、と困ったように微笑んで口を開いた。
「謝らなくて良いの、これは私の性分だもの。だからね、どんなに些細な事でも、一人で抱えきれなくなる前に言って? それが何の関係もない事だったとしても、リリィが一人で思い悩む必要なんてないんだから」
ラスカはやっぱり見透かしたようにそんなことを言う。
まるで私の悩みなんてお見通しだ、とでも言わんばかりだけど、実際には違うんだろう。
むしろ何かを悩んでいるとしかわからないからこそこう言っているのだ。
だから、彼女の言葉はきっと素直に受け取るべきなのだ。
前世でも出会ったことないような、リュミィやレティさんたちと同じくらい優しい人なのがわかるし、何よりもノエルくんの言葉もあったから。
今はまだ話せたものではないけれど、自分の中で噛み砕く事ができたならちゃんと話したいと思うのだ。
「……ラスカ」
「うん? なぁに?」
「ありがとう」
首を傾げたラスカはきょとん、とした表情からすぐに綺麗な笑顔へと表情を変える。
その近くでカノンもまた、どこか満足そうに柔和な表情を浮かべていた。
それからラスカはすぐに着いてきてほしい、と私たちをまた部屋の外に連れ出した。
連れ出した、とは言っても目的の場所はさほど離れてもいない閉ざされた扉の前で、ラスカは私たちの部屋の前に押してきていたらしい、蓋をされた皿が何枚か乗った配膳台から手を離すと扉をノックし、
「殿下、軽食をお持ちしました」
そう告げるやいなや遠慮の欠片もなく扉を開け放つ。
「おい、こら。普通は部屋の中からの返事を待ってから開くもんだろ」
直後、聞こえてきた不満げな声には聞き覚えがあった。
ついでにその言葉は決して間違ってないようにも感じた。
「どなたかがいらしていたり機密に纏わる書類の処理をなさっているのならいざ知らず、どなたかが訪れるご予定もこれよりはなく、極めて重要性の低い書類の処理をなさっていると聞きましたが?」
「なんでそういうことまで知ってんだよ、お前は!」
「ラスカに常識なんて通じませんよ、殿下。何せ、普段はジェラルド様の専属してるんですから」
ころころと鈴を転がしたような楽しげなラスカに張り上げられた声と、呆れたような声。
それらに確信をもってリフが室内に飛び込み、
「キューイ!」
「え? リフ? って、ちょ、まっ! ぶふっ!」
「テオドール殿下!?」
「おお、顔面に衝突する勢いで引っ付きましたね」
騒がしいやり取りに吹き出すように笑うカノンを横目に、くすくすと笑みを零すラスカの影から顔を覗かせると、気付いたティートさんが柔らかく微笑みひらひらと手を振ってくれて、
「いらっしゃい、リリィ嬢。それにカノンさんも」
大変穏やかな声音で迎え入れてくれたすぐそばでは、どうしたものかとおろおろとするアルノーさんに心配される、リフに顔面に引っ付かれたテオの姿があった。
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