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第41話
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「いやあ、俺にはともかくリリィには正体がバレてないと思っているノエルを見るのは楽しいな!」
ノエルくんによって丁寧に開かれた扉を潜り、そっと閉じられてからややあってから、カノンは込み上げる笑みのままにひとしきり笑った後に至極楽しそうに言った。
「人が悪いよ、カノン?」
「話さないって決めたのはラスカだぞ?」
「それはそうなんだけど……」
なんというかこう、ほんとに兄妹なんだなって困った一面からしみじみ感じてしまうのが少し私は悲しいんだよなあ。
眉を下げて訴えるように見ていると、気付いたカノンはふふ、と小さく笑って、
「だが有意義な情報は得られたよ」
「それって、〈黒鱗病〉の症状が確認された時とか、接触した人たちについてとか?」
「いいや。それも確かに良い情報であるが、それよりもティート・コルラディーニが確実に白であり信頼ができる、という情報の方が大きい」
カノンの言葉に、私は思わず首を傾げる。
「ティートさん? あれ、でもカノンもティートさんの事は気に入っているみたいだし、ラスカも信頼してる風じゃなかった?」
「確かにティートの事は好きだよ。ラスカも好意的に思っているのは確かだ。でもそれは、幻獣としての性質によるもの――ティート・コルラディーニという人間への好意そのものだ。アイツが善か悪かなんて関係がないんだよ」
部屋に入ると同時に部屋中を自由に飛び回っていたリフが、構え構えと擦り寄るのを片手であやしてやりながら、カノンは眉を下げて微笑んだ。
幻獣の性質は時にとても厄介だとはレティさんが言っていたことだけど、それは好意の種類が一つといっても間違いではないカノンにも言えることらしい。
ただ、少しだけ疑問がある。
「けどそれは精霊種だって変わりないんじゃなかった?」
幻獣も精霊も、こうした性質に大差はなかったはずだ。
けれどもカノンはノエルくんは違うと言っているかのような口ぶりをしているものだから不思議に思って聞き返すと、カノンはふ、と目を優しく細めた。
「うーん……まあ、そうなんだけどな。ただ、ノエルは……レナもそうしたところはあるが、少し事情があって種としての性質に左右されないというか……だからアイツがわざわざラスカと名前を並べてああ言うって事は、間違いなく白なんだよ」
「……ふぅん?」
レナが何の精霊なのか、っていうこともわからないけれど、それ以外にもレナと、それにノエルくんには何か簡単には語れないような事情があるらしい。
濁されている以上は、私も聞く気はないけれど。
理由はどうあれノエルくんの判断が極めて理性的で信頼できるというのなら、今はそれだけでいいはずだろう。
それに、カノンには聞きたいことがまだあるのだ。
「ところで、リディアーヌ王女の腕――〈黒鱗病〉の症状が現れてた部分を見て反応したリフのことなんだけど、なんて言っていたのかって私も聞いていい?」
何もなくてあんな反応をリフが示す訳が無いし、何てことのない理由でカノンとラスカが険しい表情を浮かべるとは思えないあの瞬間のことを聞くと、カノンにじゃれついていたリフはぱっと私を見てすぐに飛んできた。
思いがけない反応に腕を広げて抱えてやると、リフはそのままわたしにしがみついてぐりぐりと頭をこすりつけてくる。
え、ええっと……?
困惑しきりで助けを求めるようにカノンを見ると、リフを黙って見守っていた双眸を緩やかに私へと向けて、
「……あまり、気持ちが良い話じゃないぞ?」
「え?」
「それでも聞くか?」
「…………」
確かめるようにカノンに問われて逡巡すること僅か。
それでも聞くべきなんじゃないか、と思ってこくりと頷くと、カノンは両目を伏せてから息を吐き、形の良い唇を動かした。
「いま〈黒鱗病〉と呼ばれている呪いは、竜を媒体とした呪術だ、ってことはリリィも知ってるな?」
「うん。それは知ってる。レイン兄から聞いたよ」
「そうか……それなら話は早いな。媒体となっている竜は、死骸じゃない――生きた竜だ」
「……は?」
耳を疑ってしまった。
だってレイン兄から話を聞いた時、その媒体となっている竜は当然死んでいると思っていたから。
仮に生きていたとしても、生きているとは言い難い状態の竜を利用しているんだろうって。……それでも胸糞悪い事には変わりないし、許せることじゃないけど。
でも、実際には媒体となっている竜は生きているとカノンは言う。生きた竜とはっきり言うってことは、文字通り生きているんだろう。
「より正しく言うなら、死してなお強大な力を宿した竜の屍と生きた竜を用いたもの……それを、リフはすぐに気付いてい鳴いてたんだ」
カノンの静かな声音で紡がれる事実は、私の心にずしりと重くのしかかっていた。
ノエルくんによって丁寧に開かれた扉を潜り、そっと閉じられてからややあってから、カノンは込み上げる笑みのままにひとしきり笑った後に至極楽しそうに言った。
「人が悪いよ、カノン?」
「話さないって決めたのはラスカだぞ?」
「それはそうなんだけど……」
なんというかこう、ほんとに兄妹なんだなって困った一面からしみじみ感じてしまうのが少し私は悲しいんだよなあ。
眉を下げて訴えるように見ていると、気付いたカノンはふふ、と小さく笑って、
「だが有意義な情報は得られたよ」
「それって、〈黒鱗病〉の症状が確認された時とか、接触した人たちについてとか?」
「いいや。それも確かに良い情報であるが、それよりもティート・コルラディーニが確実に白であり信頼ができる、という情報の方が大きい」
カノンの言葉に、私は思わず首を傾げる。
「ティートさん? あれ、でもカノンもティートさんの事は気に入っているみたいだし、ラスカも信頼してる風じゃなかった?」
「確かにティートの事は好きだよ。ラスカも好意的に思っているのは確かだ。でもそれは、幻獣としての性質によるもの――ティート・コルラディーニという人間への好意そのものだ。アイツが善か悪かなんて関係がないんだよ」
部屋に入ると同時に部屋中を自由に飛び回っていたリフが、構え構えと擦り寄るのを片手であやしてやりながら、カノンは眉を下げて微笑んだ。
幻獣の性質は時にとても厄介だとはレティさんが言っていたことだけど、それは好意の種類が一つといっても間違いではないカノンにも言えることらしい。
ただ、少しだけ疑問がある。
「けどそれは精霊種だって変わりないんじゃなかった?」
幻獣も精霊も、こうした性質に大差はなかったはずだ。
けれどもカノンはノエルくんは違うと言っているかのような口ぶりをしているものだから不思議に思って聞き返すと、カノンはふ、と目を優しく細めた。
「うーん……まあ、そうなんだけどな。ただ、ノエルは……レナもそうしたところはあるが、少し事情があって種としての性質に左右されないというか……だからアイツがわざわざラスカと名前を並べてああ言うって事は、間違いなく白なんだよ」
「……ふぅん?」
レナが何の精霊なのか、っていうこともわからないけれど、それ以外にもレナと、それにノエルくんには何か簡単には語れないような事情があるらしい。
濁されている以上は、私も聞く気はないけれど。
理由はどうあれノエルくんの判断が極めて理性的で信頼できるというのなら、今はそれだけでいいはずだろう。
それに、カノンには聞きたいことがまだあるのだ。
「ところで、リディアーヌ王女の腕――〈黒鱗病〉の症状が現れてた部分を見て反応したリフのことなんだけど、なんて言っていたのかって私も聞いていい?」
何もなくてあんな反応をリフが示す訳が無いし、何てことのない理由でカノンとラスカが険しい表情を浮かべるとは思えないあの瞬間のことを聞くと、カノンにじゃれついていたリフはぱっと私を見てすぐに飛んできた。
思いがけない反応に腕を広げて抱えてやると、リフはそのままわたしにしがみついてぐりぐりと頭をこすりつけてくる。
え、ええっと……?
困惑しきりで助けを求めるようにカノンを見ると、リフを黙って見守っていた双眸を緩やかに私へと向けて、
「……あまり、気持ちが良い話じゃないぞ?」
「え?」
「それでも聞くか?」
「…………」
確かめるようにカノンに問われて逡巡すること僅か。
それでも聞くべきなんじゃないか、と思ってこくりと頷くと、カノンは両目を伏せてから息を吐き、形の良い唇を動かした。
「いま〈黒鱗病〉と呼ばれている呪いは、竜を媒体とした呪術だ、ってことはリリィも知ってるな?」
「うん。それは知ってる。レイン兄から聞いたよ」
「そうか……それなら話は早いな。媒体となっている竜は、死骸じゃない――生きた竜だ」
「……は?」
耳を疑ってしまった。
だってレイン兄から話を聞いた時、その媒体となっている竜は当然死んでいると思っていたから。
仮に生きていたとしても、生きているとは言い難い状態の竜を利用しているんだろうって。……それでも胸糞悪い事には変わりないし、許せることじゃないけど。
でも、実際には媒体となっている竜は生きているとカノンは言う。生きた竜とはっきり言うってことは、文字通り生きているんだろう。
「より正しく言うなら、死してなお強大な力を宿した竜の屍と生きた竜を用いたもの……それを、リフはすぐに気付いてい鳴いてたんだ」
カノンの静かな声音で紡がれる事実は、私の心にずしりと重くのしかかっていた。
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