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第28話
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外套をすっぽり被って、その中にリフには隠れてもらう。カノンは特に何も余計に着込むことはなく、いつものまま。
少しして戻ってきたラスカはにこやかに私たちを外へと促した。
ラスカに先導されるように行く道は、テオに案内された道とは違う、その上で何度も廊下をくねくねと曲がりながら行く道だった。
道中にすれ違った人は数える程度。侍従としての仕事中なのだから、私達に声を掛けてくるような人はいない。それでも数える程度の人――メイドさんは私達に深々とお辞儀をした上でラスカと一言二言言葉を交わしていたけれど、それだけだ。
「さっき確認したら、やっぱりどうもフェルメニアの第一王女殿下が学校を休まれているみたいなのよね」
と、不意に小さな溜息と共にラスカが口にした言葉に、私は思わず目を丸くする。
「お休み、ってアリなのそれ!?」
「うーん……常識的にはナシなんじゃないかしら? ただ、誰だって〈竜巫女〉や竜たちの機嫌を損ねたくはないものね」
「人間には真偽のわからない虚言を、自分から言い回ってるってのも困りものだな。つくづく救い様がない」
「公務でもなく、押し掛けるようにして他国に訪れ、学院へ強引に編入してるのに……」
「その他にも、細々とした問題行動ならもっとたっくさんあるわ。今のところ実害はないから、今後も来るべき時までは見過ごされはするでしょうけど」
来るべき時、それはつまりアルマン陛下もおっしゃっていた竜による裁きの時だ。
ただそれはまだもう少し先のこと。テオはリフに拒絶されたアナスタシア王女の姿を見ているし、それはアルマン陛下へ報告されているだろうけど、それだけじゃまだ足りないから。
相応しい場は設けられるんだろう。それも、レイン兄たちがいま成している事が済んだあとに。
それまでは、ラスカの言う通りアナスタシア王女の行動は咎められる事もないのだろう。
それがいいこととは思えないし、つまりは今後もいってしまえば被害が拡大していくということで。血縁者としては心苦しさと申し訳なさといたたまれなさでいっぱいなのだけれど。
そう考えて短くも深い溜息を零すと、先導するラスカがちらりとこちらを見て困ったように微笑んだ。
「あまり思いつめてはだめよ、リリィ? あなたはあなたであって、彼女ではない。血の繋がりはあれど、全てをあなたが背負う必要も、それだけの理由もありはしないのだから」
「…………ラスカって、読心術とか出来る人?」
「うん? 出来ないわよ?」
「お前がわかりやすいだけだぞ?」
「ぇえー……?」
きょとんとしたラスカと、傍でさらりと言ってのけるカノンに戸惑わないはずもなく。
「キューゥイ!」
リフ、あなたまで顔を見ればわかるとか言い出さないの。
私だって、こういう時のリフの言いたいことくらいわかるんだからね。
むっとしてリフをつつくけど、リフはすぐに嬉しそうにはしゃぎはじめる。……私、意地悪してるつもりなのよ、リフ? どうして喜んじゃうかなー、もー。
気のせいなどではない、理由のある遠回りを経てようやく辿りついた中庭には、静けさに包まれていた。
「王妃殿下はもういらっしゃらないみたいね。近衛騎士達も侍女たちの姿もないし」
安堵したようにひとつ頷いたラスカが、そのまま中庭を進んでいく。
「少し行くと、テラスのようにテーブルセットの置かれた場所があるの。王妃殿下はその場所がお好きで、朝にひと時を過ごされる事が多いのだけれど、そういう理由もあって出入りの制限されていない場所なのに侍従たちや騎士たちはあまり訪れないから、リフちゃんが飛び回っても問題はないと思うわ」
「だってさ。良かったな、リフ」
「キューイ♪」
人の目がないこともあり、ひょこりと顔を覗かせたリフを覗き込むようにしてカノンが話しかけると、リフは嬉しそうに一声鳴いた。
私はそんなリフをそっと撫でてやりながら、ラスカに疑問を投げ掛ける。
「会いたい、ってわけじゃないけど、やっぱり王妃様にお会いするのはやめておいたほうが良いのかな?」
「そうねえ、お会いしても問題ないとは思うわよ? お話は陛下の方から既に聞いていらっしゃるだろうし、そうなのだから実際にお会いしたところで驚かれも戸惑われもしないだろうから」
「なるほど……」
「もちろんそれは王妃様に限らず、ジェラルド王子やリディアーヌ王女にも言えることだけれど。リリィが望むなら、って但し書きはつくでしょうけどね」
「え?」
目を瞬かせながら首を傾げると、ラスカはふふ、と優しく微笑み、
「テオドール王子は、何よりも貴方の想いを尊重するはずだもの」
「……別にそんなに気にしすぎなくても平気なのに」
レイン兄からの提案もあって私とリフが同行することになった時もそうだけれど、テオは気遣いが過ぎるところがあると思う。
それが悪いだなんて事は思わないけど、テオ自身が悪い人じゃないと思っているからこそ、その判断が無視できないような事でもない限りは異をとなえるつもりはないのに。
それなのに慎重すぎるくらい気を遣ってくれるから、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる時もあるし、ちょっとだけムズムズするような感覚があって、困る。
眉を下げながらぽつりと口にすると、ラスカはにっこりと笑った。
「私は相手の感情を無視してばかりの暴君よりは良いと思うけれど」
それは確かに、とすぐに答えにくかったのは実姉の顔が過ぎってしまったからで。そんな私の躊躇を見透かしたのか違うのか、カノンが溜息混じりに言う。
「まあ、相手を慮ることの出来ない輩よりは比べるまでもなく良いとは思う」
「誰の話をしているかについては触れないわよ、にぃ? けど、出来たらジェラルド王子やリディアーヌ王女とはお話をして欲しいとは思うわ。〈黒鱗病〉の症状や進行の度合いを見ておくべきという事もあるのだけれど、きっと親身になってくださる筈だから、無駄にならない縁になると思うし」
緩やかに先導するラスカはちらりとカノンを一瞥しつつも言って、前方を向いたまま口を閉ざす。それからややあってからまた口を開き、
「……リリィとカノンにぃは、リュシアン王子にもお会いしているんだったかしら?」
「リュシアン王子? リュシアン王子とはお会いした、というよりはお見かけしたって感じかな? 会話らしい会話は交わしてないもの」
ラスカからの問いで思い出すのは昨日の出来事。
テオの元に駆け寄ってきたアナスタシア王女を追うようにして、リュシアン王子はアルノーさんやティートさん達を連れてあの場にいらしたけれど、彼と交わした言葉は一つだってない。
ただ捉えようによっては失礼な言葉を投げかけられたくらいだ。私はそれを失礼とはそれほど思わなかったし、むしろ事実だとも当たり前の反応だとも思っていたけれど。
「……リュシアン王子? ああ、あのポンコツな王子のことか」
僅かに首を傾げたカノンが思い出したように口にした呼称は、心象最悪で嫌っているというよりはぞんざいに扱っても良いくらい、みたいなものだけれど。……あの時のリュシアン王子の言葉より、カノンのこの発言の方がよっぽど失礼だと思うのよね、私は。
「にぃはリュシアン王子のこと、嫌いになっちゃった?」
「判断は保留中。アレのあの態度はテオへの歪んだ反発心だか反抗心だか反骨心だかだろ。……そのテオやアルマン陛下はあの王女サマに篭絡されてる、って言ってたし、それも関係してるんだろうけどな」
「ええ。……聞こえの良い言葉を掛け続けられた、というのもあるのだろうけれど、にぃの言う通り、今のリュシアン王子はアナスタシア王女に歪められたようなものなのだと私は思うの」
「歪められた、ってアナスタシア王女に? そんな、魔法を使われている訳ではないんだし、それに……」
願う形、あるいは目指す何かを確実なものにするために動いているようなアナスタシア王女が、他のひとの在り方まで歪めるとは……でも、有り得ないと断言も出来ないのかな。
事実、私は彼女の目指すモノのためだけに、命まで奪われかけたのだし。
思わず眉を寄せて考え込んでいると、ちらりと私を肩越しに見たラスカは困ったような笑みを浮かべて、
「歪められた、といっても酷いものではないわ。こればかりは、故意なのかどうかさえもわからないのだもの。……だって、尊敬も敬愛も憧れも、何かの拍子に妬みや僻みといったものに変わりかねない、密接した関係の感情でしょう?」
本来はリュシアン王子も他のご兄弟に負けないくらい優しくて真っ直ぐな人柄をお持ちなのよ、と寂しげに、けれどもはっきりと言ったのだった。
少しして戻ってきたラスカはにこやかに私たちを外へと促した。
ラスカに先導されるように行く道は、テオに案内された道とは違う、その上で何度も廊下をくねくねと曲がりながら行く道だった。
道中にすれ違った人は数える程度。侍従としての仕事中なのだから、私達に声を掛けてくるような人はいない。それでも数える程度の人――メイドさんは私達に深々とお辞儀をした上でラスカと一言二言言葉を交わしていたけれど、それだけだ。
「さっき確認したら、やっぱりどうもフェルメニアの第一王女殿下が学校を休まれているみたいなのよね」
と、不意に小さな溜息と共にラスカが口にした言葉に、私は思わず目を丸くする。
「お休み、ってアリなのそれ!?」
「うーん……常識的にはナシなんじゃないかしら? ただ、誰だって〈竜巫女〉や竜たちの機嫌を損ねたくはないものね」
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「公務でもなく、押し掛けるようにして他国に訪れ、学院へ強引に編入してるのに……」
「その他にも、細々とした問題行動ならもっとたっくさんあるわ。今のところ実害はないから、今後も来るべき時までは見過ごされはするでしょうけど」
来るべき時、それはつまりアルマン陛下もおっしゃっていた竜による裁きの時だ。
ただそれはまだもう少し先のこと。テオはリフに拒絶されたアナスタシア王女の姿を見ているし、それはアルマン陛下へ報告されているだろうけど、それだけじゃまだ足りないから。
相応しい場は設けられるんだろう。それも、レイン兄たちがいま成している事が済んだあとに。
それまでは、ラスカの言う通りアナスタシア王女の行動は咎められる事もないのだろう。
それがいいこととは思えないし、つまりは今後もいってしまえば被害が拡大していくということで。血縁者としては心苦しさと申し訳なさといたたまれなさでいっぱいなのだけれど。
そう考えて短くも深い溜息を零すと、先導するラスカがちらりとこちらを見て困ったように微笑んだ。
「あまり思いつめてはだめよ、リリィ? あなたはあなたであって、彼女ではない。血の繋がりはあれど、全てをあなたが背負う必要も、それだけの理由もありはしないのだから」
「…………ラスカって、読心術とか出来る人?」
「うん? 出来ないわよ?」
「お前がわかりやすいだけだぞ?」
「ぇえー……?」
きょとんとしたラスカと、傍でさらりと言ってのけるカノンに戸惑わないはずもなく。
「キューゥイ!」
リフ、あなたまで顔を見ればわかるとか言い出さないの。
私だって、こういう時のリフの言いたいことくらいわかるんだからね。
むっとしてリフをつつくけど、リフはすぐに嬉しそうにはしゃぎはじめる。……私、意地悪してるつもりなのよ、リフ? どうして喜んじゃうかなー、もー。
気のせいなどではない、理由のある遠回りを経てようやく辿りついた中庭には、静けさに包まれていた。
「王妃殿下はもういらっしゃらないみたいね。近衛騎士達も侍女たちの姿もないし」
安堵したようにひとつ頷いたラスカが、そのまま中庭を進んでいく。
「少し行くと、テラスのようにテーブルセットの置かれた場所があるの。王妃殿下はその場所がお好きで、朝にひと時を過ごされる事が多いのだけれど、そういう理由もあって出入りの制限されていない場所なのに侍従たちや騎士たちはあまり訪れないから、リフちゃんが飛び回っても問題はないと思うわ」
「だってさ。良かったな、リフ」
「キューイ♪」
人の目がないこともあり、ひょこりと顔を覗かせたリフを覗き込むようにしてカノンが話しかけると、リフは嬉しそうに一声鳴いた。
私はそんなリフをそっと撫でてやりながら、ラスカに疑問を投げ掛ける。
「会いたい、ってわけじゃないけど、やっぱり王妃様にお会いするのはやめておいたほうが良いのかな?」
「そうねえ、お会いしても問題ないとは思うわよ? お話は陛下の方から既に聞いていらっしゃるだろうし、そうなのだから実際にお会いしたところで驚かれも戸惑われもしないだろうから」
「なるほど……」
「もちろんそれは王妃様に限らず、ジェラルド王子やリディアーヌ王女にも言えることだけれど。リリィが望むなら、って但し書きはつくでしょうけどね」
「え?」
目を瞬かせながら首を傾げると、ラスカはふふ、と優しく微笑み、
「テオドール王子は、何よりも貴方の想いを尊重するはずだもの」
「……別にそんなに気にしすぎなくても平気なのに」
レイン兄からの提案もあって私とリフが同行することになった時もそうだけれど、テオは気遣いが過ぎるところがあると思う。
それが悪いだなんて事は思わないけど、テオ自身が悪い人じゃないと思っているからこそ、その判断が無視できないような事でもない限りは異をとなえるつもりはないのに。
それなのに慎重すぎるくらい気を遣ってくれるから、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる時もあるし、ちょっとだけムズムズするような感覚があって、困る。
眉を下げながらぽつりと口にすると、ラスカはにっこりと笑った。
「私は相手の感情を無視してばかりの暴君よりは良いと思うけれど」
それは確かに、とすぐに答えにくかったのは実姉の顔が過ぎってしまったからで。そんな私の躊躇を見透かしたのか違うのか、カノンが溜息混じりに言う。
「まあ、相手を慮ることの出来ない輩よりは比べるまでもなく良いとは思う」
「誰の話をしているかについては触れないわよ、にぃ? けど、出来たらジェラルド王子やリディアーヌ王女とはお話をして欲しいとは思うわ。〈黒鱗病〉の症状や進行の度合いを見ておくべきという事もあるのだけれど、きっと親身になってくださる筈だから、無駄にならない縁になると思うし」
緩やかに先導するラスカはちらりとカノンを一瞥しつつも言って、前方を向いたまま口を閉ざす。それからややあってからまた口を開き、
「……リリィとカノンにぃは、リュシアン王子にもお会いしているんだったかしら?」
「リュシアン王子? リュシアン王子とはお会いした、というよりはお見かけしたって感じかな? 会話らしい会話は交わしてないもの」
ラスカからの問いで思い出すのは昨日の出来事。
テオの元に駆け寄ってきたアナスタシア王女を追うようにして、リュシアン王子はアルノーさんやティートさん達を連れてあの場にいらしたけれど、彼と交わした言葉は一つだってない。
ただ捉えようによっては失礼な言葉を投げかけられたくらいだ。私はそれを失礼とはそれほど思わなかったし、むしろ事実だとも当たり前の反応だとも思っていたけれど。
「……リュシアン王子? ああ、あのポンコツな王子のことか」
僅かに首を傾げたカノンが思い出したように口にした呼称は、心象最悪で嫌っているというよりはぞんざいに扱っても良いくらい、みたいなものだけれど。……あの時のリュシアン王子の言葉より、カノンのこの発言の方がよっぽど失礼だと思うのよね、私は。
「にぃはリュシアン王子のこと、嫌いになっちゃった?」
「判断は保留中。アレのあの態度はテオへの歪んだ反発心だか反抗心だか反骨心だかだろ。……そのテオやアルマン陛下はあの王女サマに篭絡されてる、って言ってたし、それも関係してるんだろうけどな」
「ええ。……聞こえの良い言葉を掛け続けられた、というのもあるのだろうけれど、にぃの言う通り、今のリュシアン王子はアナスタシア王女に歪められたようなものなのだと私は思うの」
「歪められた、ってアナスタシア王女に? そんな、魔法を使われている訳ではないんだし、それに……」
願う形、あるいは目指す何かを確実なものにするために動いているようなアナスタシア王女が、他のひとの在り方まで歪めるとは……でも、有り得ないと断言も出来ないのかな。
事実、私は彼女の目指すモノのためだけに、命まで奪われかけたのだし。
思わず眉を寄せて考え込んでいると、ちらりと私を肩越しに見たラスカは困ったような笑みを浮かべて、
「歪められた、といっても酷いものではないわ。こればかりは、故意なのかどうかさえもわからないのだもの。……だって、尊敬も敬愛も憧れも、何かの拍子に妬みや僻みといったものに変わりかねない、密接した関係の感情でしょう?」
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