元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第22話

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 とはいえこうなってはリュミィを追い出すだなんてことはできない。まあ、そんな無碍むげにだなんて扱えるわけがないのだけれど。
 私はとりあえずと長距離の飛行を済ませたリュミィに、お風呂に入るようにと促すことにした。

 他所様のおうち、と表現するには規模が違うけど、それでも自宅ではないのに勝手をして良いのかと頭の片隅で考えないことはないけれど、それでも元よりこちらはリュミィが顔を出してくれるのは折り込み済み。指摘された時にはちゃんと伝えようとは思ええているから許して欲しい。……お部屋にお風呂があるってとっても贅沢だし、便利だよね。

 お風呂から出てきたリュミィの寝支度が済めば、あとはベッドに潜り込むだけだ。
 うちのベッドとは違う、ダブル以上の広々としたベッドは二人で寝転んだってまだ広い。おまけにふわふわのふかふかで、体が程よく沈む。小さな頃は私もこんなベッドで寝ていたんだろうけど、あまりにも幼すぎて正確に覚えていない前世持ちの今の私が思うのは、お金持ちってすごーい、ってことくらいだ。数日間野宿だったとはいえ、やっぱり上質なものは寝心地もとんでもないものなのねー。枕元で寝転んだリフも嬉しそうだもの。

「ふふ、こうして同じベッドで寝るのはどれくらいぶりでしょうか」

 花の蕾がほころぶような、嬉しそうでいて優しい笑顔を浮かべたリュミィは、言うまでもなく美少女なのだから当たり前だけどとってもかわいい。
 そんな嬉しそうな笑顔を目の前にしたならこっちだって頬が緩むのは当たり前で。

「私が十歳にもならない頃までじゃない? 数年前にはサクちゃんをお迎えしたから、その頃なんかはリュミィもあまり出かけることがなくなってたはずだし」
「そうですね……あの頃はまだわたしも今ほどあちこち飛びまわることがなくて、兄様たちのほうが留守にしていたんでした」
「今はリュミィの方が飛び回ってるんだっけ。そういえば、サクちゃんは元気?」

 サクちゃん――サクヤは事情があってリュミィたちのところに引き取られた人間の女の子だ。
 物心つくかつかない頃に引き取られたサクちゃんは、リュミィたちにとってもクーリエうちにとっても愛すべきお姫様といっても過言ではない存在で、遊びに来るたびにこれでもかというほど可愛がられている。
 引き取られる以前の環境のせいか感情が表情にあまり現れず、言葉を発することをなかなかしたがらなかったサクちゃんがはじめて私達の名前を呼んだときには、それはそれは歓喜に包まれたこともまだ記憶に新しい。

「サクヤなら元気ですよ。おとなしそうに見えて好奇心が旺盛な子なので、兄様やイスイルさんたちが時々手を焼いてるのを見るくらいには」
「あはは、そっかあ。確かに、悪意のない相手にはとことん物怖じしないもんね、サクちゃん」

 はじめてリフと会った時もすぐに仲良くなったし、目つきの悪さに自覚があるグレン兄といった相手にも躊躇いなく近寄るから、むしろ戸惑わせていたっけ。
 リュミィたちがそれを悪いとしなかったなら、天翼の里やイスイルさんのところでのびのびと過ごしていることだろう。

「ただ、元気に育っているのは良いのですが、相変わらずわがままといったことは全く口にしない子で……その点だけはみんなで心配しているところです」

 と、リュミィが僅かに眉を下げる。
 その様子と声色から寂しさを感じ取ったらしいリフがリュミィに擦り寄った。リュミィは少しだけ驚きながらもリフにありがとう、と口にしながら片手で撫で、

「聞き分けが良くて周囲を困らせない、といった意味ではありがたい限りなのですが……小さな子って少しくらいは無理な願いを無邪気に口にするでしょう? でもサクヤはわかってしまうからなのか、聞き出そうとしても頑なで……」
「カノンにもそうなの? 確かサクちゃん、カノンのことはわからないって言ってたでしょ?」
「……カノンさんにはきっとわからないんです。カノンさんの膝の上で本を読むサクヤの姿を見た時のわたしたちの悲しみが……! そのまま寝落ちた姿まで見せられた時には、もう!」
「あー……」

 どうやらカノンにはささやかな願いを口にしているらしい。
 まあ、誰にもわがままを口にしないわけじゃないだけ良いのかもしれないけど、一緒に暮らしている家族に等しいはずのリュミィ達には遠慮がちなれば、その悲しみたるや。
 うう、と眉を下げて目を閉じるリュミィに掛けられる言葉はあいにくと私は持ち合わせてなくて。視界の端でリフが首を傾げながら小さく鳴き声を上げた。

「……レナさんは、もう少し大きくなれば変わるんじゃないかとは言ってくれるんですけどね」

 小さく嘆息しながら言ったリュミィに、私は目を瞬かせる。

「サクちゃんは賢すぎるってこと?」
「はい。賢いから理解してしまうけど、そこにある機微は理解していないように思う、とのことで……」
「そっか。……じゃあ、待たなきゃね」
「ええ、気長に待つつもりです。意に沿うようにするだなんてこと、出来ませんから。あの子は普通の女の子で、わたしたちにわがままを口にしないことが、あの子がいまわたしたちに向けてくれる大切なわがままですもの」
「…………」

 リュミィが優しい顔で言った言葉に、わたしは少しだけ目を伏せる。

「普通は、そうだよね」
「……? リリィちゃん?」
「何もかもを自分の思い通りに、なんて。思うまま好き勝手に振舞おうだなんて、考えないとは言わないし夢見ないといったら嘘になるけど、それでもできたりはしないよね」

 意図せず気づかぬうちに身勝手な振る舞いになる事がないとも言わない。でも何も気遣い思いやる事もなく、自分の行動が全て許されると信じ込むのは違うはずだ。

「……リュミィは、どこまで知っているんだっけ?」

 それが今回の件についてなのかそれとも違うことなのかもわからない主語のない問い掛けに、リュミィはすぐに答えることはなかった。
 けれどもややあってから、リュミィは僅かに首を横に振る。

「……わたしはリリィちゃんが話してくれたこと以外は何も知りません。兄様たちからも聞いていませんし」
「ふふ、ロランさんとレティさんたちらしいね」

 ロランさん――ローレンス・リンフォードと、レティさん――レティシア・リュウールはリュミィの言う兄様や姉様、要は彼女にとって兄姉的存在だ。
 レティさんは天翼の里の長を祖父に持つとはいえ、リュミィも含めて血の繋がった親家族を持たない三人は、まだ幼かったレティさんとリュミィをロランさんが引き取るという形で同じ屋根の下で家族のように暮らしてきたというだけで血の繋がりは一切ない。天翼は仲間意識が強いからこうしたことも珍しいことではないそうだけれど。

 リュミィと幼い頃から交友があったのだから、もちろんロランさんたちとも昔から交流がある。そして当然、レイン兄たちが話していればという前提はあるけど、私の事情も、それこそ私の知らないような事情も知っているはずだ。
 けどそれらをあの二人は不要なものとしてリュミィに話してなかったらしい。

「でも、そっかぁ……」

 息を吐きながら言葉を零す。
 何事かと近づいてきたリフを胸元にそっと抱きかかえて、意を決する。

「……アナスタシア王女のことなんだけどね」

 囁くような声は、誰かに聞かれていては困るから。
 途端、リュミィが小さく指先を動かす。それが外部に声を漏らさない為の呪いを掛けたのだろうことは、そうしてから先を促すように私の目を真っ直ぐに見つめてきた事でわかった。
 私はほっと安堵しつつ言葉を続ける。

「アナスタシア王女は、私の姉さんなの」
「お姉さん? ということは、リリィちゃんは……」
「……アクアリア・レム・フェルメニア。亡くなった事になってるフェルメニアの第二王女」
「……そう、でしたか。ごめんなさい、わたしは半端者ですから、天翼――幻獣なら分かりうることも理解出来ない事の方が多くて」
「気にしないで。だからこそロランさんたちはリュミィに伏せていたんだろうし」

 知っていたなら、人間として当たり前にある感覚を有する彼女は私への態度を少しだけ変えていただろう。何せリュミィは真面目で礼儀正しい子だから。
 眉を下げながら緩く首を横に振るけれど、リュミィはすまなそうな顔をしたままだ。

「ですが……そうとは知らず、リリィちゃんのお姉様に失礼な発言を……」
「いいの。姉さんはいとわれても仕方ない事をしているもの。……でもだから、いたたまれないの」

 アルマン陛下も、私が何者であるかは知っているだろう。
 フードを外した私を見て、陛下は微笑まれるだけで何も仰られなかったから。
 それってつまり、アルマン陛下は身勝手そのものの行動を取るアナスタシア王女の妹とわかっていながらアクアリアを歓迎してくれたということだ。
 申し訳なくて、苦しくて、いたたまれないよ。けどそれ以上に。

「それに、血の繋がった姉さんだからこそ、あの人が何を望んでこんなにも多くの人を困らせているか、何を考えているのかがわからなくて怖い」
「…………」
「〈黒鱗病こくりんびょう〉に関しては違うとしても、カノンが言ってたでしょう? 私達はもう彼女と顔を合わせたって。その時にね、姉さんはリフを欲しがったの」
「……!? リフちゃんを、欲しがったって、それではまるで物のような扱いではないですか……!」
「そうだよね、物みたいな扱いだよね。でも、嫌がったって意地悪を言うなって言うし、リフに拒絶されたって気にも留めないし……本当に訳がわからなくて、怖い。それをしているのが姉さんである事実も、怖くて申し訳なさでいっぱいになる」

 本来なら看過なんてされないことをしていながら、彼女は気付いているのかいないのかわからないけれど、平然とこの国で自由に振舞っている。
 目的がわからない以上、止めることすらままならない。
 いずれアルマン陛下は姉さんへの処置を実行に移すだろう。そうなればフェルメニアの国王夫妻にもしかるべき償いを強いられるだろう。
 それらを思いとどめて貰いたいだなんて事は思いもしないけど、それでも。

「ただ、死んだことになっていても、姉さんやお父様やお母様にとって過去になっていても、私は生きてこの場所に居合わせているのだから。妹として、姉の罪への償いはしなければいけない」

 レインがそれを望んで此処に向かわせたわけじゃないのはわかっているけれど、ただ〈竜巫女〉を名乗るだけではないアナスタシア王女の行動は、冗談などでは片付けられないのだから。

「……リリィちゃんがそれほどまでに自分を追い詰める必要は、ないんですよ?」

 ぽつりとリュミィが気遣わしげな表情と声で言う。と同時に抱えていたリフが私の顔に軽い頭突きをしてきた。
 ふたりが心配してくれているのはわかるし、とても嬉しいけれど。

「だとしても、見て見ぬふりは出来ないよ。だって、アルマン陛下も、テオも、私に優しくしてくれるんだもの。……それが、アクアリアではなくリリィである私にしてくれているものだとしても」
「恩に、報いたいと? でも、リリィちゃんのお姉様もご両親も、リリィちゃんの生死を……ちゃんと、確かめは……」
「ふふふ、酷い家族だよね。でも、それでも私の……アクアリアとしての私の、家族だから」

 優しさと愛情を注いでもらった覚えだって確かにある、アクアリアの家族だから。知らんぷりなんて出来ないのだ。
 リュミィの表情は全く晴れない。ずっと眉を下げたままで。

「……キュゥ」

 腕の中ではリフがか細く鳴く。心配そうな表情と声に、私はぎゅっと抱きしめて頬を寄せ、

「心配してくれてありがとう、リフ。リュミィも、ありがとう。けど、大丈夫だから」
「リリィちゃん……」
「ああ、でも。少しだけ、不安っていうか、怖い事はあるかなあ……」
「怖いことですか?」
「うん。テオは……何も知らないから」

 遠く離れた辺境に、噂だけを頼りにやってきた無鉄砲なあの王子様は、当たり前ながら私を死去したフェルメニアの第二王女とは――アナスタシア王女の妹だとは思ってもいないだろう。
 把握している限りで被害を被っているらしいジェラルド第一王子や、ティートさんという方も知らないけれど、彼らとは異なり、テオはリリィのことを知っていて、特別なことではないのだとしても優しく気遣ってくれたのは事実だから。

「私が何者かを知ったら、嫌われるかなぁ」

 嫌われても仕方ないかなって、思ってる。でも嫌われてしまったら、悲しいなあって思ってしまう。……嫌われて嬉しいだなんてこと、そうそうありはしないものね。

 自嘲気味に軽く吹き出して笑っていると、リュミィが真剣な面持ちで私の手に触れた。

「リュミィ?」
「……わたしは、テオドール王子殿下のことは存じ上げていませんから、どうとも言えませんが……わたしはこの事実を知っても、あなたを嫌おうとは思いません」
「……うん」
「だって、わたしはリリィちゃんがどういう子かを、小さな頃から知っていますから。ですから、あなたがアクアリア王女として償いを、と考えているのであれば……歓迎は出来ませんけれど、もう止めたりもしません」
「……うん」
「でも、一緒にいる事だけは許してくださいね。あなたが責を負ったとしても、それを果たさんとするあなたと一緒にいることだけは、あなたの荷を少しだけでも一緒に背負うことだけは、友人として、許してくださいね」
「うん。ありがとう、リュミィ」

 目を細めて笑ってみせると、リュミィはにっこりと笑ってくれて、ぐいぐいと頬に頭を押し付けてくるリフもまるでリュミィと同じ気持ちだと訴えてくるかのようで。
 例えそれが思い込みでも、何かを伝えようとしてくれているのは事実だから、私はリフにも心からの感謝を告げるのだ。
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