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第27話
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再三繰り返している事ではあるけれど、この世界の神様は神竜と呼ばれる存在で、それ故に竜もまた神聖なるものと扱われているしそれだけの力を持っている。
だから、竜を狩ることは容易ではない。言いかえれば挑むにも命懸けで、でもそれだけの価値ある見返りとなると言われ続けている。
その容易ではない竜の狩る事――討伐を可能にする為の手段が、竜殺しの武器と呼ばれる武具の存在だ。
竜は神と謳われているだけで、神ではない。けどその力は人間になどまず太刀打ち出来るものでもない。
そして竜は神ではないからこそ不測の事態に陥る事があり、その万が一に備えて生み出されたであろう武具が竜殺しの武器と呼ばれるものだった。
でも竜殺しの武器は、今となっては過去の遺物。欲しいと思って手に入るものではないし、仮に探したとしてもそれは大昔に使われていたであろう古びて朽ちたものばかりだ。
そしてそれを作り上げることは、どれだけ腕利きの鍛冶師にも不可能だ。
――作れるのは、錬金術士だけ。
それも、古代語で綴られたレシピを復元できるだけの知識と技術を持ち合わせた最高峰の錬金術士だけだ。
「アレンとイヴのお師匠さんが渡してる、って可能性はあるのかな?」
ぽつりと呟くと、険しい顔を浮かべたカノンが首を傾げる。
「アイツが? ……あのお気楽男が安易に武器を渡すとは思わないが」
「でもカノン、それだと……」
「リリィの気持ちはわからなくもないが、そもそも錬金術士が絡んでる時点であの女の関与はほぼ確定だろ。……騎士サマの剣に関してはアイツ、って可能性も残されてはいるけどな」
「…………」
可能性が残されている、とは言うけれど……アレン達のお師匠さんが、アルノーさんに武器を渡す理由があるようには思えない。例えラスカの言った事を知ったとしても、だ。
けど、だとするなら思い当たる錬金術士はあとひとりしかいない。
常日頃からアレン達のお師匠さんは自分の持つ技術や知識にそれはそれは自信を持っていて、その上で自分と同等の能力を持っているのはこの世界でひとりしかいないと言い切っていた。
それが真実かはわからないけど、あくまでも私の知る範囲においてはその一人以外考えられない……ただそうだとしたらとても厄介だ。
「リリィとにぃは、何か心当たりがあるの?」
おずおずといった様子で尋ねてくるラスカに、私はカノンと顔を見合わせる。まだ定かではない事柄を伝えて良いものか、と見上げていると、カノンは息を吐きながら目を伏せて、
「ああ。……確実にそう、とは言えないから明言は避けておくけどな」
「……にぃがそこまで苦い顔をするってことは、私が思うよりもずっと厄介、ってことね」
眉を下げて労わるような微笑を浮かべるラスカに、カノンはもちろん私も何も答える事はできない。
これが考えすぎなら一番良いんだけど、今はなんとも言えないものね。
気が重くなってきて溜息を零す私の腕の中で、リフはくぁ、と欠伸をひとつ。
呑気なんだからなあ、リフは。……まあ、いつもと変わらないのんびり屋なリフの様子を見ていると、深刻に考えてしまい始めている自分がほんの少しだけおかしく感じて、少しだけ気は楽になるけど。
そっと撫でると、リフが不思議そうに私を見上げ、嬉しそうに一声鳴いた。
それから、ラスカが真面目なお話はひとまず此処までにしましょうか、と切り出したことで互いの事情と目的なども含んだ話には終わりが告げられる事になった。
といってもすり合わせるべきことは全て話し終えていたから意を唱える必要も理由もなかったわけだけど。
ただ、ラスカさんがおもむろにこの話はノエルにはしないでおくわね、と言い出したことに私は驚きを隠せなかった。
ラスカたちが何者であるかについてテオたちに話さない、という事は暗黙の了解に等しかったから確かめる必要もなかったけれど、明らかに無関係ではないし伏せる必要もない相手である筈のノエルさんにまで話さないとは思ってもみなかったからだ。
驚きながら理由を尋ねると、ラスカはにっこりと笑ってはっきりと答えてくれた。
「だって、話さない方が面白そうなんだもの」
その笑顔の眩しさと理由を見聞きしながら私が思ったのは、紛れもなくこの人はカノンの妹なんだな、って事だった。そんなちょっぴり意地の悪いところ、似る必要なんてないと思うんだけどなあ。
「リリィとカノンにぃは、このあと何かやりたいことやしたいことはある?」
空になったティーポットとカップを手馴れた様子で片付けながら小首を傾げるラスカに、私はぱちくりと目を瞬かせながら彼女を見上げ、
「中庭には行きたいな、とは思ってたかな。何か得られるものもあるだろうし、リフにも思いっきり飛び回らせたいし」
「なるほど。確かにお部屋の中では少し窮屈だものね。人もそれなりにいるけど、相当目立たなければ騒がれることもないだろうし。けどそうね、確か今の時間は王妃殿下がいらしたはずだから、すぐには行けないわね……あまり人目につかない道を歩いて回ってから向かいましょうか」
僅かに思案するように中空に視線を遣りながらもすぐにそう言ったラスカは、ややあって思い出したように言葉を続けた。
「そうだ! にぃ、書庫に行ってみる? 城内であれば持ち出せる蔵書の中には、珍しいものもあるはずよ」
「行く」
カノンの返答は食い気味に早く、簡潔だ。
そのはっきりとした返答と爛々と輝くライムグリーンの双眸が物語っているが、カノンは読書という事を大変好むタイプのひとだ。かといって体を動かすことを好んでいないというわけでもないみたいだけど、動き回るよりものんびりとお昼寝をしている事が好きで、それ以上に読書が好き、そんなひとなのである。
そんな読書家としての一面も持つカノンがラスカの申し出を拒否する訳もなく。私自身もカノンのそうした一面を知っているのだから、嫌だだなんて言う理由もなくて。
「にぃが相変わらずで安心したわ。リリィもそれで構わないかしら?」
「もちろん、問題ないよ」
「じゃあ、中庭からお部屋に戻る時に寄りましょうか。あとは……ああそうだ、これを聞いておかないと」
にこりと笑ったラスカが再び思案顔になって、すぐに私に向き直って口を開いた。
「リリィは苦手なものとか、あるかしら?」
「苦手なもの?」
「うん。食事とか、いろいろ。苦手なものを予め聞いておいた方が、そのつもりで準備が出来るから」
「あぁ―……苦手な食べ物とかは特にないかなあ」
前世の記憶の有無に関わらず、これまで食べてきたものに苦手なものは何一つとしてない。レイン兄やシル姉、それにアレンの料理はなんだって美味しかったから、というのもあるのだろうけれど、此処に来てからいただいたものにも苦手なものや苦手味付けもなかったから。
思い返しながら答えると、ラスカはそれはとっても良いことね、と微笑み、
「それじゃあ、何度も待たせることになって申し訳ないのだけれど、厨房に行ってくるわね」
「別に置きっぱなしでも構わないんじゃないか? どうせ、部屋を出たらその間にルームメイクをしに他の侍従が来るんだろ?」
カノンに尋ねられて、ラスカがきょとん、とした表情を浮かべる。
確かにそうだ。といっても置きっぱなしには出来ないだろうけれど、私達の直接のお世話を任せられているのがラスカなだけで、細かなお仕事に関しては彼女以外の侍従も任せられているだろう事なのだから。
けどラスカは私とカノンの視線を受け止めて、困ったように笑み、
「それはそうなんだけど、それだけじゃちょっとね」
「……?」
「キュイ?」
「ふふ、そんなに気にしないで。出来る限り急ぐから、準備して待っていてね」
そう言って早足で台を押しながらラスカが出て行ってしまえば、残されたのは目を瞬かせる私とカノンと、不思議そうなリフだけだ。
「……なんでなんだろうね?」
「さてなあ。何か企んでいるんじゃないか?」
「まさか、カノンじゃあるまいし」
「キューイ」
「お前ら……あんなナリと言動してても俺の妹だぞ? 腹の中では何考えてるか」
「それは、レナの双子のきょうだいに対しての件で垣間見てるけど」
というか、それはカノンが言うべきセリフじゃないと思うんだけど、気のせい?
だから、竜を狩ることは容易ではない。言いかえれば挑むにも命懸けで、でもそれだけの価値ある見返りとなると言われ続けている。
その容易ではない竜の狩る事――討伐を可能にする為の手段が、竜殺しの武器と呼ばれる武具の存在だ。
竜は神と謳われているだけで、神ではない。けどその力は人間になどまず太刀打ち出来るものでもない。
そして竜は神ではないからこそ不測の事態に陥る事があり、その万が一に備えて生み出されたであろう武具が竜殺しの武器と呼ばれるものだった。
でも竜殺しの武器は、今となっては過去の遺物。欲しいと思って手に入るものではないし、仮に探したとしてもそれは大昔に使われていたであろう古びて朽ちたものばかりだ。
そしてそれを作り上げることは、どれだけ腕利きの鍛冶師にも不可能だ。
――作れるのは、錬金術士だけ。
それも、古代語で綴られたレシピを復元できるだけの知識と技術を持ち合わせた最高峰の錬金術士だけだ。
「アレンとイヴのお師匠さんが渡してる、って可能性はあるのかな?」
ぽつりと呟くと、険しい顔を浮かべたカノンが首を傾げる。
「アイツが? ……あのお気楽男が安易に武器を渡すとは思わないが」
「でもカノン、それだと……」
「リリィの気持ちはわからなくもないが、そもそも錬金術士が絡んでる時点であの女の関与はほぼ確定だろ。……騎士サマの剣に関してはアイツ、って可能性も残されてはいるけどな」
「…………」
可能性が残されている、とは言うけれど……アレン達のお師匠さんが、アルノーさんに武器を渡す理由があるようには思えない。例えラスカの言った事を知ったとしても、だ。
けど、だとするなら思い当たる錬金術士はあとひとりしかいない。
常日頃からアレン達のお師匠さんは自分の持つ技術や知識にそれはそれは自信を持っていて、その上で自分と同等の能力を持っているのはこの世界でひとりしかいないと言い切っていた。
それが真実かはわからないけど、あくまでも私の知る範囲においてはその一人以外考えられない……ただそうだとしたらとても厄介だ。
「リリィとにぃは、何か心当たりがあるの?」
おずおずといった様子で尋ねてくるラスカに、私はカノンと顔を見合わせる。まだ定かではない事柄を伝えて良いものか、と見上げていると、カノンは息を吐きながら目を伏せて、
「ああ。……確実にそう、とは言えないから明言は避けておくけどな」
「……にぃがそこまで苦い顔をするってことは、私が思うよりもずっと厄介、ってことね」
眉を下げて労わるような微笑を浮かべるラスカに、カノンはもちろん私も何も答える事はできない。
これが考えすぎなら一番良いんだけど、今はなんとも言えないものね。
気が重くなってきて溜息を零す私の腕の中で、リフはくぁ、と欠伸をひとつ。
呑気なんだからなあ、リフは。……まあ、いつもと変わらないのんびり屋なリフの様子を見ていると、深刻に考えてしまい始めている自分がほんの少しだけおかしく感じて、少しだけ気は楽になるけど。
そっと撫でると、リフが不思議そうに私を見上げ、嬉しそうに一声鳴いた。
それから、ラスカが真面目なお話はひとまず此処までにしましょうか、と切り出したことで互いの事情と目的なども含んだ話には終わりが告げられる事になった。
といってもすり合わせるべきことは全て話し終えていたから意を唱える必要も理由もなかったわけだけど。
ただ、ラスカさんがおもむろにこの話はノエルにはしないでおくわね、と言い出したことに私は驚きを隠せなかった。
ラスカたちが何者であるかについてテオたちに話さない、という事は暗黙の了解に等しかったから確かめる必要もなかったけれど、明らかに無関係ではないし伏せる必要もない相手である筈のノエルさんにまで話さないとは思ってもみなかったからだ。
驚きながら理由を尋ねると、ラスカはにっこりと笑ってはっきりと答えてくれた。
「だって、話さない方が面白そうなんだもの」
その笑顔の眩しさと理由を見聞きしながら私が思ったのは、紛れもなくこの人はカノンの妹なんだな、って事だった。そんなちょっぴり意地の悪いところ、似る必要なんてないと思うんだけどなあ。
「リリィとカノンにぃは、このあと何かやりたいことやしたいことはある?」
空になったティーポットとカップを手馴れた様子で片付けながら小首を傾げるラスカに、私はぱちくりと目を瞬かせながら彼女を見上げ、
「中庭には行きたいな、とは思ってたかな。何か得られるものもあるだろうし、リフにも思いっきり飛び回らせたいし」
「なるほど。確かにお部屋の中では少し窮屈だものね。人もそれなりにいるけど、相当目立たなければ騒がれることもないだろうし。けどそうね、確か今の時間は王妃殿下がいらしたはずだから、すぐには行けないわね……あまり人目につかない道を歩いて回ってから向かいましょうか」
僅かに思案するように中空に視線を遣りながらもすぐにそう言ったラスカは、ややあって思い出したように言葉を続けた。
「そうだ! にぃ、書庫に行ってみる? 城内であれば持ち出せる蔵書の中には、珍しいものもあるはずよ」
「行く」
カノンの返答は食い気味に早く、簡潔だ。
そのはっきりとした返答と爛々と輝くライムグリーンの双眸が物語っているが、カノンは読書という事を大変好むタイプのひとだ。かといって体を動かすことを好んでいないというわけでもないみたいだけど、動き回るよりものんびりとお昼寝をしている事が好きで、それ以上に読書が好き、そんなひとなのである。
そんな読書家としての一面も持つカノンがラスカの申し出を拒否する訳もなく。私自身もカノンのそうした一面を知っているのだから、嫌だだなんて言う理由もなくて。
「にぃが相変わらずで安心したわ。リリィもそれで構わないかしら?」
「もちろん、問題ないよ」
「じゃあ、中庭からお部屋に戻る時に寄りましょうか。あとは……ああそうだ、これを聞いておかないと」
にこりと笑ったラスカが再び思案顔になって、すぐに私に向き直って口を開いた。
「リリィは苦手なものとか、あるかしら?」
「苦手なもの?」
「うん。食事とか、いろいろ。苦手なものを予め聞いておいた方が、そのつもりで準備が出来るから」
「あぁ―……苦手な食べ物とかは特にないかなあ」
前世の記憶の有無に関わらず、これまで食べてきたものに苦手なものは何一つとしてない。レイン兄やシル姉、それにアレンの料理はなんだって美味しかったから、というのもあるのだろうけれど、此処に来てからいただいたものにも苦手なものや苦手味付けもなかったから。
思い返しながら答えると、ラスカはそれはとっても良いことね、と微笑み、
「それじゃあ、何度も待たせることになって申し訳ないのだけれど、厨房に行ってくるわね」
「別に置きっぱなしでも構わないんじゃないか? どうせ、部屋を出たらその間にルームメイクをしに他の侍従が来るんだろ?」
カノンに尋ねられて、ラスカがきょとん、とした表情を浮かべる。
確かにそうだ。といっても置きっぱなしには出来ないだろうけれど、私達の直接のお世話を任せられているのがラスカなだけで、細かなお仕事に関しては彼女以外の侍従も任せられているだろう事なのだから。
けどラスカは私とカノンの視線を受け止めて、困ったように笑み、
「それはそうなんだけど、それだけじゃちょっとね」
「……?」
「キュイ?」
「ふふ、そんなに気にしないで。出来る限り急ぐから、準備して待っていてね」
そう言って早足で台を押しながらラスカが出て行ってしまえば、残されたのは目を瞬かせる私とカノンと、不思議そうなリフだけだ。
「……なんでなんだろうね?」
「さてなあ。何か企んでいるんじゃないか?」
「まさか、カノンじゃあるまいし」
「キューイ」
「お前ら……あんなナリと言動してても俺の妹だぞ? 腹の中では何考えてるか」
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