元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第29話

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 尊敬も敬愛も憧れも、何かの拍子にねたみやひがみといったものに変わりかねない、密接した関係の感情。

 ラスカの言わんとしている事はわかる。それらは全て、相手に関心があるからこその感情で、何かの拍子に変わってしまうほど不安定で曖昧なものだから。
 ただその上でラスカは故意かどうかはわからないながらも、リュシアン王子のそうした感情はアナスタシア王女によって歪められたと言った。
 それが本当なのだとするなら。

「どうして、アナスタシア王女はそんな事を……?」
「わからないわ……でも、彼女にとってそれがリュシアン王子の心を掴む最短の方法だったのかもしれないわね」
「たったそれだけのために、テオへの感情を歪められたの?」
「俺達にとってはたったそれだけ、と感じるようなものでも、あの王女サマにとっては何よりも重要なんだろうさ。……例えその為に誰かを不幸にしても、傷付けても、平然としていられるくらいには」

 呆れと嫌悪の色を乗せてカノンが吐き出した言葉に、そんなのってあんまりだと思いながらも納得している自分がいた。
 小さな頃の出来事や昨日の出来事からも鑑みれば、そうとしか思えないっていうのもあるけれど。
 けど。だけど。

「でもそれは、アナスタシア王女がリュシアン王子のことを好きだから、じゃないよね」

 ぽつりと嘆息と共に零す。返答はすぐにはなかった。

 でも、これが間違っているとは思わない。
 アナスタシア王女がリュシアン王子の事を好きであるが故の結果だとしても許されていいことではないけれど、現実のはそうではないのだろう。
 だってもしそうなら、テオやカノンにまであんな甘えるような演技じみた態度を取ってまで好かれようなどとは思わないし、そんな必要はないんだから。
 だから、アナスタシア王女にとってリュシアン王子は少なくとも本命なんかじゃない。ただただアナスタシア王女は彼から好かれたかった、それだけで良いのだ。

「……そうね、多分そうなのだと思うわ。そして彼女が行うのもそこまで。心以上のものは望まないし、だからこそ国王陛下は、甘いのだと言われてもリュシアン王子に対して窘める以上の事をしていないのでしょうし……まあ、実質的な王太子という立場にあって、婚約者もいるにも関わらずの現状と行動なのだから良くも思われてはいないのでしょうけど」

 それでも厳重に処罰すべきようなことは起きてないから、と眉を下げながら紡がれたラスカの言葉に、私は思わず目を瞬かせる。

「……実質的な、王太子?」

 引っかかったのはオウム返しのように繰り返したその言葉だった。

 スィエル王国は三人の王子と一人の王女がありながら、未だ王太子という存在を明確にはしていない。
 その理由が何なのか、私はわからないし気にも留めていなかったし、決まっていないものとして思っていたのにラスカははっきりとリュシアン王子を実質的な王太子と言った。
 それがラスカが普段仕える、生まれつき病弱で王位を継ぐのは難しいとされている第一王子たるジェラルド王子の一派がそう望んでいるからなのかもわからず首を傾げると、ラスカはきょとんとした表情を浮かべた後に、口を開いた。

「公表はされていないけれど、リュシアン王子が王太子である事はまず覆る事のない、王宮内における共通認識なのよ」
「あのポンコツに、王位を継ぐだけの資質があるっていうのか?」

 すかさず問いただしたのはカノンだ。
 どうやらカノンは資質の有無に関しては懐疑的らしい。私にはどうも言えないけれど、比較対象がテオだからこその疑問なんだろうと思う。
 そんなカノンに、ラスカは少しだけ困ったように答えた。

「資質の優劣、というよりも……テオドール王子には後ろ盾があまりにも足りなさすぎるのよ」
「支持してくれる貴族が少ないってこと? そんな風には思えないけど……」
「テオドール王子を押し上げたいという貴族は決して少なくはないわ。ただ、最も重視されないにしても、テオドール王子は王妃様の御子おこではないから……」
「え?」

 テオは王妃様の御子じゃない? そんなこと初めて知ったし、だとしたら誰の? というか、こんなこと聞いて大丈夫なの?

 思わず立ち止まってしまうと、気付いたラスカもまた立ち止まって、

「……テオドール王子はシルヴェーヌ王妃の血の繋がった子ではなく、庶子なのよ」

 眉を下げたまま、けれどもはっきりとそんな事を言ったのである。



 それから歩くこと少し。
 中庭の一角にある庭園には、確かに屋根付きのテラスがあった。
 少し離れた場所には噴水があって、手入れの行き届いた色とりどりの花の咲く花壇が見える。その更に奥――王族以外は出入りの許されていないであろう生垣で仕切られた向こうには、温室らしき建物が見えた。

「王妃殿下はどうしてか、温室よりもこの場所がお好きなのよね」

 景色が良いからかしら、とラスカは小さく笑う。
 その傍らで私はフードを脱ぎ、肩の上で大人しくしていたリフに声を掛ける。

「窮屈だったでしょう? もう自由にして良いよ」
「キューウ!」
「あ、待って! ちょっとだけ時間をくれるかしら?」

 と、早速嬉しそうに飛び立とうとしたリフを少しだけ慌てた様子でラスカが呼び止めた。
 彼女の声に中空で動きを止めたリフは不思議そうに小首を傾げ、私もまたふたりの様子を見ているとラスカはそっと手指をリフに向ける。

「一応、認識阻害の魔法を簡単にかけておこうかと思って。無闇矢鱈に騒がない、お行儀の良い子みたいだから」
「キュー……?」
「偉いって褒められてるんだぞ? 良かったなあ」
「キューイ♪」
「ふふっ。はい、おしまい。じっとしていてくれて、ありがとう」

 くるくるとラスカの周囲を回って、リフは高く飛び上がる。
 どうやらラスカはリフに、静かにさえしてくれていれば認識がされにくくなるような魔法を掛けてくれたらしい。
 確かにリフは無駄鳴きをすることはない。そうなるようにと躾たわけじゃなくて、元々おとなしい子だというのが理由だけれど。でもこれなら〈妖精眼〉の持ち主でもいなければ気付くことはないだろうし、部屋の中でと同じくらいには自由にしていても平気だろう。

「ありがとう、ラスカ。とっても助かるわ」
「どういたしまして。魔法は得意分野だから、これくらいはね」

 火とか水の魔法といったものとは違う、特別な系統の魔法は簡単に扱えるものではない。
 もちろんそれは幻獣種であるラスカも同じ筈なのだけれど、少しだけ胸を張るようにして言う彼女はとても優れた魔法使い――魔道士なのだろう。

「俺もレナもノエルも、あまり魔法は得意な方じゃないからなあ」

 飛び回るリフを片手で構ってやりながら言ったぽつりとカノンを、ラスカが半目で睨み付ける。

「にぃは嘘ばっかり。レナとノエルは魔力量の調整が上手じゃないから仕方ないけど、カノンにぃはただ単に面倒くさがりなだけじゃない。やる気になれば私以上に魔法だって使いこなせるくせに」
「やる気の有無で変わるんだから、得意とは言い難いだろ?」
「またそうやって煙に巻くっていうか、屁理屈を並べるっていうか……」
「さて? 事実を言っているだけだからなあ?」

 言いながら背を向けたカノンはリフに声を掛けて促すと、探索してくると言い出したかと思えばそのまま来た道とは異なる方へと向かってしまう。
 リフはそんなカノンをちらりと見て一度私へと振り返ったけど、構わないと答えるように頷いて見せると、泳ぐようにしてカノンを追いかけて飛び出した。

「ああ言いながら、絶対に自分にしれっと認識阻害の魔法を掛けているのよ? のらりくらりしている時のにぃの言葉ほど、信用できないものはないんだから」
「聞くまでもない気がするけど、カノンって昔からあんな感じなの?」

 両手を腰にあてがい眉をつり上げるラスカに尋ねると、彼女はぱっとその表情を常のものに変え、それから困ったように微笑む。

「そうねぇ、昔からあんな感じ。リリィの知っているカノンにぃのままだと思うわ」
「意地悪でからかうような事を言うけど、優しくて面倒見が良くて?」
「うん。なんやかんやで大好きで自慢の兄さん。……リリィにとっても、良いお兄さんを出来ているかしら」
「それはもちろん」

 間違いなく、カノンは良き兄のような存在だ。
 それはきっと私にとってだけじゃなくて、リフにとっても、それにグレン兄にとっても同じだろう。

 しっかりと頷いて肯定すると、ラスカはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。花が咲くようなとっても綺麗な笑顔は、彼女がどれだけ兄であるカノンの事を大切に思っているのかを示しているようにも感じた。
 でもそれならどうして、ラスカはカノンの元を離れたんだろう?
 カノンはラスカがノエルさんというレナの双子のきょうだいと一緒に行動しているということは把握していたけれど、二人が何処で何をしているのかは把握していないようだった。
 家族であっても何もかもを伝えなければならないわけじゃないし、見た目は若くたって天狼であるラスカの実際の年齢は私よりもずっとずっと上だろうけれど。

 それでも抱いた疑問を投げかけようと口を開いた丁度その時。

「少し見ない間に、随分と仲良くなったみたいだな」

 近付く足音と共に聞こえてきた声に、私は緩やかにそちらへと振り向く。

「反目し合うのではという心配はしていなかったが、思うよりもずっと打ち解けていて安心した」

 そこにいたのは、二人の青年と一人の男性。
 一人の青年と男性は控えるように数歩後方で、青年は柔和な笑みを浮かべ、男性はともすれば不機嫌そうな仏頂面を浮かべて佇んでいる。
 そして残る一人の青年はにこりとした笑みを浮かべていて、

「テオ!」

 私はそんな彼――テオを見て、思わず驚いたような声で彼の名前を呼んだのだった。
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