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第38話
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スィエル王国の第一王子ジェラルド・リュンヌ・スィエル。
私が噂で聞く限りのジェラルド王子は、とても聡明で心優しく、王族――本来なら王太子と呼ばれるべき長子でありながらも生まれつき体が弱い事以外には非のつけ所のない青年だ。
でもこの城に来て、テオやティートさんが少しだけ語る様子や、実兄と良く似た一面のあるラスカとそれはそれは気が合っているようであるのを見聞きしていると、なかなかに茶目っ気溢れる方なのだろうとも思い始めていたりする。
とはいえ噂で聞く事が嘘だらけってこともないと思うんだけど。
「リディアーヌ王女からそのようにおっしゃってもらえるなら、ジェラルド王子ともいずれはお話をさせていただきたいものですね」
私はカノンとジェラルド王子を会わせたくないなあ。絶対馬が合うし気が合うしで、止めても聞かないことになる気がするもん。
という言葉にしてない私の本心を知るすべのないカノンがどこかウキウキとした様子で言うと、リディアーヌ王女はにこりと微笑んだ。
「ええ、是非! きっとお話しが合うと思いますし……何よりもジェド兄様が喜びますわ。このような事になってからは、ジェド兄様がお部屋の外にお出掛けなさる頻度は以前よりも減ってしまいましたし……」
「このような事、っていうと……もしかして、ジェラルド王子の〈黒鱗病〉の症状は……」
「深刻、という訳ではないと思うのですが……兄様の変化は、わたくしよりもずっと広範囲ですから」
僅かに眉を下げて告げる王女殿下に、私はやっぱり、と眉を下げる。
実際に目にしたわけじゃないし、テオがどれだけ兄弟達を大切に思っているかを知った今では、度合いの問題でもなかったんだろうとも思うけど、〈黒鱗病〉を先に患ったのはジェラルド王子なのだろう。
となれば、どうにかしようと必死になるのは当たり前だ。
リディアーヌ王女が後に患った事でより強固な願いにはなったんだろうけれど、ジェラルド王子のお体は丈夫じゃないのだから。
だから〈竜巫女〉と名乗ったアナスタシア王女に強く出ることは出来なかったし、けれども今は無理だという言葉を含めて疑念を抱くような振る舞いを繰り返すアナスタシア王女を真と信じたくなかったから、藁をもすがるような思いでテオは噂を辿る事を決めたんだと思う。
「(もっとも、本物の〈竜巫女〉は見つからなかった訳だけど)」
それでもリフの存在は、間違いなくテオにとって一縷の希望になったはずだ。
今のところ、テオが言っていた通りアナスタシア王女の周辺に竜の気配はないみたいだし、つまりはこの城にいる唯一の本物の竜はアナスタシア王女を拒んだのだから。
あとは何か手掛かりを見付けさえすれば、〈黒鱗病〉に関しては片付けられる筈だ。
だって他でもないレイン兄たちが動くと決めたのだから。
「症状としては日に日に悪化はしているようなのですが、それでもまだ痛みや違和感といったものがないのは救いですわ」
「それがジェラルド王子が我慢なさってのこと、という可能性は?」
「それはないとは言い切れませんけれど、わたくしやテオ兄様やリュシー兄様に隠し通せるとは思えませんから。それにティートやラスカやノエルの事も」
カノンの問いにはっきりと言い切ったリディアーヌ王女はちら、とノエルくんとラスカを見てにこりと微笑む。すると二人はふ、と口元を緩め、
「私共はともかく、ティートや殿下たちの目は決して誤魔化せないでしょう」
「それにシルヴェール様も、決してジェラルド殿下の変調を見逃しはしないと思いますわ」
「ふふ、そうね。お母様はいつだって、例え些細なものだったとしたってわたくしたちの変化に気付いてくださったもの」
とても仲の良い兄弟で、主従で、母子なんだろう。
もちろんアルマン陛下とも関係は良好なのだと思うけれど、前世の記憶におけるお父さんは少しだけ鈍感で、思いがけないことが起きると少しだけ動揺しておろおろとしていたことがあったから、私の感覚としてはごく普通な家族の関係が王家といえどもスィエル家にはあるように感じた。
そこにあるのは、テオが語ったとおりの関係だけ。
アナスタシア王女がテオに口にした事は、決してありはしないのだろう。
「(ありはしない、んだろうけど……それでも姉さんは自信満々で。それだけじゃなくて、時々言動が演じるようでもあった……つまり、それって)」
――姉さんは、この世界の事を物語として認識しているのだろうか。
それはとてつもなく突拍子もない考えだけれど、もしそうなら全てに説明がつく。でも確証なんてないし、だとしても伝えられないその考えに、私はひとり頭を悩ませていたのだった。
私が噂で聞く限りのジェラルド王子は、とても聡明で心優しく、王族――本来なら王太子と呼ばれるべき長子でありながらも生まれつき体が弱い事以外には非のつけ所のない青年だ。
でもこの城に来て、テオやティートさんが少しだけ語る様子や、実兄と良く似た一面のあるラスカとそれはそれは気が合っているようであるのを見聞きしていると、なかなかに茶目っ気溢れる方なのだろうとも思い始めていたりする。
とはいえ噂で聞く事が嘘だらけってこともないと思うんだけど。
「リディアーヌ王女からそのようにおっしゃってもらえるなら、ジェラルド王子ともいずれはお話をさせていただきたいものですね」
私はカノンとジェラルド王子を会わせたくないなあ。絶対馬が合うし気が合うしで、止めても聞かないことになる気がするもん。
という言葉にしてない私の本心を知るすべのないカノンがどこかウキウキとした様子で言うと、リディアーヌ王女はにこりと微笑んだ。
「ええ、是非! きっとお話しが合うと思いますし……何よりもジェド兄様が喜びますわ。このような事になってからは、ジェド兄様がお部屋の外にお出掛けなさる頻度は以前よりも減ってしまいましたし……」
「このような事、っていうと……もしかして、ジェラルド王子の〈黒鱗病〉の症状は……」
「深刻、という訳ではないと思うのですが……兄様の変化は、わたくしよりもずっと広範囲ですから」
僅かに眉を下げて告げる王女殿下に、私はやっぱり、と眉を下げる。
実際に目にしたわけじゃないし、テオがどれだけ兄弟達を大切に思っているかを知った今では、度合いの問題でもなかったんだろうとも思うけど、〈黒鱗病〉を先に患ったのはジェラルド王子なのだろう。
となれば、どうにかしようと必死になるのは当たり前だ。
リディアーヌ王女が後に患った事でより強固な願いにはなったんだろうけれど、ジェラルド王子のお体は丈夫じゃないのだから。
だから〈竜巫女〉と名乗ったアナスタシア王女に強く出ることは出来なかったし、けれども今は無理だという言葉を含めて疑念を抱くような振る舞いを繰り返すアナスタシア王女を真と信じたくなかったから、藁をもすがるような思いでテオは噂を辿る事を決めたんだと思う。
「(もっとも、本物の〈竜巫女〉は見つからなかった訳だけど)」
それでもリフの存在は、間違いなくテオにとって一縷の希望になったはずだ。
今のところ、テオが言っていた通りアナスタシア王女の周辺に竜の気配はないみたいだし、つまりはこの城にいる唯一の本物の竜はアナスタシア王女を拒んだのだから。
あとは何か手掛かりを見付けさえすれば、〈黒鱗病〉に関しては片付けられる筈だ。
だって他でもないレイン兄たちが動くと決めたのだから。
「症状としては日に日に悪化はしているようなのですが、それでもまだ痛みや違和感といったものがないのは救いですわ」
「それがジェラルド王子が我慢なさってのこと、という可能性は?」
「それはないとは言い切れませんけれど、わたくしやテオ兄様やリュシー兄様に隠し通せるとは思えませんから。それにティートやラスカやノエルの事も」
カノンの問いにはっきりと言い切ったリディアーヌ王女はちら、とノエルくんとラスカを見てにこりと微笑む。すると二人はふ、と口元を緩め、
「私共はともかく、ティートや殿下たちの目は決して誤魔化せないでしょう」
「それにシルヴェール様も、決してジェラルド殿下の変調を見逃しはしないと思いますわ」
「ふふ、そうね。お母様はいつだって、例え些細なものだったとしたってわたくしたちの変化に気付いてくださったもの」
とても仲の良い兄弟で、主従で、母子なんだろう。
もちろんアルマン陛下とも関係は良好なのだと思うけれど、前世の記憶におけるお父さんは少しだけ鈍感で、思いがけないことが起きると少しだけ動揺しておろおろとしていたことがあったから、私の感覚としてはごく普通な家族の関係が王家といえどもスィエル家にはあるように感じた。
そこにあるのは、テオが語ったとおりの関係だけ。
アナスタシア王女がテオに口にした事は、決してありはしないのだろう。
「(ありはしない、んだろうけど……それでも姉さんは自信満々で。それだけじゃなくて、時々言動が演じるようでもあった……つまり、それって)」
――姉さんは、この世界の事を物語として認識しているのだろうか。
それはとてつもなく突拍子もない考えだけれど、もしそうなら全てに説明がつく。でも確証なんてないし、だとしても伝えられないその考えに、私はひとり頭を悩ませていたのだった。
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