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第36話
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キュイキュイと悲しげに気遣わしげに鳴いていたリフも、しばらくしればそんな鳴き声を上げる事もなくなり、そうしてロンググローブをそっと元に戻したリディアーヌ王女殿下は膝の上で落ち着いたリフをそっと撫で続けながらこてりと首を傾げた。
「仔竜ちゃんは、人と同じものを食べるのは体に悪かったりするのかしら……?」
「特に問題はありませんよ? ただ、リフ――その子はあまり人の食事に対して関心がないみたいで……」
食べ物という認識はしているのだろうけれど、リフは基本的に果物といったもの以外に対しては食べたいと訴えてくることはない。
決して食べない事もないし、幻獣がそうであるように竜にとっても食事は娯楽的な意味合いが大きいのだから、特別体に悪いなんていうこともないのだけれど。
珍しい、とは竜をよく知る精霊の弁。
一度食べたら嗜好は変わるだろう、とは幻獣種の中でも比較的人間寄りの感性を持つ天翼の弁。
いずれにせよ、リフ自身に任せようとは私たちの総意だ。
見遣った先、リディアーヌ王女の膝の上でリフがきょとんとした表情で小首を傾げるのを眺めていると、不意に王女殿下がハッとした表情で口を開いた。
「ごめんなさい……! お名前があるのに仔竜ちゃんだなんて呼んでしまって……リフちゃん、と呼ばせてもらった方が良いわよね」
「お気になさらなくても大丈夫ですよ。リディアーヌ王女のお好きなように」
もちろん、名前で呼んでもらえたほうが嬉しくはあるのだけれど、強いるつもりはない。
リディアーヌ王女に悪意どころか他意はないのだから、と考えていたその時だ。
「わたくしのことは、どうぞリディとでもお呼びください。かしこまる必要もありませんわ」
そう、にこにこと人懐こい笑顔を浮かべながら、リディアーヌ王女はそう言った。とってもいい笑顔だ、眩しい。
ただその笑顔と言葉でテオの事を思い出したのは言うまでもない。流石は兄妹、そっくりだね!
だがしかし、である。
リディアーヌ王女はスィエル王国の王女殿下――つまりこの国のお姫様だ。
私が私のまま生きていたならいざしらず、しかもテオの時のようにわからないままだった、という訳でもないのにリディアーヌ王女に対して砕けた態度を取れるかと聞かれればもちろん無理だよね!
でもだからといって、こんな屈託のない笑顔を見せられたら断るに断れない私がもごもごと口ごもっていると、黙していたカノンが紅茶をのんびりと啜りながら、
「王女殿下、どうかご容赦を。リリィには彼女の父母が、礼儀作法をしっかりと教えておりますので、無礼を働くのは躊躇うのです」
「躊躇う必要はないと思うのですが……そうですわね、無理を言ってはいけませんね」
途端、しゅん、と気落ちしたように眉を下げたリディアーヌ王女だったけど、すぐにパッと閃いたように表情を明るくさせ、
「でしたらせめて、リリィとカノン、とお呼びしても良いでしょうか?」
その提案は、断る理由はなくて。
ちらりと見遣った先でカノンは特に気にした様子もなくのんびりと紅茶を飲んでいるし、ラスカは穏やかに微笑んで私達を見守り、ノエルくんはともすれば不機嫌そうともいえる表情で唇を真一文字に結んでいるのを横目で見つつ頷くと、リディアーヌ王女はありがとうございます、と心底嬉しそうに笑った。
「それにしても……リディアーヌ王女は竜を恐れたりしないのですね」
紅茶を一口飲んで切り出した私に、王女殿下はきょとん、と目を丸くし、
「え……? 恐れる理由は……いえ、神竜様への信仰心がないという訳でもありませんし、竜たちの事は敬うべき存在とも思っていますが……」
そこまで言ってリディアーヌ王女は膝上ので寛ぐリフを示しながらキリリと表情を引き締めた。
「何より、リフちゃんはとっても可愛いではありませんか!」
「それはそうですね!」
すかさず答えてしまった私は間違ってない、間違ってない。
例えカノンが困ったような笑みを浮かべても、リフが可愛いことには違いないのである。
「それに……幼い頃によくジェラルド兄様に読み聞かせていただいた絵本でも、竜たちは無意味に人を傷付ける事はしないと描かれていましたもの。であるのならば、過ちを犯していないのに恐れる必要などないと思うのです」
幻獣たちや精霊たちもそうですわね、とリディアーヌ王女はにっこりと笑う。
リディアーヌ王女の言葉は決して間違ってない。
レナたちもよく繰り返し言うけれど、彼らは理由もなく暴れたりはしないのだから。
どれだけ強い力を持っていようと、根本的な考え方は人間と大差はない。
必要なら戦う。必要だから傷付ける。
ただ人間と違うのは、力の誇示をしようと考える事はほとんどないってくらい、ってそれだけ。
「……流石は兄妹、テオの妹、というべきか。いや、本来兄弟四人全員そうなのか」
ぽつりとカノンが言うと、リディアーヌ王女が少しだけ眉を下げる。
「リュシアン兄様が皆様にご無礼を働いた事は、わたくしも存じています。妹としてどうか謝らせてください。申し訳ありませんでした」
「王女殿下が謝られる必要はありませんよ」
「そう……なのかもしれませんけれど。それでも、以前の兄様を知っているからこそ、謝らずにはいられないのです」
困ったように、寂しそうに口元に小さな笑みを浮かべて言うリディアーヌ王女を見て私の心がズキリと痛んだのは、リュシアン王子が変わられた理由には実の姉が関わっているとわかっているからだ。
「仔竜ちゃんは、人と同じものを食べるのは体に悪かったりするのかしら……?」
「特に問題はありませんよ? ただ、リフ――その子はあまり人の食事に対して関心がないみたいで……」
食べ物という認識はしているのだろうけれど、リフは基本的に果物といったもの以外に対しては食べたいと訴えてくることはない。
決して食べない事もないし、幻獣がそうであるように竜にとっても食事は娯楽的な意味合いが大きいのだから、特別体に悪いなんていうこともないのだけれど。
珍しい、とは竜をよく知る精霊の弁。
一度食べたら嗜好は変わるだろう、とは幻獣種の中でも比較的人間寄りの感性を持つ天翼の弁。
いずれにせよ、リフ自身に任せようとは私たちの総意だ。
見遣った先、リディアーヌ王女の膝の上でリフがきょとんとした表情で小首を傾げるのを眺めていると、不意に王女殿下がハッとした表情で口を開いた。
「ごめんなさい……! お名前があるのに仔竜ちゃんだなんて呼んでしまって……リフちゃん、と呼ばせてもらった方が良いわよね」
「お気になさらなくても大丈夫ですよ。リディアーヌ王女のお好きなように」
もちろん、名前で呼んでもらえたほうが嬉しくはあるのだけれど、強いるつもりはない。
リディアーヌ王女に悪意どころか他意はないのだから、と考えていたその時だ。
「わたくしのことは、どうぞリディとでもお呼びください。かしこまる必要もありませんわ」
そう、にこにこと人懐こい笑顔を浮かべながら、リディアーヌ王女はそう言った。とってもいい笑顔だ、眩しい。
ただその笑顔と言葉でテオの事を思い出したのは言うまでもない。流石は兄妹、そっくりだね!
だがしかし、である。
リディアーヌ王女はスィエル王国の王女殿下――つまりこの国のお姫様だ。
私が私のまま生きていたならいざしらず、しかもテオの時のようにわからないままだった、という訳でもないのにリディアーヌ王女に対して砕けた態度を取れるかと聞かれればもちろん無理だよね!
でもだからといって、こんな屈託のない笑顔を見せられたら断るに断れない私がもごもごと口ごもっていると、黙していたカノンが紅茶をのんびりと啜りながら、
「王女殿下、どうかご容赦を。リリィには彼女の父母が、礼儀作法をしっかりと教えておりますので、無礼を働くのは躊躇うのです」
「躊躇う必要はないと思うのですが……そうですわね、無理を言ってはいけませんね」
途端、しゅん、と気落ちしたように眉を下げたリディアーヌ王女だったけど、すぐにパッと閃いたように表情を明るくさせ、
「でしたらせめて、リリィとカノン、とお呼びしても良いでしょうか?」
その提案は、断る理由はなくて。
ちらりと見遣った先でカノンは特に気にした様子もなくのんびりと紅茶を飲んでいるし、ラスカは穏やかに微笑んで私達を見守り、ノエルくんはともすれば不機嫌そうともいえる表情で唇を真一文字に結んでいるのを横目で見つつ頷くと、リディアーヌ王女はありがとうございます、と心底嬉しそうに笑った。
「それにしても……リディアーヌ王女は竜を恐れたりしないのですね」
紅茶を一口飲んで切り出した私に、王女殿下はきょとん、と目を丸くし、
「え……? 恐れる理由は……いえ、神竜様への信仰心がないという訳でもありませんし、竜たちの事は敬うべき存在とも思っていますが……」
そこまで言ってリディアーヌ王女は膝上ので寛ぐリフを示しながらキリリと表情を引き締めた。
「何より、リフちゃんはとっても可愛いではありませんか!」
「それはそうですね!」
すかさず答えてしまった私は間違ってない、間違ってない。
例えカノンが困ったような笑みを浮かべても、リフが可愛いことには違いないのである。
「それに……幼い頃によくジェラルド兄様に読み聞かせていただいた絵本でも、竜たちは無意味に人を傷付ける事はしないと描かれていましたもの。であるのならば、過ちを犯していないのに恐れる必要などないと思うのです」
幻獣たちや精霊たちもそうですわね、とリディアーヌ王女はにっこりと笑う。
リディアーヌ王女の言葉は決して間違ってない。
レナたちもよく繰り返し言うけれど、彼らは理由もなく暴れたりはしないのだから。
どれだけ強い力を持っていようと、根本的な考え方は人間と大差はない。
必要なら戦う。必要だから傷付ける。
ただ人間と違うのは、力の誇示をしようと考える事はほとんどないってくらい、ってそれだけ。
「……流石は兄妹、テオの妹、というべきか。いや、本来兄弟四人全員そうなのか」
ぽつりとカノンが言うと、リディアーヌ王女が少しだけ眉を下げる。
「リュシアン兄様が皆様にご無礼を働いた事は、わたくしも存じています。妹としてどうか謝らせてください。申し訳ありませんでした」
「王女殿下が謝られる必要はありませんよ」
「そう……なのかもしれませんけれど。それでも、以前の兄様を知っているからこそ、謝らずにはいられないのです」
困ったように、寂しそうに口元に小さな笑みを浮かべて言うリディアーヌ王女を見て私の心がズキリと痛んだのは、リュシアン王子が変わられた理由には実の姉が関わっているとわかっているからだ。
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