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第21話
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リュミィ――リュミィ・シエラ。
幻獣種に数えられる天翼族と人間のハーフで、私より三つ年上の女の子だ。
天翼、またの名をハルピュイアという彼らは背に翼を背負い羽のような耳を持つ、物心がつく頃には感覚的に風魔法を操れるという幻獣だ。
翼の色は白であることが殆どだけれど、中には黒色の翼を持つ天翼もいて、黒翼の子はひときわ優れた能力を有することもあって神様に愛された特別な子として扱われる。
背負った翼は背からしっかりと生えているから、感覚が繋がっていて隠すことは出来ないのも大きな特徴で、それによって大空を自由自在に飛翔して駆けることができるのだけれど、人間とのハーフであるリュミィは翼は魔力によって顕現させたものであるし、長時間の飛行には魔力の消費が不可欠なのだそうだ。
その他にも天翼と同様の性質を有しながらも劣っているらしく、その寿命も人間よりは少し長いけど純粋な天翼よりも短い――つまり、リュミィは私にとって数少ないごく普通のお友達ともいえる存在なのである。
テオに対してカノンが、私と部屋を同じくしたほうが都合がいい、と言ったのもリュミィがこうして部屋にやってくることを踏まえていたからだ。
「レインさんたちとこれほど離れて過ごすのは初めてだと思いますけど、何事もありませんでしたか?」
「大丈夫よ、リュミィ。カノンもリフも一緒だし、それにもうそれほど小さな子供じゃないんだもの」
「そうですね。ごめんなさい、リリィちゃん。兄様や姉様がいつまでもリリィちゃんは小さな子であるように話すものですから、思うより影響されてしまっているのかもしれません」
ミルクティーブラウン色をしたリュミィの髪は長く伸ばされていて、後ろで一纏めにされているひと房だけが尻尾のように長い。ぱっちりとした翠玉色の眼は優しく細められ、気付いて飛び込んできたリフにも嬉しそうな笑みを浮かべながら抱き留め、
「ふふっ。元気いっぱいですね、リフちゃん。とても良い事です」
「キュイキュイ♪」
大喜びで頬ずりをするリフにそっと手を添えて喜ぶリュミィに、カノンは首を傾げながら問い掛ける。
「それで、リュミィ? 来ると思ってはいたが、まさかレイン達の方で既に何かあったとかではないだろう?」
「ええ、もちろん。レインさんたちの方で大きな出来事があったわけではありません。ただ、まだ自由に動けるうちに上空から王都と王城を観察しておきたかったのもありまして」
「それはありがたい。既にある程度の捜索はなされているとは聞いたが、思うよりもずっと完璧とは言えないだろうからな」
「何か、わかることはあった?」
引き継ぐように尋ねると、リュミィは緩く首を横に振った。
「いいえ。わかることといえば、カノンさんも感じていらっしゃるであろうこと……広域に呪力の残滓が満ちていて呪具の位置の特定をするには、物理的に近づかねばならないということ程度です」
「そんなに満ちてるの? じゃあ、此処に居るだけで〈黒鱗病〉の症状が出たりとか……」
「いや、それはないだろう」
リュミィの返答を聞いて過ぎった不安を口にしたけれど、それはすぐにカノンによって否定される。
どうしてだろうか、と首を傾げると、カノンが常と変わらない声音で言葉を続けた。
「おそらく術者は、無差別的に呪術を掛けているわけでもなければ、そのつもりもない筈だ。そうでもなければ、第一王子と第一王女のみが発症しているだなんて事はないだろう」
「そっか。でもそれって、第一王子と第一王女に対して恨みを持っているか、王家に対して恨みを持っている人が術者の可能性が高いってことになるんじゃないのかな」
「だろうな。そして後者の場合は、国家転覆を目論んでいる可能性もなくはない」
「国家転覆!?」
さらりと言ってのけられたとんでもない爆弾発言を、私は思わず聞き返す。
いや、確かに状況を踏まえればその可能性もなくはないんだろうけれど、信じられないというか。そもそもそれなら国王夫妻を狙うんじゃないかとか、思ってしまう私がいるわけで。
とはいえ国王夫妻がとなると事態はもっと深刻で、もっと疑心暗鬼に満ちた状況になっていただろうし――あれ、それならやっぱり国家転覆って線はあまり考えられないんじゃ?
思い至った答えにちらりとカノンに視線をやると、彼はにこにこと楽しそうに私を見ていて――次の瞬間にはリフに頭突きをされていた。
「いった!」
「キュキャウ!」
「今のはカノンさんが悪いと思いますよ……安心してください、リリィちゃん。少なくとも呪いを掛けた者は、それを目論んではいない筈です。……媒体が媒体である以上、誑かした人間か、何かを目論む集団的なものは存在するでしょうが、いずれにせよこれは愉快犯的な行動の可能性が高いでしょうから」
「こら、リフ。何度も頭突きをす、いっ! 齧るな! 甘噛みでもちょっと痛いぞ!」
「キュイィ!」
「愉快犯……カノンみたいに?」
「…………否定は、できませんね?」
「おい! 俺はこんな不特定多数に対して影響を及ぼすような悪さはしないだろ!?」
がじがじと手を噛むリフを叱りつけながらも叫ぶカノンを横目に、私はふむ、と納得を示す。
この国に深く関わる人――それこそテオが聞いていたら納得して落ち着けるような話しではなかったんだろうけど、私にとっては愉快犯的という可能性が高い時点で納得と呆れと少しの悲しみの感情の方が強い。
「……狙いは、この国ではないのね」
ぽつりと呟く様に口にすると、リュミィは眉根を下げる。
「おそらく本命は。でなければ、このような回りくどいやり方は取らないでしょう。……ですが、標的をこの国にした理由もまたあるのだと思います。それが関係なのか、血筋なのか、防衛の要でもあるからなのか、あるいはそれら以外の理由なのかはわかりませんけれど……」
「何にせよ、敵対しようが〈黒鱗病〉が進行して行こうが構わないってことね。それどころか、どの結末になっても想定内ってわけだ」
「ただ、気になるのは竜を媒体とした呪術という、神竜への冒涜とも取れる術を、神竜信仰に篤いフェルメニアではなくスィエルで放っているという事なのですけれど……」
「――おまけにフェルメニアの第一王女までスィエルに来ているのが引っ掛かる、か?」
と、僅かに顔を伏せて言うリュミィに問いを投げかけたのはカノンだ。
彼は両手で抱えたリフを頭の上に乗せると、顔を上げたリュミィと私の視線を受けながら更に言った。
「その不安と疑念はもっともだし、俺も可能性として考えてはいたが、現状では有り得ない」
「有り得ない、ですか?」
「ああ。リリィとリフ共々、王女サマとは顔を合わせたんだ。その上でアレが自作自演をした線は消えた。もし原因ならとっくの前に捕まってるだろうし、そもそとしてそれにしてはあまりにも呪力の気配がなさすぎる。……たとえ上手く隠していたとしても、だ」
「では、カノンさんの見立てでは偶然であると?」
「偶然、とはいえなくもないかもしれないが、あの王女サマが用意し描いた道筋通り、だなんてことはないだろうな」
「そうですか……」
まだ少しだけ納得がいかないといった様子のリュミィだけど、それはフェルメニアの第一王女――アナスタシア王女との面識がないからであって、リュミィも直接会えば疑う余地もない筈だ。
もっとも、リュミィをアナスタシア王女と率先して会わせたいとは思わない。……もしリュミィが姉さんと打ち解けでもしたら、間違いなくショックだし。
なんて考えていたせいか、私が変な顔でもしていたのだろう。不思議そうでいて心配そうに眉を下げながら私の名を呼んだリュミィに、私が慌てて何でもないと言って笑うと、カノンが更に言葉を続けた。
「まあ、今後何かしらの動きを見せる可能性はあるかもしれないが」
「何かしら、って……あれだけカノンやテオ、それにリュシアン王子殿下たちに好意的に接していて、そんな暴挙に出たりするものかな」
アナスタシア王女は明らかに彼らに好かれようとしていた。
カノンに嫌われることや拒絶される事を嫌がっているように見えたのも、突き詰めれば好かれたいからのように私は感じた。
でもそうであるなら、〈竜巫女〉であると自称までしているんだし、逆効果になるような事には安易に手を出したりしないと思うけど。
眉を寄せながら告げると、カノンは肩を竦め、
「そうであると共に思い通りにならないことさえも、勝手な理由をつけて思い通りになるようにねじ曲げようとしていた。……追い詰められれば、どんな手段でも取るだろう。あの手の人間ってのはな」
否定は出来なかった。
実際アナスタシア王女は突風を叩きつけられたって気に留めることなく、リフのことを自分の手元に置きたがっていたのだから。
あの時、あの瞬間のことを思い出すと、少しだけ怖くなってくる。
「……何か、あったのですか?」
押し黙った私に気遣わしげなリュミィの声が注がれて、いつの間にやってきたのか、カノンの頭から離れたリフが私の肩に乗って顔を覗き込んでくる。
それに私が答えるより早く、カノンが口を開いた。
「丁度いい。リュミィ、今日はこのまま泊まっていってくれないか」
「え?」
「ちょ、カノン?」
その瞬間、驚いたような反応を示すリュミィと同様に私も何を言い出すのかと声を発したけど、カノンは平然と、
「城まで俺と、信用は出来るとはいえよく知らない男二人と行動をしていたんだ。いくらリフも一緒だったとはいえ、気は休まらなかっただろうからな」
「だからって、リュミィだってそんなにゆっくりするような時間は……」
「イスイルの意向もあって此処にいるなら、過密スケジュールなんて立てないと思わないか?」
「それは……」
「――わかりました」
言い合いをする私とカノンを尻目にリュミィがしっかりとした返答を口にしながら首肯をした。
「リュミィ!?」
「さーんきゅ! 俺はしばらく外に出てるから、護衛も頼むわ。朝には戻る」
「待って! カノンもそんな勝手な……!」
私を無視して話が進んでいる気がするんだけど!?
リュミィの反応に満足げに頷いたカノンが言うやいなや窓へと歩を進めていくのを慌てて呼び止めるけど、カノンは気にすることなく、それどころかどこか楽しそうに窓枠へと手を掛けた。
いやいやいやいや、待って待って待って。
心の中で必死に呼びかけていると、リュミィが私の顔を覗き込んだ。
「リリィちゃんはわたしとお泊まり、嫌ですか?」
「そっ! それはないけどっ!」
「そうですか! よかったぁ。嫌だと言われたらどうしようかと」
ああ、リュミィの笑顔が春のお花がほころんで咲いたようにふんわりしていて何処までも優しい。それに何より嬉しそう。
見てるとほっとするような感覚があるんだけど、それはそれとしてその奥で手をひらひらとさせている天狼は一旦止まって欲しい。
「じゃ、そういうことで」
「そういう事でじゃな――、あ、こら! 話を聞きなさいってば!」
結局、カノンは止まってくれることなく窓からひらりと外に飛び出してしまったのだった。ほんとにあの狼はー!
幻獣種に数えられる天翼族と人間のハーフで、私より三つ年上の女の子だ。
天翼、またの名をハルピュイアという彼らは背に翼を背負い羽のような耳を持つ、物心がつく頃には感覚的に風魔法を操れるという幻獣だ。
翼の色は白であることが殆どだけれど、中には黒色の翼を持つ天翼もいて、黒翼の子はひときわ優れた能力を有することもあって神様に愛された特別な子として扱われる。
背負った翼は背からしっかりと生えているから、感覚が繋がっていて隠すことは出来ないのも大きな特徴で、それによって大空を自由自在に飛翔して駆けることができるのだけれど、人間とのハーフであるリュミィは翼は魔力によって顕現させたものであるし、長時間の飛行には魔力の消費が不可欠なのだそうだ。
その他にも天翼と同様の性質を有しながらも劣っているらしく、その寿命も人間よりは少し長いけど純粋な天翼よりも短い――つまり、リュミィは私にとって数少ないごく普通のお友達ともいえる存在なのである。
テオに対してカノンが、私と部屋を同じくしたほうが都合がいい、と言ったのもリュミィがこうして部屋にやってくることを踏まえていたからだ。
「レインさんたちとこれほど離れて過ごすのは初めてだと思いますけど、何事もありませんでしたか?」
「大丈夫よ、リュミィ。カノンもリフも一緒だし、それにもうそれほど小さな子供じゃないんだもの」
「そうですね。ごめんなさい、リリィちゃん。兄様や姉様がいつまでもリリィちゃんは小さな子であるように話すものですから、思うより影響されてしまっているのかもしれません」
ミルクティーブラウン色をしたリュミィの髪は長く伸ばされていて、後ろで一纏めにされているひと房だけが尻尾のように長い。ぱっちりとした翠玉色の眼は優しく細められ、気付いて飛び込んできたリフにも嬉しそうな笑みを浮かべながら抱き留め、
「ふふっ。元気いっぱいですね、リフちゃん。とても良い事です」
「キュイキュイ♪」
大喜びで頬ずりをするリフにそっと手を添えて喜ぶリュミィに、カノンは首を傾げながら問い掛ける。
「それで、リュミィ? 来ると思ってはいたが、まさかレイン達の方で既に何かあったとかではないだろう?」
「ええ、もちろん。レインさんたちの方で大きな出来事があったわけではありません。ただ、まだ自由に動けるうちに上空から王都と王城を観察しておきたかったのもありまして」
「それはありがたい。既にある程度の捜索はなされているとは聞いたが、思うよりもずっと完璧とは言えないだろうからな」
「何か、わかることはあった?」
引き継ぐように尋ねると、リュミィは緩く首を横に振った。
「いいえ。わかることといえば、カノンさんも感じていらっしゃるであろうこと……広域に呪力の残滓が満ちていて呪具の位置の特定をするには、物理的に近づかねばならないということ程度です」
「そんなに満ちてるの? じゃあ、此処に居るだけで〈黒鱗病〉の症状が出たりとか……」
「いや、それはないだろう」
リュミィの返答を聞いて過ぎった不安を口にしたけれど、それはすぐにカノンによって否定される。
どうしてだろうか、と首を傾げると、カノンが常と変わらない声音で言葉を続けた。
「おそらく術者は、無差別的に呪術を掛けているわけでもなければ、そのつもりもない筈だ。そうでもなければ、第一王子と第一王女のみが発症しているだなんて事はないだろう」
「そっか。でもそれって、第一王子と第一王女に対して恨みを持っているか、王家に対して恨みを持っている人が術者の可能性が高いってことになるんじゃないのかな」
「だろうな。そして後者の場合は、国家転覆を目論んでいる可能性もなくはない」
「国家転覆!?」
さらりと言ってのけられたとんでもない爆弾発言を、私は思わず聞き返す。
いや、確かに状況を踏まえればその可能性もなくはないんだろうけれど、信じられないというか。そもそもそれなら国王夫妻を狙うんじゃないかとか、思ってしまう私がいるわけで。
とはいえ国王夫妻がとなると事態はもっと深刻で、もっと疑心暗鬼に満ちた状況になっていただろうし――あれ、それならやっぱり国家転覆って線はあまり考えられないんじゃ?
思い至った答えにちらりとカノンに視線をやると、彼はにこにこと楽しそうに私を見ていて――次の瞬間にはリフに頭突きをされていた。
「いった!」
「キュキャウ!」
「今のはカノンさんが悪いと思いますよ……安心してください、リリィちゃん。少なくとも呪いを掛けた者は、それを目論んではいない筈です。……媒体が媒体である以上、誑かした人間か、何かを目論む集団的なものは存在するでしょうが、いずれにせよこれは愉快犯的な行動の可能性が高いでしょうから」
「こら、リフ。何度も頭突きをす、いっ! 齧るな! 甘噛みでもちょっと痛いぞ!」
「キュイィ!」
「愉快犯……カノンみたいに?」
「…………否定は、できませんね?」
「おい! 俺はこんな不特定多数に対して影響を及ぼすような悪さはしないだろ!?」
がじがじと手を噛むリフを叱りつけながらも叫ぶカノンを横目に、私はふむ、と納得を示す。
この国に深く関わる人――それこそテオが聞いていたら納得して落ち着けるような話しではなかったんだろうけど、私にとっては愉快犯的という可能性が高い時点で納得と呆れと少しの悲しみの感情の方が強い。
「……狙いは、この国ではないのね」
ぽつりと呟く様に口にすると、リュミィは眉根を下げる。
「おそらく本命は。でなければ、このような回りくどいやり方は取らないでしょう。……ですが、標的をこの国にした理由もまたあるのだと思います。それが関係なのか、血筋なのか、防衛の要でもあるからなのか、あるいはそれら以外の理由なのかはわかりませんけれど……」
「何にせよ、敵対しようが〈黒鱗病〉が進行して行こうが構わないってことね。それどころか、どの結末になっても想定内ってわけだ」
「ただ、気になるのは竜を媒体とした呪術という、神竜への冒涜とも取れる術を、神竜信仰に篤いフェルメニアではなくスィエルで放っているという事なのですけれど……」
「――おまけにフェルメニアの第一王女までスィエルに来ているのが引っ掛かる、か?」
と、僅かに顔を伏せて言うリュミィに問いを投げかけたのはカノンだ。
彼は両手で抱えたリフを頭の上に乗せると、顔を上げたリュミィと私の視線を受けながら更に言った。
「その不安と疑念はもっともだし、俺も可能性として考えてはいたが、現状では有り得ない」
「有り得ない、ですか?」
「ああ。リリィとリフ共々、王女サマとは顔を合わせたんだ。その上でアレが自作自演をした線は消えた。もし原因ならとっくの前に捕まってるだろうし、そもそとしてそれにしてはあまりにも呪力の気配がなさすぎる。……たとえ上手く隠していたとしても、だ」
「では、カノンさんの見立てでは偶然であると?」
「偶然、とはいえなくもないかもしれないが、あの王女サマが用意し描いた道筋通り、だなんてことはないだろうな」
「そうですか……」
まだ少しだけ納得がいかないといった様子のリュミィだけど、それはフェルメニアの第一王女――アナスタシア王女との面識がないからであって、リュミィも直接会えば疑う余地もない筈だ。
もっとも、リュミィをアナスタシア王女と率先して会わせたいとは思わない。……もしリュミィが姉さんと打ち解けでもしたら、間違いなくショックだし。
なんて考えていたせいか、私が変な顔でもしていたのだろう。不思議そうでいて心配そうに眉を下げながら私の名を呼んだリュミィに、私が慌てて何でもないと言って笑うと、カノンが更に言葉を続けた。
「まあ、今後何かしらの動きを見せる可能性はあるかもしれないが」
「何かしら、って……あれだけカノンやテオ、それにリュシアン王子殿下たちに好意的に接していて、そんな暴挙に出たりするものかな」
アナスタシア王女は明らかに彼らに好かれようとしていた。
カノンに嫌われることや拒絶される事を嫌がっているように見えたのも、突き詰めれば好かれたいからのように私は感じた。
でもそうであるなら、〈竜巫女〉であると自称までしているんだし、逆効果になるような事には安易に手を出したりしないと思うけど。
眉を寄せながら告げると、カノンは肩を竦め、
「そうであると共に思い通りにならないことさえも、勝手な理由をつけて思い通りになるようにねじ曲げようとしていた。……追い詰められれば、どんな手段でも取るだろう。あの手の人間ってのはな」
否定は出来なかった。
実際アナスタシア王女は突風を叩きつけられたって気に留めることなく、リフのことを自分の手元に置きたがっていたのだから。
あの時、あの瞬間のことを思い出すと、少しだけ怖くなってくる。
「……何か、あったのですか?」
押し黙った私に気遣わしげなリュミィの声が注がれて、いつの間にやってきたのか、カノンの頭から離れたリフが私の肩に乗って顔を覗き込んでくる。
それに私が答えるより早く、カノンが口を開いた。
「丁度いい。リュミィ、今日はこのまま泊まっていってくれないか」
「え?」
「ちょ、カノン?」
その瞬間、驚いたような反応を示すリュミィと同様に私も何を言い出すのかと声を発したけど、カノンは平然と、
「城まで俺と、信用は出来るとはいえよく知らない男二人と行動をしていたんだ。いくらリフも一緒だったとはいえ、気は休まらなかっただろうからな」
「だからって、リュミィだってそんなにゆっくりするような時間は……」
「イスイルの意向もあって此処にいるなら、過密スケジュールなんて立てないと思わないか?」
「それは……」
「――わかりました」
言い合いをする私とカノンを尻目にリュミィがしっかりとした返答を口にしながら首肯をした。
「リュミィ!?」
「さーんきゅ! 俺はしばらく外に出てるから、護衛も頼むわ。朝には戻る」
「待って! カノンもそんな勝手な……!」
私を無視して話が進んでいる気がするんだけど!?
リュミィの反応に満足げに頷いたカノンが言うやいなや窓へと歩を進めていくのを慌てて呼び止めるけど、カノンは気にすることなく、それどころかどこか楽しそうに窓枠へと手を掛けた。
いやいやいやいや、待って待って待って。
心の中で必死に呼びかけていると、リュミィが私の顔を覗き込んだ。
「リリィちゃんはわたしとお泊まり、嫌ですか?」
「そっ! それはないけどっ!」
「そうですか! よかったぁ。嫌だと言われたらどうしようかと」
ああ、リュミィの笑顔が春のお花がほころんで咲いたようにふんわりしていて何処までも優しい。それに何より嬉しそう。
見てるとほっとするような感覚があるんだけど、それはそれとしてその奥で手をひらひらとさせている天狼は一旦止まって欲しい。
「じゃ、そういうことで」
「そういう事でじゃな――、あ、こら! 話を聞きなさいってば!」
結局、カノンは止まってくれることなく窓からひらりと外に飛び出してしまったのだった。ほんとにあの狼はー!
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